魂を殺された女

早坂 悠

文字の大きさ
上 下
31 / 52

ハルカの不調(番外編)

しおりを挟む
 ハルカは家から少し離れた場所にある工場で、アルバイトをしながら、定期的に勇太とのランチに付き合ってくれている。高校の友達とも定期的に会っているようで、傍目はためから見れば、ハルカの生活は安定しているように思えた。

 仕事は例えアルバイト生活でも、田舎に戻ってきた時はゾンビのような風貌だったらしいので、それに比べれば身なりを整えて、原付バイクに乗って仕事が出来るなんて、凄く頑張っていると勇太は思った。働けるゾンビなんていないんだから、田舎に戻ってきた時と比べたら凄い成長なんじゃないかと勇太は思う。

 それに勇太はハルカと一緒にいられて本当に幸せだった。ご飯を食べるだけの短い時間でも目の前にハルカがいる。勇太のたわいもない話にクスクス笑ってくれて癒されたし、勇太はハルカに救われていると感じることもあった。

 ハルカは興味本位で勇太の過去を絶対に聞いてこなかった。勇太は今でも友達から距離を取っていた。

 会うと必ず”大恋愛”の話を聞き出そうとする友人たち。中には勇太の気持ちを察して聞いてこない友人もいるにはいたが、みんな面白おかしく”他に男を作られて逃げた”話を勇太がしてくれているのを、待っているように思えて気まずかった。

 ハルカはその点、何も聞いてこない。勇太に興味がないということだとすると、それはそれで悲しい気もするが、それでもハルカが元嫁のことを聞いてこないこと、勇太が話すのを固唾を飲んで待っているという姿勢がないことが、ハルカと過ごす時間をより楽しくしていた。

 もしも願いが叶うなら、勇太は手を伸ばしてハルカを引き寄せて抱きしめたいと思う。抱きしめてキスをしてハルカがどこにも行ってしまわないように、抱きしめ合いながらセックスがしたい。。。

 と勇太も男なのでそんな妄想をしてしまうが、それはハルカにとっては残酷な願いになるかもしれないと、勇太はそこまで分かっていた。

 もしかしたら男性に好意を向けられることも恐怖心を孕んでしまうなら勇太はこのまま、このまま……

 ハルカの1番近くの男性として幼なじみというアドバンテージをフルに活用しながら、ハルカと共に過ごす時間を大切にしようと心に決めた。

 決して多くは望まない。
ハルカとこれからも一緒にいられるならと。
この時の勇太は思っていた。

ーーーーーーーー

 雲行きが怪しくなったのは6月の下旬頃だった。梅雨特有のじめじめした陽気が肌を不快にしていく。

 ハルカは工場のバイトを休みがちになり、勇太とのランチの回数も減ってきた。ハルカに『大丈夫か?』というLINEを送っても『大丈夫。少し疲れただけだから』という返事が返ってくるだけだった。どう大丈夫なのか分からなくて勇太は心底、心配だった。

 梅雨のこの滅入ってしまう気候がメンタルを削ってしまっているのだろうか?と勇太は漠然と思っていた。梅雨が明ければ、夏になればハルカは元気になるだろうか?と心配しながら雑貨店の店番をしている日々が続いた。

ーーーーーーーー

 梅雨が明けて、夏、本番となった7月。ハルカは以前より悪化していた。ほとんどといっていいほど工場のバイトを休んでいるようだった。勇太は心配でコンビニで買ったスイーツなどをハルカの家の玄関にぶら下げて『美味しいから食べて』とLINEしたりするが、この頃にはLINEの既読スルーもちょこちょこするようになっていた。

 もうすぐ地元の花火大会が開催されるので、ハルカと一緒に行ければいいなと思ってLINEで誘った勇太だったが、それには返信が来て『行けない』ということだった。

ーーーーーーーー

 花火大会の当日。勇太の母親からハルカの両親が親戚の葬儀で数日間家を開けるという話を聞いた。ハルカは家でひとり留守番らしい。花火大会の日に家でひとり?なら俺と一緒に花火を見に行こうぜと勇太は思った。

 家の前を掃除しているとふらふらと歩いているハルカと遭遇した。

 ゾンビだった。まるでハルカはゾンビのように歩いていた。顔は血の気を失っていて青ざめていた。ふらふらした足取りで歩いていて、今にも転んでしまいそうだった。

 髪はボサボサで唇がカサカサになっていた。痩せたのか顔もやつれて見える。

 勇太はハルカに何があったのかさっぱり分からなかったが、ハルカの信じられない変わりように驚いた。驚きのあまり言葉を失ったが平然を装って……

 「よぉ!ハルカ!今日の花火大会行かないのかよ。ヒマなら一緒に行こうや!って凄い顔色悪いけど大丈夫か?!か、風邪か?」

 「ううん。風邪じゃない。でも今日は体調が悪いみたい。花火大会は行かないよ。他を当たって」

 とハルカが答える。ハルカとは目が合わなかった。そのままふらふらと帰るハルカの背中を見て、絶対に風邪ではないと勇太は思った。
しおりを挟む
作者の早坂悠です。よろしくお願いします。すでにこの作品は完結まで書き終わってます。
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。

ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」  人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。 「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」 「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」  一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。 「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」 「……そんな、ひどい」  しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。 「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」 「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」  パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。  昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。 「……そんなにぼくのこと、好きなの?」  予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。 「好き! 大好き!」  リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。 「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」  パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、 「……少し、考える時間がほしい」  だった。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大好きな幼馴染と結婚した夜

clayclay
恋愛
架空の国、アーケディア国でのお話。幼馴染との初めての夜。 前作の両親から生まれたエイミーと、その幼馴染のお話です。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...