ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎

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3巻

3-3

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 ◆◇◆◇第二章:トーヤ、王都に思いをせる◇◆◇◆


 アグリがそろばんを披露ひろうしてから三日が経った。
 トーヤが商業ギルドで営業時間後の書類整理をしていると、ジェンナから声を掛けられる。

「トーヤ、ちょっといいかしら?」
「仕事も落ち着きましたし、大丈夫です」

 二階にあるジェンナの部屋に移動するため、トーヤは椅子から立ち上がろうとした。

「あぁ、このままで大丈夫よ」
「……かしこまりました」

 しかし、そう言われたので浮きかけた腰を再び下ろす。

「あなた、魔導具まどうぐの修理をしたいと言っていたわよね?」

 ジェンナが口にした魔導具というのは、トーヤが先日手に入れた、古代の魔導具のことだ。
 この場で『古代の』と口にしなかったのは、古代の魔導具が貴重な物であり、それを持っていると周囲に知られるのを避けるためである。

「魔導具の修理ですか? ……確かに、そうですね」

 トーヤはジェンナの意図に気づき、そう答えるにとどめた。

「実は、王都の商業ギルドへの届け物があるのだけど、トーヤが渡しに行ってくれないかしら?」
「「「「えぇっ!? ト、トーヤ君が王都へ!!」」」」

 ジェンナの提案を聞いて驚きの声を上げたのは、トーヤではなく周りにいた職員たちだった。

「……あなたたち? 仕事はどうしたのかしら?」
「「「「し、失礼いたしました!!」」」」

 職員たちは慌てて仕事に戻るが、その反応も無理はない。
 ラクセーナから王都までは結構な距離があり、行くのには馬を使っても片道で五日は掛かる。
 つまり往復おうふくで最短でも一〇日、用事の内容によってはそれ以上もの間、トーヤがラクセーナを離れることとなるのだ。
 仕事のできるトーヤがそれほどの期間いなくなるのは、商業ギルドの職員からすれば大問題だ。

「全く。子供のトーヤにおんぶにだっこでは、商業ギルド職員の名が泣くわよ?」
「あは、あはは~」

 呆れたようなジェンナの呟きに、トーヤはかわいた笑いを漏らすことしかできなかった。
 ジェンナは切り替えるように、トーヤに向き直る。

「それで、どうかしら?」
「どうかと言われましても……その、荷物を王都の商業ギルドへ届けるだけなのでしょうか?」
「そうよ。行くのはトーヤじゃなくてもいいのだけれど、魔導具の話を聞いていたからね。王都であれば、もしかすると魔導具の修理ができるかもしれないわよ?」

 ジェンナにそう言われ、トーヤは内心ワクワクする。
 古代の魔導具に関しては、いずれ専門機関せんもんきかんに持ち込んで修理してもらいたいと思っていたが、それがいつになるかは定かではなかった。
 まさか、その機会がこれほど早く訪れるとは、想像もしていなかったのだ。

「私でよろしければ、ぜひお引き受けしたいと思います!」
「うふふ、よかったわ」
「ちなみに、届け物が何かというのは、うかがってもよろしいのでしょうか?」

 古代の魔導具の修理も気になるが目的は仕事である。
 トーヤは自身が運ぶ荷物の詳細について聞いてみた。

「先日、魔力欠乏症の治療薬を作ったでしょう? その調合方法が書かれたレシピと、現物の治療薬よ」
「レシピに……現物ですか?」

 ジェンナの友人、エリフィが先日掛かった魔力欠乏症は、治療薬の存在すら長年定かではなかった。
 しかしトーヤが自身のスキル、聖者の瞳を使ってその調合方法を発見したのだ。
 その時作った現物が残っていたことにトーヤは驚くと、ジェンナが見透かしたように言う。

「エリフィのために作った治療薬が少し残っていたの。人の多い王都なら、きっと有効活用してくれるでしょう」
「そうでしたか。これで魔力欠乏症に苦しむ人が少しでも救われてくれれば、嬉しい限りです」

