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イザベラの処分
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ユランは庭園を眺めていた。
かなりの時間ぼんやりとしていたのだろう。気が付けば日が暮れていた。
「ユラン様、メテオ様がいらっしゃいました」
苦々し気に話すヒースの言葉に、ユランはハッと顔を上げて首を縦に頷いた。
伯爵邸に戻ってから2週間が経過したが、ユランの声は戻らなかった。
伯爵からの申し入れにより騎士科への転科は取消となり、魔法科へ戻れることになったが、ユランの体調を鑑み現在は休学中となっている。
ユランは課題をする以外のほとんどの時間を庭園で過ごしていた。
(メテオ様ならイザベラのことをよく知っているだろう。
どうしてイザベラが刃物を持ち出すようなことをしたのか僕は知っておきたい…)
*
「ユラン様、お手紙ありがとうございます。すっかり完治されたとの事、何よりです。
あのような振る舞いをした私にご連絡をいただけるとは思っておりませんでした。
……声はまだ戻らないのですね…」
メテオは別人のようにやつれていた。
ユランがこくんと頷くと、メテオはこけた頬を歪め悲壮な面持ちになった。
「私の方からこんなことをいう資格はないのですが、例の条件についてはないものとさせてください。
ユラン様を傷つけ、悩ませてしまい本当に申し訳ありません」
眉を八の字にして物悲し気に微笑むメテオの手をとりユランはゆっくりと首を横に振る。
メテオは溢れそうになる涙をあわてて袖で拭う。
「すみません…つい…
それで…イザベラ嬢のことでしたのよね…私がわかる範囲であればお答えしましょう」
メテオは小さく息を吐いた。
「イザベラ嬢と親しく話すようになったのは、入学式から数週間経った頃です。
わたしの方からイザベラ嬢へ声を掛けました。
イザベラ嬢は入学したころからなぜかユラン様に敵意を抱いていて、ユラン様の言動を咎めていました。
その一方で矛盾したように…『私はユラン様から好意を抱かれている』という妄想を嬉しそうに語っていました。
ただの愚かな勘違い女だと思っていたのですが…
ある時ある妄想を話されまして…」
その当時の事を思い出したのか、メテオの顔にかすかに冷笑にも似た奇妙な笑みが浮かんだ。
(妄想?)
ユランは首を傾げた。
「えぇ、妄想です。それも荒唐無稽な…
自分は別の世界の人間で、生まれ変わりであると…今いる世界は、前世でプレイしたゲームの世界であると…
自分はそのゲームのヒロインで、王子やカール、ヒースと恋愛をするのだと…
それを邪魔するのがユランだと…
にやにやほくそえみながら妄想を語っていました」
(やはり、イザベラも前世の記憶があったんだね。だからあんなに自信ありげに行動をしていたのだろう…)
ユランはイザベラの強行を思い出し、少し身震いした。
「辛いことを思い出させてしまったようですね。すみません。
ですが、今考えればあのイザベラも哀れな女だったのです。いつか狂ったようにぶつぶつと言っていました。『今度こそ主役になれるとおもったのに…』と…
妄想の中の前世で彼女は容姿に恵まれない女性だったようです。可愛らしい容姿の妹といつも比べられ虐げられていたと…そんな妹に対抗するように勉学に励むが、どれだけ結果をだそうとも誰からも認められることなく、次第に卑屈になっていったようです。
そんなあり得ない妄想を現実の事と思い込み追い詰められていったのでしょう。
卑屈で不細工な自分が幸せになるにはゲームと同じように恋愛するしかないと…」
(そうか……方向性は違うけれど、イザベラも僕と同じように辛い前世を送っていたんだ…
誰からも愛されることなく、今度こそは愛されたいと…)
ユランはイザベラと自分をいつしか重ね合わせ、こみ上げてくる悲しい思いを抑えきれずに涙が零れた。
「ユラン様泣かないでください。自分の幸せを願った行動とはいえ、貴方を傷つけてよいわけではない…
私もイザベラも自分勝手な目的のために貴方を傷つけてしまったのです…決して許されることではありません」
俯くメテオにユランはメモを渡した。
ーーイザベラ嬢はメテオ様に好意を抱いていたのではないですか?
メテオはそのメモを見て、憐憫とも絶望とも言えない表情をした。
(好意を抱いていなければ…心を開いていなければ、前世のことを話さないだろう…
きっとイザベラがメテオ様を刺そうとしたのも愛情からくる反動だろう…
メテオ様もイザベラの気持ちに気付いていた?)
