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しおりを挟む◆◇◆◇第一章:冬夜、転生する◇◆◇◆
「――……はて、ここはどこでしょう?」
意識を覚醒させたスーツ姿の中年男性は、思わず呟いた。
彼は立ち上がり、ゆっくりと辺りを見回す。
周囲には彼の背丈よりも何倍も背の高い木々が茂っていた。
中年男性はこの辺りの景色には、全く見覚えがない。
そもそも彼には、スーツ姿で森や林に入る理由がなかった。
彼は改めて周囲を見回す。
天気は快晴。木々の隙間からは太陽の光が降り注いでいる。
木々が直射日光を遮っているおかげで気温もちょうど良く、涼やかな風がそよいでいた。
「うーん、確か取引先へ向かっていたように記憶していますが……」
彼はここに至るまでの経緯を思い出すため、腕組みをしながら考える。
「……あれ? 私――子供を助けようとして、車に轢かれませんでしたっけ?」
そう呟いた途端、中年男性の肌を柔らかく撫でていた風が突風に変わった。
落ち葉が舞い上がり中年男性に振り掛かったものの、彼は特に気にした様子もなくさらに続ける。
「……間違いなく轢かれましたよね? ということは、ここは天国? 天国であれば、亡くなった祖父母に会い、少しくらいは語り合えるでしょうか……いいえ、少しと言わずとも、死んだのですから時間は無限に――」
「ちょっとおおおおぉぉっ‼ ここは天国じゃありませーんっ‼」
瞬間、中年男性の傍で女性が声を荒らげた。
中年男性は驚きのあまり思わず叫ぶ。
「うおおおおぉぉっ⁉」
先ほどの突風は、女性が急いで走ってきた時に発生した風だった。
しかし、中年男性はそれに気づいていなかったのである。
中年男性は瞬きを繰り返しながら、目の前の女性に尋ねる。
「……え? あの、あなたは?」
「わたくし、女神ですの!」
女神は、胸を張りながら答えた。
その言葉を聞いた中年男性は、納得したように言う。
「神? ほほう、となるとここはやはり天国ですか! あの、私の祖父母がどこにいるかお分かりに――」
「だから違いますのよおおおおぉぉっ‼」
「何やら申し訳ございませええええん⁉」
中年男性はその場に正座をして姿勢を正しつつ、謝罪の言葉を口にした。
女神は中年男性の顔を見ながら指を立てる。
「もう! ここは天国じゃなくて、転生前に滞在する空間ですのよ。あなたはこちらの不手際で亡くなってしまったのです! だから別世界に転生させてあげにきたというわけですの!」
「……不手際? 私が本来死ぬはずのないタイミングで亡くなってしまった、ということですか?」
「そうですの! だからわたくしが管理する世界への転生を……って、どうしたのですか?」
女神の言葉を受けて、中年男性の目から自然と涙が零れ落ちた。
「えぇ⁉ あの、えっと、どうしたのですか?」
その様子を見た女神は慌てて尋ねる。
「……私の人生は楽なものではなかったですが、まだやれる、もっと頑張れる、とも思っていたのです。運命であれば己の死も受け入れられますが……そうですか、私は不手際で死んでしまったのですね」
「うぅっ⁉ そ、それは、そうなのですが……ほ、本当に申し訳ないのです!」
中年男性の悲しそうな反応を見た途端、女神はすぐに頭を下げた。
先ほどまでの穏やかな態度や、事前に調べていた境遇を考慮すると、女神は中年男性がそこまで悲しんでいると思っていなかったのだ。
中年男性は目じりを拭いて、笑みを浮かべる。
「……いえ、構いません。私の人生が辛いものであったのは事実ですし、誰にでも失敗はありますからね。それに、もう悲しんでも仕方ないことでしょう?」
「……あの。そのようにあっさり許してしまってもいいのでしょうか。佐鳥冬夜様」
「いやはや、こんな性格でしてね。怒るのはあまり得意ではないのですよ」
中年男性――冬夜は頭を掻きながら苦笑いを浮かべると、小さく息を吐いてもう一度姿勢を正した。
