ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎

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34 / 118
3巻

3-2

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 会話をしながら歩いていたこともあり、気づけばフェリの家の前に到着していた。
 トーヤはアグリが実力を発揮はっきできるかどうか楽しみになっていた。
 フェリが自宅の扉を開けて、トーヤを中に入るよううながす。
 トーヤが中に入ると、リビングの扉が開き、アグリが姿を現した。

「おぉ、トーヤ! このあと呼びに行こうと思ってたんだよ! なんで姉ちゃんと一緒なんだ?」
「……ア~グ~リ~?」

 突然のアグリの登場に、フェリが思わず恨み節を口にしそうになった。

「フェリ先輩?」

 そこへトーヤが声を掛けると、フェリは恨み節をなんとか呑み込む。
 そしてアグリをジーっと見つめながら、小さく息をき出した。

「……はぁ~、アンタ、計算を見せる日が今日だってこと、トーヤ君に話してなかったでしょ。だから私が事情を説明して連れてきてあげたの。当日呼びに行くんじゃなくて、事前に予定を伝えないとダメでしょ」
「あっ、そっか……ごめんトーヤ」

 しゅんとするアグリを見て、トーヤは笑顔で「気にしないでください」と告げた。
 その後、アグリは上目遣いでフェリの様子をうかがう。

「……姉ちゃん、怒ってる……?」

 フェリはそんなアグリを見て、苦笑しながら頭を優しくでる。

「怒ってない。でも今後は気をつけること、いい?」
「……へへ、うん!」
「なーにを嬉しそうにしてんだか!」
「ごめん! ごめんってば!」

 フェリがやや乱暴に頭を撫でると、アグリが照れたように笑った。
 すると、アグリの背後から、おっとりとしたと落ち着いた声が響く。

「あらあら、あなたたち、お客様を立たせたままおしゃべりをしていちゃダメよ」
「そうだぞ。全く、似た者姉弟きょうだいだな、お前たちは」

 その声を発したのはアグリとフェリの両親だった。
 トーヤは以前アグリの家を訪れた際、すれ違う程度ではあるが彼らと顔を合わせている。

夜分やぶん遅く、しかも突然の訪問、失礼いたします」

 トーヤはそう言って頭を下げると、どうしてここに来たのかを説明した。
 すると、それを聞いて、二人の母親が柔和にゅうわな笑みを浮かべる。

「なるほどね、アグリのためにわざわざ来てくれてありがとう」
「いえ、それと、最初に顔を合わせた時はしっかりしたご挨拶あいさつができず、大変失礼いたしました。私、商業ギルドで専属鑑定士をしております、トーヤと申します」
「私は二人の母親のフェラーナです。よろしくね、トーヤ君」
「父のアリオラだ。よろしく、トーヤ君」

 そう言って、フェラーナとアリオラは微笑んだ。


 その後、招かれるままトーヤがリビングに入ったところで、フェラーナが尋ねる。

「そうそう、アグリから聞いていたのだけれど、トーヤ君は今はなんでも屋のブロンさんのところにいるのよね? こっちに来ることは伝えているのかしら?」
「あ! ……しまった、忘れていました。心配を掛けてしまうかも……」

 トーヤがハッとした様子で呟くと、アリオラが手をげる。

「それなら、俺がブロンさんのところに行って伝えてくるよ」
「えぇっ! そんな、悪いですよ、アリオラさん!」
「構わないさ。アグリのために来てくれたんだから、これくらいはしてあげないとね」
「それにこの人、ブロンさんとは仲良しなのよ。だから、顔を出してお酒でもわしたいんじゃないかしら」
「あー、バレてたか」

 二人のやり取りが本音からくるものなのか、はたまた自分を気遣きづかってくれてのことなのか、トーヤには分からない。
 ただ、気遣ってくれているのであれば、相手の厚意こうい無下むげにするわけにはいかないとトーヤは考えていた。

