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第五章 月曜日はロールキャベツ

5-2話 好きになってもらいたい人は、そのために頑張らなきゃいけないんだよ

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 おれは3つの茶碗に入ったお茶と、3つのコップに入った水を用意した。

「これ、飲み比べてみませんか」

「おおっ…これはなんか、地方の人は東京だと勘違いする東京近郊の、山が見えるあたりっぽい味がするね。この水は、クマとかが飲んでそうな北の冷たいっぽい味がする。このお茶は富士山が見えるあたりで、清水次郎長一家が旅してるのを森の石松が「おーい、ちょっと待ってくれー」と追いかけてるっぽい味がする…」

 時尾摩殊(ときおまこと)先輩はてきぱきと答えた。

 どれにも「っぽい」って言ってるけど、全部当たってる。ひょっとしたら天才なのか。

「時尾先輩、それだけ味の区別ができるのに、どうしてちゃんとした闘茶会とかやったり参加したりしないんですか?」

「ちゃんとした闘茶会? 何それ?」

 おれは説明した。茶道の作法とは別に、そういうお茶を飲み比べて当てっこする集まりというのは、全国大会とかはもちろんないけど、戦国時代からあるし、今でもある。

「でも、そういうのに出ても部としての実績になるのかどうか…」と、おれは言った。

「存続の方向で話はまとめてみた」

 スマホで何やらやりとりしていた流奇奈紘季(るきなひろき)が言った。

「ただし、化学部と合併して化学茶道部だな。しかしこの、山のような実験用具とさまざまな薬品・薬草は、とてもまともな手段で入手したとは思えない。怪しげなドラッグを販売したり、またお上ご禁制の密貿易に手を出したということになれば、先輩だけではなく一族郎党も同罪だ」

     *

 学校から駅までの道は、ところどころに雪だまりができていたが、雪が降り始める前より少しは暖かく、空もすっかり晴れていた。歩道のあちこちに積み上げられた雪も、そんなに何日も残ることはないだろう。おれは同じ駅を利用している三絡克真 (みつがねかつま)さんと、並んで歩きながら話した。三絡さんは、茶道部からもらった水色のプラスチックの容器を手でもてあそんで、匂いをかいでいた。中には水色の液体が入っていた。

「ふーん、これが女の子用の惚れ薬か。ハッカというか、ミントっぽい匂いがするな」

「おれのは男の子用。ピンクの液体だね。バラっぽい匂いだ」

 時尾先輩が作っていたのは、人の心を変えられる薬だった。あと、入浴剤とか、枕の中に入れておくと安眠できる気になるハーブとか、そういうのが好きそうな子に分けてあげてたらしい。

 ささやかな金銭的取引は帳簿につけてあったし、それで購入した備品も細かく書いてある。茶道部の顧問の先生は化学部の顧問もやっていて、実験用具に関しては化学部から借りたもの、という扱いになっている。

「人の心を変えられる薬は、好きになって欲しいなあ、って思う人が好きそうなところに少しかけてみるんだよね。野球部の人だったらグローブとか、水泳部だったらパンツ…は無理なんで、タオルとかかな」と、時尾先輩は説明した。

「でもって、それと同じ匂いのを、自分の周りとか持ち物とかに染みこませるの。そうすると、あれ、この子はぼくの好きそうな匂いがする…ぼくはこの子を好きなのかも! ってなるわけ。チョロいっちゃそうなんだけどさ。本当はそこまでちゃんと効くような惚れ薬なんかありゃしない。おまじないみたいなもんで。だけどぉ…」と、竹林の魔女である時尾先輩は話を続けた。

「好きになってもらいたい人は、そのために頑張らなきゃいけないんだよ。頑張るためのきっかけとしちゃ、そんなおまじないでも少しは意味があるんだろうね、きっと」

 帰りの電車はそれなりに混んでいたが、三絡さんは席が空くとすかさず座って、降りる駅についたら起こすように、と言って眠ってしまった。まあ猫神だから仕方ないか。

 ほかの2神は電車なんかに乗らなくても大丈夫なのである。龍神様は水があるところだったらどこからでも出入りできるし、狐神様は学校の近くにある神社を利用しているという話だ。超銀河カードでの出入りは、電車代と同じくらいの料金がかかるらしいんだよね。

 寝ている三絡さんの左手の甲に、おれがもらった惚れ薬(男の子用)をちょっとだけつけてみたら、三絡さんはむにゃむにゃと反応して、その手の甲を右手でこすりはじめた。
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