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第十一変『陰の胎動と小さなテロリストたち・前』
しおりを挟む狂い咲いた薔薇の蔓の群れが、ホテルの一室を蹂躙している。
真太郎は、その人智を超えた光景を眺めながら、思い返していた。
とある女が言っていたことを。
「……へーきへーき。今のまーくんなら、断る女なんかいないっしょ。つーか、ウププププ……ほんとのほんとに自信ないんだね。ウケる……」
真太郎は答えた。
「そりゃ……今でこそ、こうなれたから良いけど、全部本当のことだからな」
「もしかしてそれさぁ、界隈あるあるだったりするの? みんな、元はいじめられっ子の不登校とか……?」
真太郎が黒歴史を忍ぶようにつつましげに頷くと、女は剥き出しの太ももを自分で勢いよく叩いて、大笑いした。
「デァッハッハッ、まじ、ウケんですけど! 元いじめられっ子がくっらい話描いてー、いじめられっ子がそれ読んで共感してー、いじめられおじさんが嫉妬してアンチになってー、登場人物、みんないじめられ経験者とか!」
女は腹を抱えて転げ回った。
「でもさ。それで成功できてんなら、すごくね?」
女はもう、少しも笑っていなかった。
「まじで、すごくね? いじめられっ子のパワーっていうの? そんだけ頑張ったーってことじゃん。なまじ最初から上手くいってる奴より、いじめっ子なんかより、その時点でもうさぁ、ぜっ……たい強いよね。胆力ある。私はそう思うわ」
あれだけ笑い飛ばした次の瞬間には、もう極めて神妙な顔つきで、その同じ対象を褒めたたえる。
あらゆるものに関心を抱き、裏表のない正直な感想を述べる。
デリカシーに欠けるといえばそうではあるものの、そんな、言ってしまえば、無垢な子供のような感性に、真太郎は強烈な魅力を覚えてしまう。
それに、裏を返せばそれは、彼女の態度には嘘偽りが一切ないということに他ならない。ばかしあいが常のこの現代において、それは貴重だ。彼女の言動には絶対の信頼が伴うのだった。
「だから」
真太郎の頭を丸ごと腕の中に納めるようにして、女は囁いた。
「君にはそれだけの資格がある、ってことなんだよ」
耳元をくすぐる女の吐息混じりの囁きは、それ自身も相まって、真太郎の神経を過敏にさせた。
「そうでしょ? 君は、選ばれた人間なんだ。バカな周りが気づかなかっただ・け。だから、今ではこうして成功を収めてる。成功体験が君を勇者にしたんだ」
「……陽毬」
荻野 陽毬は、真太郎に囁きかけながら、手元に何かを落とした。
「これはそんな君への餞別。さんざん耐え忍んで、努力して、頑張ってきた君へのご褒美だよ。そんくらいのことは許されていいはずでしょう?」
——真太郎はとっさに、ソファの上に放り出していた自分の鞄に向かって飛び込むと、中からそれを取り出した。
出てきたのは、一錠の錠剤だ。
陽毬の言葉が反芻する。
『魔物が出たら、こいつを使いな』
(魔物……あの時は何言ってんだって思ってたけど——)
振り返り、戦慄する。
そこには薔薇の花を咲かせた少女が、迫ってきている。
「これは、ガチだろ……!」
真太郎は勢いを殺さず、錠剤を呑んだ。
天はきょとんとして眺めている。
一瞬——何も起きない……かのように見えて、突如、腕が盛り上がる感じがした。自分の筋肉が爆発的に膨らんでいく。
「ぐ……おお……」
爪が尖り、口からは牙が生え、髪の毛がばさばさと抜け落ち……しかし、これは——?!
真太郎が気がついたときにはもう遅かった。
「グオオオああぁぁぁぁーーーーーっ!」
真太郎が、化け物になっていた。
…………。
にゃう。
猫が、太ももに這い寄ってくる。
金色の毛並みを持ち、鋭い目つきをしながらも、その実めちゃくちゃあまえんぼうさんな、アビシニアンのオスであった。
「うーりうりうりうりー」
陽毬は、顎に手を伸ばして、撫でると、猫は気持ちよさげに目を細めて、ごろごろと鳴いた。
雄はみんなおんなじだ。
コツを掴んで、そこさえ撫でてやりゃ、こうして素直に甘え出す。その手管に、陽毬は、ずっと幼い頃から親しんでいる。
生きるために身につけた極意だった。
「ふ、ふ、ふふふふ……見てよ、猫丸」
陽毬は斜向かいのビルの屋上から、その一室を見ていた。
「今日も陰キャの悲鳴が聞こえてくるよ」
ふ、ふ、と奇妙なひきつり笑いを漏らしながら。
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