「では、その……転生、でしょうか? それを行うとどうなるのでしょうか?」
冬夜の態度を見た女神は、若干の申し訳なさを感じつつ口を開く。
「えっと、そうですね……ファンタジーの世界で暮らしていたただくことになります。佐鳥様の世界ではそのような作品が流行っていたでしょう?」
女神は冬夜の世界の文化についていろいろと調べた結果、日本ではファンタジー系のアニメや漫画が人気だと理解していた。
しかし、冬夜は頬を赤くする。
「あぁー、いえ。お恥ずかしい話ですが、そういった類の書物は読んだことがありません」
「え? 漫画やアニメなど、お好きでないですか?」
女神は想定外の回答に、思わず質問を重ねた。
「あはは。私の世界のことを良くご存知なのですね。ですが……うーん、漫画などは多少触れてきましたが、アニメとなるとほとんど分かりません」
「……そ、そうでしたのね。……おかしいですわ、聞いていた話とは違うような……」
確かに、日本ではファンタジー系の作品は流行っていた。
だがそれはあくまで、そういった傾向があるという話でしかなく、冬夜個人はファンタジーについてほとんど知らない。
動揺のあまりブツブツと独り言を呟き始めた女神に、冬夜は声を掛ける。
「あの、どうかしましたか?」
その言葉に女神は、ビクッと肩を震わせて顔を上げる。
「な、何でもありませんのよ! えっと、その……ごほん! これから佐鳥様が転生する世界は、剣や魔法の異世界――ファンタジーの世界なのです!」
「そうなのですね。……むむ、そうなると私では力不足といいますか、上手くその世界に適応できず、女神様にご迷惑をお掛けしてしまうのではないでしょうか? 剣を握ったこともなければ、魔法のことも良く知りません」
「そんなこと、気にする必要はないのです。佐鳥様は転生した世界で、自由に暮らしてください」
「自由に、ですか?」
「はい。新たな人生を謳歌していただければ、それで構わないのですわ」
女神にそう言われ、冬夜は顎に手を当て考え込む。そして数秒後、一つ頷く。
「……分かりました。では、比較的安全な世界へ転生させていただけますでしょうか。自分が戦いに向いているタイプとは思えませんから」
冬夜の言葉を聞いた女神は頷く。
「かしこまりましたわ。それと、新たな世界で使える『スキル』を一つ進呈いたします」
「スキル……? 直訳すると、技能や能力といった意味合いだと思いますが?」
「その通りです! 佐鳥様が転生する世界の人々は、成長するにつれスキルと呼ばれる様々な能力に目覚めていくのです。そのスキルを佐鳥様にもお渡しいたしますわー!」
女神がそう口にすると、冬夜の目の前にスキルの名前と能力の詳細が書かれたウインドウがズラッと現れた。
その数は一〇〇〇を優に超えている。
「こ、これは……むむ、多すぎませんか?」
難しい顔をした冬夜に対し、女神はこれが当然だと言わんばかりにどや顔になる。
「当然です! 転生先の世界に存在する全てのスキルを網羅しておりますから!」
「す、全てですか。ですがそれは、インチキと言いますか、卑怯と言いますか……」
「こちらの不手際で命を奪ってしまったのです。これくらいは当然でございますわ」
「そ、そうですか。ふむ……であれば、ものの情報を知るスキルはありますか? やはり何より大事なのは知識だと思いますので」
冬夜は転生先の世界でどのように生きるか、どうすれば安全に生きられるかを考えた結果、このような質問をしていた。
「当然! では、佐鳥様の希望に適したスキルのみを表示させていただきますわ!」
女神がそう口にすると、表示されているスキル名が一気に減少した。
「残ったのは約一〇〇スキルですわ! この中での私のおすすめは『叡智の瞳』! 世界の全てを見極められる瞳であり、佐鳥様の希望を全て備えた完璧なスキル! 是非ともこのスキルを――」
女神の意気揚々とした言葉を、冬夜は遮る。
「では、一つずつ吟味させていただきますね」
「……あの、是非とも叡智の瞳を選んでいただければと思うのですが?」
