凍蝶の手紙*画材屋探偵開業中!

sanpo

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〈28〉

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「僕に手紙を送り続けたのは何故ですか?」
「あなたに謎めかして手紙を書いたのはこの事件に興味を持ってもらい、その上で真実を記録してもらいたいと思ったからです。母と盗品との関わり、その経緯、そして何よりも、母の想い――人生を正しく記してもらいたかった」
 顎を上げ、僕たちを順番に見つめながら冬麗さんは言った。
「画材屋探偵・桑木新さん、その相棒・城下来海さん、あなた方ならそれが出来る、あなた方こそ最適だと思ったのよ。お気づきと思うけど、私、桑木画材店のHPの読者です。織物だけでなく広く美を学んだ方がいいという母の勧めで美大に入学して……在学中、画材関係を検索中偶然見つけて以来、ファンでした。だから、まだ手紙の投函途中なのにあなた方がいきなり塩沢に現れた時は凄く吃驚したのよ。もう、正体がばれたのかと思って……」
 思い出したように付け足す。
「あ、投函は全て自分で行いました。新幹線なら東京は近いです」
 その点は僕たちも身を持って体感している。東京ー越後湯沢は最短で1時間9分それ以外も1時間30分以内だ。
「もう一つ、聞いていいですか?」
 これを言ったのは来海サンだった。いつものわが相棒――キリリと張りつめた眉、濁りの無い眼差し、凛とした声を響かせて一歩前へ出る。
「和路氏の身体からだの上に小袖を掛けたのは何故ですか? 何か特別な理由があったんですか?」
「その理由は――正直よくわからないの」
 困ったように微笑んで冬麗さんは空を仰いだ。
「あれは咄嗟の行為でした。そう、着物は布だからハンカチを置くように、あの男に『あなたの番が廻って来た、母が追いついた』と現場で思ったのは事実よ。でも、それだけじゃなく……寄り添わせてやりたかったのかも」
「寄り添わせる?」
 僕たちに、と言うより自分自身に語りかけるように言葉を噛みしめながら冬麗さんは言った。
「初めての短い会話でも充分わかった。和路氏はどこまでも自己中心で冷血な盗人、マニアックなアートコレクターだった。だけど、南ドイツの教会で結婚の誓いをした母は喜びに輝いていた。その日・・・に巻き戻してやりたかったかな。目の前に〈橋弁慶〉もかかっていたしね」
「あの絵を見たんですね?」
「もちろんよ。和路氏に案内されて初めて書斎に入った瞬間、目に飛び込んできたわ」
 クスクス……
 唇から笑い声が零れる。
「母は父について、私に何も話してくれなかった。祖父母も教えてくれなかった。一時期婚約していたとはいえ正式に籍は入れていないから戸籍からも婚姻の痕跡は辿れない。私、父の正確な氏名と住所は母の死後知ったのよ。その部分はあなたへの手紙には入れなかったけど、遺書の最後の一枚に記されてたの。でも、そんな母が結婚式の話はよくしてくれたのよ。間に合わせの婚礼衣装としてワンピースの上に祖母の織った純白の越後上布の小袖をベール代わりに被った花嫁。それを見て花婿は『橋弁慶みたいだな!』と笑ったって。意味がわからなかった母は式の後、懸命にその絵について調べたそうよ」
 そっと言い添える。
「私も、中学の時、調べて探し当てた。以来、あの橋弁慶の絵を見て散々ロマンチックな想像を膨らませたわ」
 冬麗さんは静かに息を吐いた。
「母にも」
 言葉を切って、首を振る。
「ううん、父も・・よ。――二人とも、幸福な瞬間があったと私は信じているわ」
 冬麗さんはピンと背を伸ばした。
「では、今こそお見せします。母が死ぬまで後悔し、返却したいと望んだもの。私が、母に代わって取り戻したものは、これです」
 もう片方のポケットから、冬麗さんはそれを取り出した。
「あ」
「それは――」
 そうだ! 奉納画――冬麗さんの母の大切な物、大好きなものを並べた板絵に描かれていたではないか。
 花やお菓子、猫、留学中の諸々、若き日の宝物と一緒に、鉄線クレマチスの花の間に置かれた三角形の水晶……
 有島刑事は言っていなかったか?

