魂を殺された女

早坂 悠

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言葉の攻撃力

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 お互いの生活リズムも食習慣にも慣れてきて、順調な同棲生活が送られていたある日。高校の友人である彩乃あやのからみんなで飲みに行かない?そんな連絡が来たのは11月のことだった。

 今までずっとみんなとは休みがあえば、ランチに行っておしゃべりをする機会はあった。その時は相手が彩乃だったり、みずきだったりひなただったりとバラバラに会うことが多かった。

 夜の飲み会もいつもの友達メンバーを全員集めたのも、ハルカの調子が良くなったのを慎重に見極めてくれた彩乃からの提案だった。

 お酒を飲むから原付には乗れない。飲み会の帰りはタクシーで帰ろうかと思ったが、そのことを勇太に話すと飲み会の帰りに迎えに来ると言ってくれた。ハルカはいつもいつもそうだけど勇太の優しさに甘えることにした。

 ハルカは飲み会を楽しみにしていた。引っ越しの準備などタイミングが重なって忙しくなかなか会えなかった友達がいる。彩乃は引っ越し前にランチに行っていて、ひなたとはこの間、美容院に行って会えていたが、みずきと会うのは久しぶりだった。

 みんなに会える。お酒も入って楽しい会話をするのだろうか?勇太と付き合ったことはすでにみんなに報告済みだが、きっと勇太との話題はフラれるだろう。勇太との同棲生活をあれこれ質問されるのは少し恥ずかしい気もする。でもほんの少しぐらい……うふふ。ハルカは惚気のろけたい気分だった。でも勇太と付き合うことになった経緯などは……話すことは出来ないな……などと思いつつ迎えた飲み会当日の日。

 彩乃が席だけを予約してくれた居酒屋で、みんなでメニュー表を見ながら食べたいものを注文して、飲みたいお酒を飲み、それぞれの近況報告などをしながら楽しい飲み会が始まった。

 彩乃は4月から入った新人におばさん呼ばわりされて珍しく憤慨ふんがいしていた。「2歳しか変わらないのに!おばさんって!どういうことなの?!」って怒っていてみんなで慰めた。

 ひなたは美容院で最近、ひなたの固定のお客さんがどんどん増えてきていて(ハルカもそのうちのひとりだが)、嬉しい反面、プレッシャーを感じてるようだった。みずきは市外の旅行代理店に勤めていて冬の旅行シーズンに向けてお店が忙しく、「私が旅行に行ってリフレッシュしたい!」と愚痴っていた。

 ハルカは勇太と同棲してることなどを話しみんなから祝福されて幸せな気分になった。

 楽しい飲み会だった。
しかしそれは前半までとなってしまった。

 段々とお酒が回り始め、みんなで陽気な気分が高まってくるとみずきがハルカに執拗に勇太との話を聞き始めてから、雲行きが怪しくなってきた。

「だーかーらーなんで勇太と付き合うことになったのよ?好きだったのぉぉぉ?勇太のことぉぉぉぉ?」とみずきは完全に悪酔いしていた。

 ハルカも少しお酒が進んでいたのでシラフではなかったがそこまで酔いは回っていない。みずきの質問責めも適当な言葉を繋げてスルーを試みるがなかなか「付き合った経緯」の質問責めから逃してくれなかった。みずきは仕事が忙しすぎてストレスを溜めていたのかもしれない。

 彩乃が「ちょっとみずき!飲みすぎたんじゃない?もうそろそろ帰ろうか?あんた明日も仕事でしょ?」とみずきをたしなめて、ひなたが「烏龍茶飲もう!注文するね!」と連携プレイを見せる。

 ハルカは「勇太とは成り行きでね……付き合うことになったの。これ以上は言えなくて……ごめんね。みずき」と仕方なく答える。成り行きで付き合ったなんてハルカはこれっぽっちも思っていない。ハルカにとって幼なじみの勇太は何度もピンチを救ってくれた救世主だ。今のハルカを全身全霊で愛してくれるただ1人の存在。それが勇太だった。

 そう言えば良かったのだろうか。適当に「成り行きで」などと誤魔化すことなどせずに、集団レイプされた女性でも好きになってくれた。受け止めてくれた存在だと……いや、そんなこと言えるはずもないのだ。

 でも今回はもう少し言葉を選べば良かったのかもしれないとハルカは思った。みずきは「成り行き」という言葉でスイッチが入ってしまったようだった。

「もうっ!ちょっとぐらい教えてくれてもいいのに!なんだよ!成り行きってさ!ハルカは秘密が多いよっ!ゾンビみたいにこっちに戻って来た時だって何も教えてくれないじゃん!!あんたに何があったのよぉぉぉ!あんだけ馬鹿にしていた田舎に帰ってくるなんて!都会に行く自分をさも勝ち組のように振る舞っていたのに!!1年足らずで帰ってくるなんてさ!よほどのことがあったんでしょうよ!!別に教えてくれなくてももーいいよ!もうハルカなんて知らん!田舎に戻って来た勇太との馴れ初めも教えてくれないし!成り行きって!!都会でどんだけ嫌な目にあったか知らないけど、『あってよかったんじゃない?その酷い目にさ!』勇太と付き合うことになって呑気にパートなんかできるのも都会から逃げて戻ってきたのが運命じゃん!!ハルカが羨ましいーーわ!!こちとら朝から晩まで働いてるのに1人で生きてるのが精一杯なのに!!私も何か酷い目にあって分かりやすく憔悴しょうすいしきったところを勇太みたいな実家の家業が安定してる彼氏作ってパートみたいな楽な生活したいわ!」

 ハルカの記憶はここで途絶える。

 酔いは完全に冷めてしまい意識は失わない状態の茫然自失の状態でハルカは無言でスッと立ち上がる。彩乃は何かを叫び、ハルカの腕を掴んだがハルカは無意識に彩乃の手を払い除ける。ひなたはみずきの口をふさいでいた。

「ちょっと!まだ話したりないわよ!ハルカ!逃げるの!」とひなたの手をどかしてハルカの背中に浴びせてくるみずきの声だけがなぜだかはっきりと聞こえていた。

11月の寒すぎる夜空の下でハルカは1人、店を後にした。
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作者の早坂悠です。よろしくお願いします。すでにこの作品は完結まで書き終わってます。
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