「いえ、せっかく女神様に選んでいただいた一〇〇のスキル。しっかりと確認したいと思います」
冬夜の言葉に女神は驚きながらも頷く。
「……わ、分かりましたわ。では、お選びください! 時間は無限にございますから!」
その言葉を聞いた冬夜はスキル選びを開始した。
冬夜はスキルの詳細を確認し、そのスキルで何ができるのかを一通り考えてから、また次のスキルへ視線を移す――そんな作業をひたすら続けた。
一つのスキルに一時間近く掛けることもあり、「時間は無限にございます」と口にした女神も途中からは暇そうに、冬夜から離れた場所でダラダラと過ごし始める。
やがて何十時間も掛けて冬夜が全てのスキルの確認を終えた頃には、女神はグースカピースカといびきをかきながら熟睡していた。
「……ふへへ~……もう食べられないのですわ~」
だらしない寝顔をさらす女神に、冬夜は声を掛ける。
「あ、あのー、女神様ー?」
「ふへ……ふへへ~…………はっ!」
冬夜の呼び掛けで目覚めた女神は、口から垂れていた涎を素早く拭うと、凛とした女神らしい態度を繕い、立ち上がった。
「ごほん! ……では佐鳥様、選んだスキルを教えていただいてもよろしいですか?」
「はい。私が選んだスキルはこれ――『鑑定眼』です」
「…………え? か、鑑定眼、ですか?」
冬夜からするとこれしかない! と選択したスキルだが、女神は唖然とした表情を浮かべている。
「……えっと、佐鳥様? そちらの鑑定眼は、叡智の瞳の圧倒的下位互換……というか、鑑定系スキルの中でも初級に分類される、外れスキルなのですが……」
女神の言葉を聞いた冬夜は、首を傾げる。
「そうなのですか? 鑑定眼、とても有用なスキルだと思うのですが……」
「やっぱり叡智の瞳がいいのですわ! 鑑定系スキルのトップである叡智の瞳であればどんな時でも役に立ち、佐鳥様が路頭に迷うことなど絶対にない――」
叡智の瞳の有用性について熱弁を続けようとした女神の言葉を遮り、冬夜は微笑む。
「鑑定眼で十分に満足していますので、このままで構いません」
「……ど、どうしてもですか、佐鳥様?」
「はい」
「……苦労をすることになるかも知れませんのよ?」
「私の人生、それくらいがちょうどいいかと」
女神からすればお詫びとしてスキルを与えるつもりだっただけに、わざわざ初級のスキルを選ぶ意味が分からなかった。
「……わざわざしなくてもいい苦労をすることになるのですよ?」
「苦労のない人生なんて、私には想像ができませんから」
冬夜は苦笑いを浮かべながらそう口にした。
彼は自分がワーカーホリックであることを理解している。
前世で勤めていた会社でも、同僚を助けるためにサービス残業を繰り返していたのだ。
女神の言う通り、楽をすることもできるだろう。それくらいの権利はあると自分に言い聞かせることもできるだろう。
しかし、楽な人生を選び、その結果として自分に何が残されるのか。何かを積み上げたとて、人生の最後になった時に、それが本当に自分の成果だと自信を持って言い切れるのか。
冬夜はそんなことを考えた末、鑑定眼を選んだのである。
冬夜は女神を見つめながら言う。
「これはもう、性分と言うしかないかも知れませんね。楽をするのは私には合わないのです」
「…………あぁ~、もう! 分かりましたわ! ですが、段階を踏んでいただければ鑑定眼が叡智の瞳に進化するよう取り計らわせていただきますわよ!」
折れない冬夜を前に、ついに女神の方が妥協案を提示したのだが――
「別に必要ありませんが?」
「いいえ! これはわたくしの我儘です! いいですか、我儘なのですわ! だから佐鳥様のお言葉は聞きませんわ!」
「……わ、分かりました。そういうことならば、はい」
女神の迫力に圧されるように、冬夜は何度も頷いた。
その後、女神が何かを小さく呟くと、冬夜の周りにあったウインドウが消える。
「ごほん! ……それでは佐鳥冬夜様。あなたへ付与するスキルは鑑定眼。そして、転生先の世界は――スフィアイズですわ」
