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3巻
3-1
しおりを挟む◆◇◆◇第一章:トーヤ、相談を受ける◇◆◇◆
日本で社畜として過ごしていた男性――佐鳥冬夜は子供を助けるため、トラックに轢かれて死んでしまった。
しかし、その死は女神のミスから起きた不幸な事故だったため、冬夜は女神が管理する異世界――スフィアイズへの転生を約束される。
その際、お詫びとしてスキルを与えると言われた冬夜だったが、ファンタジーに関する知識がほとんどない彼は、「楽をして何かを成すことになんの意味があるのか」と言い、初級の鑑定系スキルである『鑑定眼』が欲しいと主張した。
そして彼は異世界であるスフィアイズへの転生を果たすと、そこでの名前を『トーヤ』とし、冒険者パーティ『瞬光』にも助けられ、ラクセーナという都市へ辿り着く。
そこで鑑定士という職を手にしたトーヤは、頼れる先輩のフェリやリリアーナ、商業ギルドのギルドマスターであるジェンナに助けられながら、社畜らしく仕事をこなしていく。
また、祖父に似た印象のある、なんでも屋の主人ブロンや、フェリの弟であり、同年代でもあるアグリと出会い、どんどんスフィアイズでの生活を充実させていった。
そんな中、トーヤの『鑑定眼』が進化して『古代眼』となり、さらに『聖者の瞳』へと進化するという事態が発生。
するとそれを知ったジェンナの頼みでトーヤはトゥイン村へと赴き、不治の病である魔力欠乏症の治療薬の調合方法を見出すことになった。
瞬光やジェンナの力を借りつつ、治療薬の調合方法を発見したトーヤ。
そうしてラクセーナに戻った彼は、新たな拠点となったブロンの家へと帰宅し、平和な日々を取り戻した。
そんな彼の日常が、今日も始まろうとしていた。
◆◇◆◇
トーヤがトゥイン村からラクセーナに帰ってきてから、三日が経った。
彼は現在、活動拠点を宿からブロンの家に移しており、そこで寝泊まりしながら楽しい毎日を過ごしている。
そして今日は、帰ってきてから初めてアグリと顔を合わす予定になっていた。
「ブロンさんにはもう話してしまいましたが、アグリ君にはまだトゥイン村での土産話をしていませんからね」
弾んだ気持ちでアグリの到着を待っていたトーヤは、なんでも屋のカウンターに立ちながら、一人そわそわしていた。
「そんなに慌てなくてもいいじゃないかい?」
「おっと、そうですね。失礼いたしました、ブロンさん」
そわそわしているトーヤに声を掛けたのは、なんでも屋の主人でもあるブロンだ。
彼は先日、風邪をこじらせ寝込んだ。
その時にトーヤだけではなく、商業ギルドの先輩であるフェリ、上司であるリリアーナにも助けられ、体調を回復させた。
だが、その時から一人では不安なことも多くなり、ちょうど家を探していたトーヤと一緒に暮らすことにしたのだ。
「アグリのことだ。そろそろ元気よく扉を開けて、入ってくるんじゃないかな」
ブロンがそう口にした数秒後、言葉通りに扉が開かれた。
「……おはようございます」
やってきたのは、アグリだった。
しかし、アグリはブロンの予想と反して、俯き加減で落ち込んだ様子だった。
そのため、トーヤとブロンはお互いに顔を見合わせると、心配そうにアグリへ声を掛ける。
「おはようございます、アグリ君。その、どうしたのですか?」
「何か悩み事があるなら、話を聞くよ?」
トーヤとブロンがそう声を掛けると、アグリは勢いよく顔を上げながら口を開く。
「トーヤ! 俺にもっとそろばんを教えてくれ! 頼む!!」
「……もしやアグリ君は、そろばんが原因で落ち込んでいるのですか? 詳しく教えてください」
アグリからの唐突なお願いを聞き、トーヤは彼に説明を求めた。
「実は、姉ちゃんが母ちゃんから買い物を頼まれたことがあったんだ。だけど、せっかく仕事が休みなんだから休んでもらいたくて、俺が行くって言ったんだよ」
「ほうほう、いいことではないですか」
