ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎

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2巻

2-3

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「なんだ、貴様らは!」

 態度を変えず、ガメイはそう口にした。
 ダインはトーヤを見て答える

「彼と懇意こんいにしている冒険者だ」
「うわー。ギルマスが言った通りの展開になってるわー」
「ん? ギグリオさんが何か仰っていたのですか?」

 トーヤはどうしてダインたちがこの場に現れたのか不思議に思っていたため、ミリカの発言に思わず聞き返した。

「今日のオークションで問題があったから、この人たちがラクセーナからいなくなるまではトーヤの護衛を頼むって言われたんだー」
「とはいえ、まさかオークションがあった当日に問題を起こすとはな」

 トーヤの疑問にミリカが答えると、ダインは呆れたように呟く。

「おい、てめぇら。やるなら外に出ろ。思う存分相手になってやるからよ!」

 ヴァッシュはトーヤたちの会話に興味がなく、ガメイの護衛である四人の男性たちに睨みを利かせていた。

「なんだ、こいつは!」
「関係ない奴は引っ込んでろ!」

 護衛の二人は怒鳴るように言うが、ヴァッシュも負けじと言い返す。

「あぁん? なんだ、ビビったのか? ガキにしかケンカを売れねぇなら、この場からさっさと消えろや、ボケが!」
「こいつ、舐めたことを!」
「ガメイさん、こいつらもやっちまっていいですか?」

 ヴァッシュの挑発ちょうはつにキレた護衛たちがガメイに許可を求めた。

「いいだろう! やってしまえ!」

 その言葉を合図に、護衛たちはそれぞれの武器を抜いた。

「なるべく被害は最小限にするぞ、ヴァッシュ」
「ったく、面倒くせぇなぁ」
「トーヤと女将さん、あと他のお客さんたちは下がっていてねー」

 ダイン、ヴァッシュ、ミリカがそう口にしながら前に出る。
 客たちは自分が座っていたテーブルを動かしながら移動し、あっと言う間に食堂にスペースができた。

「すみません、女将さん。私のせいでこのようなことに」

 後方に下がったトーヤは、隣にいた女将に謝罪した。

「いいってことよ。こんなこと、日常茶飯事にちじょうさはんじだからね」
「……そうなのですか?」

 まさかの返答にトーヤは驚きの声を漏らした。

「トーヤ君は食事の時間も早いし、すぐに部屋に戻ってるから分からなかったんだね。ここじゃ冒険者同士の喧嘩けんかなんてしょっちゅうなんだよ」

 今まさにダインたちがぶつかり合おうとしている状況で、女将は普段と変わらない笑みを浮かべながらそう口にする。
 それからすぐに、ダインたちとガメイの護衛たちがぶつかり合った。
 護衛たちは武器を手にしているが、ダインたちは素手すでである。
 それにもかかわらず、ダインたちは護衛たちを圧倒しており、ミリカに至っては自分よりも遥かに体が大きい男性を、苦もなく投げ飛ばしていた。
 護衛たちは一分と掛からずに制圧せいあつされ、床に倒れる。

「なんだ、てめぇら? ただのザコじゃねぇか」
「まだやるつもりだというのなら、外に放り投げてから思う存分相手になってやるぞ?」

 ヴァッシュは呆れながら、ダインは制圧した者たちに視線を向けながらそれぞれ言葉を発した。
 続いてミリカが倒れている護衛の一人に満面の笑みを向ける。

「どうするー? 女の子にボコボコにされる醜態しゅうたいさらしたいならやってもいいけどー?」

 すると護衛たちは顔を青ざめさせ、一斉に首を横へ振り始めた。

「き、貴様らああああっ! 何をしておるかああああっ! さっさとやれええええっ!」

 ガメイだけは一人いており、戦意喪失せんいそうしつした護衛たちに対して声を荒らげた。
 しかし、護衛たちは誰一人として動く気配を見せず、それを見たガメイはわなわなと震えだす。
 すると今度はヴァッシュがガメイを挑発し始めた。

