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第一章:勇者召喚、おまけ付き
第38話:ガゼリア山脈の魔獣 2
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イーライがゆっくりと扉を閉めると、店内には沈黙が広がっていく。
明日香はアルやリヒトが危険に晒されるのかという恐怖で、イーライは岳人たちへの苛立ちと怒りから、ジジは大型魔獣がマゼリアへ迫ってきているという事実を国の騎士から聞かされた恐怖で、皆が押し黙ってしまう。
そんな中、誰よりも早く現実に戻ってきたのはイーライだった。
「……俺、行きます」
「……え?」
行くというのはどこへ向かうつもりなのか、その事を考え始めた明日香も我に返り、拳を握りしめていたイーライの腕をいつの間にか掴んでいた。
「ダ、ダメだよ、イーライ! あの子たちのせいでイーライまで危険な目に遭っちゃうよ!」
「だが、殿下やバーグマン様も向かうんだ。それに、騎士団長が俺に伝言を持って来させたって事は、そういう事なんだよ」
「……そ、そういう事?」
イーライはダルトの思惑を理解していた。
アルがガゼリア山脈へ向かうと決まった時点で、今回の魔獣討伐はイレギュラーな事態に陥っている。
本来であれば殿下であるアルの命令を聞く必要があるのだが、イレギュラーな状況であればその限りではない。
そして、イーライはアル直属の部下というわけではなく、騎士団所属の一介の騎士である。
直属の上司であるダルトが、アルの命令で別の任務に就いていたイーライにわざわざ伝言を持って来させたという事は、こちらに来いという意思が含まれた伝言だったのだ。
「いいか、アスカ。魔獣が討伐されるまでは絶対に道具屋から出るんじゃないぞ。ジジさんも同じだ。こういう時は、悪い輩が面倒を起こす事も多いんだからな」
明日香の肩を掴んで言い聞かせているが、明日香の耳には全く届いていない。
アルやリヒトだけではなく、イーライまでが危険に晒されてしまう。それも、自分を巻き込んで召喚された、勇者として大切に育てられていただろう岳人たちによってだ。
それにもかかわらず自分だけがのうのうと、安全な外壁の内側でただ待つだけの時間を過ごしてもいいのだろうか。
その時、明日香の視界の中に今まで見た事のない表示が飛び込んできた。
【イーライ:一人で道具屋を飛び出す】
表示を目にした明日香は、咄嗟にイーライの腕を掴む手に力を込めた。
すると、明日香の手を振り払おうとしたイーライは突然強くなった掴む力に驚いてしまう。
「……離してくれ、アスカ」
「……」
「……アスカ?」
「……わ、私も」
「ん?」
「私も、連れて行って!」
まさかの発言にイーライは目を見開き、ジジはどうしたらいいのかとオロオロし始めた。
「な、何をバカな事を言っているんだ!」
「その通りですよ、アスカさん。身を守る術もないんだ、危険過ぎます」
「私の同郷のせいで皆さんが危険な目に遭っているんです。私だけここに留まるなんて、できません!」
「あいつらは戦えるが、アスカは違うだろう!」
「大丈夫です! ……さっき、このメガネで見えたものがあります」
先ほどの表示がいったい何だったのか、あまりに一瞬の事ですぐには理解できなかったものの、咄嗟に力を強くした事で手を振り払われる事がなかった。
そこから導き出した明日香の答えは――
「このメガネ、相手がどのような行動を取るのかが分かるのかもしれません!」
「……それは、本当なのか?」
「うん。さっきイーライは、私の手を振り払おうとしたよね?」
「あ、あぁ」
「それが分かったから、咄嗟に力を込めたんだよ?」
自分でも驚いていた事を思い出したイーライは、どうするべきか悩み始めた。
アルを助けるためならば利用できるものは全て利用すべきだが、その相手が護衛対象である明日香となれば話は別だ。
明日香をガゼリア山脈へ連れて行き、その結果として彼女にもしもの事があれば、イーライは確実に処罰の対象となってしまうだろう。
何より、イーライは明日香を危険な目に遭わせたくないと心の底から思っている。
ならば、答えは決まっている。決まっているのだが、明日香の表情を見るとイーライの答えを受け入れるはずがないと、口にしなくても理解できてしまった。
「……危険だぞ?」
「うん」
「……血が多く流れるぞ?」
「分かってる」
「……怪我だけじゃ、済まされないかもしれないぞ?」
「それでも、私にできる事があるなら行きたいの!」
何を言っても言い返してくる明日香の姿にイーライは葛藤しながらも、最終的には大きく息を吐き出した。
「…………はああぁぁぁぁ。分かったよ」
「……いいの?」
「今さら聞き返すなよ。だけど、絶対に俺から離れるなよ」
「わ、分かった!」
「まあ、一緒にいたからといって、命の保証ができるわけでもないんだけどな」
相手は大型の魔獣である。冒険者ギルドから王城へ情報が伝えられるような、凶暴な相手だ。
騎士と冒険者が一緒になって討伐に動くほどの相手を前にして、たった一人の騎士だけで誰かを守り抜くなど無理な話である。
それでも同行を願い出てきた明日香の事を、イーライは身を挺してでも守ると決めていた。
「ジジさん。すぐに出発するので、ポーションの準備をお願いできますか?」
「すでに木箱へ詰め終わっていますよ、イーライ」
「助かります。それじゃあ、すぐに出発しよう」
「あ! ごめん、ちょっとだけ待って!」
そう口にした明日香は慌てたように二階の部屋に向かうと、腰に下げる形のポーチを取りつけてから戻ってきた。
「なんだ、忘れものか?」
「そんなところ。それじゃあ、行こう!」
