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1巻
1-3
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「……失礼いたしました、今のは聞かなかったことに」
そんなトーヤの言葉を聞いてもなお、ミリカはジト目を向け続けている。
「その辺にしたらどうだ、ミリカ。トーヤも本当に気をつけるんだぞ?」
二人の様子を見かねたダインがそう言うと、トーヤは頭を下げた。
「かしこまりました、以後気をつけます」
そんなタイミングで、ヴァッシュが索敵を終え、戻ってくる。
「この辺りには何もないな。洞窟まで足を運んでみたが、ガキの言った通り、魔獣はいねぇ」
するとミリカは今度、ヴァッシュを睨みつける。
「ちょっと、ヴァッシュー! そんな所まで一人で行くなんて、危ないじゃない!」
「ガキを連れて魔獣と遭遇する方が危ねぇだろうが!」
「なんと、ヴァッシュさんは私のことを心配してくれたのですね、ありがとうございます」
トーヤが感謝を告げると、ヴァッシュは嫌そうな顔で大声を上げる。
「んなわけねぇだろうが! 勘違いすんな、ガキが!」
その言葉を聞いたダインは微笑みながら、トーヤの肩に手を置く。
「言っただろう、トーヤ。ヴァッシュはいい奴だとな」
「ええ、その通りですね」
「……ちっ!」
ヴァッシュは嫌そうな顔のままそっぽを向く。
しかし言葉や態度とは裏腹に、ヴァッシュが先ほどから気に掛けてくれていることを、トーヤは感じていた。
だからというわけではないが、トーヤはダインに一つ提案する。
「……あの、ダインさん? ヴァッシュさんにもあのことをお伝えしてもいいでしょうか?」
トーヤは、ヴァッシュにも自身がアイテムボックスを持っていることを話したかったのだ。
しかしダインが答えるより先に、ヴァッシュが怒鳴り声を上げる。
「おい、ガキ! それ以上言うんじゃねぇ!」
「なんでしょうか?」
どうして怒鳴られているのか理解できず、トーヤは首をコテンと横に倒した。
ミリカが状況を説明してくれる。
「さっきも言ったけど、ヴァッシュは地獄耳だからねー。私たちの話も聞こえてたんじゃないかなー」
「その話をむやみにするなって言われていただろうが!」
ヴァッシュに指摘され、トーヤは苦笑いを浮かべた。
「つーわけで、ダイン! ここにはもう何もないんだ、さっさと下山するぞ!」
まくし立てるようにヴァッシュは言い放ち、来た道をさっさと戻っていく。
「ヴァッシュの口が悪くてすまんな、トーヤ」
「いえいえ、こちらこそヴァッシュさんを怒らせるつもりはなかったのですが……そうですね、私も口を滑らせないよう、より一層気をつけなければいけませんね」
頬を掻きながらトーヤがそう口にすると、ダインとミリカは顔を見合わせ、苦笑する。
「「……本当に子供?」」
「そんなに疑いたくなりますか? どこからどう見ても子供ではありませんか」
胸を張るトーヤを見て、二人は大笑いする。
そのさらに前方で、ヴァッシュも誰にも見られないよう小さく微笑んでいた。
下山を始めて一〇分後、トーヤは自分が腹を空かせていたことを思い出した。
ただ、守ってもらっている中で、食糧までダインたちに求めるのは気が引ける。
そのため周囲の木々を見ながら食べられるものがないかと探していると――ポンとトーヤの目の前にウインドウが現れた。
「……おや? これはいったい……ほほう、アプル、食用の果実ですか」
ウインドウは、目の前にある大きな木の枝に垂れ下がっていた果物のすぐ真横に浮かんでいる。
トーヤが食べられるものを探していたため、鑑定眼が視界に入った対象物を自動的に鑑定したのだ。
「おぉ、やはりこのスキルはありがたいですね。食用かどうかも分かるだなんて」
「どうしたの……って、おー、アプルじゃん!」
ミリカはトーヤの視線を辿り、納得したように頷いた。
すると、二人のやり取りを見たダインが口を開く。
「なんだ、トーヤ。お腹が空いていたのか? それならそうと言ってくれればよかったのに」
「守ってもらっている上に、食べ物まで催促するのはいささか気が引けまして」
申し訳なさそうに答えるトーヤに、ダインは穏やかな口調で言う。
「そんなこと、子供が気にする必要はないんだぞ」
「でもまあ、私たちが持っている食糧は保存食だから美味しくないし、トーヤがアプルを見つけられたんだからいいんじゃないかしら!」
ミリカはそう口にして、大きな木の枝先まで軽々と飛び上がる。
そしてナイフを華麗に振り抜いて、あっさりとアプルを収穫すると、地面に着地した。
その後ニコリと満面の笑みを浮かべ、アプルを持った右手をずいっとトーヤに突き出した。
「はい、どうぞ」
「えっ? よ、よろしいのですか?」
「当然よ! だって、トーヤのために取ってきたんだから!」
トーヤは驚きながらもお礼を言う。
「……あ、ありがとうございます」
「んだよ、面倒くせぇなあ!」
トーヤがお礼を口にしたタイミングで、近くに来ていたヴァッシュが声を上げる。
そして、右腕を大きく振りかぶり、そのまま近くの大木を殴りつけた。
――ドゴンッ!
