凍蝶の手紙*画材屋探偵開業中!

sanpo

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「あの像は、正式には鶏足けいそく日吉大宮像と言って行基開基と伝わる天台系山岳仏教の聖地・己高山の寺院にあったものだ。寺自体は1933年焼失……その後は山下の所蔵庫に手厚く安置されていた。現在は偽物と摺り代えられている可能性が高い。さて、次に猿の横のゴロッとした四角い塊だが、あれはメンズリングというんだ」
 コーヒーを一口飲んでからゆっくりとカップをソーサーへ置く。
「ルネサンス期の都市国家ヴェネツィア共和国の最高権力者・元首ドージェが身に着けていた。ベゼルを開くと、封蝋または暗殺用の毒が入れてある。手に取ってみてみろ、元首の紋章と縁どる草の沈み彫りインタリオが震えるくらい美しいぞ。伝説的なアンティークコレクター、イヴ・ガストゥから掠め取ったヤツ」
 淡々と続ける。
「額に入れたコラージュ風断片がまた物凄い。あれは出エジプト記の場面を描いた紀元前450年~250年前の麻布なんだよ。同じ断片をメトロポリタン美術館が購入している。なに、出処が一緒なのさ。元ルーブル美術館館長が横流ししたんだ。きっと和路氏の若い頃の仕事仲間――友人繋がりだろうな」
 おずおずと僕は尋ねた。
「その線で行くと、ソファ前のテーブルに置かれたガラスのキャンディボックスも物凄いお宝なんでしょうね?」
「キャンディボックスだと?」
 竪川氏は鼻を鳴らした。
「あれはオールドバカラだが、中身の方が価値がある」
「白に青い筋の入ったミントや赤いザクロ、緑の抹茶ののど飴や穴の開いたトローチが、ですか?」
「刑事が言ったのか? のど飴とは傑作だな! あれはガラス小玉……トンボ玉だよ」
 トンボ玉とは丸い硝子の宝飾品のことだ。しまった、迂闊だった。
「なるほど。形状が似ていたのでうっかりしていました。ということは、あれは江戸時代の作ですね?」
「ハズレ。縄文から弥生時代の作だ」
「!」
 しばらく言葉が出てこなかった。
「まさか、その頃、あんなに美しいトンボ玉が作られていたなんて――」
「古墳から多数出土してるんだよ。甲府盆地や滋賀県野州川流域、九州地方……福岡の博物館に行ってみるとわかる。ズラッと並んでいるから。すばらしいよな? 瑪瑙や翠玉、翡翠の丸玉だけじゃなく白地に青い縞模様は硝子だ。まさにトンボの複眼そっくりの玉もある」
 竪川氏は静かに言った。
「古代ガラス製造は弥生時代から古墳時代に発展し平安から衰退して途絶える。日本で再びガラス製造が始まるのは16世紀以降、中国や南蛮貿易で長崎に入ってからだ」
「知りませんでした」
 ニッコリ笑った。
「こんな風に和路氏は自分が魅了され、欲しいと思ったモノは何としても手に入れたがる性分だった。宝箱に収めてあるのはそういう風に骨を折って、あるいは良からぬやり方で入手したものばかり――それも、和路氏にとって最も大切な超級スーパー宝物だと僕は推理するよ。繰り返すが、僕も宝箱の中は見たことはない。だから、どんな物が入っていて、何が持ち出されたのか全くわからない。小豆長光に関しては事情聴取の際、心配顔で訊いてみたのさ」

 ――以前、和路氏が宝箱から刀を出して見せてくれたのですが、それはありましたか?

「刑事の答えは『刀なら一振り、ある』だった。それで確認できた。新聞では、目撃された少年が細長い包みを抱えていたと記されていたから、ひょっとして小豆では、と案じていたんだよ。宝箱内のそれ以外の物については、僕が『中を見たことがない』と言ったので、刑事もそれ以上中身については言及しなかった」
 コーヒーを飲みほし、まっすぐに僕を見つめる。
「以上、今君に話したことは警察には一言も語っていない。僕自身もあからさまに突かれるとホコリの出るヤバイ身なので、僕はシンプルに〈友人〉という立場を貫いた。それに、実際、和路氏を殺したのは僕じゃないからね。これは真実だ」
 断言する。これを言った時の竪川氏は心底悔しそうだった。
「君にここまで明かしたのは、僕が協力して与えたこの特上の情報を基に、君が和路氏変死の謎を解明した暁には、警察の公式発表以上の詳細をぜひ教えてもらいたいからだ」
 暫しの間。
「まぁ、それにさ、アレ、〈王様の穴〉だな」
「?」
「王様の耳はロバの耳……時々自分の知っていることを洗いざらいブチまけたくなる夜があってダナ」
 突然、声の調子が変わる。
「桑木君、僕は君を知ってるよ。君、数年前にN展で賞を受賞したろ?」
 自分の体が強張るのがわかった。
「あれ、いけないことを訊いたのかな? そんなに驚くなよ」 
 いけないこと、その通りだ。その件は僕の黒歴史だ。HPに挙げている来海サンとの謎解き譚にも、それにまつわる話は公表していない。ずっと長いこと来海サンにも明かせなかった――
「いやね、僕は元々、知っていたんだ。今回、画材店の名を見て――それで記憶が蘇ったのさ」
 竪川氏は全く悪びれる様子もなく続ける。
「あれは凄く好い絵だったな! 今はどう? どんなものを描いているんだい?」
「今は」
 自分の両手を見下ろしながら僕は言った。
「何も描いていません。筆を折った、というわけじゃないけど」
「結構。画家は描けない時期もあっていい」
 竪川氏は目を閉じた。
「実は、僕もあそこで賞を取った仲間なんだよ。2010年だった。受賞の際、外科医の父も産婦人科医の母も、麻酔医の兄も――家族全員喜んでくれたっけ。それで、もっと腕を磨こうと欧州へ留学させてもらったんだ」
 深く息を吸う。
「その地で和路氏と出会った。忘れもしない、2011年、フランス国立考古学博物館だった」

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