当て馬令息はフラグを回避したい

西楓

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(イザベラ視点)メテオ

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(イザベラ視点)


(どうしてこんな事になったのだろう)

魔女の雫を隣国から密輸入し使用した罪で、学校は退学処分となり、2年間の労役を科された。父のウエスト男爵は爵位取り上げとなり、イザベラも同様に平民となった。

処分に納得のいかぬまま、労役のために馬車に揺られ僻地へ向かった。逃亡防止のために形ばかりの拘束をされ、御者と騎士の3人だけのわびしい移動である。御者は専用座席で馬車を操作し、騎士は一人で騎行している。道中イザベラは馬車の中で一人で過ごし、誰とも言葉を交わすことはない。

(仮に騎士が馬車の中に同行したとしても、私になど話しかけてなど来ないでしょう。彼のまるで虫けらでも見るかのような蔑んだ目…前世で私を見ていたアイツらの目と同じ…)

イザベラの犯行を知る騎士は冷ややかな目でイザベラをみつめ、必要事項以外は決して口にしない。
カラカラという車輪の音を聞きながら、不細工と言われ虐げられた前世の自分と、可愛らしく生まれたイザベラとしての人生を省みる。イザベラの口から卑屈な笑いが漏れた。

(どんなに美しい容姿に生まれても、恵まれた環境に生まれても、所詮脇役には脇役の人生しか歩めないのね。いつも主役となるのはどうせ妹みたいな要領の良い人間なんだわ)




ヒヒーン。


外が騒々しくなり言い争いをしているような物音が響き、突然馬車が止まった。

(どうしたのかしら。まだ、出発してそんなに時間が経ってないのに)

労役所のある僻地までは馬車で丸5日間かかる。移動2日目の今日は、つい数時間前に宿屋を出発したばかりだった。
イザベラが不思議に思いながら外の様子を伺うと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「イザベラお嬢様、お助けに参りました」

馬車の扉が開きウェスト男爵家の護衛が中に入ってきた。イザベラの両手の拘束を解き、目元を覆う布を外した。彼の手を借り馬車から降りると、外には30名ほどのウェスト男爵家の使用人が跪いていた。

イザベラが事件を起こし身柄を拘束されると、使用人は結束しイザベラの救出へと動き出していた。彼等は一番警戒が解ける道中を狙い、御者と騎士を人数で制圧した。

(どうして、こいつらは罪を犯してまで私を救おうと……あぁ、そうだったわ…匂い袋で私への好意を植え付けているからね。魅了の力は強烈だもの。
ふふっ…結局、素のままの私を好きになる人なんて誰もいないん……あの人だけは違う…いや、違うと思っていたけれど…)




あの人…アンギュー子爵家メテオ…

「イザベル嬢、そんなに険しい顔をしてどうされたのですか?貴女にはそんな顔は似合いませんよ。私でよければ話してください」

匂い袋の力無しに優しく接してくれた唯一の人。
唯一解析魔法のみ優れ、他には何の取り柄もない平凡な人間。
記憶に残らない容貌でパッとしない子爵家の次男。
イザベラはいつしか勉強しか取り柄のない前世の自分とメテオを重ね合わせていた。

(所詮メテオなんて負け組の人生ね。可哀想に…
今の私イザベラは違う。可愛い顔をしているし、そもそもヒロインだもの。何もしなくても誰からも好かれ、王子みたいな人気者から愛される選ばれた存在なんだわ)

男のくせにどこか前世の妹に似て、何の能力もないくせにクラスメイトの男性陣からチヤホヤされる人間…ユランの近くにメテオはいた。

「あら、そんな上手なことをおっしゃっても、貴方はユラン様の味方なんでしょう?」

「何をおっしゃってるんですか?私は美しい貴方の味方ですよ。ユラン様はただのクラスメイトにすぎません」

ただのクラスメイト…ユランには興味ない…
(メテオなんてただの平凡なモブだけれど…この男は匂い袋の力を使わなくても私の味方なのよ…
あんなバグのユランより私…
妹よりも私を選んだのね。
もし攻略対象がメテオだったら…ふふ…こんな平凡な男が攻略対象にはなり得ない。
私はヒロインなのだから、王子やカール、ヒースみたいな美形で優秀な男性から愛されないと…
素敵な男性と恋仲になれば、みんな私を羨望の眼差しで見てくるわ。どうせなら全て手に入れなければ…)


「私には前世の記憶があるのよ」

いつしかメテオに心を許したイザベラは前世の記憶を話した。
別の世界で人生を歩み、死んでしまった事
この世界が、前世でプレイしたゲームの世界に酷似している事
自分はヒロインで、みんなから愛される存在である事
攻略対象の王子達と恋愛をしなければいけない事

