陽性変異 Vol.2

白雛

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第十六変『混沌の布石と訪問者・2』

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「へぇ、意外ですね。パイセンのことだからギャンブルなんてレッドブルくらいに思ってるものかとばかり」
「私が好きなのはエンタメだよ、マギ」
 窓の外を眺めて、殊更主題を強調するようにミカは言った。
 その上で、今日は、クーデレお姉さんにありがちな長めの前髪から目元を覗かせて、マギを振り返る。
「私は、ひたすら楽しみたいわけ。楽しんでいたいわけ。だけど、ギャンブルは、違うでしょ。不運もある。つまり、負けを、腕ではなく"運次第で"押し付けられるものだ。それはエンタメではない。ひどく、現実的なものよ。創造主がそれでどうする?」
 ミカは言いながら白衣の胸ポケットからタバコを取り出し、火をつける……先端から煙を吹くタバコを指で挟んであげ、反対の手で、肘を掴む。その仕草もまた実に様になっている……と思いきや、その華奢な白い指先が挟んでいるのは、火をつけると香ばしい煙の出るシガレット・チョコだった。
 どうせ格好いいクーデレ美女博士の探偵ものでも見たのだろう。それで真似したいお年頃になったのだ。
 マギは返した。
「あー確かに。そういった不運も楽しめてこその勝負師だとかなんとか……」
「私もずっと自分のことを勝負師だと思っていたけれど、決して、そうではなかったのね。そこは認めるよ。あくまで、勝てる前提の勝負を好む半端者だった。勝負師としては二流以下、ってね」
 肩をすくめる彼女だが、どうせろくでもないことはわかっている。毎度のことだけど、呆れるようにマギは続けて返した。
「で、何の話です?」
「コマンドRPGとアクションゲームの違いから見た現実と理想の世界の違い」
「…………」
 ミカは、クーデレを気取ったまま続けた。
「プレイヤーその人ではなく、どうしても運が決定権を持ってるのがRPG。現実的なのね。それを実力でわからせられるようになったものがアクションだと思うの。つまり、夢の世界。現実的な不満を解消して、RPGを進化させ、より遊びに特化したものが、アクションゲームだとも言える。で、そこを言うと、私は根っからアクション派なんだわ、って気がついた」
「確かにパイセンはそうでしょうね。逆に私は、アクションは実力……っていうか、反射神経とか器用さとか求められるので、苦手ですけど……というか、そもそもあんまできないというか……」
「うん。音ゲーとかもそう。アクション側。AP、オールパーフェクトに必要なのは己を強く信じることと気楽な集中力。迷い、疑えば、その瞬間にGOODがでる。あー、落ちゲーなんかもそうね。腕以外のなにものでもないわ。しかし、一方でRPG……殊にコマンドRPGってのは究極、運じゃない。レアなアイテムを入手できるかどうか。プレイヤー、または敵が攻撃や状態変化の技・魔法を当てられるかどうか。クリティカルヒットもそうだし。最終・最後に判断を委ねられるのはプレイヤーの腕じゃなくて、システムだわ」
「まぁ……確率の問題ってのは、わかりますけど……でも、だからこそ、私みたいな鈍臭い奴でも誰でもプレイできる、っていうのがウリみたいなもんですしね」
「私もその楽しさがわからないわけではないの。ダンジョン・スクロール系とかハクスラのレアなアイテムを求めて、キャラを少しずつ鍛えていくのとか、そういうのは好き。ゲームなんて所詮自己満足だしね。けれどね」
 ミカは、物憂げな表情で深いため息を漏らした。
「敵だけ急所・状態異常、通りすぎじゃね? こっちは通常攻撃すら通らないのに問題とか、混乱・睡眠させて目を覚ますかどうかの運ゲーに持ち込むクソ野郎とか、アクションなら即修正されるか、大炎上待ったなしのハメ仕様をゲーム性だなんていうのはおかしい。だってプレイヤーが介在する余地のない完全なる運だもの」