大木が大きな音を立てて揺れる。
トーヤは目の前で起こった出来事に目を丸くする。
――ドサドサドサドサッ!
ヴァッシュが殴りつけた木はアプルを多く実らせていた。それらが大量に落ちてきたのだ。
その光景を見たミリカとダインが、口々に言う。
「……わーお、ヴァッシュったら、豪快だねー」
「全く、お前は……やりすぎだぞ」
「さっさと食って行くぞ! ったく、マジで面倒くせぇ」
辺り一面に転がっているアプルを見て、トーヤは苦笑いを浮かべる。
「……えっと、ヴァッシュさん? いくら空腹だからといって、こんなには食べられ――」
「知らねーよ! お前のためにアプルを落としたんじゃねぇ!」
トーヤの声を遮るように、ヴァッシュがそう答えた。
「らしいぞ、トーヤ」
「……かしこまりました」
ダインの言葉にトーヤはクスリと微笑みながら頷く。
そしてミリカとヴァッシュにお礼を言うと、アプルにかぶりついた。
「……ほほう……これは……リンゴのような味がしますね」
「へぇー、リンゴってやつは聞いたことがないけど、アプルと似たような味なの?」
ミリカにそう尋ねられたトーヤは、適当に誤魔化すことにした。
「あー……私のいた国で、これに似た果実がありまして……」
それからアプルを一つ、ペロッと平らげ、ダインに声を掛ける。
「あの、地面に落ちた分が勿体ないので、例のスキルを使っても問題ないでしょうか?」
先ほどアイテムボックスに関することで注意されたばかりなので、曖昧な表現でスキルの使用許可を求めるトーヤ。
その意図を察したダインは少し考え、口を開く。
「ヴァッシュ、周囲に人がいるか調べてくれ」
「ちっ、面倒だな!」
ヴァッシュは愚痴を言いながらも目を閉じ、耳をすませる。
そしてしばらく経ったあとに目を開いた。
「周囲から人の足音はしねぇ。早くしろ」
トーヤは頷く。
それから鑑定眼を使った時と同じ要領で、地面に落ちたアプルを手に持ち、収納したいと考える。
すると、アプルがトーヤの手元から消失した。
(収納できたみたいですね。今度は――)
アプルを取り出そうと意識すると、手元にアプルが現れる。
(……これは便利ですね)
どうしてこんなスキルを持っているのか不思議に思いながらも、地面に落ちたアプルをどんどんと収納していくトーヤ。
ミリカがアプルを集めるのを手伝いながら口を開く。
「ねぇねぇ、このアプル、一個もらってもいい?」
「もちろんです。と言いますか、ヴァッシュさんが採ってくださったものなので、私に許可を取る必要はないと思いますよ」
その言葉を聞いてミリカは笑みを浮かべ、アプルを一つ懐にしまった。
すると、今度はヴァッシュが急かすように言う。
「おい、さっさと集めちまえ!」
「ヴァッシュも手伝ってよー!」
「うるせえ! ガキの近くにだけ落としたんだ! てめぇらだけで集められるだろうが!」
そう口にしつつ近くの大木を背にして地面に座るヴァッシュに対し、ベーッと舌を出すミリカ。それを横目に、トーヤはアプルが落ちている場所を改めて見つめた。
「……おぉっ! 確かに私の近くにしかアプルが落ちていませんね! これも狙ってやったということですか! ヴァッシュさん、すごいです!」
「黙れガキが!」
単純に褒めただけなのだが、何故か怒られてしまいトーヤは苦笑する。
「あいつは褒められるのが苦手なんだ。俺も集めるのを手伝うから、トーヤは収納することだけに集中してくれ」
「よろしくー!」
「なんだか申し訳ありません、ダインさん、ミリカさん」
トーヤが頭を下げると、ダインはニコリと笑いながらアプルを集め始めた。
「食べ物を粗末にするわけにはいかんからな」
「ヴァッシュが手伝ってくれたら、もっと早く終わるんだけどー」
ニヤニヤしながらそう口にするミリカに、ダインが叫ぶ
「うるせえ! さっさと集めろ!」
五分と掛からずアプルは集め終わった。
「お待たせいたしました、ヴァッシュさん」
「よし、さっさと行くぞ」
それから四人は、改めて山を下るべく歩き出した。
◆◇◆◇
「――おぉ! 麓に出ましたねぇ」
額に浮かんだ汗を拭いながら、トーヤは目の前に広がる平原を見てそう口にした。
アプルを集めてから一時間ほど歩いていたが、他愛のない話をしながらだったためか、彼の顔にはさほど疲労の色はない。
ダインが尋ねる。
「俺たちはここから近いラクセーナの街に向かうが、トーヤもそれで良いか?」
その言葉に、トーヤは頷いた。
スフィアイズで仕事を見つけたいトーヤからすれば、人が多いであろう街に行けることは、願ったり叶ったりと言える。
トーヤが頷いたのを確認したダインも一つ頷き、再び歩き始める。
その後ろをついていきながら、トーヤは自然と口を開く。
「そう言えば皆さん、私の歩くスピードに合わせていただき、ありがとうございます」
ヴァッシュを含めた三人が、トーヤの歩幅に合わせて歩くスピードを調整してくれていることに、彼は気づいていた。
