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宝さがし12
しおりを挟む篠田を見送った後、この日もこれから道場へ行くと言う安宅姫。
篠田の不在中、大庭十郎は引き続き姫の護衛を担うと申し出た。その大庭を控えの間で待たせて、姫は久馬、浅右衛門、思惟竹の三人を今一度自室へ導いた。
「此度の件でご尽力くださった御三方をこのままお返しできません。思惟竹殿には御礼の品を用意しています」
船出頭向井家姫君の選んだ品は凄かった。
金の蒔絵の硯箱だ。絵柄は流水文に泳ぐ鯉。登竜門で龍になれ、一日も早い戯作者としての成功を祈る姫の思いが伝わって来る。
「ははぁー、ありがたく頂戴いたします」
感涙にむせぶ朽木思惟竹から安宅姫は視線を移した。
「山田様、黒沼様、お二人には何がよろしいか私にはわかりません。お望みの物はございませんか?」
こういう率直ところがいかにも向井の姫ならではだ。
「いや、私どもにはそのようなお心遣いは無用です。こうしてお付き合いいただいただけでもう充分です」
恐縮する定廻り同心を首打ち人が押し留める。
「それでは、お言葉に甘えて、一つだけ所望したき物があります」
日頃から物欲の無い友のこの言葉に驚く黒沼久馬。
「え? 浅さん――」
「姫のご愛用の御腰の物、ぜひ拝見したく思います」
「あ、あれね?」
海賊の姫はカラカラと爽やかに笑った。
「やはり、山田様はお気づきでしたか。私の差料――あれは父が向井家の姫なればと授けてくれました。道場通いの際は身に着けています」
悪戯っぽく瞬きして、
「流石に道場へ行く時以外は、女子の部屋においては殺風景だと言うので刀部屋に置いてあります――」
一旦席を外し、装束も若衆姿に整えて戻って来た安宅は、左手で引き抜いた差料を右手に持ち替え浅右衛門に渡した。
公儀御様御用人は恭しくいただいて、作法通り、
「――拝見仕ります」
向井家秘蔵、曰く、向井青江。伝説多い刀である。
襲撃者を、潜んでいた積み石もろともに五寸も斬り殺した……船中にあって船縁に打った釘をあっさり三寸切断した……向井家が借金のかたに手放した際には、それを聞き及んだ家康公自らが二百俵で買い戻してくれたとも伝わる。その理由こそ、天正十一年(1583)北条城攻めの折り、向井兵庫守正綱が北条側の鈴木禅太郎を上顎から下顎まで一気にバッサリ斬り落とすのを家康自身が目の当たりにしたせいである。
柔らかい反り。表に揺蕩う静謐な細波。と思えば、暗黒の斑紋が、覗く者を深淵の底へ誘うが如く沸沸と湧いて来る……
「まさに水軍に似合う一刀なり」
渺渺と海風が吹き過ぎて行った。
「さても、浅さんは秘蔵の名刀を拝むことが出来たし、俺と松兵衛親分は人攫い団を捕縛してお奉行様、与力様からお褒めの言葉と褒賞を頂戴した。これで姫の願い通り篠田さんが戻ってくればまさに大団円だな」
昨夜来、雨となる。その雨も上がった夕間暮れ、珍しく何処へも出かけず同心組屋敷の縁に座っている久馬と浅右衛門である。
庭の草叢の彼方此方から一斉に鳴きだした青蛙の声が、また一つ季節が進んだことを告げている。
ボソリと久馬言った。
「……篠田さんは戻って来るかな?」
「何だ、そんなことを心配してるのか? 大丈夫、帰って来るさ」
「嫌に自信有りげな口ぶりだな。しかし俺は正直心配してるんだよ。だって、篠田さんは忠義の塊のような若者だ。宝を巡る自分の父母と向井の殿の因縁を知った以上、再び向井家へ戻るのを良しとしないのでは?」
「思い出してみろ、久さん、姫を救出に廃寺に向かう際、しきりに篠田さんは大庭さんがアヤシイと言ってたろう?」
「あの時は浅さんだって頷いてじゃないか。結局杞憂だったが」
「フフ、俺がわかったと言ったのは篠田さんの想いが、だよ。胸のザワつくような、ずっと落ち着かない気分……」
浅右衛門はニヤリとした。
「ありゃ、焼き餅ってやつ。つまり姫も篠田さんもハナから相思相愛の両想いだったわけさ。それを姫の告白で確認した以上、何を置いても篠田さんはすっ飛んで姫の元へ帰って来るさ。斬っても斬れないのは真実の愛だけ。古今東西、恋に太刀打ちできるモノはないからな」
「そ、そうなのか?」
首打ち人のこの男が言うと凄味がある。
「それにさ、俺は思っているんだ。古い宝を返却して新しい宝を獲得した今回の宝さがしはまさに海賊姫の絶妙の戦略だったとね」
「なるほどね。チェ、浅さんにかかったら何でもお見通しなんだな」
それに比べてまだまだ人間というもの――その見た目も内面も――読み取る力の無い自分の未熟さにため息をつく久馬だった。だが、学んだこともある。
「どうだ! 〝我が物と思えば楽ちん天の椀〟」
軒から腕を突き出して得意げに笑う定廻り。手中の、酒を満たした瀬戸黒の椀には夜空が映っている。
「見ろよ、浅さん、そっくりじゃないか! これぞ〝耀く天を目を変えて見た〟茶碗なり。星空の下、中身を注いだ時だけ出現する天目茶碗だ。このお宝なら隠す苦労はなし、盗まれる心配もない」
グッと飲み干して、
「クー、沁みるぜ! やっぱ秘密の我が耀変天目で飲む酒は天下一品だぜ」
「いかにも久さんらしい。天目は〈天〉を見る〈目〉ではなくて、茶葉の産地〈天目山〉の地名だが、細かいことはまぁいいか。どれ、俺も――」
浅右衛門も続けて一気に椀を干した。
「甘露、甘露」
「な? 天を飲み下した気分だろ。さあ、もう一献――それにしても、今回はとりかえばやから始まり、謎解きに大立ち回り、〆は人情物ときちゃあ、キノコにとってはネタの宝庫だ。さぞや今頃は姫に賜った黄金の筆で書きまくっているだろうな」
同日、同時刻。
薬研堀は薬種屋の二階から漏れ聞こえるのは、蛙に負けない鳴き声――絶叫だった。
「だめだー、書けない! 今回は直にこの目で見て、この耳で聞いて、一部始終立ち会ったってのに、何故だ? 題しか思いつかねぇ」
真っ白な半紙には墨書一行。
海賊姫七色謎解宝捜
宝さがし ―― 了 ――
☆最後までお付き合いいただきありがとうございました!
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