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第九変『リッちゃんのアホ事務所とジェノサイド・フォー・ザ・ピーポー・前』
しおりを挟む起き出し、頭を抱えるミゼ卿の面倒を私、皐月、カミュ、クロ提督、あのちゃんで看る。
タマはそのうちに、再び照宮 天を脇に抱えて飛び立っていった。まるでカラスに攫われたなにかのようで、実に哀れだった。
「カタブツがいなくなったとこで……ん……あれ? どこしまったっけな……」
リツはそう言って、全身のパンクコーデをまさぐって、しまいにロンTの中から一枚のカードを取り出すと、
「あ、あったあった。ほい」
それを渡してきた。
忍ばせとくにしてもそこはないだろ。一応女だろ。第一どうやって? 貼るタイプのホッカイロなの? と思ったものの、天使界の常識は所詮私たち人間には計りきれない。
私は言わずにおいて、手元を見る。
名刺だった。
それも、ホストのものみたいに、黒の下地に金箔の明朝体で文字が彫られて、四方は縁取りがされ、隅には小さく薔薇の切り絵が描かれている。自己顕示欲が爆発した芸術作品のようだ。
『リッちゃんのゲーミングとか、あの、ほら、その辺相談事務所。代表取締役 宝生 律子』と中央に書かれていて、私は数秒間の記憶ごと、どこかへぶん投げたくなった。
(略して、アホ事務所とでも呼ぶことにしよう……)
横から皐月が覗き込むので、これ幸いと、私は呪物を寄越した。
「エゲツない個性ですなぁ」
皐月の感想がそれだった。
呆れる私たちをよそに、リツは上体をひねって裾など直しながら続けた。
「私が留守でも、誰かしらいると思うからさ」
「誰かしらって……」
「話は通しておくから。まぁ、いるとしたら地縛霊くらいだけど、所詮オタ女子だから、気負うことはないから」
「地縛霊って……」
誰かしら同居人がいるにしても地縛霊はないだろ、と思っていると「あ!」、ふいに思い出したように続けざまに言って、リツは私の肩をわしづかみにした。
「ただ……ドラクエは何かしらやっておいたほうがいい。絶対にやっておいたほうがいい」
「……なんで」
「うちの地縛霊はドラクエが好きなんだ。やってないで呪われても、私は責任とれない」
「地縛霊がいるにしてもドラクエ好きはないでしょ」
「それがあるんだよ。常識こそ疑え。そいつ、臭そうなビッチが必ず持ってるゆるふわパーカーに取り憑いた地縛霊だから」
「……?」
聞いてく端から、謎が、指数関数的に増えていく。
私はこの辺で理解を諦めたが、リツは念押しし、
「……選べないなら、とりま5にしとけ。ただし、嫁は正直に答えろ。嘘はすぐバレるし、奴はそういう態度を一番嫌う」
「まるで雇用契約書にサインするときに、とりあえず読んどけって、ついでに非常事態マニュアル読まされるみたいだね。ねー、この時間も給料って出るんですよねー? って、エリマネ問い詰めたくなるやつ」
「皐月、バイトしたことあるの? その歳で?」
「えへへ……」
えへへ、じゃないが。
どうやら突っ立っているだけでも、絶え間なく謎がわいてくるようなので、私は地縛霊のことに考えを集中した。
この友人の経歴について探るくらいなら、地縛霊のほうがまだ平易だし、さしあたって懸念を抱いたのはそこだった。
天使も悪魔もこうして居たのだ。地縛霊くらいも、そう言うからには、きっと居てしまうのに違いなく、私たちは明くる日には、彼女と相見えることになるのだろうから。
(……ドラクエか)
やったことはない。自分では。
お年寄りや産まれたばかりの幼児などを除き、あのゲーム画面が出てこない日本人がいるだろうか。マリオと並ぶレベルの、まさに国民的ゲームでは? いるにしても、それこそ地縛霊並みの希少さだろう。
私だって例に漏れない。やったことこそないが、やっているのを見たことはある。
そもそもRTA走者でもなければ、一日二日でクリアできるタイトルじゃない。その時のことを思い出しながら、ついでにちょっと調べといて、対処しようと決める。
さておき、もう一つの忘れかけていた懸念を思い出した。