故に出たお礼の言葉だったが、即座にヴァッシュが舌打ちをする。
「ちっ! うるせぇんだよ! ガキは余計なことを考えず、黙ってついてこい!」
ヴァッシュはそう言うと、一人先に行ってしまった。
すると、ミリカが悪戯っぽく微笑みながら、トーヤに耳打ちする。
「あれはねー、照れ隠しだから気にしないでいいんだよー」
しかし、しっかりとその言葉を聞いていたヴァッシュが振り返った。
「おい、ミリカ! こっちに来い。ぶん殴ってやる!」
「なんでよ! 絶対に嫌だからね!」
「だったら根も葉もねぇことをガキに吹き込むんじゃねぇぞ!」
「えぇー? 本当のことじゃーん」
ミリカの茶々にヴァッシュが食って掛かる――そんな何度目とも知れないやりとりを見て、トーヤは思わず微笑んでしまった。
「あはは、お二人は本当に仲が良いのですねぇ」
「「良くないから!」」
この調子なら、麓からラクセーナまでの道のりもあっという間に終わってしまうのだろうと、トーヤは思うのだった。
さらに一時間ほど歩き、四人はついにラクセーナの街の前まで辿り着いた。
街の周囲は長大な壁に囲われており、大きな門もある。
門の前には兵士が複数人立っており、その手には剣や槍などの武器が握られていた。
そんな彼らの前には長い行列ができている。
ダインたちがその列に向かったので、トーヤもあとに続いた。
トーヤは改めて周囲を確認する。
すると、列に並んでいる者たちが、カードのようなものを兵士に提示しているのが目に入った。
それを見て、トーヤは口を開く。
「身分を証明できるものを持っていませんね。どうしましょう……」
トーヤが思わず呟くと、隣にいたダインが声を掛けてきた。
「安心しろ。身分証がない人でも、『鑑定水晶』というものを使えば街に入れる」
「そこで問題なしってなれば、入場料の一〇〇〇ゼンスを支払って中に入れるよ」
「……支払いですか」
ミリカの補足を聞いて、トーヤは自分がスフィアイズのお金を持っていないことに気がついた。
一〇〇〇ゼンスが高いのか安いのかは分からないが、どちらにせよ手持ちがなければどうしようもない。
腕組みしながら考え込んでいたトーヤの頭に、ダインの大きな手が置かれた。
「今回は俺が出しておこう」
「そんな! そこまでしていただくわけには――」
トーヤは思わずそう言うが、ダインはトーヤの頭を撫でる。
「あの山に一人でいたことといい、何か事情があるのだろう? それにトーヤが悪人でないことはもう分かっている」
続けてヴァッシュとミリカも口を開く。
「ガキが金のことなんて気にすんな」
「ヴァッシュの言う通りだよー! それに中に入らないとトーヤ、魔獣に襲われて大変だよー?」
ミリカは冗談っぽくそう言うが、魔獣と戦う手段のないトーヤからすれば、その事実は中々に重い。
トーヤはしばし考えたあと、三人に深く頭を下げる。
「……何から何まで本当に申し訳ございません。このご恩は必ずお返しいたしますので」
その様子を見て、三人は小さく笑った。
「それではいつか、トーヤに鑑定をお願いしよう」
「いいね、それ!」
「はっ! ガキに何が鑑定できるってんだ」
トーヤは三人に心底感謝しながら、列が進むのを待ち続けた。
およそ三〇分後、ついにトーヤたちの身元確認が行われることになった。
門の前に立っていた兵士はダインたちを見かけると、親し気に声を掛けてくる。
「あっ! おかえりなさい、『瞬光』の皆さん!」
「……瞬光?」
聞き慣れない名前にトーヤが首を傾げていると、ダイン、ミリカ、ヴァッシュが口々に説明してくれる。
「あぁ、言っていなかったな。瞬光というのは、俺たちのパーティ名だ」
「一瞬の光って意味だよ!」
「けっ! 光くらい速いのは俺だけだがな」
気だるげにそう言うヴァッシュを見て、ミリカがからかうように言う。
「それじゃあヴァッシュがリーダーやったらー?」
「んな面倒くせぇこと、するわけねぇだろうが!」
ここでもヴァッシュとミリカが言い合いを始めたが、ダインは慣れた態度で無視すると、彼らの横にいる兵士に声を掛ける。
「すまんが彼は鑑定水晶で身元を確認してくれ」
「それは構いませんが……その子、どうしたんですか?」
「調査で向かった北の山で保護した。どうやら身寄りがないようだったから、とりあえず連れてきたんだ」
ダインの説明に兵士は納得したように頷くと、トーヤの元に近づいてくる。
「分かりました。それじゃあ君、名前は?」
「トーヤと申します。お手数ですが、よろしくお願いいたします」
「……」
兵士はトーヤの丁寧な口調に驚いて無言になり、目をパチクリとさせる。
「あの、どうしたのですか?」
「えっ? あ、あぁ、いや、なんでもない。それじゃあトーヤ、こっちに来てくれるかい?」
トーヤが声を掛けたことで兵士は我に返り、鑑定水晶がある小さな小屋――警備室へと歩き出す。