 トーヤの素直な感想を聞いたジェンナは冗談っぽく告げる。

「ちなみに調合方法についてはトーヤが発見したものだから、あなたが独占しても構わないのよ? そうすれば莫大ばくだいなお金を手に入れられるでしょうね」
「え? そんなことをしてしまっては、助かる人が減ってしまうのではないですか?」

 即答するトーヤ。
 すぐさまそう答えられる彼を見て、ジェンナはどこかほこらしい気持ちになる。

「ありがとう。まあ、あなたならそう言ってくれると思って、準備を進めていたのだけれどね」

 微笑みながらジェンナがそう口にすると、トーヤも嬉しそうに笑った。
 その様子を見てジェンナは続ける。

「それと、王都に行く時には冒険者ギルドで護衛ごえいを依頼することね。瞬光の手が空いていれば、今回も依頼してみたらどうかしら?」

 トゥイン村へ向かった際、トーヤたちは冒険者ギルドで護衛の依頼を出した。
 その時の依頼先が、トーヤがスフィアイズに転生して間もない頃に彼を手助けした、冒険者パーティ、瞬光なのだ。

「どうせトーヤのことだから、無茶をするだろうし、色々と事情を知っている彼らの方が都合がいいでしょ?」

 ジェンナの言う事情とは、トーヤの持つレアスキル、アイテムボックスのことだ。
 これは生き物以外を亜空間に保存するスキルで、旅の際の荷物を大きく減らすことができる。
 だが使い手が少ないため、スキルを持っていることを知られると、持ち主に危険が及ぶことがあるのだ。

「無茶をするというのは……否定はできませんね。では、書類の整理が終わりましたら冒険者ギルドに足を運んで――」

 自分の性格を理解しているトーヤは苦笑いしながら答えた。
 しかし、ジェンナが遮るように口を開く。

「何を言っているの。これはわたくしがやっておくから、すぐに行ってきなさい」
「……い、いいのですか?」

 まさかの提案に、トーヤは驚きを隠せなかった。

「ええ。レシピの提出に期限はないのだけれど、物が物だからなるべく早い方がいいでしょう」
「なるほど、そうですね。それならば瞬光の皆さんと相談して、早めに出発日を決めたいと思います」

 トーヤの言葉に、ジェンナは頷く。

「そうしてちょうだい。彼らへの報酬ほうしゅうは商業ギルドから出すから、きちんと冒険者ギルドの職員にも相談するのよ」
「はい。分かりました」
「それと、魔導具の修理もきちんと済ませてくること。トーヤはいつも真面目に仕事をしてくれているのだから、有休だと思ってのんびりしてきたらいいわ」

 そこまで話をすると、ジェンナは椅子から立ち上がる。

「トーヤが抜ける分の仕事の穴埋めに関しても考えがあるから、安心してちょうだいね」
「かしこまりました」
「じゃあお願いね。依頼ができたらそのまま上がってくれて問題ないわ」

 そう口にしたジェンナは、去り際にフェリへ声を掛けると、そのまま二階へと戻っていった。
 そんなジェンナを見送っていると、フェリが近づいてきた。

「お疲れ様、トーヤ君」
「お疲れ様です。もしや、私が不在の間の鑑定カウンターのことで声を掛けられていましたか?」
「その通りだよ。それよりも、冒険者ギルドに行くんでしょう? 気をつけてね」

 フェリは嫌な顔一つせずにそう口にしてくれた。

「最近はすっと私の都合で鑑定カウンターをお任せしてしまって、誠に申し訳ございません」
「トーヤ君が気にすることなんてないよ、これが私の仕事だし。それに、トーヤ君はいつも頑張ってくれているもんね」

