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私の居場所。
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新年の挨拶から数ヶ月経ち、桜があちこちで咲き始めた頃、ハルカは家から少し離れた工場のパートをしていた。ベルトコンベアーから運ばれてくる備品を、手順通りに組み立て梱包から検品作業などを行うのが主な業務だ。
前のスーパーのレジ打ちのバイトは家から近くて作業内容も物凄く難しいという訳ではなかったが、お客さんからナンパされたことで接客業たる難しさを痛感した。
またナンパしてきた男性客が再びハルカの目の前に現れるのも怖かったし、新たなナンパ目的の客が訪れるのも、ハルカにとったら恐怖だったので次のバイトは選択肢から接客業の候補をあらかじめ外した。
工場勤務は1人での作業を黙々とこなしていくことが、ハルカにとっては働きやすかった。彼氏は?結婚は?お子さんは?みたいなプライベートな質問を従業員同士でする機会が少なくて居心地が良かった。仕事内容も覚えてしまえばあとはほとんどが流れ作業なので、物凄く難しい訳でもない。
問題は2つ。かなりの肉体労働であることと、家からどうしても少し離れていることだった。レジ打ちの仕事で立ち仕事には慣れているつもりだったが、工場の勤務はスーパーのレジ打ちの仕事よりハードだった。
仕事に慣れるまで肉体的にかなりしんどかったハルカだが、慣れてくるとだんだんと体力がついてきてなんとかなっているといったところだ。もともとモデル体型だったハルカだが筋肉質になったような気もする………夏になったらムキムキな自分になれるかも?とハルカは未来の自分を想像して、ふふふと一瞬、顔がほころぶが、夏はハルカにとって忌まわしい時期だ。
ハルカは夏が来るのが恐ろしかった。
あの日のあの夏の日。
ハルカの尊厳をめちゃくちゃにされたあの日。
もう決してなかったことには出来ない記憶。それらをすべて抱えたままで、これからもずっと毎年、夏を迎えないのが辛かった。
とにかくあまり夏のことは考えないのように今はやり始めたパートのことに専念したかった。
もう一つの問題が家から離れていることである。勤務時間もレジ打ちのバイトと比べて長くて、その分、給与も良かったが、ハルカにはクリアしないといけないことがあった。
通勤をどうするか?と夜に1人で帰宅出来るか?
まず通勤は車がないとかなり不便だと思われた。車に乗れれば……夜、歩いて帰る訳ではないのでなんとかなるかも?とハルカは考えたが、車を克服するのが難しかった。
運転免許は持っていたが、車の運転はほとんどしてこなかった。父親の車を借りて何度か練習してみようと思っても、体がガクガク震えて、まず車に乗ることさえ難儀だった。
男たちに担がれるように誘拐されたハルカは、そのまま車の中に押し込められた。そして………と考えるとあの地獄の記憶が体を這うように広がってハルカを動けなくさせてしまうのだ。
車に乗るのは諦めた。ハルカは原付バイクを購入して、片道1時間の距離を走らせ工場へ週3回のアルバイトをすることになった。
原付のバイクを購入する時、ハルカは勇太に一緒に買いについてきてとお願いして、バイクを買ったあとは乗る練習にも付き合ってくれた。
そのことがきっかけでハルカはわりと定期的に勇太と会っていた。勇太は親が経営していた雑貨店を継いで、慌ただしく過ごしていたがお互いの休みが合うと
彩乃に教えてもらったパスタ屋さんに一緒に行って2人でランチすることもあった。美味しかったコンビニスイーツを買って行って勇太の家にお裾分けしに行くこともある。
勇太はハルカに何も聞かなかったし、ハルカもまた勇太に元奥さんとの結婚生活のことは聞かなかった。
勇太は冗談で「もう俺たち付き合っちゃう?」とか言っていたがハルカは適当に「はい。はい。」とスルーを決めていた。
「勇太と付き合ってるの?噂になってたよ!」とみずきからLINEが来たときは……これだから田舎って……と悪態をつきたくなったが丁寧に「付き合ってないよ!」と送り返す。
週3でバイトしながら月に2回メンタルクリニックに通い定期的に彩乃とみずきとひなたと遊ぶ。あと、ひなたの美容院はハルカの行きつけの美容院となった。そしてヒマな時は勇太と一緒にランチをする。
ハルカの過去は決して変えられないけど、今は今としてなんとかハルカの気持ちは持ち直しつつあった。変わってしまったことはたくさんあるが、変わらない人の温かさを通じて人間の尊さを感じると言ったら、少し大袈裟になるだろうか。
それでもハルカは両親と友達と幼なじみに支えられて、ここまで歩んでこれたのだと思った。あのまま都会で1人で過ごしていたら自殺未遂は1回で終わらなかったかもしれない。
