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1巻
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三〇分ほど掛けて川まで辿り着いた冬夜は、顔を水面に映す。
「……ほほう、これが私の顔ですか。……うーん、これ、いいんでしょうか? 私には勿体なさ過ぎる気がしますが……」
冬夜は自分の顔を確認すると、両手でペタペタと触りながら感想を口にした。
髪色こそ前世と同じく黒色だが、その顔立ちはとても整っている。
「私の幼少期とも全く違うのですねぇ。まあ、別の世界なのですから当然と考えれば当然なのですが……いやしかし、勿体ない」
勿体ないと何度も呟きながら、冬夜は手を川へ入れて水をすくい上げ、口に含む。
水を飲んだことで喉が相当渇いていたと気づき、冬夜は何度も水をすくって口へと運ぶ。
しばらくして満足すると、今度は冬夜の腹が鳴る。
「……お腹、空きましたね」
腹をさすりながら、冬夜は視線を周囲に向けた。
木の実やキノコでもあれば、とりあえず食べてみようかと考えたのだが、それらしきものは見当たらない。
ならば魚はどうだろうと川を見るが、こちらもダメだ。
「うーん、どうしたものでしょうか」
腕組みしながら考え込んでいると、冬夜は女神との会話を思い出した。
「……そういえば私、スキルをいただいたのでした」
ポンと手を叩きながらそう口にしたものの、冬夜はどのようにして鑑定眼を使えばいいのかを聞いていなかったことに気がつく。
「……困りました、どうしましょう」
そうして再び腕組みをして数秒、考えているだけではどうしようもないと気持ちを切り替え、冬夜はいろいろと試してみることにした。
「とりあえず、そこら辺の石で鑑定にチャレンジしてみましょう! 物は試しです!」
足元の石を拾い上げた冬夜は、ひとまず石をじっくりと眺めてみる。
「鑑定番組とかでも、こうやってじっくりと眺めていましたからね!」
すると冬夜の目の前に石の状態が記されたウインドウが現れる。
「……おや? 何か出ましたね」
鑑定眼を発動させる条件は、鑑定するものを視界に捉えること、そして鑑定したいと願うこと。
冬夜は偶然にもそれを満たしたのである。
「空中にこのようなものが……なんとも不思議です。触れることは……ふむ、できませんか。ただ、これに石についての情報が記されているのは確かなようです。なになに? ……ロックリザードの鱗ですか。……ん? ロックリザード? 鱗? 石ではないのですか?」
――ガサガサ。
冬夜がそう口にしたのと同じタイミングで、川の向こうから茂みを揺らす音が聞こえてきた。
「……これはまさか、女神様が仰っていた、あれですか? 魔獣というものですか?」
冬夜がドキドキしながら見つめる中、徐々に揺れが大きくなり――
「あっれー? 君、どうしたのー?」
茂みの中から現れたのは、肩まである赤髪が特徴的な女性だった。
「ダイン、ヴァッシュ、男の子がいるよー?」
「どうした、ミリカ?」
「あぁん? てめぇ、何を意味の分からないことを……って、マジでいるじゃねえか!」
女性の後方からさらに二人、黒髪と銀髪の男性が姿を見せる。
銀髪の方は獣人であり、狼のような耳が頭部についていた。
「……おぉ、獣の耳がついていますね」
冬夜は思わず呟く。
ファンタジーを知っている者からしたら、生の獣人にテンションが上がるシチュエーションだろうが、彼からすれば、獣耳を頭に付けた不思議な男性が現れたようにしか思えない。
その時、赤髪の女性――ミリカが冬夜に呼び掛ける。
「君ー、どうしたのー? 何でこんなところにいるのー?」
「おっと、失礼いたしました。しかし、どうしたの、ですか。……はて、今の私の状況はどう説明したらよいのでしょう?」
「……いやー、聞いてるのは私の方なんだけどー?」
「あぁ、確かにそうでしたね、失礼いたしました」
冬夜の返答に彼女は首を傾げ、後ろの男性二人も怪訝そうに顔を見合わせている。
「とにかくー、ここは危険だからこっちに来なー!」
女性の言葉を聞いて、冬夜はあることを思い出す。
「危険ですか? そういえばこれ、ロックリザードという生き物の鱗でした――」
――ガサガサ。
瞬間。再び茂みが揺れる音が響いた。
しかし今回は川の向こうではなく、冬夜の後方から聞こえてきた。
「おや? 何でしょうか?」
三人と出会ったことで、冬夜はスフィアイズに転生してから張り詰めていた緊張を解いていた。
故に、振り返った時も相手が悪意ある存在であるとは全く思っていなかった。
『……キシャアアアアァァ』
茂みからのっそりと姿を現したのは、石のようにゴツゴツした皮膚を持つ蜥蜴の魔獣――ロックリザードだった。
その体長は、子供の背丈を優に超えている。
「危ないっ!」
『キシャアアアアッ!』
ミリカの忠告とほぼ同時に、ロックリザードの咆哮が山にこだまする。
