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その後1
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艶やかな黄金色の髪に、長い睫毛に縁取られた空色の瞳の公爵は誰よりも魅惑的だった。
彼が微笑めばご令嬢は頬を染め、彼の甘く澄み透った声にご婦人方もうっとりと魅了された。
会話力や積極性がなくともただ微笑むだけで、人を惹きつけるオーラを持った彼は自然と輪の中心にいた。
数人の貴族やご婦人に囲まれている公爵を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。
公爵の瞳は優しく細められ、唇には笑みが浮かんでいる。
俺のことだけを見つめて俺にだけ微笑んでいるように見える。
胸をちりちりと焼かれるような思いに、思わず目を伏せる。
(こうやって微笑む穏やかな公爵が、本来の姿なんだよなぁ。勘違いしちゃダメだ。決して俺だけに微笑んでいるわけではない)
氷の貴公子と呼ばれていた冷淡で人形のような彼は鳴りを潜めた。
アマーリエや俺と向き合ったことで、本来の自分を取り戻したのかもしれない。
俺の成人後に家督を譲ると宣言した公爵は、この1年間積極的に公の場に出るようになった。
いままで出席を拒否していたパーティやお茶会などに、学園に入学した俺を随伴して参加した。
俺の横で穏やかに微笑む公爵の姿に、美しい公爵に憧れを抱きつつも冷酷さに引いていた貴族達がこぞって群がってきた。
公爵はそんな彼らを上手にあしらいながら、俺を上位貴族と引き合わせていった。
「タインフェル公爵のまわりは相変わらず人が集まっているねぇ。君の義父は男女問わず人気者だよ」
学園で出会った宰相の息子のカーティスは、頭脳明晰で裏表のあるいわゆる腹黒タイプだが、一目会ったときからなぜか彼とは馬があった。
というより俺が気に入られたという方が、正しいのかもしれない。
砕けた口調で話し、軽口もたたけるほどの仲になった。
彼はゲームの攻略対象の内の1人である。
ヒロインとはそこそこ交流しているようだが、彼が話したがらないようなので俺も深くは聞かない。
アマーリエの退場がゲームにも影響があるのかと思ってはいたが、ヒロインの恋愛ゲームが滞りなく進んでいるなら何よりだ。
ヒロインと俺の関係はというと…
すれ違い様にヒロインの落としたハンカチを拾ったことはあるが、ヒロインにハンカチを手渡しただけで特に会話には発展しなかった。
ヒロインは何か言いたそうに大きな目を更に開いて、ハンカチを手渡す俺をじっと見つめて考え込んでいた。
しかし俺はその視線をスルーしたので、彼女が何を考えていたのか、何を求めていたのかはわからない。
「そうだね。我が家にも義父への後添えの希望が数えきれないほどきているよ」
肩を上下させて大きくため息をつく。
「パーティに参加するようになって公爵は変わったもんな。とても親しみやすくなったし、女性陣が群がるのも頷けるよ。
もともとあの神々しいほどの美貌だしな。サミュエルが公爵を変えたのかい?」
カーティスは可笑しそうに歯を見せながら笑い、揶揄うような表情を浮かべる。
「もうっ、面白がるなよ。俺は関係ないよ。義父もなにか自分を考え直すことがあったんだろうよ」
頬を膨らませ不貞腐れた顔をして、抗議を示すようにカーティスの胸元に軽く拳を当てる。
(そう。俺が公爵を変えたわけじゃない。もともとの姿に戻っただけなんだ。
公爵は俺に不埒な感情をもったっていったけど…別にあれからそういう関係になったわけじゃないし。
期待していたわけじゃないけど…拍子抜けというか…)
公爵はアマーリエの事件があってから、公務など様々な場所へ俺を随伴するようになり、必然と一緒に過ごす時間が増えた。
事件のとき熱のこもった公爵の頬にキスをしたのが最後、特に色っぽいことなどはなかった。
(もしかして不埒な感情って…俺の勘違いだったのかな。てっきり恋愛対象として俺のことを見ていたのかと勘違いしてしまってたよ。
俺が公爵の美貌と優しさに惹かれていたから、その邪な気持ちが見せた願望だったのかもしれない。
あの笑顔だって俺にだけ向けているわけではないし…
だってあの人に比べたら俺はなんの取柄もないちっぽけな子どもだもんな)
