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33.山の生活

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山で住むにあたって、ノルックにひとつだけお願いをした。

「万が一風邪とかひいたら不安だから、私が森に持って行った鞄は持ってきて欲しい。」

言った直後に鞄が目の前に現れた。

中を確認すると、王都で荷造りした状態のままだ。辞書とメモ道具の他に、常備薬も入ってるし、万が一のための簡易な調薬道具もある。

ノルックの治療魔法も万全じゃなさそうだし、一人暮らしの間何度も助けてくれた薬がある方が安心だ。

正直なところ、山の生活は不便ではない。

ノルックが魔法でいろいろとやってくれるのは大前提だけど、王都にいたのがイレギュラーなだけで、よく考えたらこの世界に来てから大半は1人だし、ノルックかソニアさんとダイアさんとしか暮らしてなかったからこの状況もちょっと旅行にきただけみたいで現実味がない。

王都での生活や、ノルックが結界の更新者という話が夢だったんじゃないかとすら思う。私が指名手配されているとかも作り話ならいいのに。

今の生活で敢えて不満を言うなら、
やることがとにかくない。

森にいた時は食物を育てたり薬になるものを採集したり、火をおこすために木を拾いにいったり、服を繕ったり、お湯を沸かしたり、1日に何もしない時が殆どなかった。

食事も掃除も洗濯も、入浴代わりの清浄だってノルックの魔法ですぐに終わってしまう。

王都にいた時も至れり尽くせりだったけど、王都では知り合いを増やして情報を得るとか文字を覚えるという目的があった。ノルックと2人で隔離された山の中では、新しい目的も思いつかない。

今もこうして、置物を撫でながら窓辺で陽の光を浴びつつ外の景色を眺めているだけで時間を無駄に消費している。

改めて部屋を見渡すと、ノルックが即席で作った部屋は1DKの簡素な作りだった。

今はどこにもノルックの気配がない。
ちょっと前に「少しだけ屋敷の様子を見に王都に行ってくる。」と言って消えていった。ノルックの少しは当てにならないから、しばらく1人きりだろう。

「空気でも入れ替えようかな。」

置物をポケットに仕舞って窓に近づく。念の為外に人気ひとけがないことを確認した。

陽に当たり続けていた窓は、触ると温かい。
窓枠をぐるっと見渡すと、鍵も、手をかけられるような凹みもないことに気付く。

窓枠の、かろうじて掴めそうなところを持って揺すってみるけど、びくともしない。

「これどうやって開けるんだろう…」
「何を、やってるの?」

誰もいないはずの部屋で、耳元から息がかかる。

「ぎゃぁ!……って、ノルック?!」

耳を抑えて振り向くと、さっき王都へ行ったはずのノルックがいた。

「早かったね。みんなは大丈夫だった?」

無言のまま腕が伸びてきて、手を掴まれる。
何?と聞く間もなく引っ張られて窓から離された。

「ねぇ、何をしてたの?」

目線が合わない。

「窓から外の空気でも吸おうと思ったんだけど開かなくて…」

「本当に、空気を吸うだけ?」

こくんと頷く。他に窓を開ける理由なんて思いつかないけど。

「そう。」

掴まれた手の圧力が弱まって、このまま離してくれるのかなと思ったら、上に引き上げられてノルックの唇が触れた。

「ただいま、ミノリ」

ようやく離されると、そのまま背中を支えるように腕を回された。

「お、おかえり…」

赤くなる顔を見られないように、目の前の肩口に顔を押し付けた。

「…逃げようとしたわけじゃないよね?」

不意にノルックがポツリと言う。
独り言か、私に言ったのか判断し難いくらいの小さな声だ。

「ここにいるのが安全なんでしょ?ノルックがここにいるのに、どこに行くっていうの。」

顔を隠したままで、思わず笑ってしまった。

「私が行くところなんて、森の家かノルックがいるところしかないよ。」

不安気なノルックがかわいく見えて、背中に腕を回して私からもハグをし返す。
腕を緩めると、やっとノルックと目が合った。

「お屋敷、どうだった?」

「特に問題はない。引き続き管理を任せてきた。」

無事の報告にひとまず胸を撫で下ろす。

「じゃあ、薬草の採集に行けないかな?
王都ではできなかったし、そろそろ薬の補充がしたいの。
ノルックと一緒なら外に出てもいいんでしょ?」

ね?ノルックが言ったんだもんね?
期待の目で見つめると、数秒目を合わせてから「いいよ」と言って転移した。

薬草の採集は、山の家周辺を想定していた。

転移した場所は木が茂っていて空がほとんど見えない。
森のようだけど見たことのない場所だった。すぐ横でぽっかりと空いた洞窟の周りには透明な水が流れていて、その通り道の辺りはふわふわの苔で覆われている。

そこかしこに草木が乱雑に生えてるけど、一部の地面は潰されて歩きやすくなっている。不自然に窪んだり崩れたような跡も見えた。

「ここは…?」

ノルックを見上げると、一瞬だけ目があって、すぐ逸らされた。
転移した時の体勢のままで、逃げないようにか手が固定される。

身動きがとれなくされてしまったので、目線の合わない顔を見上げながらノルックが話し出すのを待った。

「ここは、あの大蛇の巣だ。」

瞬間、大木に叩きつけられた感触を思い出して硬直する。ノルックがゆっくりと抱きしめて、私の頭に頬を寄せた。

無意識にカタカタと震える私の背中を、ノルックがあやすようにはやさしく撫でる。

「ミノリ、大丈夫だ。ここに大蛇はもういない。
僕が、殺した。」

「ノルックが?」

震える腕のまま顔を起こすと、ノルックがふ、と笑った。

「ミノリを怪我させたこと、どうしても許せなかった。あの時は魔力も技術も足りなかったから、ミノリが回復したタイミングで養成所に戻ったんだ。養成所で魔力をつけながら使える魔法を増やして、討伐の許可が下りた時は真っ先にミノリを傷つけた大蛇やつを探し出して始末した。」

ノルックはその時を思い出したのか、瞳の光沢が燃えるようにゆらぎ、すぐに沈静化した。

「ミノリの元にすぐ戻れなかったのは誤算だったけどね。」と呟く。

「大蛇が住んでいた場所だから、草花を食べる動物がいなくて伸びっぱなしだ。割と珍しいものもあると思う。」

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