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第六変『白熱! VS堕天使! ・中』
しおりを挟む一方、蝦蟇原中学の裏門前では、超・非現実的な攻防が繰り広げられていた。人の目が及ばないのを良いことに……。
呪いの子は、数十箇所にもなる霊界に通じる穴を空け、そこらじゅうを虫食い状態にした上、そこから夥しい量の青白い腕を喚びだし、クロ提督を引きずり込もうとした。
腕の一本一本は霊界の極低温をまとっていて、触れると即座に神経が麻痺、内部から動けなくなって、獲物は為す術なくあの世に連れて行かれてしまうという寸法だ。
他方、クロ提督は大鎌を巧みに使いこなし、これを目にも止まらぬ早業で凌いだ。
この大鎌も一癖二癖ある代物で、刃の部分は内向きにノコギリ状をしていて、刺しやすいが抜けにくい、そんな、獲物を捕らえて離さない形状になっている。その上で、時折、それ自体が生き物のように伸縮性のある動きを見せて、敵方に予測のできない自在の太刀筋を見せて翻弄するのだった。
双方、技量は互角。一歩も引かない激しい打ち合いが続き、当然その衝撃も振動も辺り一面にとどろくばかりだったが、じっと見据える堕天使が、その影響を実空間から遠ざけていた。
これは天使本来の能力とは別物で、彼女たちがとある知人から学んだ業であり、簡単に言うなれば量子力学に基づいた時間停止能力である。極近辺、小範囲ではあるものの、自分の求める座標周辺において、"観測から逃れることができる"というもので、これにより、隔絶された空間で起きた事象は大抵の場合、なかったことにされ、周辺へ影響を残さずに済むのだった。
すなわち、彼らが戦っているのはほぼ同じ背景の別空間である、と言ってよく、したがって、学校施設内で部活動に励む生徒や校内に残っている教師、その他の職員らは生半なことには感知できないのだった。
余談ではあるが、これは春に渋谷上空で起きた事変の際にも使用され、そのためにミカの強力無比な弾幕下にあっても被害はゼロに抑えられた。
さて、クロ提督と呪いの子の攻防は——技量においては拮抗。しかしながら、徐々に相性の差が出始めてきたとこである。
「うぁぁ……」
無数に霊障の手を喚びだしながら、呪いの子は思った。
(……うーん、どっから忍ばしてもすぐにバレる。足の裏なんかも速攻でバレる……リツがなんか言ってたっけな。あの人、胡散臭いからぜんぜん聞いてなかったや……)
対して、クロ提督は、通りを所狭しを駆け回りながら、まさしく鉄面皮を地でいく無機質な顔のまま、余裕のある笑い声を響かせた。
「はっはっはっ……臭う、臭うぞ! 貴様の穴はひどく臭う! まるで便器であるっ! どこから奇襲をかけようと、それでは我輩の前に意味を成さぬなぁっ!」
「う、うぁぁ!(し、紳士ヅラしてる奴が穴とか臭いとか女に向かって言ってんじゃねええーーーっ! 三十年も井戸の底にいたんだから、仕方ねえだろうがぁぁーーーっ!)」
クロ提督の挑発は効果てきめんだった。
呪いの子は髪に隠れた顔面をうめぼしみたいに真っ赤っかにしながら、ますます穴と腕の数を増やしたが、数が多ければそれだけ管理も多忙かつ雑になるもの……完全なる悪手であり、呪いの子の経験不足もあって、敗北は時間の問題だった。
一方で状況を見守る堕天使は、蛍光色をまとう色鮮やかな蝶の群れを周囲に漂わせていた。
そのうちの一頭が、伸ばした指先に留まる——。
「堕天使結界術『帰国天使の計算式』VER.2.0——!」
彼女は自分の羽根を色とりどりの蝶に変えて、飛ばし、諜報やその他の搦手に用いるのだ。ちなみにVER.1.0では飛頭蛮のような醜い姿だったのが、きちんとした蝶になっているところが、ヴァージョン・アップしている。
ブドウ色の妖しげな発光をまとう蝶の頭を愛でるように触れ、彼女はつぶやいた。
「……あらま。警察呼んじゃったか……ま、タマも動いてるし、それはなんとかなるでしょ……そんで二人は——」
——呟きながら、背後から迫っていたみよちんの渾身の打ち下ろしが振り下ろされる直前に、その手首を片手で捉えるのだった。
「いっ……!」
みよちんは中身を抜いたカバンを頭部に被った姿で、両手には黒い羽根をアイスピックのように握りしめていたが、堕天使に手首を縛り上げられて、あえなくそれも取りこぼした。
堕天使は持ち上げたみよちんを見上げると、彼女の奇襲をものともせずに続けた。
「——正門から中庭を抜けて、もう来てる……か。まぁ、悪くない方向だけど、舐めたね。伊達に天使やってないんだわ。中学生の不意打ちくらい——」
だが、みよちんとて自分たちの攻撃が堕天使に通用するなどとは、はなから考えていなかった。——だから、すぐに頭の中でカミュを呼び出した。
(カミュ。今だ——!)