 フェリの言っていることは間違いではない。
 トーヤは普段、無自覚な社畜精神で仕事をこれでもかとこなしている。

「私は私にできることをしているだけなのですがねぇ?」
「それがすごいことなのよ。ほら、早く行かないと、瞬光のみんなとすれ違いになるかもよ?」
「おっと、そうでした。それではフェリ先輩、よろしくお願いいたします」
「行ってらっしゃい、トーヤ君」

 フェリに促されたトーヤは席を立つと、彼女に一礼をしてから商業ギルドをあとにした。


 冒険者ギルドに到着したトーヤだったが、夜の冒険者ギルドを訪れたのは初めてだった。
 日中の雰囲気とはがらりと変わっており、少しだけ気圧けおされてしまう。

「これは、すごいですね」

 冒険者ギルドには酒場が併設へいせつされているためか、酒の匂いが部屋中にただよっている。
 酒にって騒ぐ冒険者の声も室内に響いていた。
 トーヤは驚きながらもカウンターの方へ歩き始める。

「すみませーん」
「おっ! 商業ギルドの専属鑑定士君じゃないか! 今日はどうしたんだ?」
「おや? あなたは確か……そうそう、ギグリオさんにゲンコツを落とされていた方ですね」

 トーヤの呼び掛けに反応したのは、彼が初めて冒険者ギルドを訪れた時にも出会った青年だった。

「その覚え方はちょっと……まあ、間違ってはいないんだけどさぁ」

 青年職員は苦笑いをしながら答えた。
 トーヤはカウンターの前まで行き、青年職員に尋ねる。

「今日は依頼を出しに来たのですが、ダインさんたちはいらっしゃいますでしょうか?」
「指名依頼だね。ダインさんたちは……あぁ、いたいた。ちょっと待っててくれ!」

 青年職員がそう声を掛けると、カウンターを出て酒場の方へ駆けていく。

(どうやら酒場にいらっしゃるようですね。お邪魔じゃなかったでしょうか?)

 酒の席を邪魔してしまったのではと不安に思っていると、青年職員と一緒にダインがやってきた。

「お待たせー! ダインさんを連れて来たぞ!」
「本当にトーヤじゃないか、こんな時間にどうしたんだ?」
「本当にって。ダインさん、信じてなかったんですか!?」

 青年職員が不満そうな顔をするが、ダインは冗談っぽく答える。

「リクの場合は仕事が雑だからな。普段からもっと真面目に頑張るんだな」
ひどいなー」

 青年職員の名前がリクであることを知ったところで、ダインが口を開く。

「久しぶりだな、トーヤ」
「トゥイン村の時は大変お世話になりました、ダインさん」
「それじゃあ、鑑定士君。依頼を正式に出すことになったら、また声を掛けてくれよな」

 リクはトーヤに声を掛けてから仕事に戻っていった。

「さて。指名依頼だということだが、内容を聞いてもいいだろうか?」
「はい、ダインさん。今回も護衛依頼なのですが、前回よりも期間が長くなりそうなのです」

 そこでトーヤは、ジェンナからの説明をそのままダインへ伝えていく。
 王都までの往復一〇日間に加え、トーヤが持つ古代の魔導具の修理に時間が掛かるかもしれないとも付け加えた。

「なるほど、有休のようなものとは、ジェンナ様もいきなことをしてくれるな」
「本当に、ありがたいことです」
「しかし、往復一〇日に加えて、魔導具の修理日数も加わるのか。古代の魔導具となれば修理にどれだけ時間が掛かるか、想像もつかないな」
「そうですよね。やはり、難しいでしょうか?」

