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〈10〉
しおりを挟む村上冬麗さんは僕たちに色々なことをわかりやすく教えてくれた。
「ここ塩沢は現在新潟県南魚沼市に属していますが、古くから農閑期の手仕事として織物が盛んでした。奈良時代の天平3年(731)にこの地で織られた麻布が当時の税、租庸調の〈庸布〉として都に献上され、その品は現在、正倉院に保管されています」
館内に響く心地良いハスキーボイス。僕たちの顔を見回しながら、
「皆さんは越後上布についてお知りになりたいんですね?」
うなづく三人の先に立って、展示してある品々を一つ一つ指差して行く。
「越後上布はイラクサ科の多年草苧麻(ちょま)の繊維を細い糸にして地機(ちばた)(居座機)で織りあげます。非常に手間がかかるうえ、熟練の技術が必要なため高額になり、現在では幻の織物となりつつあります。2009年、ユネスコの無形文化遺産に登録されたのは光栄ですが……」
ここでちょっと悲し気に微笑んだ。だが、すぐ顔を上げる。
「この越後上布の技術を江戸時代の寛文年間(1661~1672)頃、絹織物に応用したのが本塩沢つむぎなんです」
実際に僕たちに糸を持たせてくれた。
「縦糸に生糸と繭玉から採った玉糸、横糸に真綿を使って織るのが〈塩沢つむぎ〉。縦糸、横糸ともに生糸・玉糸の強撚糸を使うのが通気性の良い〈夏塩沢〉です」
「そうか、塩沢つむぎは越後上布から生まれたんですね!」
大いに納得して僕は言った。
「日本には各地に伝統的で特色のある織物が生まれ、受け継がれてきたと知って、凄く勉強になりました」
JKらしく熱心に聞いていた来海サンも上気した頬で感想を述べる。
「越後上布……ほんと、とっても素敵な布です。いいなぁ! いつか私も、この素晴らしい布で織った着物を着て見たいな」
「やめとけ、とてつもない見果てぬ夢だぞ」
口をへの字に曲げて、相棒の兄が言い放つ。
「価格だけじゃなく、お転婆でガサツなおまえにはとうてい似合わないから」
「何よ、イジワル! デリカシーのない兄さんなんか、大っ嫌い!」
「嫌いでけっこう、メリケン粉」
「古―っ…… 今時、そんな絶滅系ダジャレを口にする人間がいるとは。兄さんが訪れるべきは〈塩沢つむぎ館〉じゃなくて福井の〈恐竜博物館〉じゃない?」
「ふん、僕がこれから訪れるのは〈湯船〉だよ。さぁて、僕は宿へ引き上げて温泉を堪能するぞ!」
「どうぞどうぞ。私たちは、せっかく来たんだもの。もうしばらくこの近辺をゆっくり散策して雪国の風情を味わうわ。ねぇ、新さん?」
かくして行嶺氏は去った。
僕と来海さんもつむぎ館を出る。
真っ白な雪に覆われた北越の景色の中で、今こそ、僕は言おうと思った。
「来海サン、行嶺さんはあんなこと言ったけど、越後上布は絶対、君に似あうよ。いつか僕が、君に――」
ファンファーーン……!
真後ろから響くクラクション。
振り向くと、ゆっくり近づいて来る軽自動車――白い屋根・空色の車体――のハンドルを握っているのは村上冬麗さんではないか。
「お宿へお帰りですか? 私も帰るところです。あの、よろしかったら――」
車の窓硝子を下げて村上さんは言う。
「私の家へお寄りになりませんか? すぐそこなんです。せっかく遠路遙々私の街へ越後上布を見にいらっしゃったんですもの。ウチはあちこちガタが来た古い家ですが、祖母や母の織ったものを数点、飾ってあるんです。つむぎ館に来館して興味を持たれた方たちの中で実際に織子の家や現場を見たいと希望される方たちも多くて――そういう方々のために自宅を開放しているんです」
僕と来海サンは即答した。
「ぜひ、伺わせてください!」
「よろしくお願いいたします!」
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