「……そういうことでしたら、よろしくお願いいたします、アリオラさん」
「任されたよ。それじゃあ、ちょっと行ってくる」
「あまり呑み過ぎないようにね」

 フェラーナに笑みを返したアリオラは、そのままリビングを出ていった。
 それを見て、フェラーナも微笑みつつ口を開く。

「さあさあ、まずは夕飯にしましょう。トーヤ君も仕事が終わってそのまま来てくれたってことは、お腹空いているでしょう?」
「私もいただいていいんですか? ご迷惑では?」
「そんなことないわよ。むしろ一人いなくなったから、その分を食べてほしいくらいだわ」
「……それでしたらいただきます。ありがとうございます」

 もしかしたらこのためにアリオラは出ていったのではと感じつつ、トーヤは頭を下げた。
 すると、アグリがワクワクしながら、口を開く。

「そろばんを見せるのはいつにする⁉」
「それはあと。あなたはお友達がお腹を空かせているのを、ただ黙って見ているつもりなの?」
「……あっ、ごめんなさい」

 フェラーナの声音が僅かに下がったのを感じたのか、アグリは言い訳することなく謝罪した。
 少し落ち込んでしまったアグリを元気づけるように、フェリは明るい口調で食卓の前に座る。

「お腹空いたなー! ほら、アグリも座りなさい! トーヤ君もね」
「……うん」

 アグリが座ったのを見て、トーヤも食卓の前に座った。

「すぐにお料理を運んでくるから、待っていてね」

 フェラーナはそう口にしてから台所へと向かったので、トーヤは視線のアグリへ移す。

「アグリ君もまだご飯を食べていなかったのですね?」
「……姉ちゃんと一緒に食べようと思って」
「そうだったのですね! それではアグリ君もお腹がペコペコなのではないですか?」
「……うん」
「それでは一緒にいただきましょう! なんだか楽しみですねー」

 トーヤが笑顔でそう口にすると、沈んだままだったアグリの表情に少しだけ明るさが戻ってくる。

「……食事、楽しみか?」
「それはそうですよ。友達との食事は、いつでも楽しいものですからね」
「……そっか。へへ、そうだよな!」

 トーヤの何気ない一言が、アグリを明るくさせた。
 そのことに気づいたフェリは嬉しくなり、思わず微笑む。
 それと同時に、フェラーナが料理を運んできた。

「さあさあ、がれ」
「「「いただきまーす!」」」

 料理を並べ終わったフェラーナの言葉を受けて、トーヤ、アグリ、フェリが元気よく食事の前の挨拶を口にした。

「……ん! これは、どれもこれも、美味しいですね!」

 トーヤが料理の美味しさに感動していると、フェラーナは嬉しそうに笑う。

「うふふ、ありがとう。この子たちったら、もうそんなこと言わなくなっちゃってね」
「だって、母ちゃんの料理はいつも美味いからな」
「そういうことだよ、お母さん」
「まあ! そういうことにしておこうかしら」

 アグリとフェリの答えを聞いたフェラーナは、嬉しそうに笑った。

「そうそう、トーヤ君もお料理が得意なのでしょう? 二人から聞いたわよ。美味しい料理をご馳走ちそうしてもらったって」
「サンドイッチのことでしょうか?」
「そう、それよ。私も少しだけ味見させてもらったのだけど、とっても美味しかったわ」

 ブロンのなんでも屋で初めてそろばんの練習をした時、トーヤはブロンが用意してくれた食材を使い、生姜焼しょうがやきのサンドイッチを作った。
 その残った分を、アグリはフェリのために持って帰っていたのだ。
 そのことを思い出しつつ、トーヤは答える。

「フェリ先輩にも申し上げましたが、あれは食材がよかったのですよ」
「いいえ、違うわ。あれは間違いなくタレが味の決め手だったわね。長年主婦しゅふをしている私の舌は誤魔化ごまかせないわよ?」