「なんだてめぇは? 上からものを言うだけか?」
「……な、なんだと?」
「ザコ共はもうやる気がないみたいだぜ? だったら、ボスのてめぇがやるか? あぁん?」

 鼻息荒くそう口にしたヴァッシュは、大股で一歩、ガメイへと近づいた。
 ガメイの後ろで、すでに尻もちをついて動けなくなっていたメダが悲鳴ひめいを上げる。

「ひ、ひいいいいっ!?」
「わ、私に手を上げようというのか! 私は一般人だぞ!」

 ガメイは怯えながらそう言うが、ダインは落ち着いた口調で言う。

「あなたはこの宿に迷惑を掛けた人間だ。それに冒険者ギルドのオークションで問題を起こしたことも、既にラクセーナには知れ渡っている」
「……そ、そんなバカな!」
「ラクセーナの中だと、あんたはもう犯罪者一歩手前って感じだよー? 護衛のこいつらを使ってトーヤを襲おうとしていたし、宿にも迷惑を掛けているんじゃあ……一般人なんて言葉、通用しないと思うけどなー?」

 最後まで強気な姿勢を続けていたガメイだったが、ミリカの言葉が決定打となった。

「……そ、そんな、バカな」

 ついにはガクッとひざれ、その場で泣きくずれるガメイ。
 その様子を見て、ダインは指示を出す。

「ミリカは憲兵けんぺいを呼んできてくれ。俺とヴァッシュはこいつらが暴れないよう、見張っておく」
「はーい!」
「てめぇら、暴れんじゃねぇぞ? 暴れたらさらにボコボコにしてやるからな?」

 ミリカが駆け足で宿をあとにすると、続けてヴァッシュが護衛たちを脅していく。
 護衛たちは泣きそうな顔になりながら何度も頷いていた。
 ダインたちとの一戦で実力差を理解したからだ。
 護衛たちに動く様子がないと判断し、ダインは小さく息を吐きながらトーヤの元へ向かった。

「大丈夫だったか、トーヤ?」
「大丈夫……と言いたいところですが、ダインさんたちが来なければどうなっていたかと考えると、正直怖いですね」

 そう答えたトーヤを見て、ダインは柔和に笑いながら彼の頭を優しく撫でた。
 トーヤは安心感を覚え、思わず微笑む。


「俺たちがもう少し早く来られていればよかったんだがな。申し訳ない」
「そんな! ダインさんたちが謝る必要なんてどこにもありません! 私の不注意で、苛立っている相手の神経を逆撫さかなでしてしまいました。私の方こそ申し訳ありませんでした」

 ダインに慌てて謝り返したトーヤは、続いて振り返り女将を見る。

「女将さんも、私のせいでこのような事態になってしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「なーに言ってんだよ! さっきも言ったけど、こんなことは日常茶飯事さ! トーヤ君が気にする必要なんてないよ!」

 申し訳なさそうにしていたトーヤに向けて、女将は豪快に笑いながらそう口にした。

「トーヤ君はもう疲れただろう? 憲兵への説明はあたいがやっておくから、休んできな」
「いえ、私も当事者ですし、女将さんに全てをお任せするわけには」
「安心しろ、俺も説明には加わるからな。どうせギルマスも来るだろうし、トーヤは気にせず明日にそなえて休むことだ、いいな?」

 女将とダインから笑みを向けられたトーヤは、二人の厚意を無下むげにするわけにはいかないと思い、小さく頷いた。

「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」

 トーヤは女将とダインに頭を下げ、そのあとに護衛たちを睨みつけていたヴァッシュにも頭を下げると、そのまま二階にある自分の部屋へ向かった。
 結局、夕食を食べられなかったのだが、今日はもう食べ物がのどを通る気がしない。
 部屋に入ったトーヤはそのままベッドへ横になる。
 そして、大きく息を吐き出した。