それに続いて、トーヤとダインも歩き出す。
「ダインさんも来てくれるのですか?」
「トーヤ一人では不安だろうと思ってな」
「ありがとうございます。ですが……あちらのお二人はそのままでいいのでしょうか?」
トーヤはヴァッシュとミリカがいまだ言い合いをしているのが気になっていた。
しかし、ダインは笑顔で頷く。
「あいつらはいつもああだからな。あれで結局は上手くやれているのだから、問題はないさ」
「ふむ、ダインさんが仰るなら、そうなのでしょうね」
そんなことを話しながら警備室に入ると、兵士が子供の頭くらいの大きさはあるだろう青色の水晶の前で待っていた。
「こちらの鑑定水晶に、片手で触れてください」
「ほほう、これですか。分かりました」
トーヤは鑑定水晶を興味津々で眺めてから、言われた通りに片手でそれに触れる。
すると、鑑定水晶が青色から白色に変化した。
トーヤが思わず呟く。
「おぉ、不思議ですね」
「問題なさそうだね。身分証がない方は、中に入るのに一〇〇〇ゼンスが必要になるけど……」
水晶を見た兵士がそう言うと、ダインは懐に手を突っ込む。
「それは俺が支払おう、これでいいか?」
「少々お待ちを。……はい、確かに一〇〇〇ゼンス、確認いたしました」
お金を受け取った兵士はそう口にしてニコリと笑った。
それから三人は警備室を出て、門の前へと戻る。
歩きながら、兵士はトーヤに優しく語り掛ける。
「これで君はラクセーナに入れる。ここは治安が良いけど、絶対安全というわけではない。人気のないところや暗い場所とか、危なそうな場所には近づかないようにね」
「かしこまりました。あの、仕事を探すにはどうしたらいいか、教えていただけますか?」
「仕事かぁ……君のスキルを聞いてもいいかい?」
「上鑑定眼です」
「なら、商業ギルドがいいんじゃないかな。門からまっすぐ進んで、中央の噴水を右に進み、突き当たりの大きな建物がそうだよ」
兵士と話をしていると、トーヤたちはすぐにヴァッシュたちの元へ辿り着いた。
ミリカとヴァッシュはまだ言い争いを続けている。
その様子を見て、ダインは面倒くさそうな顔をしながら二人の仲裁を始めた。
彼らのやり取りを前に、兵士は苦笑を浮かべた。
兵士から見ても、この光景は見慣れたものである。
トーヤは兵士に尋ねる。
「……ダインさんたちは、普段からあんな調子なのでしょうか?」
「そうだね。仲が良いのか悪いのか……」
その言葉に反応して、ヴァッシュがギロリと睨んできたので、兵士は手をパンと叩く。
「さて、世間話はこの辺りにしておこうかな」
「ご丁寧に教えていただき、重ね重ねありがとうございます」
「これも仕事だよ。それじゃあ――ようこそ、ラクセーナへ!」
◆◇◆◇
ダインたちと共にラクセーナの門をくぐったトーヤは、周囲を見回し、感動の声を上げる。
「おぉっ! なんとも素晴らしい都市ですねえ!」
日本で生きていた頃は仕事に没頭していたため、海外旅行に行く余裕などなく、海外の風景などもテレビでしか見たことがなかったトーヤにとって、西洋風の建物が立ち並ぶ様は、現実とは程遠い未知の景色に映る。
興奮するトーヤを微笑ましく見つつ、ダインが問い掛ける。
「俺たちは武器のメンテナンスをしてから、冒険者ギルドに今日の調査報告をしに行くつもりだ。トーヤはどうする? ついてくるか?」
トーヤは我に返ると、真剣な表情を浮かべる。
「ここまで連れてきていただけただけで十分です。これ以上お世話になるわけにはまいりません。ここには魔獣も現れないでしょうし」
「私たちは一緒に来てもらっても構わないよー?」
ミリカはそう言うが、ヴァッシュはトーヤに背を向けつつ気だるげな口調で口を開く。
「ガキの言う通り、ここまでくりゃ心配ねーだろ。ダイン、ミリカ、さっさと行こうぜ。俺は休みたいんだ」
ヴァッシュは一人で歩き出し、振り返らぬままトーヤに軽く手を振った。
彼に続いて、ダインとミリカも歩き出す。
「ラクセーナにいればまた会うこともあるだろう」
「その時には一緒にご飯でも食べようね!」
「かしこまりました。今日は本当に助かりました、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げたトーヤに対し、ダインとミリカは笑顔で手を振って、その場を去った。
トーヤは三人の背中が見えなくなったのを確認してから、兵士に教えてもらった商業ギルドの方向へ歩き出す。
その最中、街並みやすれ違う人々を観察するトーヤ。
石造りの建物が通りの左右にずらりと並んでいる光景は壮観であり、人通りも多い。
人々が着ている服は色とりどりで、トーヤの目からはとてもオシャレに見えた。
目を輝かせながらきょろきょろしているので、トーヤは周囲から微笑ましく見守られていたが、彼はそれに気づかない。