「……でも、パイセン、繰り返しますが、運だからこそ誰でもできるし、そこで上手くいってる時はやっぱり楽しいし、そもそもそういう状況にならないようにする、経験が活きる、例えば触らないとか避けるとかはできる。等々、できるかぎり不運に遭わないようにプレイする、それもまた腕じゃないですか?」
「現実も同じなのね」
「……都合が悪くなると、すぐ耳が聞こえなくなるんだから」
「現実も要は良い家に生まれるか、良いご両親・教師・上司等々に愛情を持って育てられるか。事業がうまく波及するか。波及させられる大物の目に止まるか。宣伝にはイケメンか、美女か? つまり、顔が良く産まれるか? というところもあるように、結局最後にモノを言うのは、出会いという、運だわ。そうでしょ? 人生、何が起こるかわからない、だから、面白いという人もいる。けれど、それはまさに、今、マギ」
 ミカはそこでマギを見た。
 マギには、室内に散らばるものを見て、ミカが何を言いたいのかも、その正体も、何もかもわかっているのだが、この茶番はもう少し続けられるらしいので、黙っている。
「あなたが言ったように、良運を引けている、運良く勝ちを拾えている人生だから言えるだけなのであって、不運を引き、負け続けている人からすれば堪ったものではないのではないかしら? 人類の抱える最大の不具合であり、修正が必要。とっととアプデしろ、クソスタッフとか思っている人も多くいるでしょう」
「そりゃ……いますでしょうね」
「現実は、現実的に考えて修正できる人がいないからまだしも、殊にゲームはどこまでいこうとエンタメなのよ。なのに、そこでまでギャンブル強制の苦痛を味わされるなんて……私には、堪えられないっ……」
 長いまつ毛を羽ばたかせて、殊更に憂いを演出するミカだったが、マギはムカついたので舌打ちした。問答無用で手が出る普段に比べればまだ優しい対応である。
 ミカはかまわず続けた。
「創作でもいるでしょ? 自分はリアリティのある演出にしたというポジションを気取って、鼻くそみたいなムナクソを押し付けてくる作者。テーマとして深掘りできてるならいいわ。けど、単に結論としてお前が陰湿なだけだろって言いたくなるような底の浅い露悪趣味。私、あれ嫌いなの」
「知らんがな。人の好みや、ミカ子……」
「ギャンブルの強制は、それは、エンタメではない。ただのエゴの押し付けよ。そしてクリエイティブからは最もかけ離れた工夫の放棄。エンタメならば、まず第一に、手に取った人が必ず愉快になることを考えなければいけない! その努力が見られるものでなければならない! でないなら、カジノのように、勝ったら実際の儲けがほしい」
「めちゃくちゃ言い出した……。でも、まー確かに、そこのバランス次第で、アコギにしすぎだと客離れも起きますしね。でも反対にゆるいと、それはそれでゲームの意味がなくなって、プレイヤーの負けん気を煽れないから続かないし……で、一番難しいとこですよね」
「そこで、良いバランス感覚を持った優秀な編集者がキモとなるわけよ。今はそれがいない。だから、決めたわ、マギ。私ね……」
 何の話だったか? 忘れかけたところで、マギは再び思い出した。そうだ、これはあくまでゲームの話のはずだ。パイセンのアホすぎる帰納法で社会問題にまでされてしまったが。
 そして、部屋の一角にはPCが置かれている。Steamが起動している。その画面は、先ほどミカが発狂して終了したゲームのライブラリで止まっていた。
 タイトルは……。
「私、二度と、不思議のダンジョンだけは手をつけません。これからはゲーマーはゲーマーでも、アクションゲーマーを名乗ることにするわ」
「……あ、そう。よっぽど悔しかったんですね。良いとこまでいって全ロスさせられたのが」
「負けることもロストも悪くないわ。それを決める最終的な判断が、運に委ねられているというのがね……」
「悔しかったんですね?」
「悔しかった」
 ミカはわからされた。





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