「はああぁぁぁぁ……仕事を終えてからの方が、疲れましたね」

 思わずそう呟いてしまったトーヤは、改めてジェンナとリリアーナの言葉を思い出した。

「……家探し、本気で考えなければいけないかもしれません」

 今日こうして宿に迷惑を掛けてしまったことを考えると、そう思わざるを得なかった。

「さて、それじゃあ……いえ、今日はもう寝てしまいましょう」

 いつもなら寝る前に一日の振り返りをしているのだが、今日はあまりにもいろいろなことがあり過ぎた。
 トーヤはそのまま目を閉じると、一気に深い眠りへと落ちていった。


 ――後日談ごじつだんだが、ガメイとメダはこのあと、憲兵によって自身が商会をいとなむ都市へ送り返された。
 事情聴取じじょうちょうしゅなどが行われたこともあり、送り返されたのはオークションがあった日から五日が経過したあとだった。
 そのため、ガメイが都市に戻った時には既に、オークションで不正を働いたことと、ラクセーナの商業ギルドと冒険者ギルドから縁を切られたことが都市中に伝わっていた。
 当然だが、ガメイの商会は、あらゆるところから手を切られ、数日で商会をたたむことになったのだった。


 ◆◇◆◇第二章:トーヤ、そろばん教室を開く◇◆◇◆


 オークションを終えてから三日が経ち、トーヤは休日を迎えていた。
 しかし、いつもとは異なり、今日はひまな休みではない。

「……さて、行きますか!」

 今日のトーヤは珍しく予定が入っていたため、ウキウキ気分で宿をあとにする。
 向かった先は、トーヤが休みの日に入り浸っている、ブロンのなんでも屋だ。
 トーヤは一人で街を歩き、すぐに目的地へ辿り着く。

「お邪魔いたします、ブロンさん」
「よく来たねぇ、トーヤ」

 扉を開いて挨拶をすると、そこにはなんでも屋の主人である初老の男性――ブロンがいた。
 そしてそれだけでなく、スフィアイズに来てから初めてできた友達が待っていた。

「遅いぞ、トーヤ!」
「すみません、アグリ君」

 なんでも屋にはトーヤの友達であり、商業ギルドの職員であるフェリの弟、アグリが待っていた。

「お店は……開けたままで良いんじゃったな?」
「そうしていただけると助かります」

 以前トーヤがなんでも屋を訪れた時は、とある道具の説明をする際に店を閉めてもらっていた。
 しかし、それではブロンの迷惑になってしまうのではないかと考えたトーヤとアグリは、なんでも屋で何かをする際、必ず開店のままにしてもらうようお願いしていたのだ。

「わしとしては、閉店しても問題はないんだがねぇ」

 ブロンは本音を口にするが、それをトーヤとアグリが断固拒否だんこきょひする。

「以前、お店を閉めていたのに、冒険者の方がポーションを購入しに来たではないですか」
「そうですよ! 俺たちはブロンさんの邪魔をしたくないんです!」

 なんでも屋のためにも、そしてブロンお手製のポーションを求めてくる冒険者のためにも、可能な限り開店のままにしておいてもらいたいと二人は思っていた。

「ほほほ。分かっておる、ちゃんと開店のままにしておくよ」

 二人の意見を聞いて、ブロンも納得顔で頷いた。

「それじゃあ……早速やろうぜ、トーヤ!」
「ほほほ、楽しみだねぇ」
「かしこまりました。それでは始めましょう――そろばん教室を!」

 トーヤの本日の予定、それはアグリとブロンにそろばんを教えることだった。
 そろばん教室が開かれることになった理由は、先日トーヤが発した「故郷には計算用の道具がある」という何気ない呟きにブロンが興味を持ったことだ。
 トーヤがそろばんの話をすると、その説明を聞いたブロンはあっという間にそろばんを作り上げた。
 そして、トーヤがそろばんのデモンストレーションをすると、アグリもブロンもその動きに感動し、そのままトーヤが教える流れになったというわけである。
 当時は急遽きゅうきょそろばんを作ったこともあり、満足な時間がなかった。
 しかし、今回はたっぷりと時間を用意できているため、アグリもブロンも楽しみで仕方がない。
 ちなみに、アグリとブロンのそろばんは既にカウンターに準備されていた。
 トーヤは鞄から自身のそろばんを取り出す。