 トーヤが心配そうに呟くと、ダインは柔和な笑みを浮かべて首を横に振る。

「いや、受けるつもりだ」
「え? そ、そうなのですか?」
「あぁ。今の発言で不安にさせたなら謝ろう、すまない」
「そんな! ダインさんが謝る必要はないですよ!」

 突然に謝られてしまい、トーヤは慌てて首を横に振った。

「受けるつもりではいるが、その分の準備について考えていたんだ」
「準備ですか? ……あの、ダインさん? 荷物に関しては……ですからね?」

 準備と聞いたトーヤは、やや小声で自らを指さした。
 アイテムボックスを使えますよと、あんに伝えたかったのだ。

「分かっている。だが、そこはバレない程度に少しだけ頼らせてもらいたい」

 ダインもトーヤが言いたいことを理解しており、苦笑しながら答えた。
 その様子に微笑みながら、トーヤは尋ねる。

「ちなみに、他の皆さんにご相談とかは?」
「トーヤからの依頼は優先して受けようと決めているのだ。ヴァッシュもミリカもリタも納得するだろう」
「なんと……本当に感謝いたします、ダインさん」
「気にするな。俺たちが勝手に決めたことだからな」

 トーヤが申し訳なさそうに呟くと、ダインは頭を優しく撫でてくれた。

「ところで、リタさんも仰ってくれているということは、彼女は正式加入されたのですか?」

 トゥイン村への護衛依頼の時、リタはパーティに仮加入の状態だった。
 リタは瞬光に加入したがっていたが、判断するのはダインたちである。
 今後のリタがどうなるのか、トーヤは内心で気になっていた。
 すると、ダインが頷く。

「あぁ、そういうことだ」
「おぉっ! そうなのですね、おめでとうございます!」

 ダインの答えを聞いたトーヤは、驚きながらも自然と手を叩いていた。

「リタとしては長年一緒だった三人の中に入るのだから大変だと思うが、そこは俺たちでサポートできればと思っている」

 ダイン、ヴァッシュ、ミリカの連携はとても素晴らしいものがあった。
 お互いがお互いをカバーしており、役目もしっかりと分けられていた。
 そこへ飛び込んでいくリタは大変な努力が必要になるだろうが、ダインたちがサポートするのであれば、きっとすぐにフィットするだろうとトーヤは考えた。

「実はこれから、冒険者ギルド併設の酒場でリタの歓迎会かんげいかいを行おうとしていたところなんだ」
「なんと! そうだったのですね!」

 これもリタがパーティに早く馴染なじむための、ダインたちなりのサポートなのだろうとトーヤは思った。
 しかし、そうなると自分は場違いであり、別の機会に詳しい話をした方がいいかなと考え始める。

「……トーヤ、変な気を遣おうとしていないだろうな?」

 自分の考えは筒抜つつぬけで、トーヤは思わず苦笑してしまう。

「どうだ、トーヤも一緒に参加していかないか? その方がリタも喜んでくれると思うんだが?」
「うーん……そこまで言ってくれるのでしたら、お邪魔しようと思います」
「そうか! ならばこっちだ、ついてきてくれ」

 嬉しそうに声を上げたダインに手を引かれながら、トーヤは初めて冒険者ギルド併設の酒場へ足を踏み入れた。

「あー! 本当にトーヤだー!」

 酒場に入ってすぐ、ミリカのそんな声が聞こえてきた。

「ちっ! ガキが夜にいったいなんの用だってんだ」
「ダインさんが声を掛けてみると言っていましたが、お時間をいただきすみません、トーヤさん」

 ミリカの隣にいたヴァッシュが舌打ちすると、リタは申し訳なさそうに口を開いた。

「ご心配いただきありがとうございます、ヴァッシュさん」
「あぁん? 心配なんざしてねぇっての!」
「それとリタさん。むしろ私の方がお邪魔ではないかと心配なのですが、大丈夫なのですか?」

 慣れたヴァッシュの悪態あくたいを流しつつ、トーヤはリタに本当に自分が参加していいのかを確認した。

「もちろん! トゥイン村までの護衛依頼があったから、私はこうして瞬光に正式に加入できたんですから」
「いえいえ。リタさんの実力ならば、あの時の依頼がなくともいずれは正式に加入できましたよ」

