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第七変『発覚/世界を滅ぼせる少女 ・後』
しおりを挟むそれは、世間で言われていることがいかに、本質とかけ離れているかという話になるけれど、
真実はいつも常識と逆だ。
生きているすべては、死んでいるすべてに、生かされているように。
敗者がいるから、勝利が成り立つように。
アリを必要とするのが、本当はキリギリスなように。
それらはことごとく本質的に逆の価値を持つ。
0が死で、点灯している1が生。
死んでる状態こそが正位置。
生きてることこそが異常事態。
睡眠とは、それは、擬似的な死の練習であって、私にはもう死がないから、眠る必要がない。もともと眠るのは苦手だったけど。
起きて誕生、寝て死んで、朝になったらまた産まれる。
人生とは長い一日のようで、私たちはそうして生と死の終わらない夢を見続けている。
私たちはやっと夜が明けてくる頃。親たちは仕事も半ばといった頃。おばあちゃんたちはもう最後の食事の時間かな。早ければ寝る支度を始めてるかもしれないね。次にまた目覚めるときのために。
その中で蝶のようにときおり見る夢が現実で1。
本当に寝ている0が死で、自然な状態。
これが運命。
そして輪廻。
時間の問題だったんだ。
気付いてないなら、おあいにく。
やられるだけだとわかって、大人しく待つバカがどこにいる。
考えればすぐにもわかることだったんだ。
私はむしろ後発かもしれない。
祈りに意味がなく、搾取の口実のため、肥えた人が一層肥えるためのものならば、
それなら私は、1を消して、すべてを0にする。
人類はもっともっと早くにそうするべきだった。
正しかったのは八百万だけだった。
他のすべては誤魔化しだ。
嫌なら何故、こうなる前に、世界をもっと、人をもっと、大切にしてこなかったの。
陽性に変えようとはしてこなかったの。
そのたび、あんたは、そうした人を、せせら笑ってきたんでしょ?
だから、これは、見て見ぬ振りをしてきた、無関心を決め込んできた、あんたのせい。誰のせいにもできない。
悪いのは、あんただ。
とある女生徒の独白のように、私は深層で考えていた。
私は目元を拭いながら、
いやしかし、とんでもない夢だった。とその内容を思い返す間もなく、ぱちくり、まぶたを押し上げた。
二つの空洞で1セットになってる。それが、たくさんこちらを覗き込んでいた。
そいつらの代表がかたかた歯を鳴らして言った。
「おはようございまーす」
目が覚めると周りが糞虫ならぬガイコツになっていた。
「うわぁっ!」
今度はそんな序文を思い出しながら私は飛び起きて、布団をまさぐる代わりにブラウスの裾を引っ張った。
「なにっ、なにっ?! 誰っ?!」
ざっと五体はいただろうか。
ガイコツたちが私を囲んで覗き込んでいたのだった。
「あ、みよちん。起きた」
その骨の群れの向こうから皐月の声がして、私はまさしく悪夢から目覚めた子供のように、ほっと胸を撫で下ろした。
大事そうに鎌を持ち、フードをかぶった死神っぽいガイコツが、地面から1メートル中空というところをぷかぷか浮遊しながら、言った。
「起きましたよー」
「うん。ありがとー」
皐月はすれちがいざま、そのガイコツに何やら手心を加えていた。彼女は悪い顔して言う。
「今後ともよろしく頼むよ」
「へへへ、いつもすいやせん」
(何の取引だろ……)
見ると、死神ガイコツの中手骨には、ガイコツのキーホルダーが握られている。皐月のカバンについていた男子中学生の九割が買ってしまう暗闇で光るアレだった。
ゲーミング・ガイコツ。略してGGとでも呼ぼうか。
フードのガイコツは、このGGを第一関節の先っぽで挟んで掲げ、眺めると、ない目ん玉の奥をきらきらさせて言うのだった。
「うぉーーーっ! かっちぇーーー!」
周りの着の身着のままガイコツたちもかたかた言って寄ってくる。
フィギュアもそうだが、なぜ感動すると、思わず上に持ち上げ、下のアングルから眺めてしまうのだろうか。ドラマのワインなんかもそうだ。人類の大いなる謎だった。
「見せて見せて!」
「ほら、目のとこに宝石入ってる。オレらとは違う」
「プラスチックだから」と私。
「だが、光るのは周りの白いとこなんだぜ? こっちは自然な反射をお客様に提供します」
一人のガイコツなど感激のあまり、隙間だらけの手のひらで目元の空洞を覆って、打ち震えた。
