肖像画二題★画材屋探偵開業中!

sanpo

文字の大きさ
上 下
8 / 8

肖像画*窓辺の乙女〈4〉

しおりを挟む

「樺音さんは、頭脳明晰のみならず、お茶目で悪戯好きなお嬢さんだったと矢仙さんからお聞きしました」
 僕の言葉に即座にご両親がうなずきあう。
「ええ、そのとおりです!」
「そうでしたわ! あの子はいつも楽しいことを企てては皆が吃驚する顔を見るのが大好きでした!」
「それが、今回の謎を解くキィ・ワードでした」
 僕は続けた。
「僕も美大卒ですが、樺音さんは美大で学んだ上に職業も美術館の学芸員を選ばれた。絵画への知識と造詣は人一倍深かった。その樺音さんならではの選択です。この絵は、意図的にある絵を基に描かれています」

 〈日本の花瓶〉オディロン・ルドン作1908/92,7×65,0cm ポーラ美術館蔵

 スマホでその絵を示す。
「ほんとだ――」
「まぁ?」
「うむ……」
 異口同音に上がる声。さざめきが静まるのを僕は待った。
「違うのは花瓶に生けられた花だけ。こちらは真紅の薔薇が13本。小5以来、矢仙さんが樺音さんの誕生日に贈った薔薇の数と一致します。この薔薇が第一のメッセージです」
「ええ、その薔薇に関する話は私も妻も知っています」
「ほんとに素敵な思い出……」
「更にもうひとつ、樺音さんがこの絵を選んだ理由があるんです。実はこの絵は花瓶の裏側の模様――見えていない部分についても有名な絵なんです。絵の題名でもある日本の花瓶・・――ご覧の通り、その表側には幽玄を象徴する〈能装束の人物〉が描かれていますが、実在する花瓶から、裏面は〈刀を構える若武者〉の図柄であることが、美術関係者の間では広く認知されています」
 いったん言葉を切る。
「13本の薔薇と〈裏側〉……裏に隠されたもの・・・・・・・・……僕はハッとしました。それで、改めてこの絵を仔細に点検したところ、カンバスの止め方がステープルによる裏トメ、針数も少なくて――これ、仮止めですね」
 一同の視線が僕が掲げるカンバスに集まる。
「樺音さんはユーモアがあって悪戯好きだということも矢仙さんからうかがいました。その樺音さんが自身の口で制作中の絵について『サプライズプレゼント』だと言っています。以上のことから」
 僕は弁護士にまっすぐに向き直った。
「彼女はあなた・・・の誕生日にこの絵を贈り、二か月後の自分の誕生日に、下にあるもう一つの絵を見せて驚かせる、二度美味しい作戦だったのではないでしょうか?」
 間髪入れず、僕は言った。
「よろしければ、今、下の絵――隠されている、もうひとつの絵をご覧に入れましょうか?」
「ぜひ!」
「見せてください!」
「ええ、お願いします!」
 三人の同意を得て、僕はそれを行った。
 持参したカンバス用針抜きリムーバーで裏トメの針を抜き、丁寧に上の絵を取り除くと、次に現れたのは――

「これだ、この構図だ!」
 室内に矢仙さんの声が響き渡る。
 目の前に出現したのは、自室の窓辺に座って、今しも入って来た人をまっすぐに見つめる乙女。
 その背後の窓は大きく開かれて、向かいのビルの屋上に、寄り添い腕を組んだ一組の男女の姿があった。 
 男性は銀色のタキシード姿、女性は純白のドレスを着て、髪に真っ赤な薔薇を一輪、している。
 14本目の薔薇がここに……!
「今年の薔薇だ! そして――これは僕と樺音ですね? あいつ、僕のプロポーズを先取りしやがって……」
 その後は言葉にならなかった。矢仙さんは絵を抱きかかえてその場に崩れ落ちた。
「樺音――……!」
「樺音ちゃん……」
「樺音……」
 恋人の号泣、父母の嗚咽おえつを背に僕と来海サンはそっと部屋を出た。

