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第一章:役立たずから英雄へ
28.リッツの決断
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バルザーリ軍がライブラッド王国軍と合流したのは、出発してから五日後の事だった。
すでに先端は開いていたのだが、互いに様子を見ていたのか被害が少なかったようで安堵する。
僕たちは母上とコリーヌさん、レイ大隊長を伴って本陣に足を運ぶと、ライブラッド王国軍を率いているのがアーク様である事を知った。
「アークお兄様!」
「やあ、ニーナ。それにリッツ君にキリシェも久しぶりだね」
「アーク様が指揮を執られるのですか?」
「そうだよ。本当は父上が来たがっていたんだけど、さすがに王様が城を空けるわけにはいかないって母上にどやされていたよ」
再会を喜びつつ、アーク様は僕たちの緊張を解くためか苦笑しながらアルヌス王とエミリア王妃のやり取りを教えてくれた。
「お初にお目に掛かります、ライブラッド王国の第一王子、アーク・ライブラッド様。私はカッサニア公国のバルニシア領を治めております、コリーヌ・バルニシアと申します」
「おぉっ! あなたが軍神、バルニシア辺境伯でございましたか!」
「はっ! こちらはバルザーリ軍の大隊長を務めております、レイ・ゲイターです」
「そちらが微笑のレイですか。これは心強い援軍でございますね」
「ご期待に沿えるよう、精進いたします」
「それで、そちらのご婦人は?」
当然といえば当然だが、アーク様の視線は母上に向けられた。
「私はリッツ・アルスラーダの母で、マリー・アルスラーダと申します」
そして、僕の母上だと聞いた瞬間、アーク様から鋭い殺気が迸る。
「アーク様!?」
「貴様、リッツをアルスラーダ帝国に連れ戻すつもりか?」
「いいえ、違います。私もリッツと同様、処分の対象となっていたのです」
焦る僕とは異なり、母上はアーク様の殺気をいとも容易く受け流し、事実を淡々と口にしていく。
全てを話し終えると、アーク様の殺気も薄くなっていき、最後には小さく息を吐き出した。
「ふぅ。……そうでしたか、失礼いたしました」
「いいえ、とんでもございません。むしろ、嬉しく思いました」
「嬉しくかい?」
「はい。リッツのためにそこまで怒り、守ろうとしてくれる方が近くにいるというだけで、私にはとても嬉しく思えたのです」
「そうか……リッツ君もすまなかったね」
「もう! アークお兄様、驚いたじゃないですか! 冗談なら冗談と言ってください!」
頬を膨らませて怒るニーナにアーク様は苦笑するが、次に発せられた言葉には驚きを隠せなかった。
「ごめんよ、ニーナ。でも、今のは冗談じゃなかったから、許しておくれ」
「え?」
「マリーさんがリッツ君を連れ去ろうとするなら、僕は本気で斬るつもりだったからね」
「それだけリッツがライブラッド王国で愛されているという事よね」
「母上。それって、笑いながら言っていい事なの?」
「だって、斬られなかったから問題なんてないでしょう?」
自由過ぎるよ、母上は。
「……では、話も落ち着いたところで戦況を伺ってもよろしいですか?」
場の雰囲気が少しばかり弛緩したところで、コリーヌさんがそう口にした。
「もちろんです。現在、両国とも様子を見ている状態でしたが、次からは本格的な侵攻が始まるでしょう」
「というのは?」
「アルスラーダ軍はこの場にリッツ君がいない事を知っていたから、時間稼ぎのつもりで様子見をしていたはずです。そして、カッサニア公国にいた事も知っていたはず」
「なるほどね。私たちが到着したのを見て、リッツ君も従軍しているだろうと踏んだわけですね」
「はい。あちらには特級スキル持ちのレンネル第二皇子とロベルト第三皇子、そして一級スキル持ちのレイリア第二皇女の姿を確認しています」
ヒューイ隊長の報告と同じく、やはり三人が集結しているようだ。
しかし、本当にレイリアがここにいるのか。彼女はとても優しい性格だし、戦場には不向きだと思うんだけどな。
「その三名以外にも上位スキル持ちがおり、中でも各部隊の軍団長は一級スキル持ちのようです」
「となると、一番崩しやすそうなのは第二皇女の部隊になるか……どうする、リッツ君」
「え? ぼ、僕ですか?」
コリーヌさんから突然話を振られて、僕は驚きの声をあげてしまう。
「第二皇女の時だけ、いつも暗い顔をしているだろう。……戦いたくないんじゃないかと思ってね」
「レイリアちゃんは、優しい子だったものね」
レイリアの性格を唯一知っている母上の言葉に、僕は自然と頷き返していた。
「……はい。レイリアだけが、兄弟の中で僕に優しくしてくれました。彼女がいたから、母上がいなくなった後も生きていられたんだと思っています」
ここは戦場であり、戦争の原因になっている僕が我儘を言えるような立場ではない事くらいわかっている。
だけど、ここまで口にしたのだから一度くらい自分の要求を述べてもいいのではないか。
「……アーク様」
「なんだい?」
「勝手を承知でお願いがございます。僕に、レイリアを説得させてくれませんか?」
「こちらに寝返ると?」
「それはわかりません。ですが、レイリアに限って言えば降伏してくれる可能性があります。僕は、それに懸けてみたいのです」
「わかった、いいよ」
「どうか一度だけ、一度だけチャンスを……って、え?」
「うん、いいよ」
……え? まさか、呆気なく承諾してもらえたのか、これは?