「脱帽する……会えてよかった」
「一味違うわぁ……」
「センスの骨な」
「オレ、こんな骨のある男に産まれたかった……」
「っぱ、脳みそのある奴は、人と考えることが違うよなー」
「…………」
本人たちが喜んでるならいいか……。私は放っておくことにして。
そんなことより、前後不覚だ。
なんでこうなってるのか、さっぱり覚えていない。
改めて周りを見回せば、そこは校門から少し入ったところで、私の隣にはミゼ卿が、胸元に皐月の苗字が縫われたジャージを被せられて、眠っていた。
皐月本人はというと、少し離れたところで、円を描くように集まった面々と話し込んでいたっぽいのだが、その面子がまた極めて異常だった。
顔面を元の紳士風男性に戻したクロ提督はまだいい。そこから左回りに、照宮 天。霊障の手を出す長髪の女。黒い翼の天使、悪魔の女、と続くのだ。
特に天使は、校舎の壁に寄りかかって腕を組んでいて、起きた私とちょうど向かい合わせになる。
「あいつ……」
「…………」
彼女は物言わず私を見ていたが、ふいに目線を逸らした。代わりにこちらを向いた首筋に、ギャグ漫画みたいに大きな絆創膏が貼られていた。
皐月の顔が間に入るように覗き込んできて、そんな視線を断った。
「皐月……」
「みよちん。気分はどう? 気持ち悪くない?」
「え……あ、いや、ぜんぜん……平気だけど」
言われてみればすこし頭が重いような気はした。……したが、そんなのはプラシーボ効果みたいなものだ。誰だって寝起きはしんどい。
「そっか。なら、よかった」
「待って、皐月。いったい……何が、どうなったの? あの二人……」
皐月は皆のほうを振り返り、またこちらに振り向きなおすと、顔を曇らせて言う。
「……覚えてないの?」
「朧げにだけ……」
「軽い記憶障害か……戦場ではよくあることである」とクロ提督。
「アリの戦場経験を語られてもなー……」
「むしろ、アリの戦争クッソ苛烈じゃぞ、みよちん。ゆえにアリは『戦う昆虫』と呼ばれるのだ」
私の切り返しに皐月が突っ込んだ。
「え、あ、そうなの? てか、戦争とかするの? 勉強不足だった」
「なに。娘らの日常が我輩たちに不可解なように、我輩の世界観ではそれが普通というだけである。自慢にもならんし、気にすることもない」
クロ提督が温かくそう言ってくれた。
皐月は改めるように言った。
「みよちん、どこまで覚えてる? タマ……あの悪魔のお姉さんは?」
「こんにちは」
皐月が背後のグループを指すと、タマと呼ばれた悪魔のお姉さんがこちらに手を振ってくる。
私は彼女に頭を下げてから、皐月に返した。
「……は、覚えてる。いきなり空から落ちてきて、ミゼ卿をやった人」
「じゃあ、そのあとは——?」
「そのあと……?」
私は思い返した。
ミゼ卿がやられて、タマと呼ばれた悪魔のお姉さんがコミケの同志のようにガイコツを呼んで、皐月たちが囲まれて……それから——。
私は思い出した。
「あっ——! あの悪魔、戻っちゃったの?!」
「あ……」
「なるほど。自覚有りだ。どうする、タマ?」
即応した天使が校舎の壁から背中を起こして言った。
「…………」
私はすぐに立ち上がって身構える。
脚に力は入らなかった。……が、いつだって来い。戻せるとしても、何度でもまた噛み付いてやる……といった気概で、天使を睨み返していると、悪魔のお姉さんが天使に向かってやんわり首を振った。
立ち上がってこちらに寄ってくる。
クラスにいたらマドンナになる。そんな完全無敵の童顔で見た目や雰囲気は妹系なのに、大人っぽい上品な香水の匂いがした。
そのアンバランスさを計算でやっているとしたら、この人は天然じゃない(天然なんてものが本当に存在するのならだが)。私は矛盾一つ見落とさないように注意した。
すると、次の瞬間、信じられないことが起きた。
私は悪魔のお姉さんに抱きしめられていた。
その腕や指先、全身の感触は鮮烈で、男子でもないのに、ドキドキした。
「えっ……あ、あの?」
「大丈夫。私たちは人間じゃありません。ミカさんがそうだったように、人の持つ力を信じている。あなたはやむを得ないことが起こらない限り、それをしません」
タマと呼ばれた悪魔のお姉さんは、一度身体を離すと、ふんわりと微笑みかけてきた。
「そうですよね?」
「あ……」
私は何を考えていた?
この感染の力で。
暴走しかけていた?