「だろ? だけど、母ちゃんは俺が計算できることを知らなくて、ダメだって言ったんだ」
スフィアイズでは、大人であっても計算ができない者は多い。
しかし、アグリはトーヤとのそろばんの練習で既にある程度の計算能力を身に付けていた。
そのことを知っているトーヤは首を傾げ、続けてブロンが問い掛ける。
「そろばんのことは言っておらんのか?」
「言ってないです。みんなを驚かせたいから」
「フェリ先輩には?」
最後にトーヤがフェリの名前を出すと、ここでもアグリは首を横に振った。
その様子を見て、トーヤは尋ねる。
「既に結構な桁の計算までできるようになっているのに、どうしてそのことをお母さんやフェリ先輩にお伝えしないのですか?」
アグリとブロンは、トーヤが与えたそろばんを定期的に練習しており、扱い方をほぼマスターしていた。
二人が持っているのは横一〇列で作られているそろばんのため、単純計算では一〇桁の数字までなら計算できることになる。
そこまで大きい計算をやったことはないものの、買い物の会計程度であれば、アグリは既にそろばんを使わなくてもできるくらいにはなっていた。
トーヤの問いに、アグリは自信なさげに答える。
「だって、まだまだだと思ってるから」
「うーん、アグリ君の計算能力は、既に同世代では抜きんでているのですがね……」
「その通りだよ、アグリ。それに、もしかすると大人よりもできるかもしれないくらいさ」
「……いやいや、それはさすがにないですって」
トーヤとブロンの言葉を聞いても、アグリは首を横に振りながら否定する。
これはアグリの悪い癖が出ているなと、トーヤは瞬時に理解した。
「また、自分に自信がなくなってしまったのですか、アグリ君?」
「自信がなくなったって言うか、最初からないって言うか……」
「先ほども申し上げましたが、アグリ君は既に大人顔負けの計算能力を持っています。それを証明できれば、お母さんやフェリ先輩も認めてくれるのではないですか?」
「二人に証明って、計算しているところを見せるってことか? でも、俺なんてまだまだだし……」
「見せてもいないのに、そう言っていては先へは進めませんよ!」
トーヤが珍しく語気を強めたことで、アグリはすぐには反論できなかった。
アグリが言い返さなかったことで、トーヤはさらに言葉を重ねていく。
「アグリ君は自分に自信がないのですよね?」
「だから最初からそう言ってるじゃないか!」
「だったら、私やブロンさんのことは信じられますか?」
「……ど、どういうことだ?」
自分に自信がないという話から、突然トーヤとブロンを信じられるかと問われ、アグリは困惑した顔で聞き返してしまう。
「アグリ君が自分に自信がないと言うのであれば、アグリ君を信じている私たちを信じてもらうことはできませんか?」
「……俺を信じる、トーヤやブロンさんを信じるだって?」
トーヤの言葉の意図が理解できず、アグリは同じ言葉を繰り返すばかり。
そこで今度はブロンがアグリの説得を始める。
「アグリよ。わしやトーヤは、アグリが既に大人顔負けの計算能力を持っていると言っているだろう? その言葉を信じてくれないかと、トーヤは言っているんだよ」
「それは、分かっているんだけど……」
「アグリはわしらが嘘をついていると思っているのかい?」
「そ、そんなこと思ってない!」
ブロンが悲し気にそう問い掛けると、アグリは即座に否定した。
「それならば、まずはわしらを信じてくれるところから始めないかい?」
「だから、俺は二人のことを信じているんだって」
「そういう意味ではなく、私たちを信じてご家族にそろばんを見せてみてはどうかと、ブロンさんは仰ってくれているのですよ」
ブロンの言葉の意味をトーヤが解説すると、アグリはハッとした表情を浮かべた。
しかし、再び沈んだ表情で俯いてしまう。
今回はこれ以上トーヤもブロンも声を掛けることはしない。自分たちが伝えるべきことは伝えたと判断し、アグリの答えを待つことにしたのだ。