「そういえばさ……クロ提督やミゼ卿は今日、どうするの?」
ミゼ卿はまだ体育倉庫の前でおぼろげな目つきをし、しきりにかぶりを振っていた。先ほどの私同様、前後不覚でもあるのだろう。
飛び去っていくタマと天を見送り、手持ち無沙汰感が出た頃だった。
ふと思い出したように、私はiPhoneで時刻を確認しようとして、そのとき悲鳴をあげた。
「みよちん?!」
「あ……あ、あ……わ、わたしの……」
「あら、ばっきばきね」
カミュがにべもなく言った。
そうなのだ。
先ほどの戦闘のせいだろう。私のiPhone13の画面が、ばっきばきになっているのである。こんなに恐ろしいことはなかった。
私は一瞬にして青ざめ、リツが頭ひとつ分高いところから見下ろして言った。
「あー……ポケットにでも入れてた?」
私は、ばきばきになったiPhoneを受け皿のようにした両の手のひらに乗せたまま、為す術なくうなずく。
「しょうがないね。戦闘中はそれどこじゃないから」
私は発狂した。
「しょうがなくないですっ! iPhoneはしょうがなくないですっ! 命よりも高いっ!」
「……これがマニピュレーターに依存した人間の成れの果てか……むなしい……」
「むなしくないですっ!」
「あっても、連絡とる相手いんの? 彼氏もいないのに。この機にデトックスしろ、デトックス」
「彼氏に連絡するため、だけのガゼットじゃないから! 決して! いくらしたと思ってんの! たすけてっ!」
iPhoneはもはや生活必需品といっても過言ではないくらいなのに、その値段は、中学生にとって天文学的数字なのだ。目ん玉が飛び出るのだ。たぶん国家予算より大きいと思っている。
「あっ、そうだ、みよちん、これでドラクエできるよ。スマホ版出てる」
「そんなん言うてる場合じゃねえだろうが!」
私はその場にひざまずいて、うなだれた。
四つん這いなんてしたのは、これが初めてのことだった。
「うそ……でしょ……この先、しばらくiPhone無しで生きてけっていうの……?」
「うぁぁ……(一番ダメージ喰らってる……)」
「現代人殺すにゃ刃物はいらぬ。スマホを壊せってな」
リツがあのちゃんに続けて言った。
皐月は、すると自分のポケットから、背面がドクロで象られたアンドロイドを取り出した。
「じゃあ、私のカスタムアンドロイド『ジェノサイド・オール・ザ・ピーポー』あげるよ」
「犯罪っ! あと、その両方のセンスさぁっ!」
「けどへーきへーき」
リツが呑気に言った。
私がなおも食い下がろうとするのを右手で制し、リツは続けざま、下乳でも支えるように左の手のひらを上に向ける。なにぶん動揺していて表現にも乱れが生じてしまう。
すると、モノクロの世界が、視界にチラついたように見えた。
一瞬のことだったが、確かに濃紺かもしくは青紫がかったカーテンのようなものが、視界全部からちぢんで、リツの手の中に収まったように……私には見えた。
「はい。見てみ」
リツは言いながら、あのビームを放ったときのように、私の胸元に人差し指を向けて立てる。
私は、刮目した。
私の手元を覗き込む皐月やカミュ、クロ提督も同様だった。
「…………」
言葉にならない私のよそで、二人が感嘆の息をもらして言う。
「うおおお」
「ほう……つまり、これが……」
「そう。今、私たちは再び観測されだした。観られていなかった事象は、もとの姿に戻る」
私の手の中でiPhoneが元の綺麗なガラス製画面を取り戻して、反射していた。
歓喜に手が震える。
クロ提督が、裏門通りの様子を眺めながら、リツに返した。
「奇怪なものである。いったい、誰が観ているというのだ?」
「そりゃ、形にならないくらい、私らよりもずっと上の次元にいる人たちだろうね。この世が、解ることだけでできてると思ってる? 狭いぜ、そりゃ」
これが、ストックホルム症候群というやつか……。
私の中でリツさんの株はうなぎ登りの右肩上がり。
リツさんのペットになら、なってもいい。
その時の私は、冗談でなく、そう思うのだった。
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