そんなトーヤの言葉を聞いてもなお、ミリカはジト目を向け続けている。
「その辺にしたらどうだ、ミリカ。トーヤも本当に気をつけるんだぞ?」
二人の様子を見かねたダインがそう言うと、トーヤは頭を下げた。
「かしこまりました、以後気をつけます」
そんなタイミングで、ヴァッシュが索敵を終え、戻ってくる。
「この辺りには何もないな。洞窟まで足を運んでみたが、ガキの言った通り、魔獣はいねぇ」
するとミリカは今度、ヴァッシュを睨みつける。
「ちょっと、ヴァッシュー! そんな所まで一人で行くなんて、危ないじゃない!」
「ガキを連れて魔獣と遭遇する方が危ねぇだろうが!」
「なんと、ヴァッシュさんは私のことを心配してくれたのですね、ありがとうございます」
トーヤが感謝を告げると、ヴァッシュは嫌そうな顔で大声を上げる。
「んなわけねぇだろうが! 勘違いすんな、ガキが!」
その言葉を聞いたダインは微笑みながら、トーヤの肩に手を置く。
「言っただろう、トーヤ。ヴァッシュはいい奴だとな」
「ええ、その通りですね」
「……ちっ!」
ヴァッシュは嫌そうな顔のままそっぽを向く。
しかし言葉や態度とは裏腹に、ヴァッシュが先ほどから気に掛けてくれていることを、トーヤは感じていた。
だからというわけではないが、トーヤはダインに一つ提案する。
「……あの、ダインさん? ヴァッシュさんにもあのことをお伝えしてもいいでしょうか?」
トーヤは、ヴァッシュにも自身がアイテムボックスを持っていることを話したかったのだ。
しかしダインが答えるより先に、ヴァッシュが怒鳴り声を上げる。
「おい、ガキ! それ以上言うんじゃねぇ!」
「なんでしょうか?」
どうして怒鳴られているのか理解できず、トーヤは首をコテンと横に倒した。
ミリカが状況を説明してくれる。
「さっきも言ったけど、ヴァッシュは地獄耳だからねー。私たちの話も聞こえてたんじゃないかなー」
「その話をむやみにするなって言われていただろうが!」
ヴァッシュに指摘され、トーヤは苦笑いを浮かべた。
「つーわけで、ダイン! ここにはもう何もないんだ、さっさと下山するぞ!」
まくし立てるようにヴァッシュは言い放ち、来た道をさっさと戻っていく。
「ヴァッシュの口が悪くてすまんな、トーヤ」
「いえいえ、こちらこそヴァッシュさんを怒らせるつもりはなかったのですが……そうですね、私も口を滑らせないよう、より一層気をつけなければいけませんね」
頬を掻きながらトーヤがそう口にすると、ダインとミリカは顔を見合わせ、苦笑する。
「「……本当に子供?」」
「そんなに疑いたくなりますか? どこからどう見ても子供ではありませんか」
胸を張るトーヤを見て、二人は大笑いする。
そのさらに前方で、ヴァッシュも誰にも見られないよう小さく微笑んでいた。
下山を始めて一〇分後、トーヤは自分が腹を空かせていたことを思い出した。
ただ、守ってもらっている中で、食糧までダインたちに求めるのは気が引ける。
そのため周囲の木々を見ながら食べられるものがないかと探していると――ポンとトーヤの目の前にウインドウが現れた。
「……おや? これはいったい……ほほう、アプル、食用の果実ですか」
ウインドウは、目の前にある大きな木の枝に垂れ下がっていた果物のすぐ真横に浮かんでいる。
トーヤが食べられるものを探していたため、鑑定眼が視界に入った対象物を自動的に鑑定したのだ。
「おぉ、やはりこのスキルはありがたいですね。食用かどうかも分かるだなんて」
「どうしたの……って、おー、アプルじゃん!」
ミリカはトーヤの視線を辿り、納得したように頷いた。
すると、二人のやり取りを見たダインが口を開く。
「なんだ、トーヤ。お腹が空いていたのか? それならそうと言ってくれればよかったのに」
「守ってもらっている上に、食べ物まで催促するのはいささか気が引けまして」
申し訳なさそうに答えるトーヤに、ダインは穏やかな口調で言う。
「そんなこと、子供が気にする必要はないんだぞ」
「でもまあ、私たちが持っている食糧は保存食だから美味しくないし、トーヤがアプルを見つけられたんだからいいんじゃないかしら!」
ミリカはそう口にして、大きな木の枝先まで軽々と飛び上がる。
そしてナイフを華麗に振り抜いて、あっさりとアプルを収穫すると、地面に着地した。
その後ニコリと満面の笑みを浮かべ、アプルを持った右手をずいっとトーヤに突き出した。
「はい、どうぞ」
「えっ? よ、よろしいのですか?」
「当然よ! だって、トーヤのために取ってきたんだから!」
トーヤは驚きながらもお礼を言う。
「……あ、ありがとうございます」
「んだよ、面倒くせぇなあ!」
トーヤがお礼を口にしたタイミングで、近くに来ていたヴァッシュが声を上げる。
そして、右腕を大きく振りかぶり、そのまま近くの大木を殴りつけた。
――ドゴンッ!
