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第一章:勇者召喚、おまけ付き

第13話:異世界での生活 8

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「――ううぅぅぅぅん! やり切ったああああっ!」

 通りを歩きながら大きく伸びをする明日香はそう口にした。
 充実した表情を浮かべており、その横顔を見たイーライもどこか満足気だ。
 昼に一度休んだ以外はずっと仕事を覚えるために動き回り、ジジに質問を繰り返していた。
 それに触発されてか、イーライもジジに言われる事もなく自ら声を掛けて荷物運びを手伝い始めていた。

「剣以外でこうも色々と持ち運んだのは久しぶりだな」
「そうなんだ。あっ! って事はイーライって騎士団の中でも上の方なの?」
「中堅くらいだが……どうしてだ?」
「だって、新人さんとかなら騎士団の荷物運びとかしてそうだなと思って」

 王城へ戻る道中も楽しそうに会話をしながら歩いていたのだが、この時の二人はすっかり忘れていた。
 リヒトがつけていてお互いにタメ口をしている事はバレている。という事は、その事実がアルにも伝わっているという可能性を。

「――随分と楽しそうじゃないか~?」
「「……え?」」

 王城の入口に差し掛かった時、街路樹の影から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 声を掛けてきた男性が姿を現すと、全身を覆い隠すほどに長い漆黒のロングコートを纏っており、目深にフードまで被っている。目の前に立っているはずなのだがその存在感は不思議と希薄に感じられる。
 護衛でもあるイーライは即座に明日香を背にするように立つと剣の柄に手を掛けた。

「……私だ」

 男性がフードを脱ぐとその反動で美しい金髪が揺れ、その顔を見た二人は目を見開いた。

「で、殿下!?」
「アル様! ど、どうして王城の外にいるんですか!?」

 立っていたのは紛れもなく第一王子であるアルであり、身に纏っていた漆黒の外套は王族に伝わる国宝級の魔導具である。
 その存在感を希薄にして隠密行動や刺客から逃れる事を想定された魔導具なのだが、それを二人の様子を探るためにだけ使うというのは明らかに無駄遣いだ。

「リヒトから職場での様子を聞いていたからな。……その、迎えに来たのだよ」
「殿下自らが迎えになんて来ないでください!」
「だ、だが! 私はヤマト様の事が心配だったのだ!」
「御身の事をお考え下さい! そこを考えないでの行動だったら――迷惑です!」
「んなあっ!?」

 明日香の言葉にアルは一歩、二歩と後退りするとこの世の終わりかのような表情を浮かべた。
 そのまま街路樹にもたれ掛かると、ゆっくりと背中を向けておでこを擦り付けている。

「……ぅぅ……私の……癒しがぁ……」
「……えっと、あの、アル様?」
「……ほ、本当にすまない、ヤマト様。本当に、悪気は、ないのだよ」
「……その、分かっていますから、そこまで落ち込まないでください」
「…………本当かい?」
「…………ほ、本当ですから」

 まるで駄々をこねる子供のような態度に呆れと困惑をない交ぜにしたような表情を浮かべながらそう口にすると、よろよろとおでこを街路樹から離してゆっくりと振り返る。
 その動きもおぼつかない様子で、明日香は慌ててその腕を掴み支えていた。

「アル様の方こそ大丈夫ですか?」
「……あ、あぁ、大丈夫だよ。すまなかったね、ヤマト様」

 間近で明日香を見る事ができたからか、アルは先ほどとは打って変わって優しい笑みを浮かべて返事をしている。
 この間、イーライはリヒトよりも大物の登場に完全に固まっていた。

「……も、申し訳ありませんでした、殿下!」
「いや、構わないよ。リヒトに事情は聞いているからね」
「だったらなんで隠れて待っていたんですか?」
「……すまない」

 明日香の追及には謝罪しか口にしない様子を見ると、単に心配だったからというわけでもなさそうで呆れてしまう。それでも自分を心配してくれていたという気持ちはとても嬉しく、これ以上は何も言わない事にした。

「……戻りましょうか」
「……そ、そうだな」
「はっ!」

 苦笑しながら口にした明日香の言葉にアルも似たような表情で頷き、イーライは右拳を左胸に当てるマグノリア王国の敬礼を行って歩き出した。

 ――その後、勝手に国宝の魔導具を持ち出して護衛もなしに王城の外へ出たアルに対して、雷を落としたリヒトがいたのは余談である。
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