その直後、ロックリザードは冬夜に向けて四肢を忙しなく動かして突進してきた。
「ちょっ、いきなりですかあっ⁉」
驚きのあまり尻もちをつきつつ冬夜が叫んだ直後、黒髪の男性と獣人の男性が跳躍した。
「何故――」
「――逃げねぇんだバカ野郎があっ!」
川幅は五メートルを優に超えている。
それでも二人は川を軽々と飛び越えると、冬夜の前に立ち、ロックリザードへ攻撃を仕掛けた。
「どらああああっ!」
『ギジョバ――』
獣人の男性――ヴァッシュがロックリザードを拳で打ち上げた。
そして、黒髪の男性――ダインが大剣を振り下ろす。
「はあっ!」
『――バジュギャッ‼』
ロックリザードは無様に鳴き声を上げて、真っ二つになった。
「……お、おおぉぉ~!」
あまりに鮮やかな二人の戦いぶりを見て思わず拍手した冬夜だったが、そこへダインとヴァッシュからツッコミが入る。
「「拍手している場合か‼」」
「……申し訳ございません、助かりました」
冬夜が二人から怒られているところに、遅れて川を飛び越えてきたミリカが合流した。
「あははー! 君、おかしな子だねー! 名前は?」
「申し遅れました。私、佐鳥冬夜と申します」
冬夜は頭を下げて名乗った。
その言葉を聞き、ミリカは首を傾げる。
「サトイトーヤ?」
「いいえ、佐鳥冬夜です。さ・と・り・と・う・や」
「……サトイトゥーヤ?」
「……冬夜です」
「トーヤだね!」
「…………はい、トーヤです」
長い名前は覚え辛いのかと思った冬夜は、この世界ではトーヤと名乗ることにした。
冬夜――あらためトーヤとミリカのやり取りが一段落したのを見て、大剣を背に戻しながらダインが問い掛ける。
「それでトーヤよ、君はどうしてここにいたんだ?」
「他に仲間がいるんじゃねえのか? さっさとそっちと合流しろよ」
ヴァッシュも面倒くさそうにそう呟いた。二人の言葉を聞いたトーヤは、首を横に振る。
「いいえ、いませんよ? 私は一人ですから」
すると今度はミリカが心配そうに、トーヤの顔を覗き込みながら声を掛ける。
「そうなの? それならどうやってここまで来たの? ここ、結構危ない山なんだよ?」
ミリカからすれば、子供であるトーヤがたった一人で魔獣の縄張りである山の中にいることが不思議でならないのだ。
「うーん、先ほどまでは山頂の洞窟にいたのですが、どうやって来たかといいますと……その……」
さすがに女神に転生させてもらったとは言えず、トーヤは口ごもってしまった。
だが、トーヤが答えを言う前に、ダインとヴァッシュが驚きの声を上げる。
「洞窟……まさか!」
「おいおい……てめぇ、冗談言ってんじゃねぇぞ?」
「冗談ではないのですが……あの洞窟、何かあるのですか? もしや入ってはいけない場所だとか?」
ダインとヴァッシュの反応に不安を抱いたトーヤだったが、すぐにミリカが否定する。
「あっ! ううん、違うよ! 私たちは洞窟の近くに危険な魔獣が現れたという情報を受けて、調査に来ていたの」
「危険な魔獣ですか? ……うーん、そのようなものはいませんでしたよ?」
すると、トーヤの言葉を聞いたダインが頷く。
「それは貴重な情報だな。まぁだからといって洞窟へ行かないわけにもいかないが」
「んだよ、魔獣がいねーんじゃ、無駄足になりそうだな」
ヴァッシュが口惜し気にそう言ったのを聞いて、トーヤは説明を続ける。
「ですが、私は出口を探して光の方へ向かっていただけなので、別の場所に隠れていたのかも知れませんね」
トーヤの証言を受けて、ミリカたちは今後のことやトーヤの扱いについて、相談を始める。
そして三人はすぐに、トーヤを連れて洞窟へ向かうのが良いという結論を出した。
三人は改めてトーヤを見つめる。
「トーヤさえよければ、一緒に来ない?」
「うむ。自衛手段がないのであれば、この山を一人で歩くのは危険すぎる」
「置いていって死なれたら、こっちの迷惑になんだぞ? 分かってんのか⁉」
ミリカ、ダイン、ヴァッシュがそれぞれそう口にした。
トーヤの身元は分からないものの、子供をこんな場所で一人にはできないという判断だ。
しかし、トーヤはすぐには首を縦に振らない。
「確かに私に自衛手段はありません……ですが、ご迷惑になりませんでしょうか?」
トーヤは自身の都合で他人の仕事の邪魔をしてしまうことに対し、気が引けていた。
とはいえ同時に魔獣を初めて目にしたトーヤは、また魔獣に襲われたら自分は何もできず殺されてしまうだろうとも感じていた。
そう考えたのは戦闘経験がないというのも理由の一つだが、それ以上に魔獣を目の前にした途端、体がすくんで動けなくなってしまったのが大きい。
トーヤは当初、魔獣をただの動物のようなものだと捉えていた。故に遭遇してもなんとかなると思っていたが、今ではその認識を改めていた。
そのため曖昧な態度を取ってしまったトーヤだが、ミリカは笑みを浮かべる。
「これでも私たち、Aランク冒険者なの! 子供一人増えたところで邪魔だなんて思わないわ!」
