陽性変異 Vol.2

白雛

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第十六変『混沌の布石と訪問者・4』

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「でさ、二人とも、なんでこんなとこにいるの?」
「それはこっちが聞きたいんですけど」
「あれ? 私、客だよ? いいの? そんなこと言って」
「あ、すみませんねー。クレーマーかと思って」
 二人の間には交錯する光線が見える。
 さっそく応接間でバチギスする二人のもとに、皐月が香り豊かなコーヒーを淹れてきて、そう思った。
「粗茶ですが……」
「ありがとう、皐月。またハグしていい?」
「いいよー」
「ぎゅー」
「ビアンだっつー噂、あれ、まじだったんだ」
 陽毬がカップの取っ手を指で挟んで取りながら挟んだ。
 まるであむあむするのにお気に入りのぬいぐるみを取られまいとする狂犬のごとく、みよちんは陽毬を冷たく見据えると、鼻で笑う。
「こじらせた中年みたいな発想ですね」
「は?」
「人を見てるだけで、女だからって皐月を好きなわけじゃ無い。そんくらい、わかりません? ふつー。言葉が生まれる以前から、こういう感情はあったし、カテゴリのほうに合わせようなんて、本末転倒、低脳の極みですよ」
「かちーん。弱い犬ほどなんとやらっつってね。よみちんも、すぐそうやって、何でもかんでも噛みついて、場を荒らすのが格好いいとか思ってそうなの、ぜんぜん治ってないんだねぇ、私があれだけお灸を据えてやったってのに」
「先輩もお変わりなく。まだ猿山のボスザル気取りなんですね。今、令和ですけど。意外にあたま、かたいんですね」
「よみ……」
「みよ、だ。二度と逆にすんな」
「誰に命令してんだ、こら」
「まぁまぁ!」
 皐月が困った顔で、テーブルを挟んで睨み合う二人を引き剥がした。それから、みよちんの隣に腰を下ろして、切り出した。
「えっと……何があったかは存じ上げませぬが……」
「皐月。相手にしなくていい。むしろ、しないほうがいい。見ない、聞かない、関わらない。パスにはそれが一番だよ」
「ママのいるホームだとほんとよく喋んねー、厄介勢ってのはさー」
「まぁまぁ! 何があったかは知らないけど!」
 再度止めに入って、皐月は珍しく頭を抱え、冗談を挟む余地のない本物のため息をついた。
 こんなのは実に、あの頃以来だ。
 みよちんが"みんな"を避け、一人になり出した頃。
 みよちんはあまり自分のことを話さない。皐月は当然、その理由も、何が起きたかも、かいつまんで知ってはいたが、その中にこんな登場人物がいることまでは知らされていなかった。
 しかし、ここでの短いやりとりを聞いて、想像し、おおよそを察した。
 つまり、荻野陽毬は"みんな"のリーダーだったのだ。そして、その"みんな"は、みよちんを煙たがったし、天は軍門に下った。それなら、こんな態度でも不思議はない。
 皐月は、平静を保つように努めたが、それがかえって冷たくも取れるような声調で言った。
「……それで、オギノ先輩は、今日はどんなご用件でしょうか」
 陽毬は軽く手のひらを仰向けに指を向けて言った。
「……うーん。せっかくだし、君と二人で話せない? 隣の奴に聞かれたくないもんで」
 皐月もめんどくさくなって、それが顔の険しさに出る。
「あの……」
 陽毬はすぐに切り替えた。降参したように今度は手のひらを広げて言う。
「やれやれ。昨夜、うちのペットが世話になったみたいでね。ここの事務所の人に。しかも、ここで働くっていうからさ、からかいにきたんだよ」
「ペット? ここに?」
 皐月とみよちんの二人、どちらともなく聞き返した。
「そう。でも、いないみたいだし、代わりにこんなんがいるなら、ほんとに邪魔してるだけだし、帰る」
 言うなり、陽毬は立ち上がった。皐月も慌てて続いた。
「あ……」
「……ところで君、自分が一番頭良いとか思ってない?」
 その献身な様を、陽毬は鼻で笑った。
「え……」
「中立をよそおって、ふわふわふわふわ、いつも自分だけは良い人ヅラ。ハズレものに寄生して、人権を得ようとする小悪党。深い部分ではさ、君が、一番、他人を利用してるし、バカにしてんだよ」
 皐月は絶句する。陽毬は得意の笑みをかたどる。
 同時に、みよちんが弾かれたように立ち上がった。
「荻野っ!」
 陽毬は顎を引いて、みよちんに凄んだ。
「先輩をつけろや。年上だぞ」
「もう、いい加減に——」
 皐月が叫び出したくなったその時、玄関が開いた。
「んじゃ、これ全部運んで片付けて。それからトイレと風呂と部屋の掃除な」
「はい! はい! よろこんで! おねぇさまっ!」
「お……誰かいる? ポル子ー!」
 聞き慣れた声が入ってくる。
 通路を進んで、暗がりから応接間に出てきたのは、リツと、金太だった。





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