「まずは、そろばんが上達するためのコツをいくつかお伝えしたいと思います」
「待ってました!」

 カウンターへ歩み寄りながらトーヤがそう口にすると、アグリが喜びの声を上げる。
 ブロンも言葉にはしないものの、その表情は童心どうしんに返ったような様子だった。

「まずは指使いです」
「指使いと言うと、たまはじかたを教えてくれるのかな?」
「その通りです。珠はそれぞれ弾く指が決まっていますからね。慣れた人はアレンジすることもあるのですが、お二人ともまだ始めたばかりですし、最初は基本に忠実ちゅうじつにいきましょう」
「どの指で弾いても同じじゃないのか?」

 指の弾き方で何が変わるのか想像ができず、アグリは首を傾げながらそう口にした。

「それがそうでもないのです。それではお伝えしていきますね」

 そんなアグリに笑みを向けながら、トーヤは基本の指使いについて説明を始めた。

「最初に、下の四つの珠を上げる時は親指を使います。次に、上げた四つの珠を下げる時は人差し指を使います。最後に、上の一つの珠を動かす時も人差し指を使う。それだけです」
「……え? それだけなのか?」
「それだけです」

 アグリはもっといろいろとルールがあるのだと思っていたため、驚きの声を上げた。
 トーヤは小さく笑いながら続ける。

「今お伝えしたことを意識して、実際に珠を弾いてみましょうか」

 トーヤがそう口にすると、アグリとブロンは目の前に置いてあったそれぞれのそろばんの珠を弾き始めた。
 頭の中で数字を思い浮かべながら、トーヤが口にした通りに珠を弾いていく。

「……なるほどのう、そういうことか」

 すると早速、ブロンが何かに気づいたように呟いた。

「どうしたんですか?」

 アグリも何度も珠を弾いているものの、どういうことか分からずブロンへ問い掛けていた。

「最小限の動きで、珠を弾けるということじゃな?」
「その通りです」
「え? そうなのか?」

 ブロンの答えは正解だったのだが、それでもアグリは首を傾げていた。

「言葉で簡単に説明してみましょうか」

 トーヤは笑みを浮かべながら、自分のそろばんを使って説明を始める。

「もしも一足す九をするとしたら、最初に一を親指で弾きます」

 説明しながらトーヤは親指で下の珠を一つ上に弾く。

「そのあとに九を足すとしたら、一〇を親指で上に弾きながら、一を人差し指で下に弾きます」

 そう口にしながら、一〇の位と一の位の珠を同時に弾いて見せた。

「……おぉ、本当だな!」
「使う指を逆にしてみると、やりにくいことが分かりますよ」

 トーヤの言葉にアグリが試してみると、すぐに苦い顔をした。

「……指がこんがらがるな」
「ふむ、次の動きがやり難くなるのう」
「そういうことです。なので、基本の指使いは大事なのですよ」

 指使いの大切さを二人が身をもって知ったところで、トーヤは次のコツを口にする。

「次に大事なことは、姿勢です」
「「……姿勢?」」

 今回はアグリだけではなく、ブロンも首を傾げていた。

「意外と重要なのですよ? 右手と左手の位置や、そろばんやペンの使い方に間違いがあると、そろばんを弾く動作に時間が掛かったり、計算自体が遅くなることがあります。何より、姿勢が悪いと集中力が切れたり、疲れやすくなってしまうのですよ」
「ふむ、珠を弾く動作や、計算が遅くなるかどうかは試してみなければ分からんが、集中力が切れやすくなるというのは、分かるかもしれないねぇ」
「変な姿勢でダラダラしてたら疲れるもんなー」

