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ユランの生命力
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カールとヒースは馬車で子爵邸にむかった。
馬車の中でじっと座っている間にも刻々と時が過ぎていく。こうしている間にもユランの命が少しずつ削られていると考えるといてもたってもいられなかった。
駆けだしたい気持ちを抑えるように、カールは拳を強く握りしめた。
屋敷の外は騎士や野次馬が集まり、慌ただしい雰囲気が漂っていた。喧噪の中を駆け抜けると玄関口で執事が出迎えた。
「こちらです」
執事の案内で広い客室へと足を向けると、前方のドアの前に人影が待ち構えているのが見えた。一瞬目を凝らしたが、すぐにその影の正体に気付き肩の力を抜いた。
「父上、ユランの容態は?」
「出血は止まり危機は脱したが、いまだユランの意識は戻らない」
「ユランの様子を見てもよろしいでしょうか」
「あぁ、顔を見てあげなさい」
広いベッドで眠る生気を失ったユランは、蜻蛉のように今にも儚く消えてしまいそうで、カールの心は一気に冷え込んだ。
「ユランっ‼︎」
上着は剥ぎ取られ、露わになった腹部に当てられた白布は赤く滲んでいた。唇は紫色に変色しており、身体は小刻みに震えている。浅い呼吸を繰り返すユランの頬を触ると冷たく、カールは恐怖のあまり身震いをした。
(昨日は普通で…元気にしていたのに…もしかして…)
最悪の事態が頭に浮かび、カールは慌てて被りを振ると、医師へ確認した。
「先生、ありがとうございます。ユランの症状はいかがしょうか?」
「未だ目覚めてはないが、症状は安定しております。ユラン殿の咄嗟の判断のおかげです。
ユラン殿が刺さった刃物を抜かずにいたことで出血多量になることもなく、私が駆けつけてから即座に治療を施すことが出来ました。
刺し所が悪ければ心の臓が止まっていたかも知れません」
「心の臓が…」
心の臓が止まってしまっては呼吸が停止し生命の流れが完全に途絶えてしまう。どんなに治癒魔法で治療を施しても生き返らせる事は出来ない。カールは息を呑んだ。
ユランの腹部には幅2センチ、深さ7~8センチの刺し傷があり、左手の甲にも長さ約4センチの浅い切り傷があった。
医師の治療により出血は止まったが、臓器に付いた傷によりショック症状を起こし、意識不明となっている。
「あとは本人の生命力を信じ、生命魔法と治癒魔法で治療を施していきましょう」
医師の言葉に、カールは大粒の涙を流しながら頷いた。
カールが医師から説明を受けている頃、王子と3名の王宮魔術師が子爵邸に到着し、廊下を一気に走り抜けユランの眠る部屋へと駆け込んできた。大きな鞄を持った見覚えのある魔術師達はすぐさま状況を察し、いくつか医師に確認を取ると、各々ユランへ治癒魔法や生命魔法を施した。
「私共が必ずユラン様を治療いたしますので、カール様はひとまず休んでください」
病み上がりの身に長距離の移動は負担がかかり、カールの顔は真っ青で今にも倒れそうだった。
治療を医師と魔術師に任せ、カールと王子は伯爵と共に応接室へと移動した。
応接室で出迎えたアンギュー子爵とメテオの顔は傍目にもわかるほど、疲労と憔悴で黒ずんでいた。
「この度はご子息をこのような目に合わせてしまい申し訳ありません」
*
遡ること数時間前。
王宮から伯爵邸に帰った翌日のこと。
ユランはカールの回復のお礼と例の件で、アンギュー子爵邸を訪れた。ブルーを基調としたサロンへ案内されると、ユランはメテオに深く礼をした。
交換条件を突きつけた薄情な自分に対しても純粋に感謝の意を表すユランの姿は清廉で、メテオは己の醜さに自己嫌悪を覚えた。
条件を撤回しようという気持ちと、撤回したくない気持ちがせめぎ合い、メテオは条件のことをなかなか口に出せずにいた。テーブルを挟んで向かいの椅子に座るユランの顔を複雑そうな表情で見つめる。
「メテオ様。私がメテオ様のものになるという話で…」
意を決してユランが話し始めたとき、入り口がガヤガヤと騒がしくなった。
目を向けるとイザベラと複数の使用人がなだれ込んできた。メテオとユランは思わず立ち上がり、入り口へと身体を向ける。使用人は二十数人いたであろう。子爵家の使用人が静止しようと試みているが、多勢に無勢で敵わない。
イザベラはメテオの向かいに立つユランの姿を目にすると一瞬虚を突かれたように狼狽したが、すぐに眉をピリピリと振るわせ悪鬼のような形相に変わった。
イザベラの瞳は狂気めいた殺気が憤怒と混ざり合い、怪しい光を放っている。
怒号と共にメテオへと一目散に駆けてくるイザベラの手には光るものが握られていた。
「メテオーーっ!!」
(まずいっ‼︎)
考えるより先に体が動いていた。