 お互いに謙遜しながらも、トーヤはダインが引いてくれた椅子に腰掛ける。

「トーヤは果実水でいいか?」
「構いません。ありがとうございます」

 それからダインが果実水を注文してくれ、テーブルに運ばれてくると、すぐにミリカがグラスを片手に立ち上がった。

「よーし! それじゃあ今日はリタちゃんの歓迎会だー! みんなー! かんぱーい!!」
「「「「かんぱーい!!」」」」

 ミリカの音頭おんどに合わせて、トーヤたちはグラスをぶつけ合った。

「本日はお誘いいただき、誠にありがとうございます」

 果実水でのどうるおしたトーヤは、改めて歓迎会に誘ってくれたことにお礼を伝えた。

「トーヤは堅いなー! 今日みたいな日は、羽目はめを外して楽しまなきゃだよー!」
「ミリカは羽目を外し過ぎることがあるからな、注意しろよ」
「えぇ~? ダイン、それはないよ~!」

 頬をふくらませるミリカを見て、ヴァッシュは気だるそうに答える。

「けっ、ダインの言う通りじゃねぇか」
「ヴァッシュはうっさい!」
「なんだとこらあっ!」

 ここでもミリカとヴァッシュは言い合いを始めてしまい、トーヤは苦笑いしながら二人のやり取りを眺めている。

「トーヤさん。今日は急なお誘いなのに来てくれて、ありがとうございます」

 そこへリタが改めてお礼を口にしてきた。

「私の方こそ、誘っていただき感謝しております。瞬光への正式加入、おめでとうございます」

 まだきちんとお祝いの言葉を伝えられていないことを思い出したトーヤはそう伝えた。

「ありがとうございます」
「料理も来たことだ、トーヤも遠慮せずに食べてくれよ」

 ダインがそう口にしたタイミングで、トーヤが来る前から注文していただろう料理の数々が、目の前のテーブルに並べられていく。
 丸テーブルながら、六人ほど集まっても余裕があるくらいには大きなテーブルだ。
 その丸テーブルの上が、運ばれてきた料理で一杯になってしまう。

「……え? これ、全部食べられるのですか?」

 軽く数えただけでも一〇皿以上は料理が並んでいるテーブルを前に、トーヤは思わず問い掛けてしまう。

「これくらいは余裕だな」
「食わなきゃ動けねぇだろうが」

 ダインとヴァッシュが当然のように答えた。

「冒険者は体力勝負だからねー」
「魔力を使うとお腹が空いちゃうんですよね」

 ミリカやリタといった女性陣からも当たり前だという反応があり、トーヤは思わず表情を引きつらせてしまう。

「トーヤもたくさん飲むんだよー!」
「果実水をたらふく飲んで何が楽しいんだよ。それより飯だ! 食え、ガキ!」

 ミリカとヴァッシュが顔を近づけて迫ってきた。

「あの、お二人とも? もしかして、もう酔われていますか?」
「「酔ってない!」」

 声を揃えての「酔ってない!」という言葉に、トーヤは二人の仲の良さを感じてしまう。

「全く、今日の主役はヴァッシュやミリカではないというのに」
「いいんです、ダインさん。私は皆さんのパーティに加入できただけで嬉しいですから」

 ダインが呆れたように呟き、リタはにこやかな笑みを浮かべながらそう口にした。

「リ~タ~ちゃ~ん! 大好きだよ~!」

 すると今度は、ミリカが満面の笑みを浮かべながらリタに抱き着いた。

「ありがとうございます、ミリカさん」

 微笑みながらミリカの相手をするリタを見て、ヴァッシュが言葉を漏らす。

「こいつの相手ができる奴がパーティに入ってくれて、楽になるぜ」
「ちょっとヴァッシュ! どういうことよ!」
「言葉通りの意味だろうが」
「なんだと~! よ~し、次はヴァッシュにも抱き着いてやる~!」

 ヴァッシュの態度が気に食わず、ミリカは両手の指をうねうねさせながら彼へ近づいていく。
 その姿にゾッとしたのか、ヴァッシュは明らかな嫌悪を顔に出しながら声を荒らげた。