 力強く語るフェラーナに、トーヤは苦笑いを浮かべる。

「もしよろしければ、タレの作り方をお伝えしましょうか?」
「え! マジかよ、トーヤ!」

 トーヤの提案に食いついてきたのは、サンドイッチの味に魅了みりょうされたアグリだった。
 食事中だったこともあり、声を出すと同時にアグリの口から食べかけのご飯が飛び出してしまった。

「ちょっと、アグリ! 口から飛んでるじゃないの! 料理に入ったらどうするのよ!」

 フェリが大声を上げながら布巾ふきんでテーブルをく。

「ご、ごめん!」

 アグリも慌てて謝罪し、フェリと一緒になってテーブルを拭き始めた。

「全く、この子は。……でも、本当にいいのかしら?」

 フェラーナがあきれたように呟くと、続けてトーヤに確認を取った。

「もちろんです。隠しているわけではありませんし、何より美味しいと言っていただけているのでしたら、お伝えして食べていただきたいので」
「嬉しいわ! それじゃあ食事のあとにでも――」
「それはダメだからな、母ちゃん!」

 フェラーナの言葉を遮りながら、アグリが大声を上げた。

「俺のそろばんを見るために来てもらったんだから、それが終わってからな!」

 本来の目的を忘れていなかったアグリがそう口にすると、フェラーナは苦笑しながら頷いた。

「うふふ、それもそうね。ごめんなさい、アグリ」

 フェラーナもすぐに謝罪を口にする。
 そのまま、四人は笑顔で食事を続けるのだった。


 食事が終わり、フェラーナは空になった食器を片づけ始める。
 フェリも片づけを手伝い、その間トーヤとアグリは世間話をしていた。
 そうして片づけが終わると、フェリとフェラーナは食事の時に座っていた椅子に腰掛けた。

「それじゃあ……計算を見せてくれるかしら、アグリ?」

 フェラーナが真剣な面持ちでそう口にすると、アグリは無言のまま一つ頷く。
 続いて自分の部屋へ移動し、戻ってきた時にはその手にそろばんがにぎられていた。

「へぇー、これがそろばんなのね」

 フェリがそろばんを物珍しそうに眺めながら呟いた。

「それで、どうやって計算を見せてくれるのかしら?」

 フェラーナの問いにアグリが答える。

「……母ちゃんか姉ちゃんが問題を作ってくれ。それを俺が計算する」
「……それなら、トーヤ君に問題を作ってもらうのはどうかしら?」
「え? わ、私がですか?」

 フェラーナからトーヤへ声が掛かり、彼は驚きの声を上げた。

「この中では一番中立だし、アグリの計算能力についても把握はあくしているのでしょう?」
「それはまあ、そうなのですが……いいのですか? アグリ君、フェリ先輩?」
「いいんじゃねぇか?」
「私もその方がいい気がしてきたわ」
「……まあ、そういうことでしたら、かしこまりました。少々お待ちください」

 二人がそう答えたため、トーヤが問題を作ることになった。
 トーヤは紙と書くものを借りると、そこに問題をサラサラと書き込む。

「…………はい、できました」
「もうできたの!?」
「早くねぇか!?」

 フェリとアグリから驚きの声が上がったが、トーヤは軽く頷いて口を開く。

「作るだけなら難しくありませんからね。ところでフェラーナさん、計算は得意でしょうか?」
「人並み程度かしら」
「ちなみに、私に計算を教えてくれたのはお母さんよ」

 フェリがどこか自慢じまんげに補足ほそくする。

「そうなのですね! そういうことでしたら、フェラーナさんには事前に問題を教えましょう」
「あら、どうしてかしら?」
「アグリ君はすぐに問題をいてしまうはずです。この方がすぐに答え合わせができますからね」