「そんなことは…いえ…いや…少なくとも私には心を開いていたのかもしれません。それでも、私にはユラン様しか見えておりませんでした。私は貴方の全てに惹かれていましたので…
そのことが結果的に彼女を追い詰め、貴方を傷つける原因となったのかもしれません」
メテオは唇を噛み締め、拳をぎりぎりと握りしめている。
(メテオはイザベラを傷つけたことを後悔しているようだ…)
ーー僕にもイザベラと同じように前世の記憶があります。僕はイザベラに幸せになってほしいです。
ユランが渡したメモにメテオは驚愕の表情をした。
*
イザベラはこの度の事件を受け牢獄に入れられていた。
イザベラに匂い袋を渡された人物については、数十人に及んだが、王家の別荘に隔離され治療が行われた。
魅了効果を及ぼす花『イザベラ』については全て焼き払われた。
イザベラの処分は難航した。
精神操作をする危険人物は排除した方がよいという意見がでたが、死刑はさすがに犯した犯罪にそぐわない。
結果的に前回の罪と併せてイザベラは国外追放処分となり、監視者としてアンギュー子爵家のメテオが立候補した。
数週間後メテオは学校を退学し、イザベラと婚姻のうえ隣国へと旅立った。
かなりの時間ぼんやりとしていたのだろう。気が付けば日が暮れていた。
「ユラン様、メテオ様がいらっしゃいました」
苦々し気に話すヒースの言葉に、ユランはハッと顔を上げて首を縦に頷いた。
伯爵邸に戻ってから2週間が経過したが、ユランの声は戻らなかった。
伯爵からの申し入れにより騎士科への転科は取消となり、魔法科へ戻れることになったが、ユランの体調を鑑み現在は休学中となっている。
ユランは課題をする以外のほとんどの時間を庭園で過ごしていた。
(メテオ様ならイザベラのことをよく知っているだろう。
どうしてイザベラが刃物を持ち出すようなことをしたのか僕は知っておきたい…)
*
「ユラン様、お手紙ありがとうございます。すっかり完治されたとの事、何よりです。
あのような振る舞いをした私にご連絡をいただけるとは思っておりませんでした。
……声はまだ戻らないのですね…」
メテオは別人のようにやつれていた。
ユランがこくんと頷くと、メテオはこけた頬を歪め悲壮な面持ちになった。
「私の方からこんなことをいう資格はないのですが、例の条件についてはないものとさせてください。
ユラン様を傷つけ、悩ませてしまい本当に申し訳ありません」
眉を八の字にして物悲し気に微笑むメテオの手をとりユランはゆっくりと首を横に振る。
メテオは溢れそうになる涙をあわてて袖で拭う。
「すみません…つい…
それで…イザベラ嬢のことでしたのよね…私がわかる範囲であればお答えしましょう」
メテオは小さく息を吐いた。
「イザベラ嬢と親しく話すようになったのは、入学式から数週間経った頃です。
わたしの方からイザベラ嬢へ声を掛けました。
イザベラ嬢は入学したころからなぜかユラン様に敵意を抱いていて、ユラン様の言動を咎めていました。
その一方で矛盾したように…『私はユラン様から好意を抱かれている』という妄想を嬉しそうに語っていました。
ただの愚かな勘違い女だと思っていたのですが…
ある時ある妄想を話されまして…」
その当時の事を思い出したのか、メテオの顔にかすかに冷笑にも似た奇妙な笑みが浮かんだ。
(妄想?)
ユランは首を傾げた。
「えぇ、妄想です。それも荒唐無稽な…
自分は別の世界の人間で、生まれ変わりであると…今いる世界は、前世でプレイしたゲームの世界であると…
自分はそのゲームのヒロインで、王子やカール、ヒースと恋愛をするのだと…
それを邪魔するのがユランだと…
にやにやほくそえみながら妄想を語っていました」
(やはり、イザベラも前世の記憶があったんだね。だからあんなに自信ありげに行動をしていたのだろう…)
ユランはイザベラの強行を思い出し、少し身震いした。
「辛いことを思い出させてしまったようですね。すみません。
ですが、今考えればあのイザベラも哀れな女だったのです。いつか狂ったようにぶつぶつと言っていました。『今度こそ主役になれるとおもったのに…』と…
妄想の中の前世で彼女は容姿に恵まれない女性だったようです。可愛らしい容姿の妹といつも比べられ虐げられていたと…そんな妹に対抗するように勉学に励むが、どれだけ結果をだそうとも誰からも認められることなく、次第に卑屈になっていったようです。
そんなあり得ない妄想を現実の事と思い込み追い詰められていったのでしょう。
卑屈で不細工な自分が幸せになるにはゲームと同じように恋愛するしかないと…」
(そうか……方向性は違うけれど、イザベラも僕と同じように辛い前世を送っていたんだ…
誰からも愛されることなく、今度こそは愛されたいと…)
ユランはイザベラと自分をいつしか重ね合わせ、こみ上げてくる悲しい思いを抑えきれずに涙が零れた。
「ユラン様泣かないでください。自分の幸せを願った行動とはいえ、貴方を傷つけてよいわけではない…
私もイザベラも自分勝手な目的のために貴方を傷つけてしまったのです…決して許されることではありません」
俯くメテオにユランはメモを渡した。
ーーイザベラ嬢はメテオ様に好意を抱いていたのではないですか?
メテオはそのメモを見て、憐憫とも絶望とも言えない表情をした。
(好意を抱いていなければ…心を開いていなければ、前世のことを話さないだろう…
きっとイザベラがメテオ様を刺そうとしたのも愛情からくる反動だろう…
メテオ様もイザベラの気持ちに気付いていた?)
「そんなことは…いえ…いや…少なくとも私には心を開いていたのかもしれません。それでも、私にはユラン様しか見えておりませんでした。私は貴方の全てに惹かれていましたので…
そのことが結果的に彼女を追い詰め、貴方を傷つける原因となったのかもしれません」
メテオは唇を噛み締め、拳をぎりぎりと握りしめている。
(メテオはイザベラを傷つけたことを後悔しているようだ…)
ーー僕にもイザベラと同じように前世の記憶があります。僕はイザベラに幸せになってほしいです。
ユランが渡したメモにメテオは驚愕の表情をした。
*
イザベラはこの度の事件を受け牢獄に入れられていた。
イザベラに匂い袋を渡された人物については、数十人に及んだが、王家の別荘に隔離され治療が行われた。
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精神操作をする危険人物は排除した方がよいという意見がでたが、死刑はさすがに犯した犯罪にそぐわない。
結果的に前回の罪と併せてイザベラは国外追放処分となり、監視者としてアンギュー子爵家のメテオが立候補した。
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