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〈6〉
しおりを挟む23時27分。深夜の新横浜駅に僕と波豆君は降り立った。
予めメールで到着時間を知らせていたので改札口で有島刑事が迎えてくれた。
そのままタクシーで横浜市神奈川区神奈川2丁目の神奈川県警に直行する。
波豆心平君が未成年(15歳だった!)ということもあったかもしれない。有島刑事は事情聴取に僕を同席させてくれた。
「むむ、これが……?」
波豆君が持参した絵を目の当たりにして感嘆の声を上げる有島刑事。
「つまり、この絵を持って君は当夜――1月31日の夜、和路氏邸を訪れたんだね?」
助けを求めるように僕を見つめる波豆君。その視線を受けて、まず僕が説明した。
「波豆心平君は和路氏の求めに応じて絵を描いていたんです」
「これは何作目なんだい?」
「四作目。〈木蓮〉橋本関雪の完璧な模写です」
少年がうなずくのを見てから、続ける。
「用意周到と言うべきか、和路氏は波豆君に描かせた絵に関して手元に一切データーを残すのを禁じていたそうです。それで、波豆君の記憶を基に僕も協力して新幹線の中で捜し出した過去作が――」
第一作〈あさ露〉 鏑木清方
第二作〈少女〉 中村大三郎
第三作〈橋弁慶〉 松野奏風
「何れも日本画の大家です」
それらの本物をPCで確認した後、眼前の第四作〈木蓮〉に目を戻して、再度唸り声を上げる有島刑事だった。僕も同感だが、この一作を見ただけで波豆君の画力の凄さがわかるというものだ。
刑事の賞賛の眼差しに励まされたようで、ボソボソと少年が語り始める。
「ネットで絵を公開し始めてすぐ和路さんが接触して来たんだ。ユーザーネームはグリマルキンだよ。変な名! 俺の絵をベタ褒めしてくれて、小遣い稼ぎをしないかと誘われたのさ。和路さんが郵送して来た絵をお手本に俺が模写する。用紙や使用する絵具も毎回送ってくれた。出来上がったら見本や手紙は全部処分して、完成品を持って行く」
「直接自宅へかい?」
「そうだよ。和路さんが日時を指定して、交通費と、会うのはいつも夜なのでその日のホテル代を先に送ってくれる。俺は絵を渡し、絵の代金――5万円だよ、凄いだろ!――をもらって一泊して、翌日広島に帰るパターン」
波豆君は唇を舐めた。
「あの家にはお手伝いさんがいたらしいけど俺は一度も会っていない。というか、俺が訪ねて来るのを和路さんは誰にも知られたくなかったんだと思うな」
「だが、その日は少々様子が違っていた――」
刑事の言葉に波豆君はうなずいた。
「うん。いつものように玄関から入って、まっすぐ書斎に向かったらドアが半開きになってた。電気が皓皓とついていて和路さんが倒れているのが見えたんだ。思わず中へ飛びこんで確認すると、和路さんは死んでた。和路さんには上からすっぽり着物が掛けてあった。その姿が、俺が前回描いた絵そのものじゃないか! しかも、目の前の壁にその絵が貼ってある。俺、動転しちゃって、無我夢中でその場から逃げ出したよ。しばらく走って、とにかく落ち着こうと思った。喉もカラカラだったし、広い通りに出て目に入ったコンビニに飛び込んでポカリを買って、それで少し持ち直したんで何とか新横浜駅前のホテルに戻って、朝一番の新幹線で戻って来た」
首がほんの少し横に傾いた。僕の方を見ながら、
「でも、いつ逮捕されるか生きた心地がしなかった。だって、どう考えても俺がブッ殺したって風だろ? だから、以前HPで見て知ってた、なんでも謎を解いてくれるっていう画材屋で推理してもらおうと考えたわけ」
口元に笑顔が浮かぶ。
「とはいえ、店に行った一回目では言い出せなくて二回目で勇気を振り絞って声を掛けたんだよ。ほんと、そうしてよかった! 一人だったら今頃、俺、不安で発狂してたかも」
ちょっと間を置くと得意げに少年は言った。
「知ってた? 探偵って優しいんだよ、おまわりさん。凄く親身になってくれるんだ」
「うん、知ってた」
少年に微笑み返してから、有島刑事は言った。
「和路氏の書斎の様子を君が見た通りに話してくれないか?」
「あの夜は血とか、和路さんの有様とか、衝撃過ぎて周囲のことなんてよく見ていない。けど――」
波豆君は背筋を伸ばした。
「それまで何回か行って、記憶に残ってるのでいいなら」
「いいとも、それで全然かまわないよ」
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