カーティスは俯く俺の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜると、慰めるように頭をぽんぽんと軽く叩いてきた。
「サミュエル」
「………!?っ!はいっ!」
突然低い声で名前を呼ばれ、飛び跳ねそうになるほど驚いた。声の方に視線を向けると、集団から抜け出た公爵の姿があった。
少し前まで穏やかそうな表情をしていたのに、今は眉間に皺を寄せて、鋭い眼差しをしている。
(えっ?公爵怒ってる?なにか嫌なことでも言われたのだろうか?公爵なら嫌味でもうまくかわせるだろうに。
もしかして体調でも悪いのだろうか)
以前の冷酷そうな表情を浮かべていた公爵ならともかく、最近ではこんな不快そうな表情を浮かべるところを見たことはない。
「義父上、如何されましたか?」
慌ててカーティスの側を離れると公爵のもとへ駆け寄る。
公爵は少しいらいらとしたようにこめかみをトントンと指で叩いている。
「彼は?」
公爵は俺の質問に答えず、食い気味に質問をしてくる。
「タインフェル公爵様、ご挨拶が遅れすみません。フランダー侯爵家の次男のカーティスと申します。サミュエル様とは学友で懇意にしていただいてます」
俺が紹介するより早くカーティスが答える。
眼鏡をくいと持ち上げ、少し挑戦的な表情をしている。
「あぁ、宰相のところの。それはよかった。私のサミュエルは内向的なところがあるから親しい学友ができるか少し心配していたんだよ。
ぜひ、これからも友達として仲良くしてやってくれ」
公爵がカーティスを凝視すると、カーティスもその瞳を強く見返している。
(睨みあっている?なんか二人とも鋭く眼光を飛ばしているから睨みあっているみたいにみえるよ。気が合わないタイプなのかな)
公爵の険しい表情も久々に見たし、腹黒カーティスが厳しい顔を表に見せるのも初めて目にした。
「もちろんです」
強い口調でカーティスが答える。
「では、私達は帰ろうか、サミュエル」
有無を言わさぬ口調で公爵が言う。
公爵はきらきらとした笑みを浮かべているが、目は細められ口は固く閉じられていて感情が読めない。
俺は公爵のいつもと違う様子に少し戸惑いながら、公爵の手に引かれ、引き摺られるように会場を後にした。
彼が微笑めばご令嬢は頬を染め、彼の甘く澄み透った声にご婦人方もうっとりと魅了された。
会話力や積極性がなくともただ微笑むだけで、人を惹きつけるオーラを持った彼は自然と輪の中心にいた。
数人の貴族やご婦人に囲まれている公爵を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。
公爵の瞳は優しく細められ、唇には笑みが浮かんでいる。
俺のことだけを見つめて俺にだけ微笑んでいるように見える。
胸をちりちりと焼かれるような思いに、思わず目を伏せる。
(こうやって微笑む穏やかな公爵が、本来の姿なんだよなぁ。勘違いしちゃダメだ。決して俺だけに微笑んでいるわけではない)
氷の貴公子と呼ばれていた冷淡で人形のような彼は鳴りを潜めた。
アマーリエや俺と向き合ったことで、本来の自分を取り戻したのかもしれない。
俺の成人後に家督を譲ると宣言した公爵は、この1年間積極的に公の場に出るようになった。
いままで出席を拒否していたパーティやお茶会などに、学園に入学した俺を随伴して参加した。
俺の横で穏やかに微笑む公爵の姿に、美しい公爵に憧れを抱きつつも冷酷さに引いていた貴族達がこぞって群がってきた。
公爵はそんな彼らを上手にあしらいながら、俺を上位貴族と引き合わせていった。
「タインフェル公爵のまわりは相変わらず人が集まっているねぇ。君の義父は男女問わず人気者だよ」
学園で出会った宰相の息子のカーティスは、頭脳明晰で裏表のあるいわゆる腹黒タイプだが、一目会ったときからなぜか彼とは馬があった。
というより俺が気に入られたという方が、正しいのかもしれない。
砕けた口調で話し、軽口もたたけるほどの仲になった。
彼はゲームの攻略対象の内の1人である。
ヒロインとはそこそこ交流しているようだが、彼が話したがらないようなので俺も深くは聞かない。
アマーリエの退場がゲームにも影響があるのかと思ってはいたが、ヒロインの恋愛ゲームが滞りなく進んでいるなら何よりだ。
ヒロインと俺の関係はというと…
