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24.誘拐

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いたた…

ソニアさんに、せっかく身を守れるようにブレスレット貰ったのに、咄嗟に動けなかったら意味ないじゃん。私のバカ…

冷たい床に寝かされていることに気付き、体を起こして見渡すと、見たことのない部屋だった。
最低限の家具しかない殺風景な部屋だ。

「手荒なことして悪いねぇ。でもこうして拐わないとあんたと話せなくてね。」

背後からキュリテの声がして振り向く。

「話ってなんですか?」

少しでも離れたくて、ずりずりと後ずさる。すぐに背中に硬い壁があたった。

「いやあもちろんノルジェーク・G・モンバードのことだ。」

「ノルックのこと…」

そりゃあ、私とキュリテの共通点といったら、ノルックしかない。

「あいつが魔力を捧げないと世界が滅びるってハナシは知ってるだろ?もうあまり時間がないってぇのに、ここ数日結界紋の書き換えに来やがらない。
あんた、原因に心当たりあるんじゃないか?」

「な…」

「あんたが現れてから計画通りにいかなくなったんだ。悪いけど、あいつが直前で逃げないようにあんたから離れてくれない?」

「そんな!…そもそも、なんでノルックだけが犠牲にならないといけないの?」

「あ?創世記の話くらい聞いたことあるだろ?」

「?」

聞いたことあるわけがない。ソニアさんもダイアさんもそんな話はしなかった。

「え。まじ?
 あー、あんな秘境で育ったんなら学とかないか。」

馬鹿にされてムッとするが、反論したところで事態が良くなる予感もないのでそのまま続きを促した。

「はぁ。めんどくせえな。
 じゃあざっくり言うが、

 世界には澱みというものが存在していて
 澱みが広がると
 生き物が凶暴化し
 作物が育たなくなる

 初めは小さな点だった澱みが
 どんどん広がり
 やがて大陸の殆どを覆い尽くす

 人々は徐々に食べるものもなくなり
 住処も壊され
 絶望に暮れていた時
 1人の聖人が現れた

 澱みを封じ
 傷ついた大地を癒し
 自らの命を糧に
 世界を結界で覆い守ったことで
 人々は魔法が使えるようになり
 世界は滅びずに済んだ

って話だ。」

なんか、聖書みたいな話だな。

「…その話が、ノルックになんの関係があるんですか?」

「ノルジェーク・G・モンバードは、ギルス族の末裔だ。ギルス族は世界を救った聖人の子孫のことを指している。
ギルス族の中であいつの魔力が最も濃くて精度が高い。あいつなら結界の再編成も1人で済む。ギルス族は貴重なんだ、犠牲は少ないに越したことはない。
ギルス族には感情を持たせない。それが世界共通の意向だ。…今までうまくいってたのに、あんたのせいで狂い始めた。
あんたがノルジェークの近くにいると世界が滅びるかもしれないんだよ。」

キュリテの目が怪しく光る。

「別に無理に命を頂戴したいとは思っていない。だから今話しているのは平和的にノルジェークから離れてほしいというお願いだ。
といっても、森の位置はノルジェークにすぐ見つかるから帰してやることはできないんけど、生きてればどこでもなんとかなるだろ?
…まあ、断るなら、あんたをどうこうするくらい訳もないんだけどね。」

首に向かって手を伸ばしてくる。届く前に振り払った。

「本当に、それしか方法がないんですか?ノルックが犠牲になるしか…」

「…ギルス族を束にして捧げれば、ノルジェーク1人じゃなくても結界を再編成することはできる。
厄介なことに、ギルス族以外の魔力は受け付けないんだ。それに、今回持ち堪えてもまた何十年後に綻びるかわからない。その時にギルス族が絶えていると困るんだよ。」

「…」

ノルックの未来だけが奪われるのが最善の方法だなんて…

「あんなにノルックの魔力がすごいって賞賛してたのに、ノルックが犠牲になることに賛成なの?」

「は?何言ってんだよ。ノルジェークが結界になるってことは、少なくとも生きてる間はノルジェークの魔力に包まれ続けることになるんだぜ?考えるだけで興奮するだろ?」

想定外の返答に言葉を失う。
…この人、話の通じないレベルの変態だ。

「ノルジェーク1人で、この世界に生きている何万何千の人を救うことができる。もちろんあんたも救われるうちの1人だ。わかるだろ?」

いつの間にか近づいてきていたキュリテが放心している私の肩に手を置こうとした瞬間、
頭上で何かが爆発した。

「な?!」

「見つけた。
キュリテ・バーナーム・ハングロップ。貴様を絶対に許さない。」

気が付けば部屋の上部がなくなって、冷たい風が吹き込んできた。
声の方を見ると夜空をバックにノルックが浮いている。

「なんでここがわかった?!」

「…誰がここ作ったと思ってんだよ。」

え。ここノルックが作ったの?!
ちょっと、どういうこと?ノルック大工業もやらされてるの?!

魔力無効のこの部屋に逃げれば撒けるとでも思った?」

視界の端から、爆発で飛び散った破片が空から落ちてくるのが見えて慌てて頭を守る体勢をとる。
けれど破片は当たりそうになる直前で跳ね返り、床に落ちていった。
不思議に思って顔を上げると、ノルックからもらったペンダントが存在を示すように瞬いている。

「あ、あぶね!あぶね!」

ノルックがキュリテに向かって光の球のようなものを連打している。キュリテは必死に防御しながら避ける。
流れ弾が飛んでくるけど、見えない壁に守られていて私には当たらない。

「埒があかねえからいったん離脱するけど、さっきの話よく考えてくれよな。
1人と世界、比べるまでもないだろ。」

そう言ってキュリテが魔法陣に吸い込まれていった。

「ち。逃げたか」

「ノルック!」

キュリテがいなくなったことを確認してから、ノルックが目の前に転移してきた。

「何もされてないか?」

「う、うん。部屋に現れた時、どこかチクってされたみたいだけど、もう大丈夫だと思う。ここでは話しただけ。」

「話?」

「…ノルックが心置きなく犠牲になれるように離れろってさ。」

別に口止めはされていない。キュリテにはムカついたので堂々と告げ口をしてやる。

「あの野郎…絶対殺す。」

追いかけそうだったので、逃がさないように袖を掴んだ。

「とりあえず、今日は帰れないかな?さすがに寒くて…」

ナイトドレス1枚で真冬の風を浴び続けるのはさすがに堪える。少しでも上下の歯を離すとぶつかり合うくらい体が震えてしまう。

「ごめん、ミノリ、すぐ移動する。」

ノルックは私を抱き抱えると、転移した。

転移先は暖炉があった。見たことがない部屋だ。

「モンバード様、如何なさいましたか。」

奥の扉から執事のハンさんが現れた。
てことは屋敷の中なのか。

「侵入者があった。ミノリが攫われた。
各部屋の警備を強化するように。あと医者を呼べ。」

「承知しました。」

ハンさんが部屋から出ていくと、暖炉の前にふかふかのソファのようなクッションが現れてそこに寝かされる。

「温まるからこれを飲め。」

ノルックから、どこからか出した湯気の上るカップを渡された。一口飲むとほんのり甘い。
半分まで飲むと微睡んできて、そのまま委ねるように意識を飛ばした。
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