 トーヤがそう口にすると、フェラーナは一瞬驚きの表情を浮かべたあと、ニヤリと笑う。

「……うふふ。どうやらアグリの先生は、とても自信があるみたいね」
「もちろんです。私の生徒は優秀ですからね」

 それからトーヤはフェラーナに小声で問題を伝え、彼女はそれの答えを紙に書き起こした。
 トーヤが作った問題は三つあり、二桁、三桁、四桁の計算だ。

「……これをトーヤ君は、頭の中で作ったの?」
「はい。商業ギルドでは会計書類もまとめていますので、これくらいは」
「なるほどね。……うふふ、アグリの成長を見られるのが楽しみだわ」

 フェラーナはそう言って穏やかに笑った。
 その様子を見つつ、トーヤは尋ねる。

「それではせっかくですし、フェラーナさんからアグリ君に問題用紙を渡してください」

 フェラーナが頷いた直後、アグリはゴクリとつばを呑み込み、緊張した面持ちで姿勢を正した。

「これが問題用紙よ。裏にして置いておくから、開始の合図と同時にめくってちょうだいね」
「……分かった」

 アグリは裏返しで渡された問題用紙を机に置き、ジーっと見つめている。

「落ち着いてください、アグリ君」

 トーヤが普段通りのトーンで声を掛けると、アグリはハッとした表情で顔を上げた。

「アグリ君なら問題なく解けます。大丈夫、私の言葉を信じてください」
「トーヤ……」

 トーヤの言葉を聞いたアグリは、しばらく黙っていたのだが――
 ――パンッ!
 急に両手を顔の前まで移動させると、自分の両頬りょうほほを勢いよく叩いた。

「ア、アグリ君!?」
「……よし、気合いが入った!」

 驚きの声を上げたトーヤ。
 しかしアグリの表情は普段通りになっていることに気づく。
 これなら大丈夫だと判断したトーヤは、笑みを浮かべた。

「……分かりました。それではフェラーナさん、開始の合図をよろしくお願いいたします」

 フェラーナは頷いてアグリを見る。そして――

「スタート」

 開始の合図を受けて、アグリは問題用紙をめくる。
 それからすぐにそろばんのたまが弾かれ、パチパチと小気味よい音がかなでられていく。

「たまにアグリの部屋から聞こえてくる音って、これだったのね」

 思わずフェリが呟いたが、アグリの耳には届いていない。
 指が止まらず動いているのは、彼が集中している証拠だ。
 すぐに二桁の問題を終わらせたアグリが答えを書くと、続けて三桁の問題を解いていく。
 そこからはフェリもフェラーナも、一言も発することなくアグリを見つめている。
 しばらくして三桁の問題の答えを記入すると、最後の四桁の問題を解き始めた。

(頑張ってください、アグリ君。あなたならできますよ)

 トーヤは心の中でアグリへ声援せいえんを送り、その勇姿ゆうしを見守っている。

「…………できた!」

 四桁の問題は少しばかり時間が掛かったものの、トーヤが思っているよりも早く解き終わった。


 その速さにフェリとフェラーナも驚いており、本当に解けたのかと問題用紙をのぞむ。

「……本当に、解けているのよね?」
「当然だろ! 適当に書かないっての!」
「お母さん、どうなの? 答えは分かっているんだよね?」

 問題を見てもすぐには答えを出せないフェリが、視線をフェラーナに向ける。

「……どうしたの、お母さん?」

 するとフェラーナが驚きの表情を浮かべていることに気づき、フェリは首を傾げた。

「……ねえ、トーヤ君?」
「はい、フェラーナさん」
「アグリは本当に、答えを知らなかったのよね?」
「当たり前だろ! トーヤが作ったばかりの問題なんだぞ!」
「アグリ君の言う通りです。彼は問題を知りませんでしたよ」

