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肖像画*警告〈1〉
しおりを挟む「見てください、完成しました! 桑木さんのアドバイスのおかげです」
その人――岡田梓さんはレジカウンターの前で誇らしげにF8号(455×380mm)の絵を掲げた。
「そんな、アドバイスだなんて。全て梓さんの実力ですよ。でも、こんな素晴らしい絵の製作に微力ながらお手伝いできて、僕も嬉しいです」
「いえ、私一人ではこうは描けなかったわ。特にここ、指輪の質感。輝きといい、色といい……ね? ホントに写真と同じだわ」
ポケットから手本にしていた写真を出して並べる梓さん。
写っているのは70年代に流行したジプシー風、いわゆるボヘミアンスタイルの若い娘だ。ストレートの長い黒髪、額にはピンク色の組紐を結んで、色取り取りの花模様を刺繍した白いブラウス。その襟元に置いた左手の指輪が娘の笑顔と一緒にキラキラ煌めいている――
顔は目の前の梓さんとそっくりだ。
だから、最初、『書きあぐねているんです。この指輪の色、何色がいいと思います?』と相談された時、写真の人は、梓さんだと僕は錯覚した。
――自画像を制作中なんですね?
梓さんは即座に首を振って、
――違います。これは祖母です。
だが、すぐに頬を薔薇色に染めて――それこそ指輪の色だった!――ホルベイン油絵具名でいうなら、プリリアントピンク、クリムソンレーキ、ピロールオレンジ……
――でも、嬉しいわ! 似てるって言っていただけて。自慢の祖母、私が世界中で一番大好きな、憧れの人なんです。
こうして岡田梓さんは僕の店、桑木画材店の常連客になった。高校、短大と美術部に所属していてAT企業に勤める現在も趣味で週末は絵筆を握っているとのこと。
「三年前、祖母が亡くなってから、ずっと肖像画を描きたいと思っていたので、こうしてしっかりと描き上げることができて感無量です。だから、一番に、お二人にお見せしたくって持って来ちゃいました」
「最高に素敵です!」
傍らに立つ我が〝相棒〟来海サンも胸の前で両手を握り合わせて感嘆の息を吐いた。
「ああ、私も、いつか、こんな肖像画を描いてみたいな!」
「ヤダ、来海ちゃんなら、私なんかよりずっと素晴らしい絵が描けるわよ!」
「やっぱり、ここだったか、梓。家を覗いたら留守だったからピンと来たよ」
セーブル色の扉が開いて青年が入って来た。華奢で小柄、男らしいというよりアイドル然とした可愛らしい型。だが、キリリと上がった眉に意思の強さが見て取れる。腕に下げたパンパンに膨らんだエコバックを揺らして笑った。
「瑞々しい茄子と新鮮なラムのミンチ肉が手に入ったぞ! 今日は腕によりをかけて本格ムサカを作るからね」
「やったー! ありがと、慧太。祖母の絵の完成祝いにピッタリの御馳走だわ! では、私たちはこれで。本当にありがとうございました!」
若いカップルは弾む足取りで店を出て行った。その後姿を見送りながら来海サンが再度、ホウッと息を吐く。
「お似合いねぇ、あの二人!」
異論はない。まさに幸福を絵に描いたような恋人たち。二人の前途に幸いあれ!
ところが――
数日後、僕の画材店の扉を押して入って来た青年の顔は激変していた。
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