大木が大きな音を立てて揺れる。
トーヤは目の前で起こった出来事に目を丸くする。
――ドサドサドサドサッ!
ヴァッシュが殴りつけた木はアプルを多く実らせていた。それらが大量に落ちてきたのだ。
その光景を見たミリカとダインが、口々に言う。
「……わーお、ヴァッシュったら、豪快だねー」
「全く、お前は……やりすぎだぞ」
「さっさと食って行くぞ! ったく、マジで面倒くせぇ」
辺り一面に転がっているアプルを見て、トーヤは苦笑いを浮かべる。
「……えっと、ヴァッシュさん? いくら空腹だからといって、こんなには食べられ――」
「知らねーよ! お前のためにアプルを落としたんじゃねぇ!」
トーヤの声を遮るように、ヴァッシュがそう答えた。
「らしいぞ、トーヤ」
「……かしこまりました」
ダインの言葉にトーヤはクスリと微笑みながら頷く。
そしてミリカとヴァッシュにお礼を言うと、アプルにかぶりついた。
「……ほほう……これは……リンゴのような味がしますね」
「へぇー、リンゴってやつは聞いたことがないけど、アプルと似たような味なの?」
ミリカにそう尋ねられたトーヤは、適当に誤魔化すことにした。
「あー……私のいた国で、これに似た果実がありまして……」
それからアプルを一つ、ペロッと平らげ、ダインに声を掛ける。
「あの、地面に落ちた分が勿体ないので、例のスキルを使っても問題ないでしょうか?」
先ほどアイテムボックスに関することで注意されたばかりなので、曖昧な表現でスキルの使用許可を求めるトーヤ。
その意図を察したダインは少し考え、口を開く。
「ヴァッシュ、周囲に人がいるか調べてくれ」
「ちっ、面倒だな!」
ヴァッシュは愚痴を言いながらも目を閉じ、耳をすませる。
そしてしばらく経ったあとに目を開いた。
「周囲から人の足音はしねぇ。早くしろ」
トーヤは頷く。
それから鑑定眼を使った時と同じ要領で、地面に落ちたアプルを手に持ち、収納したいと考える。
すると、アプルがトーヤの手元から消失した。
(収納できたみたいですね。今度は――)
アプルを取り出そうと意識すると、手元にアプルが現れる。
(……これは便利ですね)
どうしてこんなスキルを持っているのか不思議に思いながらも、地面に落ちたアプルをどんどんと収納していくトーヤ。
ミリカがアプルを集めるのを手伝いながら口を開く。
「ねぇねぇ、このアプル、一個もらってもいい?」
「もちろんです。と言いますか、ヴァッシュさんが採ってくださったものなので、私に許可を取る必要はないと思いますよ」
その言葉を聞いてミリカは笑みを浮かべ、アプルを一つ懐にしまった。
すると、今度はヴァッシュが急かすように言う。
「おい、さっさと集めちまえ!」
「ヴァッシュも手伝ってよー!」
「うるせえ! ガキの近くにだけ落としたんだ! てめぇらだけで集められるだろうが!」
そう口にしつつ近くの大木を背にして地面に座るヴァッシュに対し、ベーッと舌を出すミリカ。それを横目に、トーヤはアプルが落ちている場所を改めて見つめた。
「……おぉっ! 確かに私の近くにしかアプルが落ちていませんね! これも狙ってやったということですか! ヴァッシュさん、すごいです!」
「黙れガキが!」
単純に褒めただけなのだが、何故か怒られてしまいトーヤは苦笑する。
「あいつは褒められるのが苦手なんだ。俺も集めるのを手伝うから、トーヤは収納することだけに集中してくれ」
「よろしくー!」
「なんだか申し訳ありません、ダインさん、ミリカさん」
トーヤが頭を下げると、ダインはニコリと笑いながらアプルを集め始めた。
「食べ物を粗末にするわけにはいかんからな」
「ヴァッシュが手伝ってくれたら、もっと早く終わるんだけどー」
ニヤニヤしながらそう口にするミリカに、ダインが叫ぶ
「うるせえ! さっさと集めろ!」
五分と掛からずアプルは集め終わった。
「お待たせいたしました、ヴァッシュさん」
「よし、さっさと行くぞ」
それから四人は、改めて山を下るべく歩き出した。
◆◇◆◇
「――おぉ! 麓に出ましたねぇ」
額に浮かんだ汗を拭いながら、トーヤは目の前に広がる平原を見てそう口にした。
アプルを集めてから一時間ほど歩いていたが、他愛のない話をしながらだったためか、彼の顔にはさほど疲労の色はない。
ダインが尋ねる。
「俺たちはここから近いラクセーナの街に向かうが、トーヤもそれで良いか?」
その言葉に、トーヤは頷いた。
スフィアイズで仕事を見つけたいトーヤからすれば、人が多いであろう街に行けることは、願ったり叶ったりと言える。
トーヤが頷いたのを確認したダインも一つ頷き、再び歩き始める。
その後ろをついていきながら、トーヤは自然と口を開く。
「そう言えば皆さん、私の歩くスピードに合わせていただき、ありがとうございます」
ヴァッシュを含めた三人が、トーヤの歩幅に合わせて歩くスピードを調整してくれていることに、彼は気づいていた。