ダインとヴァッシュも続ける。
「然り。子供が大人に気を遣う必要もないだろう」
「いいか、ガキ! 連れていってはやるが、俺たちの指示に従ってもらうからな! それができなきゃ自分でなんとかしろ、いいな!」
ロックリザードを討伐した鮮やかな手腕と今の言葉から、トーヤはミリカたちがこの世界で戦闘をなりわいとしている者だと推測した。
トーヤは少し考えてから、頭を下げて口を開く。
「……いやはや、本当にありがとうございます。皆さんのご迷惑にならぬよう、指示には従わせていただきますので、同行させていただいてもよろしいでしょうか?」
そしてそのまま顔を上げたトーヤを、残る三人はきょとんとした顔で見ていた。
「……あの、どうかいたしましたか?」
「んっ? あぁ、いや、トーヤはとても礼儀正しいのだなと思ってな」
「そうでしょうか?」
「そうだよ! 普通、その歳でそんな丁寧な言葉遣いなんてできないよ?」
「てめぇは今でもできねぇだろうが」
軽口をたたいたヴァッシュを、ミリカが睨む。
「ヴァッシュ! なんか言った⁉」
「やめないか、二人共。見苦しい所を見せてすまないな、トーヤ」
ダインが呆れるように言った。
「いえいえ、仲が良ろしいようで安心いたしました」
「「良くない!」」
トーヤの言葉に、ミリカとヴァッシュは口を揃えて反論した。
そんな二人を見て、ダインは小さく息を吐く。
「全く二人は……まぁいい。それよりトーヤよ。俺たちに付いてくるということは、一緒にこの山を登ってもらうことになるが、体力的に問題はないか?」
「大丈夫です。何卒よろしくお願いいたします」
そう言って、トーヤは再び頭を下げた。
こうしてトーヤはダイン、ミリカ、ヴァッシュと共に再び山を登り始めた。
四人はヴァッシュを先頭に、ダイン、トーヤ、最後尾にミリカという並びで歩いている。
「ところで、危険な魔獣とはどのような個体なのですか? 先ほどのロックリザードもその一種とか?」
トーヤは足を動かしながら三人に声を掛けてみる。
ミリカはそれに優しい口調で答えた。
「それを調査しに来ているんだよー」
「だが、ロックリザードのような小物ではないだろうな。あの程度の魔物なら、発生しても俺たちに調査依頼が来ることはない」
「……あ、あれで小物なのですね」
ダインの言葉を聞いたトーヤは、苦笑いを浮かべた。
「あんなチンケなやつが小物じゃなかったら、なんだってんだ? おい、そこ窪んでるから気をつけろよ」
「おぉ、ありがとうございます、ヴァッシュさん」
「けっ! 遅れられたら、こっちが困るんだよ!」
ヴァッシュは悪態をついて列を離れ、一人山の中をグングンと進んでいく。
彼は斥候役を担っており、今のように時折列を離れては、周囲の偵察を行っていた。
「すまないな、トーヤ。あいつは言葉遣いこそ悪いが、心根は優しくていい奴なんだ」
ダインが気を遣うようにそう言うと、トーヤは笑みを浮かべる。
「十分理解しております、ご心配なく」
「えぇー? ヴァッシュの奴、絶対気遣いなんてしていないと思うけどなー」
「聞こえてっぞ!」
ミリカの言葉に、少し離れた場所にいたヴァッシュが反応し、怒鳴り声を上げた。
「うっわー、相変わらず地獄耳ー」
ミリカとヴァッシュのやり取りを横目に、ダインは思い出したように口を開く。
「そういえばトーヤはロックリザードの鱗を持っていたが、なぜあんな物を?」
「おぉ、ダインさんは一目であれがロックリザードの鱗だと分かったのですね」
「職業柄、魔獣の素材はよく見ているからな。それで、あれは拾ったのか?」
「実は私、鑑定眼というスキルを持っているのですが、その使い方が分からなかったのです。なので試そうと思い、手近に転がっていたあの鱗を拾って鑑定していたのですよ」
そう口にしたトーヤは、そこでダインが首を傾げていることに気がついた。
「トーヤは鑑定眼を初めて使ったのではなかったか?」
「はい、その通りです」
トーヤは頷くが、今度はミリカが不思議そうに腕を組む。
「鑑定眼は練度を上げないと、魔獣の素材を鑑定できないはずなのよねー」
「そうなのですか? ですが、できてしまいましたね?」
三人で首を傾げていると、会話が聞こえていたのか遠くでヴァッシュが声を上げる。
「つーか、鑑定眼を使うのが初めてって、自分の鑑定もしたことねーってことか⁉」
「……自分を鑑定ですか?」
「えっ! 鑑定したことないって、素材をって意味じゃないの? 鑑定系のスキル持ちはスキルに目覚めたら、まず自分を鑑定するって聞いたことあるけど?」
まさかという反応をミリカが見せると、トーヤは苦笑いしながら首を横に振った。
すると、ダインが穏やかな口調で言う。
「他人の鑑定は上位の鑑定スキルでなければできないが、自身を対象とするのであれば下級スキルの鑑定眼でも問題はないと聞いたことがある。一度試してみたらどうだ?」