女神の言葉を聞いて、冬夜は思わず繰り返す。
「スフィアイズ……そこが、私が転生する新しい世界なのですね」
「その通りですわ。比較的安全な世界への転生ではありますが、あくまでも比較的安全、というだけで、危険がゼロという訳ではございませんので、ご注意くださいませ」
「そうでしょうとも。何事にも絶対はありませんから」
「ご理解が早くて助かりますわ。スフィアイズでも同じ種族同士で争うことはありますし、人間を食らう魔獣も存在しております。くれぐれも、命を大事にしてくださいませ。……まあ、巻き込んでしまったわたくしが言える立場ではありませんが……」
女神の語尾のトーンが下がったのを聞き、冬夜は微笑みながら口を開いた。
「とんでもございません、女神様。私に二度目の人生を与えてくださり、感謝しております。今回の人生は自由を謳歌し、私なりの人生を歩むことをお約束しますよ」
「……全く、本当に寛容なのですわね、佐鳥様は」
「ははは。ここまで仰られるということは、私はどうやら本当に変わった性格なのですね」
そう口にして、冬夜は頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。
その直後、彼の足元から突如として光の粒が浮かび上がってくる。
「おや? これはなんでしょうか?」
冬夜が周囲を見回していると、女神が穏やかな口調で言う。
「転生が始まったのです。これでお別れですわ、佐鳥様」
その言葉を聞いた冬夜は、深く頭を下げる。
「そうですか。いろいろとありがとうございました」
「こちらこそ、申し訳ございませんでしたわ。二度目の人生、存分に堪能してくださいませ」
「ありがとうございます」
冬夜は自然な笑みを浮かべながら、女神の前から消えていった。
「……行ってしまいましたわね。それにしてもあれだけ穏やかで物腰柔らかなのは、素晴らしいおじい様とおばあ様に育てられたからなのでしょう」
先ほどまで冬夜がいた場所を見つめながら、女神はそんなことを呟いた。
彼女は冬夜が死んでしまったあと、彼について調べた。
自分が管理する世界に転生させる人物が、万一にでも悪人であったらことだからだ。
「幼少期は忙しい両親の顔色を常に窺う必要があった。そんな環境で育ったからこそ、大人になって上司から無茶ぶりをされても、文句一つ言わずに仕事をこなしていましたのよね」
冬夜の両親は共働きで忙しく、ほとんど彼のことを気に掛けることはなかった。
しかし、冬夜の傍にはどんな時でも彼を支え、常に味方していた祖父母がいた。
あの穏やかで丁寧な性格は、祖父母が優しく育ててくれたからである。
だからこそ、社会人になって職場に恵まれず、サービス残業ばかりを繰り返すことになろうとも、冬夜は自分の人生を憎むことはなかったのだ。
「わたくしの世界では、もうそんなに苦しむことはないのですよ。まぁ、ファンタジーを知らないとは思いませんでしたが……ともあれ、わたくしの世界、スフィアイズをお楽しみくださいませ、佐鳥様」
女神は最後にそう呟き、踵を返す。
そして森の奥へと姿を消したのだった。
◆◇◆◇第二章:トーヤ、異世界に立つ◇◆◇◆
「――……おぉ、今度は薄暗いですねぇ」
転生が終わった冬夜が最初に見たものは、薄暗い洞窟の中の景色だった。
「女神様に転生させてもらったはずですが……何故このような場所にいるのでしょうか? うーん……分かりませんね」
腕組みをしながら考え込んでいた冬夜だが、しばらくしても分からないものは分からない。
冬夜はとりあえず外に出てみようと思い、歩き出した。
「……っと、おや、一歩が小さいですね?」
歩き出してみて、冬夜は自分の歩幅が前世よりもだいぶ小さくなっていることに気づいた。
加えて最初に声を出したタイミングから、自分の声が高くなっているとも感じていた。
「転生とはつまり『生まれ変わり』のこと。全く別の体に変わっているということですかね?」
