魂を殺された女

早坂 悠

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フラッシュバック2

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あの日から数週間が経ち
再びいつもの日常を送っていた。

 勇太と次に会ったら?と思っていたハルカだったが、あの日から勇太とは会っていない。

 会えば会ったで気まずくなるが、会わなければ会わなかったで、ハルカはちょっとモヤモヤしていた。

 こちらから勇太に会いに行ってあの時はごめんと言っておくべきだっただろうか。そんなことを時々、思いながら、ハルカはスーパーのレジ打ちの仕事をしていた。

 そんな当たり前の日常が、些細なことである日、音をたてるようにガラガラと壊れてしまうのをハルカは誰よりも知っていた。壊れるキッカケは本当に些細なものだ。

「前から思ってたけど、お姉さん美人だね?
         仕事はいつ終わるの?」

 レジの会計を済ませたスーツ姿の男性客が、レジ打ちのハルカに声をかけてきたのだ。

 「あ……ありがとうございます。ま、またのお越しをお待ちしております。」となんとかぎこちなく答えてると、

 男性客は「バイト終わりにご飯でもどう?へ?そんなビックリしなくてもいいじゃん?またお姉さんのレジに来るわ!またな!」と行ってハルカのレジから離れていった。

 時刻は14時50分を回ろうとしていた。もうすぐハルカのバイトの終わる時間だった。先ほどの男性客がハルカを待ち伏せしてお店の前で待ってないといいな……とハルカは自分の鼓動が速くなるのを感じていた。

 きっと男性にとったらなんて自意識過剰な女だと思われることだろうとハルカは思う。でもこれはきっと女性ならではの防衛反応なのだ。ハルカのように性的被害者になった女性なら、なおさら警戒度はさらに増すだろうと思った。

 15時になりスーパーのレジ打ちのアルバイトを退勤する。制服を着替えて身支度を整えて従業員が出入りするドアから出てハルカはバス停に向かうつもりだった。

 「思ったより早かったね!お姉さん!」

 と先ほどの男性客が本当に待ち伏せしていた。

 ハルカは全身から血の気がひいた。怖い。

 「あの……すみません。
  食事とかはちょっと出来ないです。」

 と断り男を振り切るように小走りで
その場を立ち去ろうとしたハルカだったが、

「あ!ちょっと待ってよ!
    美味しいスイーツでも食べに行こう!」

 と男がハルカの腕を掴んだ。

 そう……男はハルカの腕を掴んでしまったのだ。

 「い…イヤーーーーーッ!ヤダヤダヤダ!ヤーーーッ!誰か!誰か!助けて!助けてください!ヤーーーッ!」

 ハルカは勇太とのフラッシュバックがそうであったようには脳が拒絶反応してしまうのだった。

 従業員専用の入り口とあって他のお客さんの視界には入らなかったものの、スーパーのスタッフが大勢かけつけることになってしまった。「え?何?何があったの?」「お客さんとトラブル?」「ハルカちゃんのお知り合いの人?」「ストーカー?警察呼ぶ?」といつもお世話になってる他のアルバイト従業員たちがぶわぁ!と集まり……

 「な?!なんだよ!?大袈裟かなんだよ!
  ちょっと腕掴んだだけだろうがぁ!!」

 と男は慌ててそう捨て台詞をハルカに吐いて走って逃げて行った。

 ハルカの手首は信じられないぐらい震えていた。怖くて動悸が止まらない。男たちに地面に押さえつけられていた時の記憶がまるで走馬灯のようにハルカの脳内を駆け巡った。

 手首は何人の男たちが取り押さえていた?1人だけだっただろうか?みんなヘラヘラ笑いながらハルカを地面に押さえつけ、ビリビリと服をむしり取られたあの夏の日。

 全裸にされたハルカの手首を押さえつけ、ハルカの両足を複数人の男達が大きく左右にひらけさせ、開いた股の中心部であるハルカの陰部を男たちはニタニタしながら囲って眺めていた。
 
 やがて1人の男がハルカの開いた股の前で膝をつき、ズボンの中から……あの……おぞましい……歪な……男性器をハルカのあそこに……………

 「あっあっ!いや!いや!やめて!やめて下さい!」

 ハルカの恐怖の記憶は止まらなかった。口をガムテープで塞がれて助けを呼べなかったあの日の心の中の断末魔を今、ハルカは叫んでいた。

 「ちょっと!?だ、大丈夫?」「え?!どうしたん?」
「誰か店長呼んできてーー!」「救急車呼ぶぅーー?!」

など従業員がハルカを囲って心配するが、
ハルカの混乱は止まらなかった。

どうして?どうして?どうして?こんな酷いことするの?私が何をしたの?ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!!!

 その時

 「ハルカ!!!」

 ハルカのよく知っている声が、
その声だけがハルカの脳内に響いた。

 「ハルカ!!!俺だ!もう大丈夫だ!」

 「俺はおまえに触らないようにする!
  もうここは安全だから!戻ってこい!!」

 「ハルカ!!」

 段々と視界がクリアになっていった。いやもともと視界はクリアだったのだ。過去の恐怖に囚われて目の焦点がどこだか分かっていなかった。視界の焦点はハルカを心配そうに見てる。勇太の顔に合わさった。

 「ゆ、勇太………?」

 「とりあえず帰ろうか。
 1人で歩けるか?俺は体を支えない方がいいだろう?」

 「……う、うん。私、私……」

 「何も言うな。帰るぞ」

 と言って勇太は「すみません。もう大丈夫みたいです。
みなさんお騒がせしました。帰ります。俺ついていくし大丈夫です。みなさんもお仕事に戻って下さい。」と周囲にいた従業員たちに声をかけ、

 勇太はハルカと一緒にその場を後にした。
ハルカは何も言葉が出なかった。スーパーの同じアルバイトの人たちに迷惑をかけたのは自分なのに言葉が出なかった。
なんと言っていいのか分からなかったし、ハルカは自分で何を叫んでしまったのか、不安だった。

 何を叫んだのか。ハルカは自分では何を叫んだか自覚がない。レイプ被害を連想させる叫びをしてはいないだろうか………それに勇太は……勇太はなんで……ここに?……

 「スーパーに行こうとしてついこの間、聞いたばかりの叫び声が聞こえたから、見に行ったらハルカが叫んでたんだよ。お客に言い寄られたんだって?大丈夫だったか?」

 「……うん。ごめんね。ありがとう。
  ……この間のこともごめんね。私……」

「気にするなよ。っていうのは嘘かも。俺はぶっちゃけハルカに何があったのか気になるよ。でも聞かない。何も言わなくていいって言ったばっかだしな。ゆっくり帰ろう。それともどこかで休んでいくか?コーヒーでも飲みに行くか?」

 「だ、大丈夫、帰る」

 「俺、車で来てるんだわ。乗ってけよ」
 
 「……ごめん。ひとりで帰る。
  ありがとう。ここで大丈夫」

 「え?……そうか。本当に大丈夫か?」

 「うん。ありがとう」

 と言って今度こそハルカは
バス停に足速に向かうのだった。
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作者の早坂悠です。よろしくお願いします。すでにこの作品は完結まで書き終わってます。
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