私の力は、本体はどこにでもいる中学生で無双なんて夢のまた夢のようなものだけれど、わりと容易に人類を滅亡に追い込める代物だった。
そして、そのことに気付いているのはここにいるごく少数。
しかし、自分で言うのもなんだが、私だって移り気の激しい極めて不完全なお年頃だ。
正直言って、今後どうなるかなんてわからない。
わからないけれども。
なんだか、このお姉さんの顔を裏切ることはしてはいけない。
そんな気がした。
「……はい」
「なら、信じます。あの子にも、あの子にも言ったけれど、私たちは人間じゃないから、そこまで堅苦しくはありません」
「…………」
照宮 天が、何が言いたげに、悪魔のお姉さんを見つめるのが見えた。
「それに、二人にも話したことだけど、私たちの間でも見解が分かれているところなの」
「……どういうことですか?」
「私たちの理想は管理なんだけど……うぅん、どこから話したものかな……」
タマは明後日の方向を仰いで、顎に指先をくっつける。そんな、まさしく姉なるものの仕草で私をあっさり魅了しながら言う。
「うん。やっぱりミカさんの話かな」
「私たちに羽根をばらまいた……カオスの中心……」
「うん。あなた達にそうして力を分け与えた代わりに、本人は今ね……完全に力を失ってミジンコになってるの」
「……?」
私は一秒ほど眉根をひそめてから言う。
「あの。真面目な話を……」
「それを真面目にやるのがミカさんなんだ」
タマ姉さんは困った顔で言った。
嘘をついているようには見えない。
私は頭を抱えた。
これまでの彼女に対する他者の表現が腑に落ちた瞬間である。
「……そりゃ、カオスの天使ですね」
「ふふふ……でも、付き合ってみるとすごく良い人ではあるんだよ?」
「あぁ、ダメな人に対するテンプレのフォローが……」
そして、タマお姉さんからは、そんなダメ人間に肩入れしてしまう残念な人の匂いが……。
私は切り替えた。
「でも、それなら何の問題もないんじゃないですか? ミジンコでしょ? どうとでもできるじゃん……じゃないですか」
「ところが、そうはいかないのが彼女の曲者なとこでね。彼女が本当にあなた達に力をあげちゃったとしたら、ミジンコ状態の彼女を潰しても何の解決にもならないし、彼女の力だけがこの人間界を彷徨うことになる」
「あ、そうなんだ……」
「その上、その一つ一つは紛れもなくミカ先輩のズレた異常性を秘めてる」
黒い翼の天使が進み出て言った。
噛みついたことをまだ根に持っているのか知れない。
というか、シンプルに近寄りたくないのかもしれない。一度噛んだ手前、それは仕方ないことだった。
「一見すると、どいつもこいつもお笑いにしかならなさそうな能力だけど、間違ってピントが合えば簡単にこの世を終わらせられるような、ね……そんなのが関東を中心に散らばっちゃったってわけよ」
「……そこで、その超危険な私たちを、あなた達が捜索し、ひとりひとり捕まえている?」
「保護はしてないの。下手に触発するのも危険なのは、あなた自身が実感したことだと思う」
皐月は言い得て妙だったわけだ。
タマお姉さんが引き取って、続けた。
「保護したところで、どこに集めておくのか? も問題だし、もしかしたらそれがミカさんの本当の狙いかもしれない」
「本当の狙い……?」
「私たちに羽根を集めさせて、人間界で復活する気かもしれない」
黒い翼の天使が答える。
「ミジンコ野郎は今、天界でマギっていう同期がほぼ二十四時間体制で見張ってるんだ。彼女自身には何もできないのは確実。けど仮に、自分がミジンコになるくらいありったけの力を人間界に置いてきた、もしくは捨ててきた、ということだとしたら?」
「……私たちは彼女の目的を果たすための担保にされたってことですか?」
「一つには、そう考えてる。群体ってわかる?」
「ええと、スイミーみたいな。本来別個体であるはずの生き物が集まって、身体を大きく見せたりする……」
「そうそう。もしミジンコ野郎が、そんなアメーバみたいな真似を習得してたとしたら、一ヶ所に集めること、それ自体が危険だ。その上、力を持ってしまった人間が邪なことを企てないとも限らない」
「それで探し回って……でも、それなら管理じゃなくて監視ですよね、つまり」
「君の力なら、公的機関にバレたら面倒なことになるのは想像に難くないでしょ? 管理にはそんな意味合いもある」
それは……確かにその通りだと思った。
私はもはや意図的にパンデミックを起こせる"歩く病原体"みたいなものかもしれないのだ。
「あんたら人間さえ協力的なら、現状維持が私らにとっても、あんたらにとっても一番なんだ。だから、それができるうちに理性的に話してまわってんの」
「私たちとしても、ミカさんに手を下すようなことはしたくない。何もないのが一番だから」
私はカミュの話を思い出していた。
——陰湿な攻撃性を持つものを滅ぼそうと。
——ひとりひとりに自信を分け与えて、陽キャにする。
——一緒に遊びたいだけかも。
(純粋に楽しみたいだけ……あえて王手をかけさせ、いつでも取れるようにすることで、むしろ判断を迷わせ、遅らせる……)
(みよちん……)
カミュが話しかけてきた。
(あんた……今、どこに)
(私はミカの羽根。いつでもどこでもいるし、お姉様のためにならないから、下手なことは喋らない。けど、奴らはミカと戦った天使だってことを忘れないで)
(…………)
私は困惑する。
あるいは、そう、表すなら、無邪気。
何にも考えてないから、だから自由にできるのか。
ただ、面白いのために。
しかし、カミュは享楽主義ではないと言った。カミュもそうだけど、この天使たちも、誰が本当のことを言っているのかわからない。
その中心にいるミカ……。
(天才どころか、相当なケ者の匂いもしてきたぞ……)
けれど、本人に会ってみたい。
好奇心は止めようがなかった。
「てわけで、その力を利己的に使う気なら、ちょっと容赦できない」
「けれど、何もしないなら、こちらからも何もしない、というわけなの」
「あの」
私はすぐに行動していた。
こういうことは考えるより、思い立った瞬間が華だ。
「よければそれ、私にも手伝わせてください」
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