「お見事、新さん」
「……いや、ちょっとズルいかも。下の絵のことを僕は知っていた。というか、矢仙さんが話した、チラ見した絵柄から、実は昨日の内に、樺音さんが描いていた絵について察していたんだ」
「え? そうなの?」
「その絵が見つからないということはカンバスが二重張りしてあるな、と推理した。だからさ、仮止めに対応できるよう釘抜きを2種類持って来てたのさ。止めてるのがタックスだったらニッパー、ステープルならばリムーバー……」
「なるほど。画材屋らしく用意周到ねぇ」
「下の絵の元絵は〈シャルロット・デュ・ヴァルドーニュの肖像〉マリー・ドニーズ・ヴィレール作 1801 161,3×128,6cm メトロポリタン美術館蔵だ。これも知る人ぞ知る名作だよ」
 僕はスマホを操作して、来海サンにそれを見せた。
「長いこと新古典主義の巨匠ダヴィットーーほら、白馬に乗ったナポレオンの肖像で有名な――の作品と思われてきた。実際は無名の若い女性が描いたんだ」
 とはいえ、元絵は不穏でミステリアスだ。窓辺に座る年若い娘はスケッチブックを抱え、入って来た人を凝視している。彼女の背後、開かれた窓の向こうの建物には幸福そうな一組の男女。
 だが、果たしてカップルの女性は窓の前でスケッチしている当人なのかだろうか? 
 それが断言できない。姉か友人か? 明らかに本人ではない、と思えてならない。
 だから、鑑賞者ぼくの胸はひどくざわめく。この絵は悲しい恋の予感に充ちている。画家は実らぬ愛を描いている。
「何よりも、二つの絵の決定的な違いは――」 
「表情ね」
 僕の言葉を引き継いで来海サンがしみじみとつぶやいた。
「うん……」
 さっき、僕たちが見た樺音さんの顔は喜びに輝いていた。
 幸福な未来を見つめた溢れんばかりの微笑み……! 

 絵画には永遠に刻まれる一瞬がある。
 あるいは、
 一瞬を永遠に封じ込めるのだ。

 どちらともなく差し出した手をしっかりとつないで僕たちは画材店に帰って来た。

 
     肖像画*窓辺の乙女 ―― 了 ――


   肖像画二題*画材屋探偵開業中!   ―― 了 ――


  
 ☆お付き合いいただきありがとうございました!
 本編 〈画材屋探偵開業中!〉には新と来海サンの九つのお話が詰まっています。

 ☆彡参考絵画
 〈日本の花瓶〉オディロン・ルドン作 1908/(92,7×65,0cm) ポーラ美術館蔵
 〈シャルロット・デュ・ヴァルドーニュの肖像〉マリー・ドニーズ・ヴィレール作/1801(161,3×128,6cm) メトロポリタン美術館蔵   



 


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

凍蝶の手紙*画材屋探偵開業中!

sanpo
ライト文芸
冬の朝、突然舞い込んだ手紙は凍った蝶に見えた。僕は相棒の来海サンと謎解きの旅へ……

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

スパイスカレー洋燈堂 ~裏路地と兎と錆びた階段~

桜あげは
ライト文芸
入社早々に躓く気弱な新入社員の楓は、偶然訪れた店でおいしいカレーに心を奪われる。 彼女のカレー好きに目をつけた店主のお兄さんに「ここで働かない?」と勧誘され、アルバイトとして働き始めることに。 新たな人との出会いや、新たなカレーとの出会い。 一度挫折した楓は再び立ち上がり、様々なことをゆっくり学んでいく。 錆びた階段の先にあるカレー店で、のんびりスパイスライフ。 第3回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます。

大江戸闇鬼譚~裏長屋に棲む鬼~

渋川宙
ライト文芸
人間に興味津々の鬼の飛鳥は、江戸の裏長屋に住んでいた。 戯作者の松永優介と凸凹コンビを結成し、江戸の町で起こるあれこれを解決! 同族の鬼からは何をやっているんだと思われているが、これが楽しくて止められない!! 鬼であることをひた隠し、人間と一緒に歩む飛鳥だが・・・

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

奇び雑貨店 【Glace】

玖凪 由
ライト文芸
「別れよっか」 三ヶ嶋栄路18歳。大学1年生初めての夏、早くも終了のお知らせ。 大学入学と同時に俺は生まれ変わった──はずだった。 イメチェンして、サークルに入り、念願の彼女もできて、順風満帆の大学生活を謳歌していたのに、夏休み目前にしてそれは脆くも崩れ去ることとなった。 一体なんで、どうして、こうなった? あるはずだった明るい未来が見事に砕け散り、目の前が真っ白になった──そんな時に、俺は出会ったんだ。 「なんだここ……雑貨店か ? 名前は……あー、なんて読むんだこれ? ぐ、ぐれいす……?」 「──グラースね。氷って意味のフランス語なの」 不思議な雑貨店と、その店の店主に。 奇(くし)び雑貨店 【Glace [グラース]】。ここは、精霊がいる雑貨店だった──。 これは、どこか奇妙な雑貨店と迷える大学生の間で起こる、ちょっぴり不思議なひと夏の物語。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

処理中です...