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  パンをご馳走になったあと、平内に渡されたエプロンを身につけた。初日だということで、パートの林さんという方に教えてもらいながら、レジを担当した。
 林さんは主婦の方で、高校生のお子さんがいるらしい。悠がそのお子さんと同級生くらいに見えるらしく、むだに可愛がられてしまった。たしかに、童顔で男にしては身長も高くない悠は若く見られがちだが、もう二十三歳になるというのに複雑な気持ちになる。

 昨日で人生を終わらせようとしていた自分が、まさかパン屋で働くなんて思いもしなかった。
 
 初めての作業に戸惑いながらも、林さんに教えてもらいながら業務をこなしていると、気づいたときには閉店時間となっていた。
 閉店後の片付けや翌日の下準備などをすませると、すでに外は暗くなっていた。
  
 「さあ、帰ろうか」
  
 全ての作業が終わると平内が言った。帰る場所が同じなため、必然的に平内と一緒に帰ることとなる。
  
 「中原くん、今日の夜何食べたい?」
 
 すっかり暗くなった夜道を歩いていると、悠の前を歩く平内がこちらを振り返って言った。
  
 「え」
  「夜ご飯だよ。帰りにスーパー寄るけど、何食べたいかなと思って」
  「なんで」
  「なんでって、一緒に食べようと思って。僕が料理するから」
  「そんな悪いし、別にいい」
  「きみ、もやしみたいだからなぁ。力が出るようなご飯がいいな……中原くん、苦手な食べものとかある?」
  
 悠の言ったことが聞こえてないのか、一緒に食べる方向で話が進んでいる。それにしても、もやしみたいとかひょろっこいとか、散々な言われようだ。実際にそうなのだから何も言い返せないが。
  
 「別にないけど、ほんとに……」
 「じゃあ、とりあえずスーパー行って決めようか」
 
 平内はそう言って、半ば強引に悠を近くのスーパーへ連れて行くのだった。

  
 「ごめんね、少し散らかってるかも」
 
  結局、平内の家に来てしまった。
 そこまでされる義理はないと断ったのだが、「よりよいセックスの下準備としてきみを太らせるためであって、きみのために食事をご馳走するのではない」と一蹴されてしまった。なにがこの人をここまでさせているのかよく分からないが、深く考えないことにした。
 
 平内の部屋は特に散らかっているわけではないが、とてもキレイというわけでもなかった。生活感がある。ほとんど物がない悠の部屋とは対象的だ。
 
 「お腹すいたし、さっそくご飯にしよう」
 
 平内はそう言いながら、ビニール袋から購入した食材を取り出していく。野菜もお肉も摂れるからと、平内の提案で鍋をすることになった。
 レジでお会計をするときも「きみはお金持ってないだろう」と平内がすべて支払ったのだ。さすがに申し訳なく思う。
 
 「中原くんの入店祝いということで、本日は鍋パーティーです。たくさん食べてね」
 
 どこにパーティー要素があるのか謎だが、平内はテンション高めにそう言った。鍋の中の具材が煮えてくると、悠の取り皿に肉やら野菜やらを入れてきた。
 
 「すみません」
 「こういうときは、ありがとうって言うんだよ」
 「……ありがとう」
 「どういたしまして。何度も言うけど僕がしたくてしているのであって、遠慮する必要ないから。むしろたくさん食べて」
 
 そう言われると食べないわけにもいかない。目の前に置かれた取り皿と箸を手に取り、たった今よそってくれた具材を一口食べた。
 
 「おいしい……」
 「やっぱり冬と言えば鍋だよね。簡単で美味しいし最高だよ」
 
 目の前に座る平内が幸せそうな顔をして食べている。
 久しぶりに温かいごはんを食べた。今まで冷え切っていた心も体も暖かくなっていく気がする。
 
 「昨日の今日で無理やり店に連れてきたからどうかと思っていたけど、案外しっかり働くんだね」
 
 不意に平内が話しだした。悠を半ば強引に連れてきたことが気がかりだったようだ。
 
 「一応、仕事なので」
 「君は根が真面目なんだね」
 「真面目過ぎてつまらないでしょう」
 
 元恋人に言われたことを思い出す。
 
 「いい意味でだよ。きっと、今まで頑張ってたんだね」
 
 平内があまりに優しい声で言うものだから、目頭が熱くなった。
 
 「……きみは意外と泣き虫だな」
 「泣いてないし、あくびしただけだし」
 
 悠は目をこすると、ごまかすように取り皿の中の白菜を口に入れた。
 
 「朝早かったもんね、たくさん食べてゆっくり休みな。明日も迎えに行くから」
 
 平内の言葉に再び涙が溢れそうになるのを堪えながら、黙々と食事を続けた。
 
 
 
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