「ほほう、それは面白そうですね。それでは失礼して……ふんっ!」
どのようにして自分を鑑定すればいいのか分からなかったトーヤは、頭の中で自分を鑑定しようと気合いを込めた。
すると、トーヤの目の前にウインドウが現れる。
「……おぉ! 出ましたよ、皆さん!」
「トーヤよ、そこまでの気合いは必要ないぞ? それに鑑定画面はスキルの持ち主にしか見えん」
「普通に自分を鑑定したいって思い浮かべたら、すぐにできるらしいよー」
ダインとミリカの指摘にトーヤは頭を掻きながら頬を染める。
「おっと……いやはや、お恥ずかしい」
そう口にしつつ、トーヤは浮かび上がったウインドウに視線を向けた。
(ほほう? 名前がトーヤで、隣に括弧で佐鳥冬夜と記載されていますね。どうやらスフィアイズでの名前はトーヤとなっているようですね)
そんなことを思いながら上から順番に鑑定結果を確認していたトーヤだったが、途中で気になる点を見つける。
「おや?」
「どうしたのだ?」
トーヤが驚きの声を上げたのを見て、ダインが心配そうに声を掛ける。
「……どうやら私、スキルを勘違いしていたようです」
「か、勘違い? そんなことあるの?」
ミリカの疑問に、トーヤは困惑しながら頷く。
「はい。私のスキル、鑑定眼ではなく、『上鑑定眼』になっていました」
上鑑定眼――多くの物を鑑定できるスキル、いわば鑑定眼の上位互換だ。
これはトーヤのスキルが進化した結果なのだが、神様云々の話をするとややこしくなると思い、トーヤは上手くはぐらかすことにした。
その説明を聞いたミリカは不思議そうに言う。
「うーん、見間違えてたのかなー! そんなことないと思うけど……」
「だがまあ、より上位のスキルを持っていたのだ。良いことだろう」
ダインにそう言われ、トーヤは首を傾げる。
「そうなのですか? スキルの説明文を読みましたが、私にはいまいち違いが分からず」
「鑑定眼より上鑑定眼の方ができることが多いからな、もしかすると俺たちがトーヤに鑑定を依頼することも今後あるかも知れんぞ?」
その言葉を聞いたトーヤは、自然と笑みを浮かべていた。
出会ったばかりで何者かも分からない自分を助けてくれたダインたち。
その手助けができるかも知れないと分かり、嬉しかったのである。
「私なんかでよければいつでもお声掛けください」
トーヤが胸を張ってそう言うのを見て、ダインとミリカは微笑む。
「その時はよろしく頼む」
「よろしくね! トーヤ!」
二人の笑顔を見て、トーヤは改めて自らの鑑定結果に視線を落とす。
「……あれ? もう一つスキルがあるようですね。『アイテムボックス』と書かれておりますが」
身に覚えのないスキル名を見て、トーヤは何気なく呟いた。
「「アイテムボックス⁉」」
しかし、その呟きを聞いたダインとミリカは口を揃えて叫んだ。
二人はそれからトーヤに詰め寄り小さな声で続ける。
「……ト、トーヤよ、アイテムボックスのスキルを持っているのか?」
「……それ、誰かに話した?」
二人の問いに、トーヤは首を傾げながら答える。
「誰も知らないと思いますよ? それがどうかしましたか?」
強いて言えば女神は知っているだろうが、やはりそんなことは言えず、トーヤは無難に答えた。
すると、ダインとミリカは小さく胸を撫でおろしてから、真剣な表情を浮かべる。
「トーヤよ、アイテムボックスというのは、生き物以外ならどんな物でも亜空間に保管することができるスキルなんだ。個人によって保管できる量の差はあるがな」
「それを聞けば、アイテムボックスがとっても便利なスキルだって分かるわよね?」
「……そうですね。荷物を持つ必要がないので、移動が楽になりそうです」
その言葉を聞いて、ミリカは頷きながら続ける。
「トーヤの言う通り、アイテムボックス持ちが一人でもいればパーティメンバー全員が身軽になれるから、とっても便利なの。そういうわけでアイテムボックス持ちはどのパーティからも引っ張りだこなんだ」
「おぉ、それでしたら皆さんのお荷物も――」
「ただし!」
トーヤの善意からの提案を遮るように、ミリカが大きな声を上げた。
「アイテムボックスのスキルを持っている人はとても少なくて、貴重な人材なの! 脅しや暴力で、無理やり従わせる奴もいる。特にトーヤは子供だし……」
心配そうな顔のミリカを見て、トーヤは身をブルッと震わせる。
「……そうなのですね。ご忠告、痛み入ります」
「本当に分かったんでしょうね、トーヤ!」
「あまり声高にアイテムボックス持ちだと言わないことが大事、ですよね?」
「その通り!」
ミリカにグイッと顔を近づけながら言われてしまい、トーヤはたじろぎながらも答える。
「か、かしこまりました。それはそうとして、何かかさばるお荷物があれば入れましょうか?」
「……話、聞いていたんだよね~? むやみにスキルを使って、誰かに見られたらどうするの~?」
ミリカからジト目で抗議されるトーヤ。
周囲に人はいないので良いかと思っての提案だったのだが、ミリカはかなり警戒しているようだった。
