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スザンヌ様の思い

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「オリヴィア=ポートレット公爵令嬢、義妹シエンナ嬢に対する非道な行いは私の婚約者として相応しくない。
貴様との婚約を破棄して、シエンナ=ポートレット公爵令嬢と婚約することを宣言する」
いつものように腕にシエンナをぶら下げて王子が高らかに宣言する。
シエンナはぷるぷると震えながらも、その口角は上がっており勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

前回と同じならここで会場中がざわつくのよね。
前回も今回も会場の雰囲気は私に好意的だし、王子やシエンナの行動に疑問を持つ者の方が多いわ。

―殿下はどうされたのかしら・・
―オリヴィア様のほうが虐められているのに、逆のことを言うなんてシエンナ様に篭絡されておかしくなってしまわれたのかしら
―女に現を抜かし、真実を見抜けないなんて王太子として失格だな
―陛下に進言して王太子候補から除外してもらったほうがよいのではないか、愚かな王のもとではこの国の将来はない

「恐れながら申し上げます。わたくしどもはオリヴィア様やシエンナ様と学園でご一緒させていただいておりますが、オリヴィア様がシエンナ様に対し非道な行いをされていたという事実を把握しておりません。
そのように断言されているということは確固たる証拠がおありになるのでしょうか?」

側近アランの婚約者スザンヌが手を挙げて発言すると、会場のノイズが消えしんと静まり返る。
王子の返答を会場の子息や令嬢が固唾をのんで見守っている。

「確固たる証拠?ああ、このシエンナ嬢が証言している。シエンナ嬢が嘘をつく理由がない。
オリヴィアに虐められ怯えて話すことすらままならないシエンナ嬢が私にだけ心を開いて話してくれたのだ。
このことが何よりの証拠であろう」

確固たる証拠という言葉に耳をピクリとさせて一瞬だけ動揺する素振りを示しながらも、すぐに平静を装い強い口調で答えた。
シエンナは私からスザンヌに視線を向けると、唇を歪め唇を噛み締めている。

「わたくしはオリヴィア様が虐めている事実など目撃しておりません。
シエンナ様の証言が証拠となり得るのでしたら、わたくしの証言も証拠となりえると思いますが、殿下はいかがお考えでしょうか」

王子へ物申すなんて不敬であり勇気のいる発言である。
スザンヌの握りしめた拳は小刻みに震えているし、額には汗が滲んでいる。

(スザンヌは私のことを思って発言してくれたのかしら…
いいえ…それはないわね。行動を共にしていても私とスザンヌの間に友情などはないもの…
私を助けるためではなく、アラン…自分の婚約者を守るために奮闘しているんだわ。
暴走した王子を制御できなかった側近は処分される恐れがあるもの。
アランじゃなくてスザンヌが進言するということは、アランの説得は失敗に終わったのかしら…)

―王子はシエンナ嬢の発言だけで決めつけていたのか
―ここでスザンヌ嬢の発言を認めなければ矛盾が生じるな

「スザンヌ嬢、確かに其方はオリヴィアの学園での行動を確認できる立場にいる。
だが、シエンナ嬢はオリヴィア嬢の義妹であり虐めは家族間で行われているものだ。
其方には家庭内という密室の中でのオリヴィア嬢の行動など把握できないであろう」

王子は目を伏せゆっくりと首を横に振る。

「ではオリヴィア様の髪についてはどう思われますか?命とも言われる髪を殿下の言われる密室の中で無惨に切られているようですが…」

スザンヌの発言に王子が私の髪をじろりとみる。言われて初めて気が付いたのだろう、目を大きく開き驚きを隠せないでいる。

「そ…それがどうした?性格の歪んだオリヴィアのことだ。私の気を引くために奇行に走ったのだろう」

苦々しそうに発言する。

「恐れながら仮に奇行に走ったとしてもわたくしども貴族の令嬢が髪の毛を自分で切るなど決してあり得ません。
命を絶つようなものです。
オリヴィア様の金髪の髪を妬んだどなたかが…例えば茶色の髪の方などが…激情にかられて強硬に及んだと判断されるほうが自然だと思います」

この国において貴族の令嬢の髪の毛は重要だ。
王子がそのことを知らないわけがない。
焦ったように私の右耳横の短くなった髪とスザンヌの顔を何度も見ている。

「たしかに…自分で切ったのではないのかもしれない。だが、それとシエンヌ嬢への虐めは別の問題だ。ポートレット公爵家の使用人に愚かなものがいたのであろう」

「わたくしは以前よりオリヴィア様が何か我慢されているような辛そうな表情をされているところを何度も確認しておりました。
オリヴィア様からシエンナ様への虐めなどはなく、むしろシエンナ様からオリヴィア様への高圧的な態度を何度かお見かけしております。
ご家庭のことに口を出すべきではないと見守っておりましたが、わたくしがオリヴィア様のお心に寄り添うことができていたら…
わたくしは普段のシエンナ様の行動、そして切られた髪の毛、このことからもシエンナ様の方がオリヴィア様を虐げておられたのではないかと思います」

真摯に話すスザンヌの言葉が心に沁みてくる。

(ああ、スザンヌは私のことを大切に思ってくれていたのね。
私がかたくなに心を閉ざさなければ関係も変わっていたのかしら…
もし今度こそ生きることができたらスザンヌ様と打ち解けたい…)

「スザンヌ様……私のことを信じてくださってありがとうございます」

「オリヴィア様…」

会場にいる子息は繰り返し小さく頷き、令嬢は目を潤ませ涙を浮かべている。




「むつ…アラン!スザンヌ嬢は其方の婚約者であろう。発言を慎むようになんとかしたまえ」
劣勢を感じ取った王子が後ろで控えるアランへと声を荒げる。

「恐れながら…スザンヌの言うように確固たる証拠がない以上このまま婚約破棄をすることは難しいかと…
オリヴィア様の髪の毛の切断の件も含め事実確認が必要かと思われます」


しんと静まり返った会場の中でアランの声が響く。

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