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第82話:ドラゴンへ振る舞う料理

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「む、むむむむ、無理だよ、リドル君!」
「そうだわ! だって私たち、お家で食べるようなお料理しかしたことがないのよ!」

 直後にはナイルさんとルミナさんから声が上がった。
 それはそうだろう。俺がナイルさんたちの立場だったら、同じような反応をしてしまうと思うもんな。

「そこをなんとか! 俺だけじゃあ、不安なんですよ! エルダーには絶対に何もさせませんから!」

 頼めるのがナイルさんたちしかいない俺にとって、ここで断られたら先がない。
 俺だけで料理をすることになり、エルダーが満足してくれるかも分からない。
 もちろん、ナイルさんたちの協力を得られたからといって、それでエルダーが満足するという確証もない。
 しかし、満足してくれる可能性が高くなるなら、そこに懸けてみたいのだ。

「……いいんじゃないの? お父さん、お母さん?」

 そこへ予想外の助け舟が出された――ティナさんだ。

「し、しかしだなぁ、ティナ?」
「だって、エルダーさんは美味しいお料理が食べたいだけなんでしょう?」
「そうなんだけれど、やっぱり私たちじゃあ……ねぇ?」
「ねぇって、なに? 私はお母さんのお料理、好きだよ? それじゃあダメなの?」

 ティナさんの言葉を受けて、ナイルさんとルミナさんは顔を見合わせる。

「ねえ、リドルさん!」
「なんですか、ティナさん?」
「エルダーさんは、悪いドラゴンなの?」
「それは違う。エルダーは俺たちの仲間だよ」
「ほら! それならさ、お父さん、お母さん! リドルさんに協力しようと! エルダーさんのお願い、聞いてあげようよ!」

 まっすぐな瞳でここまで言われてしまうと、ナイルさんとルミナさんもこれ以上は断ることができなくなってしまった。

「……本当に、大丈夫なんだね、リドル君?」
「大丈夫です。それに、何かあったとしたなら、何かあるのは俺の方ですからね」
「そ、そっちの方が危ないじゃないか!」

 ナイルさんたちを落ち着かせるためにそう伝えたのだが、何故か逆に興奮させてしまった。

「いえいえ。俺の場合はエルダーとの契約がありますし、仕方ないんですよ。だから、ナイルさんたちに何かしら被害が出るようなことはさせませんし、それはリディアルのみんなも同じです」
「……まったく。君という奴は」

 俺がそう言い切ると、ナイルさんは頭をガシガシと掻きながら、やや俯いて小さく息を吐く。
 そして、腕組みをしながらしばらく考え込んでいると、ゆっくりと顔を上げた。

「……分かった、協力しよう。ルミナもいいな?」
「はい。子供たちにここまで言わせてしまったら、拒否するなんてできませんからね」
「あ、ありがとうございます! エルダーにはしっかりと言っておくので――」
「しかし、ダメならリドル君が何か被害に遭う、というのもダメだ」

 続けて告げられた言葉に、俺は困惑しながら首を傾げる。

「……ど、どういうことでしょうか?」
「ここリディアルには、リドル君の存在が不可欠だ。だから、君に何かあってはならないんだよ」
「だけど、それはどうすることも……」
「エルダーさんを満足させられるお料理を作ればいいんでしょう?」

 俺が困惑したままでいると、今度はルミナさんが声を掛けてくれた。

「そ、それはそう、ですね」
「主婦の行動力、舐めてもらっては困るわよ?」

 そう口にしたルミナさんは、腕まくりをするとそのまま玄関へ歩き出した。

「ど、どこに行くんですか、ルミナさん?」
「他の女性陣にも声を掛けに行くのよ!」
「……え、ええええっ!?」

 まさかの展開に、俺は驚きの声を上げた。

「いや、あの、そこまではしなくてもいいんじゃないかと……」
「何を言いますか。エルダー様に食べていただくんだから、その胃袋をきちんと掴まなきゃね。それに、私では思いつかないような調理法を、他の人なら知っているかもしれないものね」

 そう口にしたルミナさんは、そのまま屋敷をあとにしてしまった。

「……あの、よかったんですか、ナイルさん?」
「もちろんだ。先ほども言ったが、リドル君はリディアルに必要不可欠な存在だ。万全を期すなら、多くの助けを借りるべきだからね」

 ナイルさんも納得してくれているなら、俺としてはありがたいし、心強い。

「ありがとうございます、ナイルさん。それに、ティナさんも」
「え? 私?」

 俺がティナさんにお礼を伝えると、彼女は首を傾げてしまった。

「ティナさんの説得がなかったら、もしかすると俺だけで料理を披露することになっていたかもしれないからさ。ありがとう」
「……私、リドルさんの力になれましたか?」
「あぁ。本当に助かったよ」
「……えへへ」

 ティナさんが照れたように笑うと、その姿を見たナイルさんが微笑みながら椅子を立ち、こちらへ歩み寄ってくる。

「なあ、リドル君?」
「どうしたんですか、ナイルさん?」
「……ティナはまだ、お嫁に出すつもりはないからな?」
「…………え?」

 ナイルさんが盛大な勘違いをしていると気づいたものの、俺は何をどこからどう否定すればいいのかすぐには判断ができず、困惑することしかできなかった。
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