 ブロンとアグリは納得したように頷いている。

「そして、最後のコツは、練習の時に制限時間をもうけてやることです」
「ほほう! それは面白そうだね!」
「俺、まだ珠を弾くのが遅いんだけど……」

 笑みを浮かべたブロンとは異なり、アグリは不安そうに少しばかり暗い表情になる。

「最初から上手くできる人などいませんよ、アグリ君」
「わしらは誰かときそっているわけではない。自分のペースで上達すればいいんだよ」

 トーヤとブロンのはげましを受けて、アグリは徐々に表情をやわらげた。

「……そっか。そうだよな」
「そうだとも」
「大事なのは、真剣に練習することです。先ほどのコツを意識しながら、実際にやっていきましょう。アグリ君もいいですか?」
「……分かった! 俺もやるよ!」

 そう言って胸を張るアグリを見て、トーヤは微笑んだ。
 トーヤは以前パズルを教えた時から、アグリは非常に賢いと感じている。
 アグリはコツを一つ見つけると、そこからの成長が非常に速いのだ。
 しかし、彼は周りの友達に恵まれず、よくバカにされていたため、自分のことを過小評価しがちだ。
 アグリにはそろばんを通して、自分に自信を持ってもらいたいと、トーヤは内心で思っていた。

「それでは、まず私が数字を伝えますので、それをそろばんで弾いてみてください。そして、弾き終わったら合図をしてください。合図を確認したら、次の数字を伝えるのでそれを足す。これを繰り返していきましょう」
「分かったよ」
「おう!」

 やる気満々な二人を見て、トーヤは満足気に頷いた。
 その後、基本の指使いに慣れてもらうため、小さな数字を口にしていく。
 アグリとブロンは言われた通り、そろばんで計算を始めた。
 最初こそ指使いのイメージができていたブロンが指をスムーズに動かし、アグリはたどたどしい動きを見せていた。
 しかし、み込みが早いのはアグリの方だった。
 時間を掛けるにつれて指使いがスムーズになっていき、小さな数字の計算であれば彼の方が早く計算できるようになっていった。
 その後、何セットか練習を続け、アグリは呟く。

「……よし、できた!」
「ほほう! 速くなったじゃないか、アグリ」
「へへへへ、ありがとうございます!」

 ブロンにめられたのが嬉しく、アグリは満面の笑みを浮かべた。
 トーヤもアグリを見つめて口を開く。

「アグリ君は本当に呑み込みが早いですね」
「そうか?」
「そうですよ。きちんと姿勢も意識していたようですし、教え甲斐がいがありますね」
「……ありがとな」

 年上のブロンとは違い、同年代のトーヤから褒められるのは、どこか恥ずかしいのだろう。
 アグリは照れたようにお礼を口にした。

「二人とも、珠を弾くのに慣れてきたようですし、そろそろ制限時間を設けてやってみましょう」

 褒められてやる気を出しているアグリを見て、トーヤは最後のコツ、制限時間を設けての計算を実践じっせんさせることにした。

「マジで?」
「マジです」

 しかし、トーヤの言葉を耳にすると、アグリの表情は一瞬で難しいものになってしまった。
 フォローするように、ブロンとトーヤが声を掛ける。

「失敗は付きものだよ、アグリ」
「アグリ君はすぐに自信を失ってしまうのが、悪い癖ですね」
「し、仕方ねぇだろ! ……自信なんて、ねぇんだから。でも……」

 少しだけ声を荒らげたアグリだったが、徐々に声のトーンは下がっていった。
 だが、今回の言葉はそれだけで終わらなかった。

「……そろばんを頑張ったら、姉ちゃんの仕事を手伝えるかもって思ってるから、頑張る!」

 すぐに表情を引き締め直し、顔を上げてそう口にしたアグリ。
 そんな彼の表情を見たトーヤとブロンは少しばかり驚いたものの、すぐに笑みを浮かべて大きく頷いた。

「それでは始めましょうか!」
「おう!」
「頼もしい返事だね」
「まずは――一から一〇〇までの数字を順番に足していきましょうかね!」
「え? ……ええええぇぇっ!?」