しばらくしてアグリは、真剣な面持ちで顔を上げた。
「……分かった。俺、母ちゃんや姉ちゃんに、そろばんを見せる!」
「おぉ! そうですか、それはよかった――」
「でも!」
アグリの答えを聞いて喜んでいたトーヤ。
しかし、トーヤの言葉を遮るようにしてアグリがさらに言葉を続けた。
「……その時は、トーヤも一緒にいてくれ」
「……え? 私もアグリ君がそろばんを見せる場にいてほしい、ということでしょうか?」
「……おう」
予想外のお願いに、トーヤは瞬きを繰り返しながら黙り込んでしまう。
すると、アグリは不安そうに尋ねる。
「……ダ、ダメか?」
「え? あ、いえ、ダメではありませんが、私が一緒にいていいのでしょうか?」
アグリがそろばんを見せる際、トーヤには見守ることしかできない。
むしろ緊張させてしまうのではと、トーヤは思っていた。
「その方が心強いんだ! 頼むよ、トーヤ!」
「いいんじゃないかい、トーヤ」
アグリが両手を合わせてお願いしてくると、助け舟を出すようにブロンが口を開いた。
二人の言葉を聞き、トーヤは少し考えたあとで口を開く。
「……かしこまりました。それがアグリ君のためになるなら、ご一緒いたします」
「本当か! やったー!」
「ほほ。それじゃあ、いつそろばんを見せるのか、それが決まったら教えに来なさい」
「それじゃあ……今日の夜とかどうですか?」
「「……え? 今日の夜?」」
予想外の早さに、トーヤとブロンは驚きの声を漏らした。
しかし、アグリは笑顔でトーヤを見つめる。
「おう! こういうのは早い方がいいかなって思ったんだ!」
「ですが、お母さんやフェリ先輩にも予定があるのではないですか? それに、突然夜にお邪魔しては、迷惑になるのでは?」
トーヤがそう説明すると、アグリはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「うーん……そっか。分かった! それじゃあ、母ちゃんと姉ちゃんにも聞いてからにするよ!」
「そうですね、それがいいかと思いますよ」
アグリが納得したところで、トーヤとブロンはホッと胸を撫で下ろした。
「それじゃあ、トーヤ! 今日もそろばんを教えてくれよ!」
「え? ですが、先日お伝えした、私の旅の土産話はいいのですか?」
「聞きたいけど、それよりも今は母ちゃんと姉ちゃんを驚かせたいんだよ!」
当初は先日トーヤが訪れたトゥイン村での出来事を、アグリに話す予定だった。
アグリもそれを楽しみにしていたのだが、それよりもそろばんの上達を選択したようだ。
「かしこまりました。それでは、今日もそろばんの練習をいたしましょうか」
「おう! ……んで、休憩中に土産話を聞かせてくれよな!」
「……アグリくーん?」
結局は土産話もするのかとアグリにジト目を向けたトーヤだが、この自由さが彼の良いところでもあり、すぐに仕方なくといった様子で微笑んだ。トーヤはアグリとの会話では自然体でいられるなと思いつつ、自分の部屋からそろばんを持ってくる。
こうしてトーヤたちは、そろばんの練習を行い、休憩中にはトゥイン村での土産話で盛り上がり、充実した一日を過ごしたのだった。
◆◇◆◇
アグリとのそろばん練習を終えた翌日、トーヤは商業ギルドでの仕事中にフェリに声を掛けられた。
「ねえ、トーヤ君、ちょっとだけ時間いいかな?」
「構いませんよ。……もしかして、アグリ君の計算のことでしょうか?」
昨日のことから予想できたので問い掛けてみると、フェリは申し訳なさそうに頷く。
「そうなのよ。あの子、私に計算ができるところを見せるって言ってるんだけど……」
その言葉を聞き、トーヤはアグリが早速昨日の話を家族にしたことを察した。
しかし、何故かフェリの表情は冴えない。
それに気づいたトーヤは尋ねる。
「……それが、どうかしたのですか?」
「実は、アグリが計算を得意にしているだなんて、聞いたことがなくて。それにその計算、トーヤ君が教えているんでしょう? 迷惑じゃない?」