それほど、トーヤの身を案じているのである。
「……ほほう、これが私の顔ですか。……うーん、これ、いいんでしょうか? 私には勿体なさ過ぎる気がしますが……」
冬夜は自分の顔を確認すると、両手でペタペタと触りながら感想を口にした。
髪色こそ前世と同じく黒色だが、その顔立ちはとても整っている。
「私の幼少期とも全く違うのですねぇ。まあ、別の世界なのですから当然と考えれば当然なのですが……いやしかし、勿体ない」
勿体ないと何度も呟きながら、冬夜は手を川へ入れて水をすくい上げ、口に含む。
水を飲んだことで喉が相当渇いていたと気づき、冬夜は何度も水をすくって口へと運ぶ。
しばらくして満足すると、今度は冬夜の腹が鳴る。
「……お腹、空きましたね」
腹をさすりながら、冬夜は視線を周囲に向けた。
木の実やキノコでもあれば、とりあえず食べてみようかと考えたのだが、それらしきものは見当たらない。
ならば魚はどうだろうと川を見るが、こちらもダメだ。
「うーん、どうしたものでしょうか」
腕組みしながら考え込んでいると、冬夜は女神との会話を思い出した。
「……そういえば私、スキルをいただいたのでした」
ポンと手を叩きながらそう口にしたものの、冬夜はどのようにして鑑定眼を使えばいいのかを聞いていなかったことに気がつく。
「……困りました、どうしましょう」
そうして再び腕組みをして数秒、考えているだけではどうしようもないと気持ちを切り替え、冬夜はいろいろと試してみることにした。
「とりあえず、そこら辺の石で鑑定にチャレンジしてみましょう! 物は試しです!」
足元の石を拾い上げた冬夜は、ひとまず石をじっくりと眺めてみる。
「鑑定番組とかでも、こうやってじっくりと眺めていましたからね!」
すると冬夜の目の前に石の状態が記されたウインドウが現れる。
「……おや? 何か出ましたね」
鑑定眼を発動させる条件は、鑑定するものを視界に捉えること、そして鑑定したいと願うこと。
冬夜は偶然にもそれを満たしたのである。
「空中にこのようなものが……なんとも不思議です。触れることは……ふむ、できませんか。ただ、これに石についての情報が記されているのは確かなようです。なになに? ……ロックリザードの鱗ですか。……ん? ロックリザード? 鱗? 石ではないのですか?」
――ガサガサ。
冬夜がそう口にしたのと同じタイミングで、川の向こうから茂みを揺らす音が聞こえてきた。
「……これはまさか、女神様が仰っていた、あれですか? 魔獣というものですか?」
冬夜がドキドキしながら見つめる中、徐々に揺れが大きくなり――
「あっれー? 君、どうしたのー?」
茂みの中から現れたのは、肩まである赤髪が特徴的な女性だった。
「ダイン、ヴァッシュ、男の子がいるよー?」
「どうした、ミリカ?」
「あぁん? てめぇ、何を意味の分からないことを……って、マジでいるじゃねえか!」
女性の後方からさらに二人、黒髪と銀髪の男性が姿を見せる。
銀髪の方は獣人であり、狼のような耳が頭部についていた。
「……おぉ、獣の耳がついていますね」
冬夜は思わず呟く。
ファンタジーを知っている者からしたら、生の獣人にテンションが上がるシチュエーションだろうが、彼からすれば、獣耳を頭に付けた不思議な男性が現れたようにしか思えない。
その時、赤髪の女性――ミリカが冬夜に呼び掛ける。
「君ー、どうしたのー? 何でこんなところにいるのー?」
「おっと、失礼いたしました。しかし、どうしたの、ですか。……はて、今の私の状況はどう説明したらよいのでしょう?」
「……いやー、聞いてるのは私の方なんだけどー?」
「あぁ、確かにそうでしたね、失礼いたしました」
冬夜の返答に彼女は首を傾げ、後ろの男性二人も怪訝そうに顔を見合わせている。
「とにかくー、ここは危険だからこっちに来なー!」
女性の言葉を聞いて、冬夜はあることを思い出す。
「危険ですか? そういえばこれ、ロックリザードという生き物の鱗でした――」
――ガサガサ。
瞬間。再び茂みが揺れる音が響いた。
しかし今回は川の向こうではなく、冬夜の後方から聞こえてきた。
「おや? 何でしょうか?」
三人と出会ったことで、冬夜はスフィアイズに転生してから張り詰めていた緊張を解いていた。
故に、振り返った時も相手が悪意ある存在であるとは全く思っていなかった。
『……キシャアアアアァァ』
茂みからのっそりと姿を現したのは、石のようにゴツゴツした皮膚を持つ蜥蜴の魔獣――ロックリザードだった。
その体長は、子供の背丈を優に超えている。
「危ないっ!」
『キシャアアアアッ!』
ミリカの忠告とほぼ同時に、ロックリザードの咆哮が山にこだまする。
その直後、ロックリザードは冬夜に向けて四肢を忙しなく動かして突進してきた。
「ちょっ、いきなりですかあっ⁉」
驚きのあまり尻もちをつきつつ冬夜が叫んだ直後、黒髪の男性と獣人の男性が跳躍した。
