凍蝶の手紙*画材屋探偵開業中!

sanpo

文字の大きさ
上 下
10 / 28

〈10〉

しおりを挟む

 村上冬麗さんは僕たちに色々なことをわかりやすく教えてくれた。
「ここ塩沢は現在新潟県南魚沼市に属していますが、古くから農閑期の手仕事として織物が盛んでした。奈良時代の天平3年(731)にこの地で織られた麻布が当時の税、租庸調の〈庸布〉として都に献上され、その品は現在、正倉院に保管されています」
 館内に響く心地良いハスキーボイス。僕たちの顔を見回しながら、
「皆さんは越後上布についてお知りになりたいんですね?」
 うなづく三人の先に立って、展示してある品々を一つ一つ指差して行く。
「越後上布はイラクサ科の多年草苧麻(ちょま)の繊維を細い糸にして地機(ちばた)(居座機)で織りあげます。非常に手間がかかるうえ、熟練の技術が必要なため高額になり、現在では幻の織物となりつつあります。2009年、ユネスコの無形文化遺産に登録されたのは光栄ですが……」
 ここでちょっと悲し気に微笑んだ。だが、すぐ顔を上げる。
「この越後上布の技術を江戸時代の寛文年間(1661~1672)頃、絹織物に応用したのが本塩沢つむぎなんです」
 実際に僕たちに糸を持たせてくれた。
「縦糸に生糸と繭玉から採った玉糸、横糸に真綿を使って織るのが〈塩沢つむぎ〉。縦糸、横糸ともに生糸・玉糸の強撚糸を使うのが通気性の良い〈夏塩沢〉です」
「そうか、塩沢つむぎは越後上布から生まれたんですね!」
 大いに納得して僕は言った。
「日本には各地に伝統的で特色のある織物が生まれ、受け継がれてきたと知って、凄く勉強になりました」
 JKらしく熱心に聞いていた来海サンも上気した頬で感想を述べる。
「越後上布……ほんと、とっても素敵な布です。いいなぁ! いつか私も、この素晴らしい布で織った着物を着て見たいな」
「やめとけ、とてつもない見果てぬ夢だぞ」
 口をへの字に曲げて、相棒の兄が言い放つ。
「価格だけじゃなく、お転婆でガサツなおまえにはとうてい似合わないから」
「何よ、イジワル! デリカシーのない兄さんなんか、大っ嫌い!」
「嫌いでけっこう、メリケン粉」
「古―っ…… 今時、そんな絶滅系ダジャレを口にする人間がいるとは。兄さんが訪れるべきは〈塩沢つむぎ館〉じゃなくて福井の〈恐竜博物館〉じゃない?」
「ふん、僕がこれから訪れる・・・のは〈湯船〉だよ。さぁて、僕は宿へ引き上げて温泉を堪能するぞ!」
「どうぞどうぞ。私たちは、せっかく来たんだもの。もうしばらくこの近辺をゆっくり散策して雪国の風情ふぜいを味わうわ。ねぇ、新さん?」
 かくして行嶺氏は去った。
 僕と来海さんもつむぎ館を出る。
 真っ白な雪に覆われた北越の景色の中で、今こそ、僕は言おうと思った。
「来海サン、行嶺さんはあんなこと言ったけど、越後上布は絶対、君に似あうよ。いつか僕が、君に――」

 ファンファーーン……!

 真後ろから響くクラクション。
 振り向くと、ゆっくり近づいて来る軽自動車――白い屋根・空色の車体――のハンドルを握っているのは村上冬麗さんではないか。
「お宿へお帰りですか? 私も帰るところです。あの、よろしかったら――」
 車の窓硝子を下げて村上さんは言う。
「私の家へお寄りになりませんか? すぐそこなんです。せっかく遠路遙々はるばる私の街へ越後上布を見にいらっしゃったんですもの。ウチはあちこちガタが来た古い家ですが、祖母や母の織ったものを数点、飾ってあるんです。つむぎ館に来館して興味を持たれた方たちの中で実際に織子の家や現場を見たいと希望される方たちも多くて――そういう方々のために自宅を開放しているんです」
 僕と来海サンは即答した。
「ぜひ、伺わせてください!」
「よろしくお願いいたします!」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

鮮血への一撃

ユキトヒカリ
ライト文芸
ある、ひとりの青年に潜む狂気と顛末を、多角的に考察してゆく物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

秘密部 〜人々のひみつ〜

ベアりんぐ
ライト文芸
ただひたすらに過ぎてゆく日常の中で、ある出会いが、ある言葉が、いままで見てきた世界を、変えることがある。ある日一つのミスから生まれた出会いから、変な部活動に入ることになり?………ただ漠然と生きていた高校生、相葉真也の「普通」の日常が変わっていく!!非日常系日常物語、開幕です。 01

処理中です...