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〈13〉
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来海サンは言った。
「〈薬草〉なら、最初の手紙の薬師像と明確な共通点があるわ。薬師像が必ず持っているのは薬壺だもの。そして、古来、薬と言えば草花由来――薬草だった」
「それだ!」
その通りだ! 改めてチェックすると三体の薬師像はどれも薬壺を強調する特殊な作風ばかりだ。
1枚めは衆目を集める金色の薬壺……2枚めは両手で持っている……3枚めは片手で薬壺、もう片方が衣を掴んでいる国内唯一の珍しい姿……
「それよ、その3枚め。明らかに〈ハンカチ落とし〉とも繋がっているわよ。だって衣は布に通じるし、和路氏に背後から掛けられていたのは衣――ほら、越後上布にドンピシャ、行き着くわ」
聡明な相棒はキュッと唇を噛んだ。
「和路氏の死様については新聞の記事には詳細な記述はなかった。私たちは波豆心平君の出現で早い段階からそのことを認識してたけど、手紙の主は波豆君の存在は知らないから、〈ハンカチ落とし〉というあの 一語《いちご》で死者の状況――被害現場の様子を新さんに教えようとしたんじゃないかな?」
「なるほど」
「それに私、もうひとつ、引っかかることがあるの」
キラリ、瞳が燃え立つ。世界で一番得難い、新宝石ラズベイル……!
「新さん、言ったわよね? 最初に〈ハンカチ落とし〉という文言を見て『この遊びは世界中に存在する。有史以前から人類に伝播している最も古い遊びだ』って」
「うん、確かにそう言った」
「その〝世界〟よ。今回、三通目はドイツの教会の天井画だった。日本の薬師像から欧州……謎は世界中に散らばっている? 世界がキーワードなのかも。謎を解くためには日本国内に限定せず世界に目を向けるべきなのでは?」
名推理である!
「凄いよ、来海サン、素晴らしい」
僕はただただ脱帽するばかり。
「世界か……」
一通目の記事には和路氏について元美術館学芸員とだけ、短く記されているだけだ。
「これは、死亡した被害者の和路氏に関してもっと詳しく知る必要があるな」
「上越へ、越後上布について調べに行っていただと?」
スマホの向こう、有島刑事の驚きの声が響く。
遅ればせながら僕はここで初めて二通目の手紙にあった〈ハンカチ落とし〉の文言について刑事に伝えた。
「有島さんにはもう少し明確な情報を得てからお伝えしようと思ったんです」
「なるほど」
この件の報告が遅れたことに関して、有島刑事はそれ以上突っ込まなかった。彼のこういうサッパリした処が大好きだ。
「残念ながら、越後上布については直接的な発見はありませんでした。ですが、今日になって三通目の謎の手紙が届いて、同時に、僕の欧州滞在中の父から手紙を受け取ったんですが、偶然にもその中に同じ絵柄があったんです」
僕は父の手紙について詳細を語った。
「南ドイツ/バンブルグ/聖ミヒャエル教会の天井画……」
写真を転送した後、単刀直入に言った。
「それでですね、ぜひ、和路氏の経歴が知りたいんです」
個人情報保護法は最強の障壁だ。現代の自称探偵の限界がここにある。
「いいだろう。別に最高機密情報と言うほどのものではないし」
有島刑事はすぐに速達で郵送することを約束してくれた。
「メールは履歴が残るからな。こういう場合、やっぱり紙――アナログが一番だよ。その点、君の〈謎の手紙の送り主〉と僕は同意見だ」
そうなのだ。謎の送り主が古風な、手紙という手段を選択した賢明さを僕と来海サンはもうとっくに気づいている。足跡が辿りにくいし、消印も、あの日本橋南郵便局――日本橋東京駅徒歩一分――は日本国内で1、2を争う郵便物の多い場所を意識的に選んでいると思われる。
「そうだ、桑木君、ついでと言っては何だが、これも伝えておくよ。我々が第1の重要参考人と睨んでいたA――和路氏の変死体が発見された前々日、氏の自宅を訪問していた人物から、事情を訊くことが出来た」
「えっ、そうなんですか?」
「結果は白だ。Aには和路氏死亡時のアリバイがあった。やれやれだよ。これでこの案件はすっぽり闇の中だ。まさにあれだな、〈闇の夜は警察ばかり、月夜かな〉……」
ハハァ、江戸時代の有名な句のパロディだな?