イーライは二つの木箱を左右の肩に担いで立ち上がり、明日香とジジは一箱ずつ持つと、早足で冒険者ギルドへと向かった。
明日香はアルやリヒトが危険に晒されるのかという恐怖で、イーライは岳人たちへの苛立ちと怒りから、ジジは大型魔獣がマゼリアへ迫ってきているという事実を国の騎士から聞かされた恐怖で、皆が押し黙ってしまう。
そんな中、誰よりも早く現実に戻ってきたのはイーライだった。
「……俺、行きます」
「……え?」
行くというのはどこへ向かうつもりなのか、その事を考え始めた明日香も我に返り、拳を握りしめていたイーライの腕をいつの間にか掴んでいた。
「ダ、ダメだよ、イーライ! あの子たちのせいでイーライまで危険な目に遭っちゃうよ!」
「だが、殿下やバーグマン様も向かうんだ。それに、騎士団長が俺に伝言を持って来させたって事は、そういう事なんだよ」
「……そ、そういう事?」
イーライはダルトの思惑を理解していた。
アルがガゼリア山脈へ向かうと決まった時点で、今回の魔獣討伐はイレギュラーな事態に陥っている。
本来であれば殿下であるアルの命令を聞く必要があるのだが、イレギュラーな状況であればその限りではない。
そして、イーライはアル直属の部下というわけではなく、騎士団所属の一介の騎士である。
直属の上司であるダルトが、アルの命令で別の任務に就いていたイーライにわざわざ伝言を持って来させたという事は、こちらに来いという意思が含まれた伝言だったのだ。
「いいか、アスカ。魔獣が討伐されるまでは絶対に道具屋から出るんじゃないぞ。ジジさんも同じだ。こういう時は、悪い輩が面倒を起こす事も多いんだからな」
明日香の肩を掴んで言い聞かせているが、明日香の耳には全く届いていない。
アルやリヒトだけではなく、イーライまでが危険に晒されてしまう。それも、自分を巻き込んで召喚された、勇者として大切に育てられていただろう岳人たちによってだ。
それにもかかわらず自分だけがのうのうと、安全な外壁の内側でただ待つだけの時間を過ごしてもいいのだろうか。
その時、明日香の視界の中に今まで見た事のない表示が飛び込んできた。
【イーライ:一人で道具屋を飛び出す】
表示を目にした明日香は、咄嗟にイーライの腕を掴む手に力を込めた。
すると、明日香の手を振り払おうとしたイーライは突然強くなった掴む力に驚いてしまう。
「……離してくれ、アスカ」
「……」
「……アスカ?」
「……わ、私も」
「ん?」
「私も、連れて行って!」
まさかの発言にイーライは目を見開き、ジジはどうしたらいいのかとオロオロし始めた。
「な、何をバカな事を言っているんだ!」
「その通りですよ、アスカさん。身を守る術もないんだ、危険過ぎます」
「私の同郷のせいで皆さんが危険な目に遭っているんです。私だけここに留まるなんて、できません!」
「あいつらは戦えるが、アスカは違うだろう!」
「大丈夫です! ……さっき、このメガネで見えたものがあります」
先ほどの表示がいったい何だったのか、あまりに一瞬の事ですぐには理解できなかったものの、咄嗟に力を強くした事で手を振り払われる事がなかった。
そこから導き出した明日香の答えは――
「このメガネ、相手がどのような行動を取るのかが分かるのかもしれません!」
「……それは、本当なのか?」
「うん。さっきイーライは、私の手を振り払おうとしたよね?」
「あ、あぁ」
「それが分かったから、咄嗟に力を込めたんだよ?」
自分でも驚いていた事を思い出したイーライは、どうするべきか悩み始めた。
アルを助けるためならば利用できるものは全て利用すべきだが、その相手が護衛対象である明日香となれば話は別だ。
明日香をガゼリア山脈へ連れて行き、その結果として彼女にもしもの事があれば、イーライは確実に処罰の対象となってしまうだろう。
何より、イーライは明日香を危険な目に遭わせたくないと心の底から思っている。
ならば、答えは決まっている。決まっているのだが、明日香の表情を見るとイーライの答えを受け入れるはずがないと、口にしなくても理解できてしまった。
「……危険だぞ?」
「うん」
「……血が多く流れるぞ?」
「分かってる」
「……怪我だけじゃ、済まされないかもしれないぞ?」
「それでも、私にできる事があるなら行きたいの!」
何を言っても言い返してくる明日香の姿にイーライは葛藤しながらも、最終的には大きく息を吐き出した。
「…………はああぁぁぁぁ。分かったよ」
「……いいの?」
「今さら聞き返すなよ。だけど、絶対に俺から離れるなよ」
「わ、分かった!」
「まあ、一緒にいたからといって、命の保証ができるわけでもないんだけどな」
相手は大型の魔獣である。冒険者ギルドから王城へ情報が伝えられるような、凶暴な相手だ。
騎士と冒険者が一緒になって討伐に動くほどの相手を前にして、たった一人の騎士だけで誰かを守り抜くなど無理な話である。
それでも同行を願い出てきた明日香の事を、イーライは身を挺してでも守ると決めていた。
「ジジさん。すぐに出発するので、ポーションの準備をお願いできますか?」
「すでに木箱へ詰め終わっていますよ、イーライ」
「助かります。それじゃあ、すぐに出発しよう」
「あ! ごめん、ちょっとだけ待って!」
そう口にした明日香は慌てたように二階の部屋に向かうと、腰に下げる形のポーチを取りつけてから戻ってきた。
「なんだ、忘れものか?」
「そんなところ。それじゃあ、行こう!」
イーライは二つの木箱を左右の肩に担いで立ち上がり、明日香とジジは一箱ずつ持つと、早足で冒険者ギルドへと向かった。
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