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第九章 水曜日は乙女脳でチョロい

9-4話 このソファ、ほんの少しだけど飼い主の匂いがする!

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 放課後、おれたちはまた部活訪問をすることにした。メンバーは例によって神様チーム3神とおれ、結婚できるほうの妹(真部岡恵留(まぶおかえる)さんと今日の妹だ。

 すでに映画研究会とアニメ研究会とSF研究会と音楽研究会(音楽部とか軽音楽部とか吹奏楽部とは違うものだったらしい)は合併して映像音響部になっているので、さらに他の部と合併したり廃部になったりするということはないし、そのようなものとどう戦えばいいのかわからない。

「うーん、楽器か。私も何かできるといいんだけどな」と、三絡克真 (みつがねかつま)さんは言った。

「え、猫さんって三味線とか弾けるんじゃないの?」とおれが聞いたら、それはない、とものすごく怒られた。

「こう、見た目とかはごまかせるんだけど、よく触ってみな。指先が丸くて、いっぱいに広げてもヒトの手ほどには広がらないんだ。弦楽器や鍵盤楽器は無理。打楽器とか小さな吹奏楽器ならなんとかなるかもしれないけど、そういうのは狸神や狐神にはかなわない」

 なるほど。

「自分はどんな楽器でもだいたい演奏できるんだけど、それをヒトに見せるというのは恥ずかしくて…」と、田部良紅羅架(たぶらくらか)さんは言った。

「映画のことならぼくにまかせて。リュミエール兄弟の撮影助手もやったことがあるんだ」と、どうもうさん臭い流奇奈紘季(るきなひろき)は言った。

 …ぼく? まあいいや。

 映像音響部は新校舎という名前の古い校舎(もっぱら特別教室などがある)2階の音楽室の隣にあって、「第二音楽準備室」とかつては書かれていた札の「第二」の部分が消されている現在の音楽準備室(という名前の楽器置き場)と、音楽室の間にある。

 音楽室の防音はしっかりしているけど、ときどき吹奏楽部の音が漏れて聞こえる。ときどきというのはパート練習は吹奏楽部はバラバラにやってるからで、多分彼女たち(男子もいないことはないがだいたい女子)も人の音はうるさいんだろうと思う。

 かつては第一音楽準備室だっただろう映像音響部の隅には古いアップライト・ピアノが置いてあり、おれが入ったときは先輩のひとりで、どちらかというとタヌキに似ている和風美人の女子がバッハの曲をバート・バカラック風に、バート・バカラックと最初に出会ったときのジョージ・ロイ・ヒル監督みたいな感じで弾いていた。ジョージ・ロイ・ヒルは師匠筋ではバート・バカラックの師匠の弟弟子、つまりふたりは叔父弟子・甥弟子の関係にある。

 おれたちが入ったのに気がつくとその先輩は、ジャズピアノっぽい感じで「荒城の月」をかっこ良く弾いていた。右手は一本指使いの超絶技法だ。しかしここらへん、もしこの話がアニメだったとしても、そんなのは映像化は無理である。実写にしても、たいていの役者のピアノ演奏は適当にごまかしていて、ちゃんとやってるのはマルクス兄弟ぐらいなものだ。

 昔の校長室に置いてあったような、古くさくてがっちりしていて高そうなソファにはなんか、ツチブタみたいな女子の先輩が横になって、上腕筋の運動みたいな感じでヒッチコック&トリュフォーの『映画術』を読んでいた。

 ひどい言いかたではあるが、別にふたりともブサイクとかじゃなくて、どちらかというと美人のほうである。

「いらっしゃい。新入生だね」と、ソファのほうの先輩が声をかけてくれた。

「ボンジュール・モン・メドマゼル・エ・メシュー。私の名前は山田さくらって言います」

 どうやらフランス帰りの帰国子女らしい。ミーとは言わないんだな。

「で、こちらでピアノ演奏してるのは、小林美咲。ふたりとも新二年生だよ。新三年生の部長はだいたいいつもいないからお気楽に」

 小林先輩は、おれたちを見てほほえんだ。笑うと片えくぼができる人である。しかし今のところヒトなのか神なのかは不明なのだった。

「あーっ、このソファ、ほんの少しだけど飼い主の匂いがする!」と、三絡さんはソファの肘掛け部分の匂いを嗅ぎながら言った。
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