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しおりを挟む「竪川氏とは面識がおありだったんですね?」
竪川氏の名が出たので僕は訊いてみた。
「ええ、私の知る限り、この家を訪問なさるのはあの方くらいですから。海外で知り合ったお友達だそうですね?」
項に零れた毛をまとめながら、
「お見えになるのは月に数度の時もあれば半年、一年もお見えにならないことも。不定期でした。和路さんが前もって『何日に来る』と教えてくれて、その日、お茶をお出しするだけ。その時でさえ私は書斎の前までで中から和路さんが茶器を受け取りました。私が知っているのはこのくらいかしら」
「合鍵をお持ちなんですね?」
ふっと顔を上げる岸紀子さん。
「ぶしつけなことをお尋ねし手申し訳ない。あなたが家事全般を請け負っていたと聞いて――」
そして何より、さっきも岸さんが鍵を開けてくれた。
「鍵については刑事さんにも訊かれました。ええ、持っています。和路さんは慎重で几帳面な人だから、本人が在宅中も必ず鍵をかけます。でも、呼び鈴を押されてその都度玄関まで出るのが億劫だからと私は鍵を持たされていました。尤も、主屋の鍵を預かるのはお母様の代からそうでした」
眉間に皺を寄せる。
「それが、あの朝は開いていたのよ」
施錠していない。そのことにも強く違和感を覚えた、と岸紀子さんは言う
「前日、竪川さんがお帰りになってから、和路さんは私に『明日、実家の墓参りでもして来たら』と言いました。実は私にいてほしくない時、必ずそう言うんです。慣れてるので私は素直にそうしました。実際、両親の墓参りをして、地元の友人と会い、その人のお家に一泊して――私の実家は父の死後すぐに売却されているのでもうないんです――朝9時頃に帰って来たの。すると」
息をひそめて岸さんは言った。
「玄関の戸が少し開いていました。それで私、真っ先に書斎へ走ったわ。ドアが開いていて和路さんが倒れているのが見えました。体に白い着物がかけてあった。私はすぐに警察に電話しました。一歩も中には入っていません」
僕は確認した。
「廊下から室内を見たんですね?」
「はい、そうです」
「その時、倒れている和路氏以外に何か見えましたか? 特に目を引いたり、気づいたものとか、なかったですか?」
首を傾げて、情景を思い浮かべながら岸さんはゆっくりと話し出す。
「……電灯は点けっぱなし、カーテンは、厚いゴブラン織りはタッセルにまとめたままでレースの方だけ窓に下がっていました。もう陽が昇っていたのでそのレース越しの陽射しで室内は明るかった……」
「電灯が点いていて、窓もレースのカーテン以外閉じていなかったということですね? 今の書斎の窓もそうでした。電灯は消してありましたが」
「そうですか? では警察の方が現場検証の後でそうなさったんでしょう。私は和路さんとの約束通り、未だにあそこには入っていませんから」
きっぱりと断ってから、更に説明を続ける。
「私の立つドアからだと、倒れている和路さん、そのちょうど真上の位置に掛軸が見えました。掛軸の絵と和路さんの姿が重なって、似ているな、と思いました」
波豆君の言ったことと同じだ。波豆君も同じことを言っていた。
「その絵について何かご存知ですか? 絵のタイトルとか、いつからそこに飾ってあるのかなど、なんでも結構です」
岸さんは首を振った。それまでのふんわりした印象と違って強い口調で言い切った。
「誓って申しますが、私は今まで、一度もあの部屋に入ったことはありません。あの日はドアが開いていたので初めて中を見たんです。ですから、当然、掛軸もあの日初めて見ました。タイトルは存じません。いつから掛けてあるかなど、知りようもありません。だいたい――婚約者や妻ではない私が勝手にあそこへ入るなんて有り得ませんよ」
この後すぐに僕は和路氏邸を辞去した。
何だろう? しこりのようなもの――灰のように積もるザラつく感触が胸に残った。
家政婦・岸紀子さんと交わした会話の中に僕を落ち着かなくさせる何か――違和感というか、引っかかる部分――があったのだ。
けれど、それが何で、岸さんの言葉の何処にあったかは、判然としない。
和路氏が亡くなった現場を直に見て僕自身、神経過敏になったせいだろうか?
モヤモヤを抱えたまま僕は新横浜から再び新幹線に乗って帰郷した。
とはいえ、この日一日で僕は二人の重要人物と会い、貴重な話を聞くことができたわけだ。
そして、そんな僕を更に重要な物が待っていた。
第4の手紙――
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