 満面の笑みを浮かべながらトーヤがそう口にすると、アグリは何度も瞬きを繰り返したあと、驚きの声を上げた。

「おや? どうしたのですか、アグリ君?」
「い、一から一〇〇って、無理に決まってんだろうが!」
「そんなことはありませんよ? ただ、足すだけなのですから」
「だからそれができないって言ってんだよ!」
「まあまあ、試しにやってみてください。ブロンさんも仰っていたではありませんか、失敗は付きものだとね!」
「失敗する前提ぜんていってことじゃねえかよ!」

 普段と変わらない笑みを浮かべているトーヤと、怒鳴り声を上げるアグリ。
 そんな二人のやり取りを、ブロンはとても楽しそうに眺めている。
 その後もアグリは文句を言っていたが、一度挑戦してみるということで、最終的には納得した。

「それでは、時間はどれだけ掛かっても構いませんので、まず一度やってみましょうか」

 トーヤの言葉を聞き、アグリは首を傾げる。

「あれ? 制限時間を決めるんじゃないのか?」
「その制限時間の目安を知るために、お二人がどれだけの速度で計算ができるかを確かめたいのです」
「なるほどのう。あまりに無理な制限時間を設けても、やる気ががれるだけだからね。どれ、少しだけ待っておきなさい」

 トーヤの意図を理解したブロンはそう口にすると一度席を立ち、商品棚の方へ歩き出した。
 どうしたのかとトーヤとアグリが見ていると、ブロンは一つの商品を手に戻ってきた。

「時間をはかりたいなら、普通に時計を見てもいいが、折角だしこれを使ったらどうかね?」
「おぉっ! 砂時計ではないですか!」

 ブロンがカウンターに置いたもの、それはトーヤが口にした通り、砂時計だった。

「なんだ? 砂時計って?」
「先日やってきた商人が売ってくれたものさ。砂が下に落ち切ったところで五分になるよ」
「いいですね! ありがとうございます、ブロンさん!」

 お礼を口にしたトーヤは、砂時計を手にすると、懐かしそうに眺め始めた。

(以前見たルービックキューブに続いて、まさか砂時計までこちらで拝見することになるとは……感慨深かんがいぶかい気分になりますね)

 一人でそんなことを考えていると、アグリとブロンが開始を待ちわびていることに気づき、トーヤは気を取り直した。

「ごほん! ……そ、それでは始めましょうか。先ほど言った通り、今回は制限時間は設けず、どれくらい計算に時間が掛かったか調べる形で行いましょう」

 トーヤがそう口にすると、アグリは少し安心したようにホッと胸を撫で下ろした。
 その様子を見て、トーヤがニヤリと笑う。

「ですが、正確な結果を知らないと適切な制限時間を決められませんので、最初の計算も真剣に取り組んでくださいね」
「と、当然だ! よーし、見てろよ!」
「年甲斐もなく、良い結果を出したくなってきたよ」

 トーヤの言葉を聞き、やや不安そうながらもやる気を見せるアグリ。
 そして、ブロンも楽しみといった様子で笑みを浮かべていた。
 トーヤはその光景を見て、いくつになっても向上心さえ失わなければ、人は成長することができるのだと感じた。
 トーヤは改めて二人に真剣にそろばんを教えようと思いつつ、口を開く。

「それでは――始め!」

 合図とともにアグリとブロンがそろばんを弾き始めると、パチパチと小気味よい音が店内に響き出した。
 それと同時に、トーヤがひっくり返した砂時計から砂が落ち始める。
 ブロンもアグリも順調に珠を弾いていたのだが、徐々に二人の速度に差が生まれ、気づけばアグリの指の動きはゆっくりになっていた。
 それでもアグリは自分のそろばんに意識を向けており、正確に計算をしようと集中している。
 そんなアグリの姿を見て、トーヤは大きく頷いた。
 ここで無理にブロンの速度に合わせようとすると、どこかで計算を間違えてしまう恐れがある。
 時間が掛かっても正確に計算を行おうとしているアグリを素晴らしいと思ったのだ。


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16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

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