故に出たお礼の言葉だったが、即座にヴァッシュが舌打ちをする。
「ちっ! うるせぇんだよ! ガキは余計なことを考えず、黙ってついてこい!」
ヴァッシュはそう言うと、一人先に行ってしまった。
すると、ミリカが悪戯っぽく微笑みながら、トーヤに耳打ちする。
「あれはねー、照れ隠しだから気にしないでいいんだよー」
しかし、しっかりとその言葉を聞いていたヴァッシュが振り返った。
「おい、ミリカ! こっちに来い。ぶん殴ってやる!」
「なんでよ! 絶対に嫌だからね!」
「だったら根も葉もねぇことをガキに吹き込むんじゃねぇぞ!」
「えぇー? 本当のことじゃーん」
ミリカの茶々にヴァッシュが食って掛かる――そんな何度目とも知れないやりとりを見て、トーヤは思わず微笑んでしまった。
「あはは、お二人は本当に仲が良いのですねぇ」
「「良くないから!」」
この調子なら、麓からラクセーナまでの道のりもあっという間に終わってしまうのだろうと、トーヤは思うのだった。
さらに一時間ほど歩き、四人はついにラクセーナの街の前まで辿り着いた。
街の周囲は長大な壁に囲われており、大きな門もある。
門の前には兵士が複数人立っており、その手には剣や槍などの武器が握られていた。
そんな彼らの前には長い行列ができている。
ダインたちがその列に向かったので、トーヤもあとに続いた。
トーヤは改めて周囲を確認する。
すると、列に並んでいる者たちが、カードのようなものを兵士に提示しているのが目に入った。
それを見て、トーヤは口を開く。
「身分を証明できるものを持っていませんね。どうしましょう……」
トーヤが思わず呟くと、隣にいたダインが声を掛けてきた。
「安心しろ。身分証がない人でも、『鑑定水晶』というものを使えば街に入れる」
「そこで問題なしってなれば、入場料の一〇〇〇ゼンスを支払って中に入れるよ」
「……支払いですか」
ミリカの補足を聞いて、トーヤは自分がスフィアイズのお金を持っていないことに気がついた。
一〇〇〇ゼンスが高いのか安いのかは分からないが、どちらにせよ手持ちがなければどうしようもない。
腕組みしながら考え込んでいたトーヤの頭に、ダインの大きな手が置かれた。
「今回は俺が出しておこう」
「そんな! そこまでしていただくわけには――」
トーヤは思わずそう言うが、ダインはトーヤの頭を撫でる。
「あの山に一人でいたことといい、何か事情があるのだろう? それにトーヤが悪人でないことはもう分かっている」
続けてヴァッシュとミリカも口を開く。
「ガキが金のことなんて気にすんな」
「ヴァッシュの言う通りだよー! それに中に入らないとトーヤ、魔獣に襲われて大変だよー?」
ミリカは冗談っぽくそう言うが、魔獣と戦う手段のないトーヤからすれば、その事実は中々に重い。
トーヤはしばし考えたあと、三人に深く頭を下げる。
「……何から何まで本当に申し訳ございません。このご恩は必ずお返しいたしますので」
その様子を見て、三人は小さく笑った。
「それではいつか、トーヤに鑑定をお願いしよう」
「いいね、それ!」
「はっ! ガキに何が鑑定できるってんだ」
トーヤは三人に心底感謝しながら、列が進むのを待ち続けた。
およそ三〇分後、ついにトーヤたちの身元確認が行われることになった。
門の前に立っていた兵士はダインたちを見かけると、親し気に声を掛けてくる。
「あっ! おかえりなさい、『瞬光』の皆さん!」
「……瞬光?」
聞き慣れない名前にトーヤが首を傾げていると、ダイン、ミリカ、ヴァッシュが口々に説明してくれる。
「あぁ、言っていなかったな。瞬光というのは、俺たちのパーティ名だ」
「一瞬の光って意味だよ!」
「けっ! 光くらい速いのは俺だけだがな」
気だるげにそう言うヴァッシュを見て、ミリカがからかうように言う。
「それじゃあヴァッシュがリーダーやったらー?」
「んな面倒くせぇこと、するわけねぇだろうが!」
ここでもヴァッシュとミリカが言い合いを始めたが、ダインは慣れた態度で無視すると、彼らの横にいる兵士に声を掛ける。
「すまんが彼は鑑定水晶で身元を確認してくれ」
「それは構いませんが……その子、どうしたんですか?」
「調査で向かった北の山で保護した。どうやら身寄りがないようだったから、とりあえず連れてきたんだ」
ダインの説明に兵士は納得したように頷くと、トーヤの元に近づいてくる。
「分かりました。それじゃあ君、名前は?」
「トーヤと申します。お手数ですが、よろしくお願いいたします」
「……」
兵士はトーヤの丁寧な口調に驚いて無言になり、目をパチクリとさせる。
「あの、どうしたのですか?」
「えっ? あ、あぁ、いや、なんでもない。それじゃあトーヤ、こっちに来てくれるかい?」
トーヤが声を掛けたことで兵士は我に返り、鑑定水晶がある小さな小屋――警備室へと歩き出す。
それに続いて、トーヤとダインも歩き出す。