「やめろ、てめえ! おい、女! こいつを止めやがれ!」
「女じゃないでしょ~! リタちゃんでしょ~!」

 そう言われても誰も動こうとはしない。名前を出されたリタもクスクスと笑うだけだ。

「ヴァッシュ~! いっくぞ~!」
「来るんじゃねえ! このバカが!」

 酒場のスペースを走り出したヴァッシュとミリカを見て、他の客たちは大笑いだ。
 その様子を見て、トーヤが呟く。

「……ダインさん。これ、いいのでしょうか?」
「冒険者が酒場に集まれば、こんなものさ」
「それはまた、にぎやかですね」
「おい、そこの二人! 悠長ゆうちょうに喋ってねぇでこいつを止めろ!」

 こうなってしまうといくらヴァッシュがにらみをかせようと、誰もひるむことはない。
 むしろ彼の姿を楽しんで笑いが広がる始末だ。

「私は止まらないわよ~! あっはは~!」

 盛り上がり過ぎているミリカをよそに、ダインは依頼の内容を確認することにした。

「それで、トーヤよ。王都に向かう日取りなどは決まっているのか?」
「ジェンナ様いわく、特に決まってはいないけど、なるべく早い方が望ましい、ということです」
「もしかして、王都への護衛依頼ですか?」

 二人のやり取りを聞いていたリタも話に加わった。
 トーヤは頷く。

「はい。商業ギルドからの依頼にはなるのですが、瞬光の皆さんにお願いしようと思いまして」
「準備の時間を考慮すると、出発は、そうだなぁ……五日後くらいでどうだろうか?」
「それなら問題ないと思います」
「……あの、ダインさん、リタさん? そんな簡単に決めてしまってもよいのですか?」

 二人だけで話が進んでいるのを見て、トーヤは心配そうに声を掛ける。
 すると二人は一度顔を見合わせたあと、笑みを浮かべながらトーヤを見た。

「何も問題はない」
「私はダインさんの決定にしたがうだけですから」
「私も大丈夫だよ~」
「うわっ! ……ミ、ミリカさん、いつの間に戻ってきたのですか?」

 まさか背後にミリカが来ているとは思わず、トーヤは驚きの声を上げてしまった。
 そこから少し距離を取った場所に、ヴァッシュも立っている。

「ヴァッシュが捕まってくれないんだも~ん」
「誰が捕まるか、ボケが!」
「あはは……それで、ヴァッシュさんはいかがでしょうか?」

 ダイン、リタ、ミリカからは問題ないと答えを聞けたが、ヴァッシュからはまだちゃんとした答えを聞けていない。
 トーヤは恐る恐るといった感じで聞いてみたが、ヴァッシュからの答えは予想外のものだった。

「んなもん、いいに決まってるだろうが」
「……い、いいのですか?」
「何度も言わせんな! てめぇは変に気を回し過ぎなんだよ、ダインにも言われただろうが!」

 その言葉を聞き、ダインは微笑む。

「ほら、言っただろう? ヴァッシュも問題ないとな」
「ダインももっとはっきりガキに言っとけ! ったく、面倒なんだよ!」

 面倒くさがりなヴァッシュには、何かしら文句を言われると思っていた。
 だがヴァッシュは予想に反して、はっきりと問題ないということをトーヤに伝えてくれた。
 それはトーヤに対して遠回しにだが「遠慮するな」と伝えてくれているような気がした。

「……本当にありがとうございます」
「ったく、マジで調子が狂うんだよ! おい、酒を持ってこい! 大量にだ!」

 ヴァッシュがお酒を注文すると、すぐにミリカが絡み始める。

「あっ! 私も飲む~!」
「てめえはもう飲むな!」
「えぇ~? や~だ~!」

 その様子にダインとリタが再び笑い、つられてトーヤも笑い声を上げる。
 心配性のトーヤも、今日ばかりはなんのうれいもなく、この場を楽しむことができた。


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