「何故――」
「――逃げねぇんだバカ野郎があっ!」
川幅は五メートルを優に超えている。
それでも二人は川を軽々と飛び越えると、冬夜の前に立ち、ロックリザードへ攻撃を仕掛けた。
「どらああああっ!」
『ギジョバ――』
獣人の男性――ヴァッシュがロックリザードを拳で打ち上げた。
そして、黒髪の男性――ダインが大剣を振り下ろす。
「はあっ!」
『――バジュギャッ‼』
ロックリザードは無様に鳴き声を上げて、真っ二つになった。
「……お、おおぉぉ~!」
あまりに鮮やかな二人の戦いぶりを見て思わず拍手した冬夜だったが、そこへダインとヴァッシュからツッコミが入る。
「「拍手している場合か‼」」
「……申し訳ございません、助かりました」
冬夜が二人から怒られているところに、遅れて川を飛び越えてきたミリカが合流した。
「あははー! 君、おかしな子だねー! 名前は?」
「申し遅れました。私、佐鳥冬夜と申します」
冬夜は頭を下げて名乗った。
その言葉を聞き、ミリカは首を傾げる。
「サトイトーヤ?」
「いいえ、佐鳥冬夜です。さ・と・り・と・う・や」
「……サトイトゥーヤ?」
「……冬夜です」
「トーヤだね!」
「…………はい、トーヤです」
長い名前は覚え辛いのかと思った冬夜は、この世界ではトーヤと名乗ることにした。
冬夜――あらためトーヤとミリカのやり取りが一段落したのを見て、大剣を背に戻しながらダインが問い掛ける。
「それでトーヤよ、君はどうしてここにいたんだ?」
「他に仲間がいるんじゃねえのか? さっさとそっちと合流しろよ」
ヴァッシュも面倒くさそうにそう呟いた。二人の言葉を聞いたトーヤは、首を横に振る。
「いいえ、いませんよ? 私は一人ですから」
すると今度はミリカが心配そうに、トーヤの顔を覗き込みながら声を掛ける。
「そうなの? それならどうやってここまで来たの? ここ、結構危ない山なんだよ?」
ミリカからすれば、子供であるトーヤがたった一人で魔獣の縄張りである山の中にいることが不思議でならないのだ。
「うーん、先ほどまでは山頂の洞窟にいたのですが、どうやって来たかといいますと……その……」
さすがに女神に転生させてもらったとは言えず、トーヤは口ごもってしまった。
だが、トーヤが答えを言う前に、ダインとヴァッシュが驚きの声を上げる。
「洞窟……まさか!」
「おいおい……てめぇ、冗談言ってんじゃねぇぞ?」
「冗談ではないのですが……あの洞窟、何かあるのですか? もしや入ってはいけない場所だとか?」
ダインとヴァッシュの反応に不安を抱いたトーヤだったが、すぐにミリカが否定する。
「あっ! ううん、違うよ! 私たちは洞窟の近くに危険な魔獣が現れたという情報を受けて、調査に来ていたの」
「危険な魔獣ですか? ……うーん、そのようなものはいませんでしたよ?」
すると、トーヤの言葉を聞いたダインが頷く。
「それは貴重な情報だな。まぁだからといって洞窟へ行かないわけにもいかないが」
「んだよ、魔獣がいねーんじゃ、無駄足になりそうだな」
ヴァッシュが口惜し気にそう言ったのを聞いて、トーヤは説明を続ける。
「ですが、私は出口を探して光の方へ向かっていただけなので、別の場所に隠れていたのかも知れませんね」
トーヤの証言を受けて、ミリカたちは今後のことやトーヤの扱いについて、相談を始める。
そして三人はすぐに、トーヤを連れて洞窟へ向かうのが良いという結論を出した。
三人は改めてトーヤを見つめる。
「トーヤさえよければ、一緒に来ない?」
「うむ。自衛手段がないのであれば、この山を一人で歩くのは危険すぎる」
「置いていって死なれたら、こっちの迷惑になんだぞ? 分かってんのか⁉」
ミリカ、ダイン、ヴァッシュがそれぞれそう口にした。
トーヤの身元は分からないものの、子供をこんな場所で一人にはできないという判断だ。
しかし、トーヤはすぐには首を縦に振らない。
「確かに私に自衛手段はありません……ですが、ご迷惑になりませんでしょうか?」
トーヤは自身の都合で他人の仕事の邪魔をしてしまうことに対し、気が引けていた。
とはいえ同時に魔獣を初めて目にしたトーヤは、また魔獣に襲われたら自分は何もできず殺されてしまうだろうとも感じていた。
そう考えたのは戦闘経験がないというのも理由の一つだが、それ以上に魔獣を目の前にした途端、体がすくんで動けなくなってしまったのが大きい。
トーヤは当初、魔獣をただの動物のようなものだと捉えていた。故に遭遇してもなんとかなると思っていたが、今ではその認識を改めていた。
そのため曖昧な態度を取ってしまったトーヤだが、ミリカは笑みを浮かべる。
「これでも私たち、Aランク冒険者なの! 子供一人増えたところで邪魔だなんて思わないわ!」
ダインとヴァッシュも続ける。
「然り。子供が大人に気を遣う必要もないだろう」
「いいか、ガキ! 連れていってはやるが、俺たちの指示に従ってもらうからな! それができなきゃ自分でなんとかしろ、いいな!」
