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 灰色の髪が揺れる。竪川氏は足を組み変えた。
「和路氏の経歴は知ってるよね? 彼は一時期――80年代後半、パリ・オルセー美術館開催準備室に在籍していた。90年代末に日本に帰国したがその後も頻繁に欧州と行き来していて、欧州中の美術館や博物館に出没していた……」
 突然話題が変わった。
「桑木君、和路氏が最近、目を掛けていた少年がいたろ? 和路氏変死の当夜、目撃された細長い包みを抱えた少年とその子は同一人物だな?」
「え? あ」
 どう答えていいものか、言葉に詰まる僕に竪川氏はズバリと言った。
「電話で君が気にしていた、どうやって僕が君の店を探り当てたか、の答えは彼ルートだ」
 僕が何か言う前にサッと左右に首を振る。
「その子の名は知らない。和路氏は他人を決して信じない秘密主義の人間だからね。唯、和路氏と最後にあった日――そう、僕が小豆長光を届けた夜、壁に飾った〈橋弁慶〉を自慢して『達者な腕だろう? 広島の子だ』と言った。事情聴取の際『件の少年は先に知り合いと一緒に出頭して嫌疑が晴れている』と刑事から聞いたので、ふいに思いついてその夜、広島の画材屋をチェックしたところ、君の店が面白そうなので、カマをかけて見たのさ。場所柄も駅前だし、広島で絵を描く少年が頼りにしそうな店だとね」
「お見事です。彼に付き添って一緒に神奈川県警へ出向いたのは僕です」
「推理は的中か。フフ、僕も探偵業をやればよかったな! 運び屋じゃなく」
 短く笑った後ですぐ真顔に戻った。
「冗談はさて置き、和路氏はその少年に名画を模写させて小銭を稼ごうとした、などと考えたら大間違いだぞ。彼の地所と邸を見たらわかるだろうが、和路氏は鎌倉の資産家の令息で金なんかに興味はない。だから金儲けが目的じゃない。最終的には自分が欲した傑作の贋作を描かせて摺り代えるつもりだったんだろうよ。その子は早いうちに和路氏と縁が切れて幸いだったな!」
 身を乗り出し、僕の耳元で囁く。
「憶えておけよ、よく似た偽物と・・・・・・・摺り代える・・・・・。これぞ和路氏の得意技だ」
「――」
「そうそう、同じく事情聴取の際、刑事から和路氏が少年との連絡用に使用したユーザー名〈グリマルキン〉に関して、『何か思い当たることはないか』と訊かれたんだ。むろん、『知らない』とすっとぼけたが笑いをこらえるのに苦労したよ」
「何故ですか?」
「出会った頃、あいつが僕に名乗った名は〈プス〉だった」
「?」
「知らないのか、名探偵? どちらも欧州では〈長靴を履いた猫〉の名前として伝わっている。あいつは利用しがいのある若者に自分は幸運をもたらす使者だとうそぶいて面白がってるのさ。そういうところ、ちっとも変わらない」
 伝票を掴むと竪川氏は立ち上がった。
「では、僕は行くよ。君が、和路氏に手を下した人物に辿り着けるのを心から楽しみにしている。そいつのおかげで、僕がやらずに済んだんだからな。あいつ、いつか、ブッ殺したいとマジで思っていた」
 天井を仰ぐ、細い顎のラインが少年に見えた。欧州の地に降り立ったその遠い日の。
「あいつはモノしか愛せない。美術品、芸術品にしか心を奪われない憐れむべき人間なのさ。人の心情など歯牙にもかけない、この世で、至宝だけを欲しがる収集家コレクター。お、いいな! 〈偏執的芸術収集家アートコレクター殺人事件〉……今回の君の物語のタイトルはこれで決まりだ」
「待ってください、一つだけ、確認させてください」
 歩き出した竪川氏を僕は引き留めた。
「あなたが僕の店のHPを見たのは事情聴収の後ということですが、正確な日時を教えてください」
 竪川氏は振り返った。
「2月7日だが?」
「本当ですか? 」
 肩をすくめる。
「本当だよ。そんなこと、嘘をついても意味がないだろう?」
 ということは――
 謎の手紙の主は彼、竪川悠氏ではない・・・・・・・。手紙は2月3日から届き始めたのだから。勿論、竪川氏の言葉を信じればだが。
「じゃ、今度こそモブは退場させてもらうよ」
 店へ戻ろう。竪川氏の後姿を見送りながら僕は思った。グズグズしてる暇はない。一刻も早く帰還して、今一度、手元にある全ての手紙と、有島刑事にもらった和路氏の経歴を精査しなくては! 絶対、その中に謎を解明するための重大な痕跡が潜んでいるはずだ。

 ところが、意に反して、僕は途中下車してしまう――

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