「ダインさんも来てくれるのですか?」
「トーヤ一人では不安だろうと思ってな」
「ありがとうございます。ですが……あちらのお二人はそのままでいいのでしょうか?」
トーヤはヴァッシュとミリカがいまだ言い合いをしているのが気になっていた。
しかし、ダインは笑顔で頷く。
「あいつらはいつもああだからな。あれで結局は上手くやれているのだから、問題はないさ」
「ふむ、ダインさんが仰るなら、そうなのでしょうね」
そんなことを話しながら警備室に入ると、兵士が子供の頭くらいの大きさはあるだろう青色の水晶の前で待っていた。
「こちらの鑑定水晶に、片手で触れてください」
「ほほう、これですか。分かりました」
トーヤは鑑定水晶を興味津々で眺めてから、言われた通りに片手でそれに触れる。
すると、鑑定水晶が青色から白色に変化した。
トーヤが思わず呟く。
「おぉ、不思議ですね」
「問題なさそうだね。身分証がない方は、中に入るのに一〇〇〇ゼンスが必要になるけど……」
水晶を見た兵士がそう言うと、ダインは懐に手を突っ込む。
「それは俺が支払おう、これでいいか?」
「少々お待ちを。……はい、確かに一〇〇〇ゼンス、確認いたしました」
お金を受け取った兵士はそう口にしてニコリと笑った。
それから三人は警備室を出て、門の前へと戻る。
歩きながら、兵士はトーヤに優しく語り掛ける。
「これで君はラクセーナに入れる。ここは治安が良いけど、絶対安全というわけではない。人気のないところや暗い場所とか、危なそうな場所には近づかないようにね」
「かしこまりました。あの、仕事を探すにはどうしたらいいか、教えていただけますか?」
「仕事かぁ……君のスキルを聞いてもいいかい?」
「上鑑定眼です」
「なら、商業ギルドがいいんじゃないかな。門からまっすぐ進んで、中央の噴水を右に進み、突き当たりの大きな建物がそうだよ」
兵士と話をしていると、トーヤたちはすぐにヴァッシュたちの元へ辿り着いた。
ミリカとヴァッシュはまだ言い争いを続けている。
その様子を見て、ダインは面倒くさそうな顔をしながら二人の仲裁を始めた。
彼らのやり取りを前に、兵士は苦笑を浮かべた。
兵士から見ても、この光景は見慣れたものである。
トーヤは兵士に尋ねる。
「……ダインさんたちは、普段からあんな調子なのでしょうか?」
「そうだね。仲が良いのか悪いのか……」
その言葉に反応して、ヴァッシュがギロリと睨んできたので、兵士は手をパンと叩く。
「さて、世間話はこの辺りにしておこうかな」
「ご丁寧に教えていただき、重ね重ねありがとうございます」
「これも仕事だよ。それじゃあ――ようこそ、ラクセーナへ!」
◆◇◆◇
ダインたちと共にラクセーナの門をくぐったトーヤは、周囲を見回し、感動の声を上げる。
「おぉっ! なんとも素晴らしい都市ですねえ!」
日本で生きていた頃は仕事に没頭していたため、海外旅行に行く余裕などなく、海外の風景などもテレビでしか見たことがなかったトーヤにとって、西洋風の建物が立ち並ぶ様は、現実とは程遠い未知の景色に映る。
興奮するトーヤを微笑ましく見つつ、ダインが問い掛ける。
「俺たちは武器のメンテナンスをしてから、冒険者ギルドに今日の調査報告をしに行くつもりだ。トーヤはどうする? ついてくるか?」
トーヤは我に返ると、真剣な表情を浮かべる。
「ここまで連れてきていただけただけで十分です。これ以上お世話になるわけにはまいりません。ここには魔獣も現れないでしょうし」
「私たちは一緒に来てもらっても構わないよー?」
ミリカはそう言うが、ヴァッシュはトーヤに背を向けつつ気だるげな口調で口を開く。
「ガキの言う通り、ここまでくりゃ心配ねーだろ。ダイン、ミリカ、さっさと行こうぜ。俺は休みたいんだ」
ヴァッシュは一人で歩き出し、振り返らぬままトーヤに軽く手を振った。
彼に続いて、ダインとミリカも歩き出す。
「ラクセーナにいればまた会うこともあるだろう」
「その時には一緒にご飯でも食べようね!」
「かしこまりました。今日は本当に助かりました、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げたトーヤに対し、ダインとミリカは笑顔で手を振って、その場を去った。
トーヤは三人の背中が見えなくなったのを確認してから、兵士に教えてもらった商業ギルドの方向へ歩き出す。
その最中、街並みやすれ違う人々を観察するトーヤ。
石造りの建物が通りの左右にずらりと並んでいる光景は壮観であり、人通りも多い。
人々が着ている服は色とりどりで、トーヤの目からはとてもオシャレに見えた。
目を輝かせながらきょろきょろしているので、トーヤは周囲から微笑ましく見守られていたが、彼はそれに気づかない。
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