ロックリザードを討伐した鮮やかな手腕と今の言葉から、トーヤはミリカたちがこの世界で戦闘をなりわいとしている者だと推測した。
トーヤは少し考えてから、頭を下げて口を開く。
「……いやはや、本当にありがとうございます。皆さんのご迷惑にならぬよう、指示には従わせていただきますので、同行させていただいてもよろしいでしょうか?」
そしてそのまま顔を上げたトーヤを、残る三人はきょとんとした顔で見ていた。
「……あの、どうかいたしましたか?」
「んっ? あぁ、いや、トーヤはとても礼儀正しいのだなと思ってな」
「そうでしょうか?」
「そうだよ! 普通、その歳でそんな丁寧な言葉遣いなんてできないよ?」
「てめぇは今でもできねぇだろうが」
軽口をたたいたヴァッシュを、ミリカが睨む。
「ヴァッシュ! なんか言った⁉」
「やめないか、二人共。見苦しい所を見せてすまないな、トーヤ」
ダインが呆れるように言った。
「いえいえ、仲が良ろしいようで安心いたしました」
「「良くない!」」
トーヤの言葉に、ミリカとヴァッシュは口を揃えて反論した。
そんな二人を見て、ダインは小さく息を吐く。
「全く二人は……まぁいい。それよりトーヤよ。俺たちに付いてくるということは、一緒にこの山を登ってもらうことになるが、体力的に問題はないか?」
「大丈夫です。何卒よろしくお願いいたします」
そう言って、トーヤは再び頭を下げた。
こうしてトーヤはダイン、ミリカ、ヴァッシュと共に再び山を登り始めた。
四人はヴァッシュを先頭に、ダイン、トーヤ、最後尾にミリカという並びで歩いている。
「ところで、危険な魔獣とはどのような個体なのですか? 先ほどのロックリザードもその一種とか?」
トーヤは足を動かしながら三人に声を掛けてみる。
ミリカはそれに優しい口調で答えた。
「それを調査しに来ているんだよー」
「だが、ロックリザードのような小物ではないだろうな。あの程度の魔物なら、発生しても俺たちに調査依頼が来ることはない」
「……あ、あれで小物なのですね」
ダインの言葉を聞いたトーヤは、苦笑いを浮かべた。
「あんなチンケなやつが小物じゃなかったら、なんだってんだ? おい、そこ窪んでるから気をつけろよ」
「おぉ、ありがとうございます、ヴァッシュさん」
「けっ! 遅れられたら、こっちが困るんだよ!」
ヴァッシュは悪態をついて列を離れ、一人山の中をグングンと進んでいく。
彼は斥候役を担っており、今のように時折列を離れては、周囲の偵察を行っていた。
「すまないな、トーヤ。あいつは言葉遣いこそ悪いが、心根は優しくていい奴なんだ」
ダインが気を遣うようにそう言うと、トーヤは笑みを浮かべる。
「十分理解しております、ご心配なく」
「えぇー? ヴァッシュの奴、絶対気遣いなんてしていないと思うけどなー」
「聞こえてっぞ!」
ミリカの言葉に、少し離れた場所にいたヴァッシュが反応し、怒鳴り声を上げた。
「うっわー、相変わらず地獄耳ー」
ミリカとヴァッシュのやり取りを横目に、ダインは思い出したように口を開く。
「そういえばトーヤはロックリザードの鱗を持っていたが、なぜあんな物を?」
「おぉ、ダインさんは一目であれがロックリザードの鱗だと分かったのですね」
「職業柄、魔獣の素材はよく見ているからな。それで、あれは拾ったのか?」
「実は私、鑑定眼というスキルを持っているのですが、その使い方が分からなかったのです。なので試そうと思い、手近に転がっていたあの鱗を拾って鑑定していたのですよ」
そう口にしたトーヤは、そこでダインが首を傾げていることに気がついた。
「トーヤは鑑定眼を初めて使ったのではなかったか?」
「はい、その通りです」
トーヤは頷くが、今度はミリカが不思議そうに腕を組む。
「鑑定眼は練度を上げないと、魔獣の素材を鑑定できないはずなのよねー」
「そうなのですか? ですが、できてしまいましたね?」
三人で首を傾げていると、会話が聞こえていたのか遠くでヴァッシュが声を上げる。
「つーか、鑑定眼を使うのが初めてって、自分の鑑定もしたことねーってことか⁉」
「……自分を鑑定ですか?」
「えっ! 鑑定したことないって、素材をって意味じゃないの? 鑑定系のスキル持ちはスキルに目覚めたら、まず自分を鑑定するって聞いたことあるけど?」
まさかという反応をミリカが見せると、トーヤは苦笑いしながら首を横に振った。
すると、ダインが穏やかな口調で言う。
「他人の鑑定は上位の鑑定スキルでなければできないが、自身を対象とするのであれば下級スキルの鑑定眼でも問題はないと聞いたことがある。一度試してみたらどうだ?」
「ほほう、それは面白そうですね。それでは失礼して……ふんっ!」
どのようにして自分を鑑定すればいいのか分からなかったトーヤは、頭の中で自分を鑑定しようと気合いを込めた。
すると、トーヤの目の前にウインドウが現れる。