 二人の言葉を聞いたフェラーナは、視線をアグリに向けると、柔和な表情で彼の頭を撫でた。

「……母ちゃん?」
「全く、子供は親の知らないところで、勝手に成長していくものなのね」
「……え? えぇ!? もしかして、全問正解なの、お母さん!!」

 フェラーナの反応を見たフェリが驚きの声を上げると、フェラーナは笑顔で頷いた。

「すごい! すごいよ、アグリ!」
「そ、そうかな?」
「本当にすごい! なんなら私よりすごいかも!」

 フェリからの手放しの賞賛を受けて、アグリは恥ずかしそうに笑う。

「うんうん。これなら確かに、お買い物をお願いしても問題なさそうね」
「本当か、母ちゃん!」
「それどころか、商業ギルドでも働けると思うわよ、アグリ!」
「……え? それはさすがにないだろ、姉ちゃん?」

 フェリからまさかの言葉を言われ、アグリは困惑してしまう。

「トーヤ君も働いているんだし、アグリだってきっと働けるわよ! そうだよね、トーヤ君!」
「無理だよな、トーヤ!」
「……え、えぇ~?」

 ここで自分に話を振られるとは思わず、トーヤは困惑の声を漏らした。

「こらこら、トーヤ君が困っているでしょう?」

 そこへ助け舟を出してくれたのは、フェラーナだった。

「ご、ごめん、トーヤ!」
「私もごめんなさい。興奮しちゃって」
「いえ、お気になさらず。……ただ、計算能力だけで言えば、確かにアグリ君は商業ギルドでも十分通用すると思いますよ」

 二人が冷静になったところで、トーヤは自らの考えを口にした。

「だよね!」

 嬉しそうにフェリは頷くが、トーヤは落ち着いた口調で続ける。

「ですが、商業ギルドでの仕事は計算能力に関するもの以外もあります。もしアグリ君にやる気があれば、リリアーナさんやジェンナ様に詳しく相談してもいいのではないでしょうか?」

 計算能力だけでは商業ギルドという大きな組織では活躍できないと、トーヤは考えている。
 自分も本来は専属鑑定士として就職しており、会計処理の業務はおまけのようなものだからだ。
 フェリも会計業務とは別の仕事を多く担当している。
 アグリが本気で商業ギルドで仕事をしたいと思うのであれば、計算能力以外にもできることを増やす必要があるように思えた。
 すると、トーヤの言葉を聞き、アグリはやや表情を硬くしながら答える。

「……まぁ、考えとく」
「そうしてください。……ですが、アグリ君が商業ギルドに就職してくれると、私は嬉しいです」

 トーヤがそう伝えると、アグリは勢いよく彼を見た。

「友達と一緒に仕事ができるかもしれないなんて、考えるだけで気分が上がりますからね」
「……へへ、そっか」

 続けての言葉を聞いたアグリは、嬉しそうに笑いながら頬を掻いた。
 その様子を見て、トーヤは口を開く。

「それでは私は、そろそろおいとましようかと思います」
「遅くなりすぎてもいけないし、その方がいいかしらね」

 フェラーナは頷くが、アグリはどこか不満そうだ。

「えぇー! トーヤ、もう帰るのか?」
「こら、アグリ。トーヤ君は明日も仕事なんだから、早く帰してあげなきゃ」

 アグリはまだまだ一緒にいたいという思いだったが、フェリの言葉を聞いてすぐに諦めた。

「……また遊ぼうな、トーヤ!」
「もちろんです、アグリ君」
「お父さんがまだブロンさんのところにいるはずだから、私が送っていくね」

 フェリがそう口にして、フェラーナも笑顔で頷く。

「そうしてちょうだい、フェリ」
「よろしいのですか、フェリ先輩?」
「子供一人で帰すのは危ないもの。それに、帰りはお父さんもいるから私も大丈夫だしね」
「気を遣っていただき、ありがとうございます」
「これくらい当然だよ。それじゃあお母さん、アグリ、行ってくるね」
「気をつけてね」
「またな!」