 ―― 和箪笥、正確には刀箪笥、錠前金具は四角で細い線彫りの鉄線花紋……

 鉄線花の中に・・・・・・ある水晶・・・・……
 では、やはり、冬麗さんは和路氏が絶命した室内にいたのだ。
 それにしても――
「これは一体……?」
「これは、ネアンデルタール人が作った石器です」
 冬麗さんは説明してくれた。
「え?」
 武具としては全く実用性に欠けていたそれ。
 モロ過ぎて、柔らかすぎて、はかなすぎて、無意味で無価値な水晶の武器。
 だが、道具としては無意味でも、煌めく原石を見て、魅了され、カタチにしようと挑んだ、人類最初の芸術品こそ、これだ。
 人類が初めて美を認識した瞬間が、今、僕たちの眼の前に、凝結っている――
「美しい……」
「なんて綺麗……」
 しばらく、身じろぎもせず、息をするのも忘れて僕たちは見入っていた。
「では、そういうことで――私は行きます」
 石をポケットへ戻すと、村上冬麗さんはサッと身を翻した。
 真っ白な大地と真っ青な空。乱反射する光が踊るその中を力強い足取りで、まっすぐに去って行った。



 以上がこの物語の一部始終です。
 僕の拙い文章に最後までお付き合いくださった皆様にお礼申し上げます。
 これで、冬麗さんとの約束を果たせたぞ! 
 結果的に、真実が知りたいと言った竪川氏にも満足してもらえるのでは、と思う。

 和路氏邸で家政婦の岸紀子さんと会った時、僕が感じた〝しこり〟について補足すると――あの場で彼女ははっきりと言っていたのだ。
 日本で新生活をおくるために正式に帰国した和路氏は、岸さんに家政婦として働き続けてほしいと申し出た際、言っている。

 ――私たち・・・だけでは不慣れだから……

 帰国した和路氏は一人・・ではなかった。婚約者――花嫁となる村上夏月さんを伴っていた。
 その存在を岸さんはまた別の言い方で裏書きしている。

 ――妻や婚約者・・・・・でもない私が書斎に入るなんて有り得ません。

 『他に人がいる?』
 僕があの家で感じた誰かの気配……吹きすぎた白い風……
 あれもあながち間違っていなかったのかもしれない。

 なお、冬麗さんの希望により、冬麗さんとお母さん、夏月さんのみ本名、それ以外は仮名を使用しています。
 また、冬麗さんのお母さん村上夏月さんが織った布は現在、織の記念館にて展示されています。地元有志の方々が、冬麗さんが戻るその日まで責任持って管理・保管していくとのこと。

 ネアンデルタール人が作った素晴らしい水晶の石器類は、チェコ・ブルノ・モラヴィア博物館、フランス国立考古学博物館で見ることができます。

   画材屋探偵 桑木新 
   相棒    城下来海 

 〈 僕たちは、引き続き あなたの謎をお待ちしています! 〉 

    

         *

 似合わない? やっぱり変かしら?
 いや、そんなことはない、よく似合ってるよ。凄く、素敵な花嫁さんだ。
 嘘、笑ってる! 
 まぁ、しいて言えば、牛若丸に見えるかな。
 えー、なにそれ?
 あははは、知らないか、橋弁慶さ。おっと、行こう、神父様がお見えだ。

  カランカランカラン
  祝福の鐘が鳴る。

  健やかなる時も、病める時も……

  誓いますか?

  誓います。
  誓います!

   

   凍蝶の手紙:画材屋探偵開業中!  ―― 了  ――
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