そしてハルカにとって苦痛の季節で
ある夏が訪れるのだった。
前のスーパーのレジ打ちのバイトは家から近くて作業内容も物凄く難しいという訳ではなかったが、お客さんからナンパされたことで接客業たる難しさを痛感した。
またナンパしてきた男性客が再びハルカの目の前に現れるのも怖かったし、新たなナンパ目的の客が訪れるのも、ハルカにとったら恐怖だったので次のバイトは選択肢から接客業の候補をあらかじめ外した。
工場勤務は1人での作業を黙々とこなしていくことが、ハルカにとっては働きやすかった。彼氏は?結婚は?お子さんは?みたいなプライベートな質問を従業員同士でする機会が少なくて居心地が良かった。仕事内容も覚えてしまえばあとはほとんどが流れ作業なので、物凄く難しい訳でもない。
問題は2つ。かなりの肉体労働であることと、家からどうしても少し離れていることだった。レジ打ちの仕事で立ち仕事には慣れているつもりだったが、工場の勤務はスーパーのレジ打ちの仕事よりハードだった。
仕事に慣れるまで肉体的にかなりしんどかったハルカだが、慣れてくるとだんだんと体力がついてきてなんとかなっているといったところだ。もともとモデル体型だったハルカだが筋肉質になったような気もする………夏になったらムキムキな自分になれるかも?とハルカは未来の自分を想像して、ふふふと一瞬、顔がほころぶが、夏はハルカにとって忌まわしい時期だ。
ハルカは夏が来るのが恐ろしかった。
あの日のあの夏の日。
ハルカの尊厳をめちゃくちゃにされたあの日。
もう決してなかったことには出来ない記憶。それらをすべて抱えたままで、これからもずっと毎年、夏を迎えないのが辛かった。
とにかくあまり夏のことは考えないのように今はやり始めたパートのことに専念したかった。
もう一つの問題が家から離れていることである。勤務時間もレジ打ちのバイトと比べて長くて、その分、給与も良かったが、ハルカにはクリアしないといけないことがあった。
通勤をどうするか?と夜に1人で帰宅出来るか?
まず通勤は車がないとかなり不便だと思われた。車に乗れれば……夜、歩いて帰る訳ではないのでなんとかなるかも?とハルカは考えたが、車を克服するのが難しかった。
運転免許は持っていたが、車の運転はほとんどしてこなかった。父親の車を借りて何度か練習してみようと思っても、体がガクガク震えて、まず車に乗ることさえ難儀だった。
男たちに担がれるように誘拐されたハルカは、そのまま車の中に押し込められた。そして………と考えるとあの地獄の記憶が体を這うように広がってハルカを動けなくさせてしまうのだ。
車に乗るのは諦めた。ハルカは原付バイクを購入して、片道1時間の距離を走らせ工場へ週3回のアルバイトをすることになった。
原付のバイクを購入する時、ハルカは勇太に一緒に買いについてきてとお願いして、バイクを買ったあとは乗る練習にも付き合ってくれた。
そのことがきっかけでハルカはわりと定期的に勇太と会っていた。勇太は親が経営していた雑貨店を継いで、慌ただしく過ごしていたがお互いの休みが合うと
彩乃に教えてもらったパスタ屋さんに一緒に行って2人でランチすることもあった。美味しかったコンビニスイーツを買って行って勇太の家にお裾分けしに行くこともある。
勇太はハルカに何も聞かなかったし、ハルカもまた勇太に元奥さんとの結婚生活のことは聞かなかった。
勇太は冗談で「もう俺たち付き合っちゃう?」とか言っていたがハルカは適当に「はい。はい。」とスルーを決めていた。
「勇太と付き合ってるの?噂になってたよ!」とみずきからLINEが来たときは……これだから田舎って……と悪態をつきたくなったが丁寧に「付き合ってないよ!」と送り返す。
週3でバイトしながら月に2回メンタルクリニックに通い定期的に彩乃とみずきとひなたと遊ぶ。あと、ひなたの美容院はハルカの行きつけの美容院となった。そしてヒマな時は勇太と一緒にランチをする。
ハルカの過去は決して変えられないけど、今は今としてなんとかハルカの気持ちは持ち直しつつあった。変わってしまったことはたくさんあるが、変わらない人の温かさを通じて人間の尊さを感じると言ったら、少し大袈裟になるだろうか。
それでもハルカは両親と友達と幼なじみに支えられて、ここまで歩んでこれたのだと思った。あのまま都会で1人で過ごしていたら自殺未遂は1回で終わらなかったかもしれない。
そしてハルカにとって苦痛の季節で
ある夏が訪れるのだった。
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作者の早坂悠です。よろしくお願いします。すでにこの作品は完結まで書き終わってます。
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