 こうしてトーヤは、フェリと一緒に帰路きろにつくことになった。


「今日は本当にありがとう、トーヤ君」

 トーヤは帰宅している道中、フェリからお礼を伝えられた。

「アグリ君が認められて、本当によかったです」
「それもこれも、トーヤ君のおかげだよ」
「そんなことはありません。全てアグリ君の努力のおかげですからね」

 アグリにそろばんを教えた本人としても彼の成長が嬉しく、思わず微笑んだ。

「それにしても、どうしてアグリはそろばんを教えてもらったのかしら? もうずいぶん前から練習していたんだよね?」

 フェリの何気ない質問に、トーヤは少しだけ考えたあと、その答えを口にする。

「……アグリ君、そろばんを習い始めてすぐに、フェリ先輩のことを口にしていたのです」
「私のこと?」
「はい。そろばんができるようになったら、フェリ先輩の仕事を手伝えるかもしれないって。だから頑張ると言っていたのです」

 フェリからするとまさかの理由に、彼女は驚きの表情を浮かべた。

「だから、もしアグリ君が本当に商業ギルドで仕事したいというのでしたら、一緒にリリアーナさんとジェンナ様を説得しましょうね」
「……うん、そうだね!」

 フェリのひとみうっすらと涙がにじんでいた気がしたが、トーヤはあえて口にしなかった。
 それを口にするのは野暮やぼだと思ったのだ。


 そのまま歩くと、ブロンの家まであっという間に辿り着く。
 トーヤが裏口の扉をノックすると、すぐにブロンが出てきてくれた。

「おかえり、トーヤ。それにフェリも、わざわざトーヤを送ってくれたんだね」
「ただいま戻りました、ブロンさん」
「トーヤ君を急にさそってしまって、すみませんでした」
「いいんだよ。アグリのためだと、アリオラから聞いたからね」

 そう口にしたブロンが家の中に視線を向ける。
 トーヤとフェリも同じ方向を向いた。
 視線の先ではアリオラが洗い物をしており、食器を水切り台に置いていた。

「お疲れ様、二人とも。ブロンさん、洗い物はこれでいいですか?」
「あぁ、構わないよ。なんだか申し訳ないね」
「美味しい食事をいただいたお礼ですよ。それとトーヤ君、今日の味付けはトーヤ君から教わったと聞いたよ、すごいね」
「私の味付け……あ! フェラーナさんにタレの作り方をお伝えするのを忘れていました!」

 アリオラの言葉からタレのことを思い出したトーヤが叫んだ。

「ブロンさん! 何か不要な紙はありませんか? タレの作り方を書いてお渡ししたいのです!」

 慌てた様子でトーヤがそう口にすると、ブロンはすぐに一枚の紙を手渡した。
 トーヤはすぐにタレの作り方を書いていき、それをフェリに手渡す。

「ありがとう、トーヤ君」
「家でもここの味付けが食べられるのか! それは楽しみだな!」

 フェリがお礼を伝えると、その隣ではアリオラが嬉しそうに笑った。
 その後、軽く雑談をしたあとでアリオラとフェリが頭を下げる。

「それでは失礼します」
「また明日ね、トーヤ君」
「送っていただきありがとうございました」
「アリオラもまた顔を出すといいよ」

 こうしてトーヤとブロンは、フェリとアリオラを見送った。

「今日は急に外に出ることになってしまい、すみませんでした、ブロンさん」
「気にする必要はないさ。それよりも、アグリの計算はどうだったんだい?」
「上手くいきました。フェリ先輩もフェラーナさんも驚いていましたし、喜んでいましたよ」
「ほほ! それは本当かい! いや、よかったよ」

 それから家に入ったトーヤは、ブロンにアグリの勇姿を語り聞かせたあと、部屋に戻っていく。
 アグリが商業ギルドで働くのも、そう遠くない未来になるのではないか、そう思いながらベッドへと横になり、眠りについたのだった。


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