ふいに思い出して、僕は訊いてみた。
「有島刑事、〈冬麗〉で何かいい句はありますか?」
即座に喰いついて来る刑事。
「事件に関係があるのか?」
「残念ながら、全く関わりは無いんですが、有島さんなら素晴らしい句をご存知かと思って」
落胆の息を吐いた後で有島刑事は教えてくれた。
「そうだなぁ、冬麗には名句がいっぱいあるよ。〈冬麗の乙女に光るネックレス〉……〈冬麗の視線を高くあゆみけり〉……僕が一番好きなのは〈冬麗の天あおあおと生まれ来よ〉かな」
流石、有島刑事だ。
「ありがとうございます!」
☆〈闇の夜は吉原ばかり月夜哉〉宝井其角
☆〈冬麗の乙女に光るネックレス〉今泉貞鳳
☆〈冬麗の視線を高くあゆみけり〉笠松昌代
☆〈冬麗の天あおあおと生まれ来よ〉辻美奈子
「〈薬草〉なら、最初の手紙の薬師像と明確な共通点があるわ。薬師像が必ず持っているのは薬壺だもの。そして、古来、薬と言えば草花由来――薬草だった」
「それだ!」
その通りだ! 改めてチェックすると三体の薬師像はどれも薬壺を強調する特殊な作風ばかりだ。
1枚めは衆目を集める金色の薬壺……2枚めは両手で持っている……3枚めは片手で薬壺、もう片方が衣を掴んでいる国内唯一の珍しい姿……
「それよ、その3枚め。明らかに〈ハンカチ落とし〉とも繋がっているわよ。だって衣は布に通じるし、和路氏に背後から掛けられていたのは衣――ほら、越後上布にドンピシャ、行き着くわ」
聡明な相棒はキュッと唇を噛んだ。
「和路氏の死様については新聞の記事には詳細な記述はなかった。私たちは波豆心平君の出現で早い段階からそのことを認識してたけど、手紙の主は波豆君の存在は知らないから、〈ハンカチ落とし〉というあの 一語《いちご》で死者の状況――被害現場の様子を新さんに教えようとしたんじゃないかな?」
「なるほど」
「それに私、もうひとつ、引っかかることがあるの」
キラリ、瞳が燃え立つ。世界で一番得難い、新宝石ラズベイル……!
「新さん、言ったわよね? 最初に〈ハンカチ落とし〉という文言を見て『この遊びは世界中に存在する。有史以前から人類に伝播している最も古い遊びだ』って」
「うん、確かにそう言った」
「その〝世界〟よ。今回、三通目はドイツの教会の天井画だった。日本の薬師像から欧州……謎は世界中に散らばっている? 世界がキーワードなのかも。謎を解くためには日本国内に限定せず世界に目を向けるべきなのでは?」
名推理である!
「凄いよ、来海サン、素晴らしい」
僕はただただ脱帽するばかり。
「世界か……」
一通目の記事には和路氏について元美術館学芸員とだけ、短く記されているだけだ。
「これは、死亡した被害者の和路氏に関してもっと詳しく知る必要があるな」
「上越へ、越後上布について調べに行っていただと?」
スマホの向こう、有島刑事の驚きの声が響く。
遅ればせながら僕はここで初めて二通目の手紙にあった〈ハンカチ落とし〉の文言について刑事に伝えた。
「有島さんにはもう少し明確な情報を得てからお伝えしようと思ったんです」
「なるほど」
この件の報告が遅れたことに関して、有島刑事はそれ以上突っ込まなかった。彼のこういうサッパリした処が大好きだ。
「残念ながら、越後上布については直接的な発見はありませんでした。ですが、今日になって三通目の謎の手紙が届いて、同時に、僕の欧州滞在中の父から手紙を受け取ったんですが、偶然にもその中に同じ絵柄があったんです」
僕は父の手紙について詳細を語った。
「南ドイツ/バンブルグ/聖ミヒャエル教会の天井画……」
写真を転送した後、単刀直入に言った。
「それでですね、ぜひ、和路氏の経歴が知りたいんです」
個人情報保護法は最強の障壁だ。現代の自称探偵の限界がここにある。
「いいだろう。別に最高機密情報と言うほどのものではないし」
有島刑事はすぐに速達で郵送することを約束してくれた。
「メールは履歴が残るからな。こういう場合、やっぱり紙――アナログが一番だよ。その点、君の〈謎の手紙の送り主〉と僕は同意見だ」
そうなのだ。謎の送り主が古風な、手紙という手段を選択した賢明さを僕と来海サンはもうとっくに気づいている。足跡が辿りにくいし、消印も、あの日本橋南郵便局――日本橋東京駅徒歩一分――は日本国内で1、2を争う郵便物の多い場所を意識的に選んでいると思われる。
「そうだ、桑木君、ついでと言っては何だが、これも伝えておくよ。我々が第1の重要参考人と睨んでいたA――和路氏の変死体が発見された前々日、氏の自宅を訪問していた人物から、事情を訊くことが出来た」
「えっ、そうなんですか?」
「結果は白だ。Aには和路氏死亡時のアリバイがあった。やれやれだよ。これでこの案件はすっぽり闇の中だ。まさにあれだな、〈闇の夜は警察ばかり、月夜かな〉……」
ハハァ、江戸時代の有名な句のパロディだな?
ふいに思い出して、僕は訊いてみた。
「有島刑事、〈冬麗〉で何かいい句はありますか?」
即座に喰いついて来る刑事。
「事件に関係があるのか?」
「残念ながら、全く関わりは無いんですが、有島さんなら素晴らしい句をご存知かと思って」
落胆の息を吐いた後で有島刑事は教えてくれた。
「そうだなぁ、冬麗には名句がいっぱいあるよ。〈冬麗の乙女に光るネックレス〉……〈冬麗の視線を高くあゆみけり〉……僕が一番好きなのは〈冬麗の天あおあおと生まれ来よ〉かな」
流石、有島刑事だ。
「ありがとうございます!」
☆〈闇の夜は吉原ばかり月夜哉〉宝井其角
☆〈冬麗の乙女に光るネックレス〉今泉貞鳳
☆〈冬麗の視線を高くあゆみけり〉笠松昌代
☆〈冬麗の天あおあおと生まれ来よ〉辻美奈子
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