4 / 12
4
しおりを挟む
パンをご馳走になったあと、平内に渡されたエプロンを身につけた。初日だということで、パートの林さんという方に教えてもらいながら、レジを担当した。
林さんは主婦の方で、高校生のお子さんがいるらしい。悠がそのお子さんと同級生くらいに見えるらしく、むだに可愛がられてしまった。たしかに、童顔で男にしては身長も高くない悠は若く見られがちだが、もう二十三歳になるというのに複雑な気持ちになる。
昨日で人生を終わらせようとしていた自分が、まさかパン屋で働くなんて思いもしなかった。
初めての作業に戸惑いながらも、林さんに教えてもらいながら業務をこなしていると、気づいたときには閉店時間となっていた。
閉店後の片付けや翌日の下準備などをすませると、すでに外は暗くなっていた。
「さあ、帰ろうか」
全ての作業が終わると平内が言った。帰る場所が同じなため、必然的に平内と一緒に帰ることとなる。
「中原くん、今日の夜何食べたい?」
すっかり暗くなった夜道を歩いていると、悠の前を歩く平内がこちらを振り返って言った。
「え」
「夜ご飯だよ。帰りにスーパー寄るけど、何食べたいかなと思って」
「なんで」
「なんでって、一緒に食べようと思って。僕が料理するから」
「そんな悪いし、別にいい」
「きみ、もやしみたいだからなぁ。力が出るようなご飯がいいな……中原くん、苦手な食べものとかある?」
悠の言ったことが聞こえてないのか、一緒に食べる方向で話が進んでいる。それにしても、もやしみたいとかひょろっこいとか、散々な言われようだ。実際にそうなのだから何も言い返せないが。
「別にないけど、ほんとに……」
「じゃあ、とりあえずスーパー行って決めようか」
平内はそう言って、半ば強引に悠を近くのスーパーへ連れて行くのだった。
「ごめんね、少し散らかってるかも」
結局、平内の家に来てしまった。
そこまでされる義理はないと断ったのだが、「よりよいセックスの下準備としてきみを太らせるためであって、きみのために食事をご馳走するのではない」と一蹴されてしまった。なにがこの人をここまでさせているのかよく分からないが、深く考えないことにした。
平内の部屋は特に散らかっているわけではないが、とてもキレイというわけでもなかった。生活感がある。ほとんど物がない悠の部屋とは対象的だ。
「お腹すいたし、さっそくご飯にしよう」
平内はそう言いながら、ビニール袋から購入した食材を取り出していく。野菜もお肉も摂れるからと、平内の提案で鍋をすることになった。
レジでお会計をするときも「きみはお金持ってないだろう」と平内がすべて支払ったのだ。さすがに申し訳なく思う。
「中原くんの入店祝いということで、本日は鍋パーティーです。たくさん食べてね」
どこにパーティー要素があるのか謎だが、平内はテンション高めにそう言った。鍋の中の具材が煮えてくると、悠の取り皿に肉やら野菜やらを入れてきた。
「すみません」
「こういうときは、ありがとうって言うんだよ」
「……ありがとう」
「どういたしまして。何度も言うけど僕がしたくてしているのであって、遠慮する必要ないから。むしろたくさん食べて」
そう言われると食べないわけにもいかない。目の前に置かれた取り皿と箸を手に取り、たった今よそってくれた具材を一口食べた。
「おいしい……」
「やっぱり冬と言えば鍋だよね。簡単で美味しいし最高だよ」
目の前に座る平内が幸せそうな顔をして食べている。
久しぶりに温かいごはんを食べた。今まで冷え切っていた心も体も暖かくなっていく気がする。
「昨日の今日で無理やり店に連れてきたからどうかと思っていたけど、案外しっかり働くんだね」
不意に平内が話しだした。悠を半ば強引に連れてきたことが気がかりだったようだ。
「一応、仕事なので」
「君は根が真面目なんだね」
「真面目過ぎてつまらないでしょう」
元恋人に言われたことを思い出す。
「いい意味でだよ。きっと、今まで頑張ってたんだね」
平内があまりに優しい声で言うものだから、目頭が熱くなった。
「……きみは意外と泣き虫だな」
「泣いてないし、あくびしただけだし」
悠は目をこすると、ごまかすように取り皿の中の白菜を口に入れた。
「朝早かったもんね、たくさん食べてゆっくり休みな。明日も迎えに行くから」
平内の言葉に再び涙が溢れそうになるのを堪えながら、黙々と食事を続けた。
林さんは主婦の方で、高校生のお子さんがいるらしい。悠がそのお子さんと同級生くらいに見えるらしく、むだに可愛がられてしまった。たしかに、童顔で男にしては身長も高くない悠は若く見られがちだが、もう二十三歳になるというのに複雑な気持ちになる。
昨日で人生を終わらせようとしていた自分が、まさかパン屋で働くなんて思いもしなかった。
初めての作業に戸惑いながらも、林さんに教えてもらいながら業務をこなしていると、気づいたときには閉店時間となっていた。
閉店後の片付けや翌日の下準備などをすませると、すでに外は暗くなっていた。
「さあ、帰ろうか」
全ての作業が終わると平内が言った。帰る場所が同じなため、必然的に平内と一緒に帰ることとなる。