「……おぉ! 出ましたよ、皆さん!」
「トーヤよ、そこまでの気合いは必要ないぞ? それに鑑定画面はスキルの持ち主にしか見えん」
「普通に自分を鑑定したいって思い浮かべたら、すぐにできるらしいよー」
ダインとミリカの指摘にトーヤは頭を掻きながら頬を染める。
「おっと……いやはや、お恥ずかしい」
そう口にしつつ、トーヤは浮かび上がったウインドウに視線を向けた。
(ほほう? 名前がトーヤで、隣に括弧で佐鳥冬夜と記載されていますね。どうやらスフィアイズでの名前はトーヤとなっているようですね)
そんなことを思いながら上から順番に鑑定結果を確認していたトーヤだったが、途中で気になる点を見つける。
「おや?」
「どうしたのだ?」
トーヤが驚きの声を上げたのを見て、ダインが心配そうに声を掛ける。
「……どうやら私、スキルを勘違いしていたようです」
「か、勘違い? そんなことあるの?」
ミリカの疑問に、トーヤは困惑しながら頷く。
「はい。私のスキル、鑑定眼ではなく、『上鑑定眼』になっていました」
上鑑定眼――多くの物を鑑定できるスキル、いわば鑑定眼の上位互換だ。
これはトーヤのスキルが進化した結果なのだが、神様云々の話をするとややこしくなると思い、トーヤは上手くはぐらかすことにした。
その説明を聞いたミリカは不思議そうに言う。
「うーん、見間違えてたのかなー! そんなことないと思うけど……」
「だがまあ、より上位のスキルを持っていたのだ。良いことだろう」
ダインにそう言われ、トーヤは首を傾げる。
「そうなのですか? スキルの説明文を読みましたが、私にはいまいち違いが分からず」
「鑑定眼より上鑑定眼の方ができることが多いからな、もしかすると俺たちがトーヤに鑑定を依頼することも今後あるかも知れんぞ?」
その言葉を聞いたトーヤは、自然と笑みを浮かべていた。
出会ったばかりで何者かも分からない自分を助けてくれたダインたち。
その手助けができるかも知れないと分かり、嬉しかったのである。
「私なんかでよければいつでもお声掛けください」
トーヤが胸を張ってそう言うのを見て、ダインとミリカは微笑む。
「その時はよろしく頼む」
「よろしくね! トーヤ!」
二人の笑顔を見て、トーヤは改めて自らの鑑定結果に視線を落とす。
「……あれ? もう一つスキルがあるようですね。『アイテムボックス』と書かれておりますが」
身に覚えのないスキル名を見て、トーヤは何気なく呟いた。
「「アイテムボックス⁉」」
しかし、その呟きを聞いたダインとミリカは口を揃えて叫んだ。
二人はそれからトーヤに詰め寄り小さな声で続ける。
「……ト、トーヤよ、アイテムボックスのスキルを持っているのか?」
「……それ、誰かに話した?」
二人の問いに、トーヤは首を傾げながら答える。
「誰も知らないと思いますよ? それがどうかしましたか?」
強いて言えば女神は知っているだろうが、やはりそんなことは言えず、トーヤは無難に答えた。
すると、ダインとミリカは小さく胸を撫でおろしてから、真剣な表情を浮かべる。
「トーヤよ、アイテムボックスというのは、生き物以外ならどんな物でも亜空間に保管することができるスキルなんだ。個人によって保管できる量の差はあるがな」
「それを聞けば、アイテムボックスがとっても便利なスキルだって分かるわよね?」
「……そうですね。荷物を持つ必要がないので、移動が楽になりそうです」
その言葉を聞いて、ミリカは頷きながら続ける。
「トーヤの言う通り、アイテムボックス持ちが一人でもいればパーティメンバー全員が身軽になれるから、とっても便利なの。そういうわけでアイテムボックス持ちはどのパーティからも引っ張りだこなんだ」
「おぉ、それでしたら皆さんのお荷物も――」
「ただし!」
トーヤの善意からの提案を遮るように、ミリカが大きな声を上げた。
「アイテムボックスのスキルを持っている人はとても少なくて、貴重な人材なの! 脅しや暴力で、無理やり従わせる奴もいる。特にトーヤは子供だし……」
心配そうな顔のミリカを見て、トーヤは身をブルッと震わせる。
「……そうなのですね。ご忠告、痛み入ります」
「本当に分かったんでしょうね、トーヤ!」
「あまり声高にアイテムボックス持ちだと言わないことが大事、ですよね?」
「その通り!」
ミリカにグイッと顔を近づけながら言われてしまい、トーヤはたじろぎながらも答える。
「か、かしこまりました。それはそうとして、何かかさばるお荷物があれば入れましょうか?」
「……話、聞いていたんだよね~? むやみにスキルを使って、誰かに見られたらどうするの~?」
ミリカからジト目で抗議されるトーヤ。
周囲に人はいないので良いかと思っての提案だったのだが、ミリカはかなり警戒しているようだった。
それほど、トーヤの身を案じているのである。
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