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第六章 火曜日はサディスト

6-2話 砲丸投げは10メートルぐらい? 20メートルぐらい?

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 教室に入ったら、もう猫神と狐神と龍神の3神は来ていた。

 猫神の三絡克真 (みつがねかつま)さんは、狐神の田部良紅羅架(たぶらくらか)さんが移動、というかまあ通学なんだけど、に使っている神社のほこら移動(狐の抜け穴)を使わせてもらったらしい。確かに、学校から歩いて5分ぐらいのところには、それなりに古い神社がある。電車に乗るより楽なので、次からはずっとそうさせてもらう、と三絡さんは言った。神様がうらやましい。

 1時間目から3時間目までは小テストつきの普通の授業があって、おれの前の席の流奇奈紘季(るきなひろき)と斜め前の席の田部良紅羅架(たぶらくらか)さんは、先生が正しい答を黒板に書く前に、何かヤバいものを裏取引するみたいな感じでささっと答え合わせしてお互いの解答に丸をつける。×はつけない。

 おれのとなりの席の三絡克真 (みつがねかつま)さんは、漢字は草書みたいなので書いて、英語は全然読めない字で書いて(聞いてみたらシュメールの楔形文字だそうだ)、数学は全部の答の最後に「?」というのをつけていてだいたいあってる。

「アルファベットは苦手なのだ。グラフとかは普通に描けるんだけどな」

 三絡さんはフリーハンドで真円と楕円と三次関数の線を書いてみせた。手で描いている漫画家なみの正確さだ。

 4時間目は体育で、妹たちのクラスと合同で体力測定だった。

 ちょっと種目別の測定が一部とどこおったので、おれは少し手と顔を洗いに体育館のそばの水飲み場に行ったら、冴野美登里(さやみどり)が待ち構えていたようにいた。

「いやあ、相変わらず直(なお)ちゃん足速いねえ。スポーツ万能だねえ」と、美登里は今日の妹の話をした。別の日の妹だったら別のことを言ったかもしれないけど、今日の妹は運動神経は悪くないことになっている。美登里は持久力的な体力はあるが、もともと運動が得意というわけじゃない。中学時代は中の下ぐらいだったかな。男子で中の中であるおれと比べれば、おれのほうが普通に上である。

「で、うちのクラスのふたりはどうだった?」ふたりというか2神だけどな。女子だから2女神か。「めがみ」じゃなくて「じょしん」。

「三絡さんは短距離はものすごく速いよ。先生がピッて笛吹いてた時点で、もう2番めの子を3~4メートルぐらい引き離してるんだよ」

 それはインチキをやっているんだろう。多分フライングをごまかしている。猫であり神なんだから、そんなこともないのか。

「田部良さんは、なんかもっさり走るんだけど、長距離だとゴールの50メートルぐらいであっという間にトップになっちゃう。本当は実力あるんだけど隠してそうな感じ?」

 妹のクラスの友だちふたりに関しては聞かなくてもだいたいわかる。真部岡恵留(まぶおかえる)さんは普通で、席夜晴香(せきやはるか)さんは絶望的にダメという感じだろう。

 男子のふりをしているだけの流奇奈は、測定をやる前におれにこっそり聞いている。

「懸垂、何回ぐらいやればいいかな、10回? 100回?」とか、「砲丸投げは10メートルぐらい? 20メートルぐらい?」とか。

 20メートルも投げたらさらに目立ちすぎだろう。

     *

 昼休み、おれたちは屋上で食事をした。

 屋上は半分ぐらいが太陽光パネルで占領されており、残りの半分に半ば朽ちかけた木の机と椅子がいくつか置いてある。これで日除けでもあればともかく、ふきっさらしなので昼休みの利用者は多くない。というよりその日はおれと妹とその友だちだけしかいなかった。遠くの、雪が残っている山も、散りはじめの桜が咲いている小川沿いの散歩道も、きのう降った雪の水分が蒸気となって見えそうな黒っぽい田んぼも見えて、眺望だけは抜群だ。もっとも、教室からもほぼ同じ景色は見えるし、教室とか食堂で食べれば暑くも寒くもない。

 山の上みたいなところに建っていて、遠くに海とそこを行き来する船とか、島々とかが見えると実に素晴らしいんだろうけど、都会を除く関東平野にある高校はだいたい似たようなものだ。だだっ広くて田んぼがあるだけ。

 三絡さんは飼い主が作ってくれた、ヒトとは少し違う味つけと素材の肉食メニューで(そう言えば三絡さんの飼い主って同じ高校だそうなんだけど、いつ会えるんだろう)、田部良さんは体育の授業が終わると着替えもしないで購買に行って買ってきた普通の人の3倍ぐらいの量のチョココロネとカレーパンを食べていて(現在の格好は、下に体操着のままのジャージである)、液体もしくはそれに類するものしか口にできない流奇奈は、今日は野菜ジュース系の紙パックだった。

 今日の妹が作った弁当は、ひじきとこんにゃくと人参と大根およびその葉っぱを甘辛く炒めたものと、ほうれん草のおひたし、それに海苔と梅干しが乗っている世界のどこか共和国の国旗みたいな米の飯だった。つまり、3等分された横長の上と下に海苔、真ん中に梅干しが乗っている。日の丸弁当ではなくてニカラグア共和国弁当である。

 少し味つけが濃いのと、肉的要素が皆無なのが不満だが、あまりうるさいこと言うと竹刀ではなく鉄拳が飛んでくるだろう。とりあえずおれがサムズアップ(いいねボタンの形)をすると妹は納得してくれた。

 さっさと食事をすませた美登里は、旧校舎と新校舎の間にある中庭の片隅を指差して、ちょっとちょっと、とみんなを呼んだ。

 また何かやっかいなもの(あるいは、美登里のヒーロー願望欲を満たしてくれそうなもの)を見つけたらしい。
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