「中原くん、今日の夜何食べたい?」
すっかり暗くなった夜道を歩いていると、悠の前を歩く平内がこちらを振り返って言った。
「え」
「夜ご飯だよ。帰りにスーパー寄るけど、何食べたいかなと思って」
「なんで」
「なんでって、一緒に食べようと思って。僕が料理するから」
「そんな悪いし、別にいい」
「きみ、もやしみたいだからなぁ。力が出るようなご飯がいいな……中原くん、苦手な食べものとかある?」
悠の言ったことが聞こえてないのか、一緒に食べる方向で話が進んでいる。それにしても、もやしみたいとかひょろっこいとか、散々な言われようだ。実際にそうなのだから何も言い返せないが。
「別にないけど、ほんとに……」
「じゃあ、とりあえずスーパー行って決めようか」
平内はそう言って、半ば強引に悠を近くのスーパーへ連れて行くのだった。
「ごめんね、少し散らかってるかも」
結局、平内の家に来てしまった。
そこまでされる義理はないと断ったのだが、「よりよいセックスの下準備としてきみを太らせるためであって、きみのために食事をご馳走するのではない」と一蹴されてしまった。なにがこの人をここまでさせているのかよく分からないが、深く考えないことにした。
平内の部屋は特に散らかっているわけではないが、とてもキレイというわけでもなかった。生活感がある。ほとんど物がない悠の部屋とは対象的だ。
「お腹すいたし、さっそくご飯にしよう」
平内はそう言いながら、ビニール袋から購入した食材を取り出していく。野菜もお肉も摂れるからと、平内の提案で鍋をすることになった。
レジでお会計をするときも「きみはお金持ってないだろう」と平内がすべて支払ったのだ。さすがに申し訳なく思う。
「中原くんの入店祝いということで、本日は鍋パーティーです。たくさん食べてね」
どこにパーティー要素があるのか謎だが、平内はテンション高めにそう言った。鍋の中の具材が煮えてくると、悠の取り皿に肉やら野菜やらを入れてきた。
「すみません」
「こういうときは、ありがとうって言うんだよ」
「……ありがとう」
「どういたしまして。何度も言うけど僕がしたくてしているのであって、遠慮する必要ないから。むしろたくさん食べて」
そう言われると食べないわけにもいかない。目の前に置かれた取り皿と箸を手に取り、たった今よそってくれた具材を一口食べた。
「おいしい……」
「やっぱり冬と言えば鍋だよね。簡単で美味しいし最高だよ」
目の前に座る平内が幸せそうな顔をして食べている。
久しぶりに温かいごはんを食べた。今まで冷え切っていた心も体も暖かくなっていく気がする。
「昨日の今日で無理やり店に連れてきたからどうかと思っていたけど、案外しっかり働くんだね」
不意に平内が話しだした。悠を半ば強引に連れてきたことが気がかりだったようだ。
「一応、仕事なので」
「君は根が真面目なんだね」
「真面目過ぎてつまらないでしょう」
元恋人に言われたことを思い出す。
「いい意味でだよ。きっと、今まで頑張ってたんだね」
平内があまりに優しい声で言うものだから、目頭が熱くなった。
「……きみは意外と泣き虫だな」
「泣いてないし、あくびしただけだし」
悠は目をこすると、ごまかすように取り皿の中の白菜を口に入れた。
「朝早かったもんね、たくさん食べてゆっくり休みな。明日も迎えに行くから」
平内の言葉に再び涙が溢れそうになるのを堪えながら、黙々と食事を続けた。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話
こじらせた処女
BL
網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。
ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
咳が苦しくておしっこが言えなかった同居人
こじらせた処女
BL
過労が祟った菖(あやめ)は、風邪をひいてしまった。症状の中で咳が最もひどく、夜も寝苦しくて起きてしまうほど。
それなのに、元々がリモートワークだったこともあってか、休むことはせず、ベッドの上でパソコンを叩いていた。それに怒った同居人の楓(かえで)はその日一日有給を取り、菖を監視する。咳が止まらない菖にホットレモンを作ったり、背中をさすったりと献身的な世話のお陰で一度長い眠りにつくことができた。
しかし、1時間ほどで目を覚ましてしまう。それは水分をたくさんとったことによる尿意なのだが、咳のせいでなかなか言うことが出来ず、限界に近づいていき…?
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
【BL】婚約破棄されて酔った勢いで年上エッチな雌お兄さんのよしよしセックスで慰められた件
笹山もちもち
BL
身体の相性が理由で婚約破棄された俺は会社の真面目で優しい先輩と飲み明かすつもりが、いつの間にかホテルでアダルトな慰め方をされていてーーー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる