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〈14〉
しおりを挟む「……ダメだ」
翌日、希望は断絶した。追跡の糸は途切れた――
有島刑事が速達で送ってくれた和路氏の経歴に南ドイツ・バンブルグ・聖ミヒャエル教会に関するものはなかった。その他、欧州教会関係は皆無。和路氏の人生で関わりがあるのは美術関係のみ。
しかも、想像以上に和路氏の経歴はアッサリしていた。
公式に学芸員らしき仕事をしていた期間は、わずか3年間に過ぎない。
【和路功己氏経歴】
1960年 11月1日 神奈川県鎌倉市に和路篤史・真由美の長男として誕生
*
*
1977年 東京芸術大学入学
1985年 同大学大学院美術研究科修士課程修了(専攻は欧州美術史)
文部省在外研究員として渡仏
パリ・オルセー美術館開館準備室在籍
1988年 フリーとなる。引き続きフランスに滞在
(この間、パリを拠点に日本のTVのリポーター、
新聞・雑誌等に美術館や美術関係の紹介・評論記事を書く)
1999年 帰国 (帰国後も年に数回欧州へ渡航)
「こりゃ、僕たちも有島刑事同様、行き詰まったな」
学校帰りの相棒も落胆の息を吐いた。
「残念だわ」
「でも、君の推理の冴えは抜群だった!」
教会の天井画の〈薬草〉から、薬師像の〈薬壺〉へ至り……特異な造形の薬師像が握っている〈衣〉から〈布〉=〈ハンカチ落とし〉の文言に繋がっていること……更に、その〈ハンカチ落とし〉と和路氏の死亡状況の奇妙な一致……何より、国内にとどまらず世界へと拡大する視野の必要性を指摘してくれた。
「謎が謎を呼ぶってこのことね。それとも――ヤダ、私、単にこんがらがらせちゃっただけ?」
「そんなことはないよ。こうなったら、次の手紙――4通目を待とうじゃないか」
ミステリ小説では必ず沈滞期が到来する。そういう時は腰を据えてじっくり構えるのが一番だ。
「よぉし、素晴らしい推理を披露してくれたお礼を兼ねて美味しいレストランで夕飯と行こう。御馳走するよ、何がいい? イタリアン? フレンチ? 焼肉?」
「やったー! 私、小町じぞう通りのイタリアンへ行きたい! ワタリガニのトマトソースパスタ、タリナリーニ……あ、マルゲリータピザでもいいわよ」
「見くびるな、丸ごとコースでもどんと来いだ!」
ルルルルルル……
と、この時、店内に電話のベルが鳴り響いた。
創業者の祖父が取り付けて以来の店用電話を僕は引き継いでいる。
スマホやPC時代に、ちょっと古風で味があるだろう?
わが桑木画材店の歴史そのもののカタチ、漆黒の固定電話の受話器を僕は取った。
「お電話ありがとうございます。桑木画材店です」
「広島は光町の画材屋さんですね? そちら、HPで面白い1行を掲げているお店でしょう?」
中性的なその声は言った。
「僕の名は竪川悠です。ご存知ですよね?」
いや、全くご存知じゃない。
「申し訳ありません。ちょっと思い当たらないのですが、どちらさまでしょう?」
「あれ、変だな、ってことは、担当刑事は僕の名を君に明かしてないのか? てっきり僕は、君たちは情報を共有していると思っていたんだが。僕、竪川悠は和路氏変死の件で神奈川県警に事情聴収された者だよ」
「――」
心の中で警報が鳴り渡る。冷静になれ、と僕は自分に命じた。
「竪川さんと仰いましたね? お尋ねします。どこから僕の店の名をお知りになったんですか? 確かに僕は事件担当の刑事とは旧知の仲です。ですが、あなたが彼に事情を訊かれたにせよ、僕の方は担当刑事からあなたの名を聞いてはいません。同様に担当刑事が安易に僕や僕の店の名をあなたに教えるとは思えないのですが?」
有島刑事は信頼できる有能な警察官だ。この種のこと――個人情報の取り扱いに関しては細心の注意を払っているはず。
「おっと、これは――」
電話の向こうで咳払いが聞こえる。声がくぐもった。
「僕が迂闊だった。正直に話そう。確かに刑事から店名を聞いたわけではない。僕自身で探し当てた。その経緯は省くが、だが、とにかく、僕は本物だ。実物の竪川悠だよ。なんなら僕の名を、事情聴取の際担当した刑事、有島六郎氏に確認してもらってもいい。僕は今日、どうしても、君と連絡が取りたくて電話したんだ」
「――」
「どうかな、こんなところで納得しくれないかな?」
「……わかりました」
神奈川県警の有島刑事の名を知っている、ということで僕は取り敢えず了解した。
「では、何故、僕と連絡が取りたいのでしょうか? その目的は何なんです?」
「君は和路氏変死の真相が知りたいんだろう?」
声に凄味が増す。
「僕も同じだ。もし、あいつが殺されたのなら、それをやった人間を知りたいと思っている。それで、お互い協力できると考えたのさ。和路氏について、僕だけが君に提供できる情報がある」
なんという誘い文句! それこそ今の僕が喉から手が出るほど欲しているモノだ。電話の主は畳みかけた。
「直接会って話がしたい。早いに越したことがないと思うので、いきなりで悪いが明日、足利駅で会えないだろうか?」
「栃木県の?」
僕としては渡りに船、願ったり叶ったりだ。この際、〝遠さ〟は苦にならない。謎の行方は行き詰まっているし、新しい情報は大歓迎だ。
「時間は……朝、9時30分ということで、どうかな?」
「了解しました」
電話は切れた。
「大丈夫なの? あまりに唐突すぎない?」
僕の傍らで、やり取りを一部始終聞いていた来海サンが不安げに問う。
「しかも、駅指定で、明日の朝なんて、一方的で強引すぎるわ。危険はないの?」
「確かにね。でも、会って損はない気がする」
眉間に皺を寄せて来海サンはゆっくりと言った。
「ねぇ、新さん、ひょっとして今の人が……」
「うん、僕もそれを考えてた」
この人こそ、僕に3通の手紙を書いた送り主かもしれない。僕の店の名を知っていてHPに掲げた〈画材屋探偵〉というふざけた1行を知っている人物……
その人が向こうから接触して来たとしたら?
これはもう、会いに行かないという選択肢は僕には無かった。
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