そんなことをぶつぶつと呟きながら、壁に手を付きゆっくり歩いていく。
すると進む先が徐々にではあるが明るくなっていった。
冬夜はホッと息を吐き、言葉を漏らす。
「さて、私はこの世界、スフィアイズでどのように生きていきましょうか」
洞窟がどれだけ続いているのか分からないこともあり、冬夜はスフィアイズでの生き方について考えながら歩くことにした。
「女神様は自由に暮らして構わないと仰っていましたが……自由、ですか」
前世では自由に生きたことなど一度としてなかったのではないかと、冬夜は今さらながら考えてしまう。
そのため、いざ自由に暮らせと言われても、どうしたらいいのかすぐには分からなかった。
「……今までは上司の指示に従って仕事をしてきたわけですし、こちらでは本当に自由に、私のペースで仕事ができればいいですねぇ」
とはいえ、それが難しいだろうことを冬夜は理解している。
何せ彼はスフィアイズについて全く知らず、仕事と言ってもどのようなものがあるのかすら分からないのだ。
「よし、まずは一つの組織に属していろいろと学びましょうか! それから好きな仕事を見つけても遅くはないでしょう!」
冬夜としてはスフィアイズのことを知るには、まずスフィアイズの中で働く必要があると考えた。
「まずは仕事を探しましょう! そこからスフィアイズを知り、私のペースで仕事ができる場所を見つけるのです! ……もしくは、私がお店を持つのもいいかも知れません! それなら完全に自由です!」
考え出すと想像が膨らんでいき、冬夜はスフィアイズで生きていくのが楽しみになってきていた。
とはいえワーカーホリックな冬夜は、異世界でも結局は働くことが前提になると気づいていなかったが。
今後の予定を考えながら数分歩き続け、冬夜は出口から漏れていると思しき光を見つけた。
彼はその方向に向けて改めて歩を進める。
「ようやく出口ですか。さて、スフィアイズとはどのような世界なのでしょうか。女神様はファンタジーの世界だと言っていましたが、はてさて」
漫画には多少なり触れてきた冬夜だが、彼が読んでいた漫画はいわゆる現代ものであり、現実に沿った内容のものばかりだった。
女神が口にしていたようなファンタジー要素の強い漫画は読んだことがなく、言ってしまえば冬夜はファンタジーに対する知識が一切ない。
そんな彼は洞窟を出て、早速感嘆の声を漏らす。
「……おおぉぉぉぉ~! これはまた、絶景ですねえ!」
洞窟は標高の高い山頂に続いており、そこからの景色は冬夜が口にした通り絶景そのものだった。
美しい深緑が山を覆っており、合間には透明度の高い川が流れているのが見て取れる。
その先まで視線を向けると、整備された街道を挟んで長大な壁に囲まれた都市が確認できた。
壁の内側には色とりどりの建物がひしめき合っているだろうことが遠目からでも分かる。
「いやはや、とても美しい景色です! ここからの景色をぜひともカメラに収めておきたい! ですが……まあ、ありませんよね。えぇ、予想はしていましたが」
前世でポケットに入れていたスマホの感触は今はない。
それでも一応ポケットを弄るが、当然何も入っていなかった。
そもそも服装自体、麻のような素材でできたものへと変わっている。
冬夜は小さくため息を吐くと、改めて自分の体や手足を見る。
「うーん、とりあえずは、自分の顔を確認したいですね。幼くなっているのは確かでしょうが」
手や足の大きさは、前世で佐鳥冬夜だった時から明らかに小さくなっている。
また視線もかなり低い。
さすがにこれで大人の体なことはないだろう、と冬夜は考えていた。
「川がいくつも流れていましたから、そこまでいけば反射で顔も確認できるでしょう。それに喉も渇きましたしね」
そう口にした冬夜は一度屈伸をすると、川を目指し慎重な足取りで山を下っていった。
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