「まさか、そんなことはないですよ。アグリ君にはそろばんという道具を使って教えていますが、物覚えが良くて私も楽しいです」
フェリの質問にトーヤが答えると、彼女は首を傾げながら口を開く。
「……トーヤ君、仕事の時に道具なんて使ってたっけ?」
「私は使っておりませんよ。ただ、アグリ君の場合は使った方がやりやすいと思ったので、ブロンさんに用意してもらいました。今ではブロンさんもお店で使っているはずですよ、そろばん」
「ブロンさんも使ってるの? ……うーん、見たことないんだけどなぁ」
腕組みをしながら記憶を辿っているフェリを見て、トーヤは一つ問い掛ける。
「その時って、お客様はいらっしゃいましたか?」
「いなかったけど……あぁ、そういうことか」
客がいなかったのであれば、計算用の道具であるそろばんを使う機会はない。
ブロンは自分の道具を自慢げに見せるようなタイプでもないため、見たことがなくて当然だとフェリは理解した。
納得したような彼女を見て、トーヤが口を開く。
「ちなみに、私が見た感じでは、アグリ君の計算能力は相当高いと思いますよ」
「そうなの?」
「はい。こう言ってはなんですが、商業ギルドの職員の方々と比べても、遜色ないかと」
実際には商業ギルドの職員以上だと思っているが、トーヤは言葉を選びながら伝えた。
「……さすがにそれは嘘よね?」
フェリが驚いた顔で呟いたので、トーヤは満面の笑みを浮かべながら答える。
「いいえ、本当です。アグリ君からそろばんを使っているところを見せると言われたのですよね? それを見ていただければ、嘘ではないと分かるはずですよ」
「まぁ、それはそうかもだけど……っていうか、そもそもどうしてアグリは計算しているところを見せるなんて言い出したの?」
「私が提案したのです。何やら悩んでいるようだったので」
「悩んでいる? アグリが?」
その反応を見て、トーヤは彼女がアグリの悩みに気づいていなかったことを知った。
(ここは私からフェリ先輩に話を伝えるべきか、それともアグリ君が自分の口で伝えるのを待つべきか……)
しばし考えるトーヤ。
そして、少しでもアグリの助けになりたいと思い、フェリへ説明することに決めた。
「……実は昨日、アグリ君から相談されまして」
そこからトーヤは、アグリの悩みについてフェリに伝えた。
仕事中ということもあり簡潔に伝えたのだが、アグリが何に思い悩んでいたのかはフェリにも伝わり、彼女は神妙な面持ちで考え込んでしまう。
「そうだったんだ。……はぁ~、姉として、恥ずかしいわ」
全ての話を聞いたフェリは、ため息交じりにそう答えた。
「弟が真剣に悩んでいたのに、そのことに気づかないなんてね。しかもその悩みの原因の一つが自分だったなんて……もう! 私のバカ!」
最後の言葉は声が大きくなってしまい、周りの職員や客の視線がフェリに集まった。
「あ……し、失礼いたしました、あはは~」
すぐに我へと返ったフェリは、頬を掻きながら、苦笑いを浮かべて謝罪した。
「……だ、大丈夫でしょうか、フェリ先輩?」
「大丈夫だよ。っていうか、ごめんね、トーヤ君」
心配そうに声を掛けたトーヤへも謝罪したフェリ。
彼女は表情を引き締めてから言葉を続ける。
「……分かった。それじゃあ、アグリにはちゃんと見ておくからって伝えておくわね」
「はい。当日はおそらく私も呼ばれると思いますが……」
「えっ? 呼ばれるって、どういうこと?」
「アグリ君がそろばんをご家族にお見せする時はですね、私も同席することになっているのです」
「……なんで?」
「アグリ君から、その方が心強いと言われまして、約束してしまったのですよ」
トーヤが苦笑いをしながら答えると、フェリは瞬きを繰り返しながら固まってしまった。
どうしたのだろうと思いつつ、トーヤは尋ねる。
「一応、アグリ君にはちゃんとフェリ先輩やお母さんの予定を確認してから、日付を決めてくださいねとお伝えしていたのですが、そのあたりの話は何かありましたか?」
