魂を殺された女

早坂 悠

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キラキラの決意

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バッサリと切った髪でひなたの美容院を出ると、11月のうっすらと冷気を帯びた風がハルカの頭をフワリとなびかせた。

 まだそこまで寒くはない時期だったが、髪をこれだけ短く切ったことのなかったハルカにとって、首筋に髪の毛がないのがスースーして違和感があった。さっぱりしたけどちょっと落ち着かない。不思議な気分だった。

 ひなたのお母さんが気をきかせてくれて、ひなたは勤務中だったが「高校時代の友人とお昼でも食べてきなさい」とお店から送り出してくれて、ひなたとみずきとハルカの3人でランチをすることになった。

 彩乃も誘いたかったがおそらく仕事中だと思って声をかけなかった。ハルカに色々と気を使ってくれる彩乃がいないのがハルカには不安だったが、ひなたも彩乃ほどの気遣いはないものの、フンワリとした優しい女の子だ。

 みずきもズケズケものを言い過ぎてしまうところはあっても根は優しい女性だ。ちょっと不器用すぎて優しさが伝わらないところがあるだけだ。

 どこに食べに行くか悩んで3人は彩乃と一緒に行った駅前のイタリアンのランチに行くことにした。駅前ということもあって、ひなたもみずきもすでに何度か訪れているお店らしかった。彩乃と一緒に行ったこともあると言っていた。

 ハルカが都会に行っていたとしても、田舎での時間も当たり前に流れている。新しいお店が出来て、ハルカの知らないところでみんなが集まっている。

 駅前のパッとしない商店街、そこに出来た新しいお店、集まるのはいつもの同級生。いつもの会話、いつもの愚痴、そんな変わらない時間をハルカももっと大切にしていれば……

 ハルカはあんな目にあわないで済んだかもしれない。

 ダメだ!ダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!ふとした瞬間にハルカはどうしても自分を責めてしまう。あの時こうしていれば……もっとああしていれば…と。悪いのはハルカではない。もっともっと気をたしかに持たなくてはと思った。

 3人が3人とも違うパスタを頼み、それぞれしばしの気まずさを感じながら、おずおずとひなたがハルカに向かって、

「ハルカちゃん、短いのも似合うね。」とにこりと微笑んだ。「あ、ありがとう。」とお礼を言うハルカ。実はお礼を言っていいかどうかハルカ自身もよく分からない。

 髪型が似合っていいのだろうか?目立たないだろうか?また男の気を引くような女になってしまわないだろうか。ハルカにはそれが少し不安だった。

「お化粧もしようよ!ハルカめっちゃ化粧してたじゃん?今の黒髪ショートでバッチリお化粧したハルカが見たいなー見たいなー」とみずきは上機嫌だ。

 みずきはみずきなりにハルカを元気づけようとしてくれているのをハルカは感じて少し嬉しくなった。化粧は”アレ”以来、ほとんどしていない。眉毛を書き足すぐらいでそれ以外はすっぴん同然だった。お化粧……どうだろうか……少し前のようにしてみようかな……

「コスメ道具をほとんどもってないの。
みんなのを貸してくれるなら化粧してもいいよ」

ーーーーーーーー
 
 パスタを食べ終わると、みんなで再びひなたの美容院へ戻ってきた。美容院へ戻る前にひなたは母親にLINEしてハルカにお化粧させたいから洗面所と美容院の椅子貸して!と相談しておりお店(母親)の許可を取っていた。

 お昼過ぎの14時。お店に客はおらず、ハルカ、みずき、ひなた、ひなたの母親の4人しかいなかった。洗面所に案内されて顔を洗い、切ったばかりの髪を顔にかからないようにピンで止められハルカは鏡を背に向けてひなたとみずきに、
久しぶりの化粧をしてもらった。

「キャー!ハルカちゃん可愛い!」
「こっちのアイシャドウの方がいいんじゃない?宝塚っぽくて」「なんでみずきちゃんは宝塚にしようとしてんの!目がキラキラすぎるよ!」「チークは控えめでいいかな?」「ハイライト入れようぜ。宝塚っぽく」「みずきちゃん!やめて!あああっーー!」「ほら!カッコ可愛いだろ?ハルカはやっぱりこうでなくっちゃ!」

「ハルカちゃん鏡とご対面だね!」とくるっと回されて鏡と向き合った時、そこには黒髪のショートヘヤーに、ぱっちりお化粧を施された美しいハルカの姿があった。

 薄ピンクのアイシャドウの上にキラキラのラメがのり、ベージュのチークは控えめなのにエレガントさを感じる。眉毛も丁寧にブラシで書かれていて、しっかりとビューラーであげたまつ毛は、マスカラによって扇型にカールされてもともと大きかったハルカの瞳をさらに引き立てるような魅力を醸し出していた。唇には少し赤目の口紅が塗られて人の目を惹いた。

 ハルカは久しぶりの自分と会えた気がした。

 髪を整えたり、お化粧するのが怖かった。

 美しくキラキラすることが怖かった。

 また男たちに捕まって、酷い目に遭わされるんじゃないかと思うと自分を美しく着飾るなんてことがーーーー

    怖くて怖くて仕方なかった。

 本当はお化粧だけじゃない。それまで当たり前のようにしていたことが本当に怖くて怖くて何も出来なかった。

 鏡の前の昔のような美しい自分を見て、
 ハルカは少しだけ体が震え出す。

”私が私であるために自分を少しずつ取り戻そう”

 ハルカはそう決心した。美しい自分でいることは本当はとても怖い。それでも、その怖さのせいで今のハルカを大切にしないのは違うのではないか。
 
 髪を切った時は昔の自分には戻れないかもしれないけど、前向きになれた気がした。化粧をした今は”昔に戻れない”とはなるべく思わないようにしたかった。

 お化粧も自分磨きも少しずつやろう。昔の私に会いに行こう。男たちがハルカから奪ってしまったものなど何もない!と思えるぐらいハルカは自分の心の中のキラキラを取り戻そうと思った。
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