すれ違い様にヒロインの落としたハンカチを拾ったことはあるが、ヒロインにハンカチを手渡しただけで特に会話には発展しなかった。
ヒロインは何か言いたそうに大きな目を更に開いて、ハンカチを手渡す俺をじっと見つめて考え込んでいた。
しかし俺はその視線をスルーしたので、彼女が何を考えていたのか、何を求めていたのかはわからない。
「そうだね。我が家にも義父への後添えの希望が数えきれないほどきているよ」
肩を上下させて大きくため息をつく。
「パーティに参加するようになって公爵は変わったもんな。とても親しみやすくなったし、女性陣が群がるのも頷けるよ。
もともとあの神々しいほどの美貌だしな。サミュエルが公爵を変えたのかい?」
カーティスは可笑しそうに歯を見せながら笑い、揶揄うような表情を浮かべる。
「もうっ、面白がるなよ。俺は関係ないよ。義父もなにか自分を考え直すことがあったんだろうよ」
頬を膨らませ不貞腐れた顔をして、抗議を示すようにカーティスの胸元に軽く拳を当てる。
(そう。俺が公爵を変えたわけじゃない。もともとの姿に戻っただけなんだ。
公爵は俺に不埒な感情をもったっていったけど…別にあれからそういう関係になったわけじゃないし。
期待していたわけじゃないけど…拍子抜けというか…)
公爵はアマーリエの事件があってから、公務など様々な場所へ俺を随伴するようになり、必然と一緒に過ごす時間が増えた。
事件のとき熱のこもった公爵の頬にキスをしたのが最後、特に色っぽいことなどはなかった。
(もしかして不埒な感情って…俺の勘違いだったのかな。てっきり恋愛対象として俺のことを見ていたのかと勘違いしてしまってたよ。
俺が公爵の美貌と優しさに惹かれていたから、その邪な気持ちが見せた願望だったのかもしれない。
あの笑顔だって俺にだけ向けているわけではないし…
だってあの人に比べたら俺はなんの取柄もないちっぽけな子どもだもんな)
カーティスは俯く俺の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜると、慰めるように頭をぽんぽんと軽く叩いてきた。
「サミュエル」
「………!?っ!はいっ!」
突然低い声で名前を呼ばれ、飛び跳ねそうになるほど驚いた。声の方に視線を向けると、集団から抜け出た公爵の姿があった。
少し前まで穏やかそうな表情をしていたのに、今は眉間に皺を寄せて、鋭い眼差しをしている。
(えっ?公爵怒ってる?なにか嫌なことでも言われたのだろうか?公爵なら嫌味でもうまくかわせるだろうに。
もしかして体調でも悪いのだろうか)
以前の冷酷そうな表情を浮かべていた公爵ならともかく、最近ではこんな不快そうな表情を浮かべるところを見たことはない。
「義父上、如何されましたか?」
慌ててカーティスの側を離れると公爵のもとへ駆け寄る。
公爵は少しいらいらとしたようにこめかみをトントンと指で叩いている。
「彼は?」
公爵は俺の質問に答えず、食い気味に質問をしてくる。
「タインフェル公爵様、ご挨拶が遅れすみません。フランダー侯爵家の次男のカーティスと申します。サミュエル様とは学友で懇意にしていただいてます」
俺が紹介するより早くカーティスが答える。
眼鏡をくいと持ち上げ、少し挑戦的な表情をしている。
「あぁ、宰相のところの。それはよかった。私のサミュエルは内向的なところがあるから親しい学友ができるか少し心配していたんだよ。
ぜひ、これからも友達として仲良くしてやってくれ」
公爵がカーティスを凝視すると、カーティスもその瞳を強く見返している。
(睨みあっている?なんか二人とも鋭く眼光を飛ばしているから睨みあっているみたいにみえるよ。気が合わないタイプなのかな)
公爵の険しい表情も久々に見たし、腹黒カーティスが厳しい顔を表に見せるのも初めて目にした。
「もちろんです」
強い口調でカーティスが答える。
「では、私達は帰ろうか、サミュエル」
有無を言わさぬ口調で公爵が言う。
公爵はきらきらとした笑みを浮かべているが、目は細められ口は固く閉じられていて感情が読めない。
俺は公爵のいつもと違う様子に少し戸惑いながら、公爵の手に引かれ、引き摺られるように会場を後にした。
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