既に日時が決まっているのかを確認すると、フェリは小さく声を漏らす。
「……今日」
「……え?」
「今日の夜なのよおおおおっ!!」
「ええええっ!? あの、私、何も聞いていませんよ!!」
「だから私も驚いているのよ! トーヤ君を呼ぶだなんて一言も言っていなかったもの!」
今度はフェリだけではなく、トーヤまで驚きの声を上げてしまった。
二人は再び周りの視線を集めることになったが、今回はすぐに我に返ることもなく、お互いに頭を抱えたままどうしたものかと考え始めていた。
「ちょっと~、お二人さ~ん?」
「「……あ」」
そこへ、いつもより低い声音の、副ギルドマスターであるリリアーナの声が聞こえてきた。
「仕事中に何を話しているかしら~? お仕事よりも大事なお話なんでしょうね~?」
機械仕掛けの人形のように、かくかくした動きで二人が振り返る。
そこには笑顔の中に怒りが宿っている、そんな表情のリリアーナが立っていた。
「「も、申し訳ございませんでしたああああっ!!」」
「仕事に集中する! いいわね!」
「「は、はいいいいいいいいっ!!」」
商業ギルドに勤め始めてから今日まで、トーヤは仕事に関することで怒られたことがなく、久しぶりに背筋が伸びた。
それからはトーヤは無駄話をすることもなく、終業までまじめに仕事に取り組んだ。
その日の終業後、トーヤとフェリはリリアーナに謝り倒すと、一緒に商業ギルドをあとにした。
理由はもちろん、アグリのそろばんのためにフェリの家へ向かうからだ。
フェリの家を訪れる際は手土産を用意しようと考えていたトーヤだったが、昨日の今日で訪れることになってしまい、何も準備することができなかった。
フェリもトーヤが来るなら、夕食を少しばかり豪華にすることもできたのにと内心で思っていた。
(もう! もうもう! アグリのバカ! こういう大事なことはちゃんと言いなさいよね!)
心の中でアグリへ恨み節を叫ぶフェリ。
そんな彼女を見てトーヤが口を開く。
「……あの、フェリ先輩?」
「ん? どうしたの?」
「アグリ君をあまり強く叱らないでくださいね?」
歩きながら、トーヤはアグリのことを思い返す。
「アグリ君の性格を考えると、ここで強く叱られてしまうと、普段の計算力が発揮できなくなるかもしれないので」
「……そうね。うん、分かった」
トーヤの言葉を聞いたフェリは少しだけ考えたあと、いつものように笑顔で頷いた。
「いつもいつも、本当にありがとうね、トーヤ君」
続けてフェリはトーヤにお礼の言葉を口にした。
「何がでしょうか?」
「アグリのことよ。トーヤ君と友だちになってから、アグリは元気になったの。それに計算だってトーヤ君が教えてくれているから上達しているんだと思うし」
フェリの言葉は紛れもなく本心からくるものだ。
しかしトーヤは、フェリの言葉を聞いても素直に頷くことはできなかった。
「それは違いますよ、フェリ先輩」
「そうかな?」
「アグリ君は元々、今のような元気で真っ直ぐな性格なのです。少々思い込みが強いところはありますが、それが長所になってそろばんが上達しているように思います。私の力ではありません」
「思い込みが激しいのは理解しているけど、それが長所に?」
トーヤの言葉を聞いて、フェリは首を傾げる。
「思い込みが強いということは、興味のあることに熱中できるということでもあると思うのです」
「うーん、要は集中力がすごい! ってことかな?」
「はい。私はその長所を活かせるように、ほんの少し導いてあげているだけです」
トーヤが口にした「導く」という言葉に、フェリはハッとした表情を浮かべる。
「……そっか。ただ怒るだけじゃなく、導くのが大事だよね。ありがとうトーヤ君」
「いえいえ。アグリ君の友達として、私も楽しみながら協力しているだけですから」
そう口にしたトーヤを見て、フェリも笑みを浮かべながら頷いた。
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