脳裏の合図と同時、カミュがみよちんの後ろから堕天使の眼前に飛び出した。
再び裏門前に、一面を引き裂かんばかりの閃光が走ったその時、すかさずフェンスを突き抜けて皐月の霊体が通りに飛び出してきた——。
◇
数分前。
蝦蟇原中学の裏道を抜け、集合住宅の塀沿いに進んだ先に広がる四車線の大通りを少し進んだところで、皐月はぐったりとしていた。
端の堤防に寄りかかるみよちんに身を任せ、幽体離脱しているのである。
本体、すなわち皐月の霊体はその時、学校の遥か上空にいた。
オバケ化した皐月は、堕天使の蝶と同様、周辺の索敵・諜報に非常に優れている。
作戦時、あらゆる情報は明確な武器になる。何はなくとも敵を知ることが戦闘における第一段階。それで、皐月は作戦の前に周辺情報の洗い出しを買って出たのだった。
しかしそうして間もなく、皐月は改めて天使という相手の強大さを目の当たりにすることになった。
裏門前を中心として、まるで巨大な暗幕が下げられているかのように——すでにこの一帯が暗いドームのようなものに包み込まれている。
この異様なオーラともいうべき力のために、周囲の人たちは何が起きているのかも気付けないのだ。警察が来たとしても、きっと当てにはできない。皐月はすぐに悟った。
そもそもなぜ、あの天使たちは私たちをピンポイントに探し当てられたのだろう?
もし、これが探知機みたいな役割も担っていたら……? 私たちが何をしても、彼女たちには筒抜けだとしたら……。
皐月はそこで考えるのをやめた。
みよちんが曲がりなりにも乗り気になってくれた。今は何よりもそれをやめないことが肝心だ。
例え筒抜けだったとしても、もみくちゃになれば、如何な天使といえども隙が生まれるかもしれない。——考えるのは、そのことだけだ。
皐月は意を固めると、改めて丸めた指を双眼鏡のように見立てて、遠目、上空50メートルといったところから裏門付近を見据えた。
(うお……なんだありゃあ!)
細かい点になって、まずクロ提督が飛び回り、無数の青白い手と打ち合っている姿が見える。しかし、得物の大鎌以上に、その姿は実に奇天烈なもの。
いぶし銀な執事風紳士だったのが、今では頭だけ鉄仮面をつけたようなへんた……異様な姿に成り果てている。
( ……クロ提督? 貴方……)
皐月は、クロ提督に抱き始めていたあわい気持ちを覗かせると、
(知ってた。元はアリだもんなぁー。変態紳士で何も間違いがない……)
瞬く間に切り替えて、斥候に戻った。
※変態 : 1. 形態を変えること。転じて、2. 異常な状態。
どちらかといえば普段、世間一般で使われているほうが転用された意味合いである。
さておき、通りの反対に長い髪のやつ。クロ提督と、あの、えのきみたいに生えてくる青白い手で打ち合っている。
最も注意すべき黒い翼の天使は、上空からだと建物の影になって見にくかったが、裏門の近くに背を向けて突っ立っていた。自分たちがiPhoneを用いるように、自分の手元と話しているようにも見えるが……もっと近寄らなければ確認はできなかった。
位置はわかった。そして、幸いにもクロ提督が善戦していることも。
しかし、いつ、天使がやる気を出さないとも限らない……可及的速やかな行動が求められるのは確かだ。
皐月は手早く索敵を終えて、みよちんと自分の肉体が眠る元の大通りまで戻った。
上空から青白い白装束姿の皐月が降りてくると、みよちんがさりげなく手を振って迎えた。
彼女の隣で静まり返る自分の身体と重なると、その肉体に精気が宿る。まるでコールドスリープした自らの肉体に戻る未来人間か何かになったようだと、皐月は思った。
魂がパイロット? 生前(この霊体化を身につける以前)にも考えたことがあったが、魂が肉体のパイロットだとしたら、その小さな自分自身はどこにいるのだろう?
頭をほじくりかえしても、そこには何もないはずなのに。自分はどこから、この世界を見ているのか——?