すでに先端は開いていたのだが、互いに様子を見ていたのか被害が少なかったようで安堵する。
僕たちは母上とコリーヌさん、レイ大隊長を伴って本陣に足を運ぶと、ライブラッド王国軍を率いているのがアーク様である事を知った。
「アークお兄様!」
「やあ、ニーナ。それにリッツ君にキリシェも久しぶりだね」
「アーク様が指揮を執られるのですか?」
「そうだよ。本当は父上が来たがっていたんだけど、さすがに王様が城を空けるわけにはいかないって母上にどやされていたよ」
再会を喜びつつ、アーク様は僕たちの緊張を解くためか苦笑しながらアルヌス王とエミリア王妃のやり取りを教えてくれた。
「お初にお目に掛かります、ライブラッド王国の第一王子、アーク・ライブラッド様。私はカッサニア公国のバルニシア領を治めております、コリーヌ・バルニシアと申します」
「おぉっ! あなたが軍神、バルニシア辺境伯でございましたか!」
「はっ! こちらはバルザーリ軍の大隊長を務めております、レイ・ゲイターです」
「そちらが微笑のレイですか。これは心強い援軍でございますね」
「ご期待に沿えるよう、精進いたします」
「それで、そちらのご婦人は?」
当然といえば当然だが、アーク様の視線は母上に向けられた。
「私はリッツ・アルスラーダの母で、マリー・アルスラーダと申します」
そして、僕の母上だと聞いた瞬間、アーク様から鋭い殺気が迸る。
「アーク様!?」
「貴様、リッツをアルスラーダ帝国に連れ戻すつもりか?」
「いいえ、違います。私もリッツと同様、処分の対象となっていたのです」
焦る僕とは異なり、母上はアーク様の殺気をいとも容易く受け流し、事実を淡々と口にしていく。
全てを話し終えると、アーク様の殺気も薄くなっていき、最後には小さく息を吐き出した。
「ふぅ。……そうでしたか、失礼いたしました」
「いいえ、とんでもございません。むしろ、嬉しく思いました」
「嬉しくかい?」
「はい。リッツのためにそこまで怒り、守ろうとしてくれる方が近くにいるというだけで、私にはとても嬉しく思えたのです」
「そうか……リッツ君もすまなかったね」
「もう! アークお兄様、驚いたじゃないですか! 冗談なら冗談と言ってください!」
頬を膨らませて怒るニーナにアーク様は苦笑するが、次に発せられた言葉には驚きを隠せなかった。
「ごめんよ、ニーナ。でも、今のは冗談じゃなかったから、許しておくれ」
「え?」
「マリーさんがリッツ君を連れ去ろうとするなら、僕は本気で斬るつもりだったからね」
「それだけリッツがライブラッド王国で愛されているという事よね」
「母上。それって、笑いながら言っていい事なの?」
「だって、斬られなかったから問題なんてないでしょう?」
自由過ぎるよ、母上は。
「……では、話も落ち着いたところで戦況を伺ってもよろしいですか?」
場の雰囲気が少しばかり弛緩したところで、コリーヌさんがそう口にした。
「もちろんです。現在、両国とも様子を見ている状態でしたが、次からは本格的な侵攻が始まるでしょう」
「というのは?」
「アルスラーダ軍はこの場にリッツ君がいない事を知っていたから、時間稼ぎのつもりで様子見をしていたはずです。そして、カッサニア公国にいた事も知っていたはず」
「なるほどね。私たちが到着したのを見て、リッツ君も従軍しているだろうと踏んだわけですね」
「はい。あちらには特級スキル持ちのレンネル第二皇子とロベルト第三皇子、そして一級スキル持ちのレイリア第二皇女の姿を確認しています」
ヒューイ隊長の報告と同じく、やはり三人が集結しているようだ。
しかし、本当にレイリアがここにいるのか。彼女はとても優しい性格だし、戦場には不向きだと思うんだけどな。
「その三名以外にも上位スキル持ちがおり、中でも各部隊の軍団長は一級スキル持ちのようです」
「となると、一番崩しやすそうなのは第二皇女の部隊になるか……どうする、リッツ君」
「え? ぼ、僕ですか?」
コリーヌさんから突然話を振られて、僕は驚きの声をあげてしまう。
「第二皇女の時だけ、いつも暗い顔をしているだろう。……戦いたくないんじゃないかと思ってね」
「レイリアちゃんは、優しい子だったものね」
レイリアの性格を唯一知っている母上の言葉に、僕は自然と頷き返していた。
「……はい。レイリアだけが、兄弟の中で僕に優しくしてくれました。彼女がいたから、母上がいなくなった後も生きていられたんだと思っています」
ここは戦場であり、戦争の原因になっている僕が我儘を言えるような立場ではない事くらいわかっている。
だけど、ここまで口にしたのだから一度くらい自分の要求を述べてもいいのではないか。
「……アーク様」
「なんだい?」
「勝手を承知でお願いがございます。僕に、レイリアを説得させてくれませんか?」
「こちらに寝返ると?」
「それはわかりません。ですが、レイリアに限って言えば降伏してくれる可能性があります。僕は、それに懸けてみたいのです」
「わかった、いいよ」
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