メテオはイザベラの荒唐無稽な話を否定する事なく聞いてくれた。ただ、優しく受け入れてくれた。

(あいつら取り巻きには匂い袋を渡してるのに、『ユラン様はいい人だと思います』とか言ってきたけれど…
メテオは違う。匂い袋なんてなくても、私の身体を差し出さなくても、メテオは私の味方なんだわ。
この男なら前世の私に対しても…いや…イザベラの顔が可愛いから…
この男も所詮顔、外見に騙されてるのね…私の中身なんて誰も…こんなモブに心を許してはだめだ)


「なるほど…ではこの匂い袋の成分を分析してみましょう」
優秀なメテオは魅了する成分を抽出し凝縮することに成功した。メテオの才能に感嘆し身震いした。

(これでカールを堕とせる。ゲームのストーリー通りに進行できる。私はゲームのストーリーを擦れば幸せになれる。あのヒロインのようにハッピーエンドを迎えられる)

いつしかイザベラの頭の中では現実とゲームの境界線がなくなっていった。現実に繋ぎ止める唯一の存在がメテオだった。

(もし、前世の記憶など無ければ、メテオと恋愛したり婚約したり幸せになれていたのだろうか…)

イザベラは暴走する自分を自分でとめることができなくなった。感情に流されるままにユランを追い詰め、ドゥェインを仲間に引き摺り込み、強行に及んだ。

金で雇ったドゥェインもがユランの味方になり、身体で籠絡したはずの取り巻きもイザベラを裏切った。

(何これ…結局顔だけの妹が全部美味しい所を持っていくのね)

実演場の外からバタバタと駆け込んでくる足音が耳に飛び込んできた。

(だれ?…メテオ…助けにきてくれた?)

「ユラン様、ご無事ですか?」
メテオは一直線にユランのもとへ駆け寄ると、ドゥエインを突き飛ばしユランを抱き上げた。

(えっ⁉︎メテオ?何しているの?私はここよ?あぁ、ユランを貶めるために演技をしているのね…
えっ?演技はいつまで続くの?ユランに挿入したら、ユランがメテオを好きになってしまうじゃない…私のメテオに…)

イザベラはそれからの事はあまり覚えていなかった。王子が実演場へ駆けつけユランを救い出すと、イザベラを拘束していた取り巻きが騎士に代わり、王宮へ連行され取り調べを受けた。

(メテオが裏切った?最初からユランを手に入れようと私に近づいてきた?コイツらは何を言っているの?
メテオは私を助けようとしてユランの味方の演技をしていたのに…そう…私の味方…)






「イザベラ様、ウェスト邸には追手が来るかもしれません。男爵が内密に管理している別荘がありますので、そちらへ向かいましょう」

「分かったわ。その前にアンギュー子爵邸に回して頂戴。確かめたいことがあるの」

数名を後処理のため現地に残し、念のため身を守る為のナイフを持ってイザベラは残りの20数名の使用人と共にアンギュー子爵邸へ向かった。

(他の人が言うことなんて信じない。メテオの事は私がよく知っている。メテオは私の味方…)

向かう馬車の中、イザベラの心はメテオへの信頼心と猜疑心で揺らいでいた。幻聴に葛藤する中、イザベラは耳を塞ぎ周囲の音をシャットダウンした。

アンギュー邸の玄関口では顔見知りの執事がイザベラを見ると、驚愕の表情をして固まった。執事はすぐに我にかえるとイザベラを制止し、別の使用人が慌てて奥の部屋にバタバタと駆けて行った。

(この人達も私とメテオを引き裂こうとしているのね)

イザベラは制止する執事を払い除け、中へと侵入した。イザベラを守るように使用人が周囲を取り囲む。
慌てたアンギュー家の使用人が手でバリケードを作り行く手を遮るが、薙ぎ倒して奥の部屋へと進んだ。

(メテオは…サロンにいるのかしら)

何度か訪れたアンギュー邸のサロンへ、イザベラは迷う事なくまっすぐ進んだ。

「おやめください、イザベラ様。憲兵隊を呼びますよ」
「おやめください」



妨害を試みる羽音が聞こえる中、サロンのドアを開けた。
メテオは砂漠のど真ん中に突然放り出されたようなあっけに取られた表情をしていた。

(こんな表情もするのね)

メテオの動揺に笑いがこみ上げてきたとき、メテオの目の前に立つユランの存在に気付く。

(どうしてメテオの屋敷にユランが?)

頭の中が真っ白になり、急ブレーキをかけられたように動揺が身体中を駆け巡る。震える身体を自分の腕で抱きしめ、服の上から皮膚を掻きむしる。

(ユランがメテオの屋敷にいる。メテオはユランを?二人は親密な関係だったの?
あの人達の言うことは本当だったの?私のことを最初から騙していたの?)

ポツリと現れた荒々しい感情が波紋のように一気に広がっていく。イザベラは身体の奥から渦巻く黒い煙に心を支配されていった。

「メテオーーっ!!」

沸き立つ怒りを抑え切れず、イザベラはメテオに向かってナイフを振り下ろした。
メテオを守るようにユランが間に入ってきたが、イザベラの目にはもう何も映らなかった。この世界を切り裂き、全てを破壊してしまいたかった。

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