みよちんは、見ているフリをしていたiPhoneの画面から顔をあげて、皐月の顔を覗き込んだ。
「皐月?」
「……ふぅっ! 寒い!」
皐月は戻るなり、腕を抱えて震え上がった。
「寒いの?」
「なんか一瞬ぶるぶるってする……で、見てきた!」
皐月は状況をみよちんに説明した。
みよちんは細かく頷いて聞き遂げると、
「よし。じゃあ、すぐに行こう」
大通りの反対の方角を指して言った。
そこまで行くのにだって時間がいる。作戦は歩きながら考えるという示唆を含んでいる。皐月は了解して小走りに後に続いた。
「今度は正門から行く。私たちが逃げてったのは裏門のほうだから、ひょっとしたら意表をつけるかもしれない。少しでも動揺を誘いたい」
「うん」
「で……先鋒は私」
「待って。オバケになった私のほうがいい」
すぐに皐月が切り返した。
というのも、先鋒隊といえば、その任務は基本的に陽動であって、それは敵の反撃を受ける可能性が一番高く、何ならそれを含めた役割になるからだ。
「あの手がそうだったみたいに、オバケは生身では触れない。きっと天使の羽根もオバケになれば当たらない。私が盾になったほうがいい」
「それは人間にとっての常識。天使は違うかもしれないし、そのくらいのことは当然考える。だから裏をかく。でなきゃ、天使なんか出し抜けないよ」
「みよちん……でも、もし、みよちんが羽根を喰らったら?」
「その時のためにこれ」
みよちんはカバンを持ち上げた。
「これを被って、身体には教科書とノートをぎっしり詰めとく」
「おおー。私のも使って! 置き勉してたから、たくさんある!」
「うん。そのつもり。空いた穴から視界は確保できるし、何もしないよりはマシでしょ」
「でもなー……やっぱ、天使と直接対決なんて危ないよ……」
「大丈夫。いざとなったら、カミュを呼ぶ」
肩先の小天使が存在感を露わにするようにくるりと舞った。
「私の後光ね!」
みよちんは続けた。
「そう。カミュは私についてきて。合図するから、またアレやって」
「ええ。しょうがないから、大サービスで使ってあげるわ」
「私は……そしたら?」
皐月が首をかしげると、みよちんは冷静に答えた。
「私とカミュでなんとしても時間を稼ぐから、その隙に皐月にはミゼ卿を起こしに行ってもらう」
「ミゼ卿を……」
「どんなに意気込んだところで私たちじゃ戦力にならん。一方、ミゼ卿はあの羽根さえ受けなきゃ戦えてたと思うんだ。あの天使、肉弾戦は苦手っぽいし。だから、彼に賭ける」
「ふんふん」
皐月は細かく頷く。いつか……作戦会議した夏の日を思い出して、こんな状況にも関わらず、すこし楽しかった。
みよちんにも似たような記憶がある。が、その時の自分は皐月の立場だった。
意図せず、似て非なる想いをマーブルのように交ぜて、二人は顔を寄せ合っていた。
みよちんは続けた。
「本体は物置の陰かなんかに隠せば皐月はとりあえず無敵だから、それでミゼ卿のとこまで突っ込んで。オバケならフェンスは直線で抜けられる。それにさっきはああ言ったけど、私もたぶん、オバケ状態なら天使の羽根の標的にはならないと思うし、長い髪の女のほうはクロ提督が抑えてくれる。うまくいけば、すぐに倒して加勢してくれるかも」
「でも、私、オバケになってたら触れないよ」
「それなんだけど、あの髪の長いヤツは私の足首に触ってたじゃん?」
「そういえば……」
「なにか方法があるはずなんだよ。それこそカミュが言ったように力次第……その力に沿った使い方ってやつが」
それに関して、また何か、頭の中の引っかかりを思い出したみよちんだったが、
「私、一つ気になってるんだけど」
同様に考え込んでいた皐月の次の呟きで、また流れた。
「ん?」
「薔薇の人は?」
「それは不確定要素が多すぎる。今は考えない」
「でも、私たちの力になってくれたら——」
「すでに攻撃されてる。敵として現れる可能性のほうが濃い。むしろ、警戒すべきだよ。いつまでも留まってるとは思わないけど、場所も同じなんだし」
「……わかった。そうだね。今は、私は、とにかくミゼ卿を起こすことに専念する」
「うん。もしできそうになかったら、クロ提督と交代して。それで皐月が髪の長い女の相手をする……これは超危険だから、本当に万が一のときね」
「みよちんさ、やっぱ可愛いよね」
「へ?」
「ううん、私、すんごく大切にされてるなぁって」
私は肩の力を抜いて笑いかけた。
「そうだよ。皐月しかいないもん、私には。だから、絶対に無理はしないで」
「承ったよ。心して、やり遂げてみせる。そんで、提督とミゼ卿と、五人で逃げよう。絶対に」
「頼んだぜ、相棒」
私たちは拳の底を合わせるのだった。
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