ユランはメテオとイザベラの間に身体を投げ出した。
メテオを背中に庇い、同時に土魔法で防御しようと左手をイザベラへと向ける。
差し向けたユランの左手の甲をナイフが掠め血が滲んだ。切りつけられた痛みで瞼を閉じた瞬間、ユランの腹部にナイフが突き刺さっていた。
馬車の中でじっと座っている間にも刻々と時が過ぎていく。こうしている間にもユランの命が少しずつ削られていると考えるといてもたってもいられなかった。
駆けだしたい気持ちを抑えるように、カールは拳を強く握りしめた。
屋敷の外は騎士や野次馬が集まり、慌ただしい雰囲気が漂っていた。喧噪の中を駆け抜けると玄関口で執事が出迎えた。
「こちらです」
執事の案内で広い客室へと足を向けると、前方のドアの前に人影が待ち構えているのが見えた。一瞬目を凝らしたが、すぐにその影の正体に気付き肩の力を抜いた。
「父上、ユランの容態は?」
「出血は止まり危機は脱したが、いまだユランの意識は戻らない」
「ユランの様子を見てもよろしいでしょうか」
「あぁ、顔を見てあげなさい」
広いベッドで眠る生気を失ったユランは、蜻蛉のように今にも儚く消えてしまいそうで、カールの心は一気に冷え込んだ。
「ユランっ‼︎」
上着は剥ぎ取られ、露わになった腹部に当てられた白布は赤く滲んでいた。唇は紫色に変色しており、身体は小刻みに震えている。浅い呼吸を繰り返すユランの頬を触ると冷たく、カールは恐怖のあまり身震いをした。
(昨日は普通で…元気にしていたのに…もしかして…)
最悪の事態が頭に浮かび、カールは慌てて被りを振ると、医師へ確認した。
「先生、ありがとうございます。ユランの症状はいかがしょうか?」
「未だ目覚めてはないが、症状は安定しております。ユラン殿の咄嗟の判断のおかげです。
ユラン殿が刺さった刃物を抜かずにいたことで出血多量になることもなく、私が駆けつけてから即座に治療を施すことが出来ました。
刺し所が悪ければ心の臓が止まっていたかも知れません」
「心の臓が…」
心の臓が止まってしまっては呼吸が停止し生命の流れが完全に途絶えてしまう。どんなに治癒魔法で治療を施しても生き返らせる事は出来ない。カールは息を呑んだ。
ユランの腹部には幅2センチ、深さ7~8センチの刺し傷があり、左手の甲にも長さ約4センチの浅い切り傷があった。
医師の治療により出血は止まったが、臓器に付いた傷によりショック症状を起こし、意識不明となっている。
「あとは本人の生命力を信じ、生命魔法と治癒魔法で治療を施していきましょう」
医師の言葉に、カールは大粒の涙を流しながら頷いた。
カールが医師から説明を受けている頃、王子と3名の王宮魔術師が子爵邸に到着し、廊下を一気に走り抜けユランの眠る部屋へと駆け込んできた。大きな鞄を持った見覚えのある魔術師達はすぐさま状況を察し、いくつか医師に確認を取ると、各々ユランへ治癒魔法や生命魔法を施した。
「私共が必ずユラン様を治療いたしますので、カール様はひとまず休んでください」
病み上がりの身に長距離の移動は負担がかかり、カールの顔は真っ青で今にも倒れそうだった。
治療を医師と魔術師に任せ、カールと王子は伯爵と共に応接室へと移動した。
応接室で出迎えたアンギュー子爵とメテオの顔は傍目にもわかるほど、疲労と憔悴で黒ずんでいた。
「この度はご子息をこのような目に合わせてしまい申し訳ありません」
*
遡ること数時間前。
王宮から伯爵邸に帰った翌日のこと。
ユランはカールの回復のお礼と例の件で、アンギュー子爵邸を訪れた。ブルーを基調としたサロンへ案内されると、ユランはメテオに深く礼をした。
交換条件を突きつけた薄情な自分に対しても純粋に感謝の意を表すユランの姿は清廉で、メテオは己の醜さに自己嫌悪を覚えた。
条件を撤回しようという気持ちと、撤回したくない気持ちがせめぎ合い、メテオは条件のことをなかなか口に出せずにいた。テーブルを挟んで向かいの椅子に座るユランの顔を複雑そうな表情で見つめる。
「メテオ様。私がメテオ様のものになるという話で…」
意を決してユランが話し始めたとき、入り口がガヤガヤと騒がしくなった。
目を向けるとイザベラと複数の使用人がなだれ込んできた。メテオとユランは思わず立ち上がり、入り口へと身体を向ける。使用人は二十数人いたであろう。子爵家の使用人が静止しようと試みているが、多勢に無勢で敵わない。
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怒号と共にメテオへと一目散に駆けてくるイザベラの手には光るものが握られていた。
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考えるより先に体が動いていた。
ユランはメテオとイザベラの間に身体を投げ出した。
メテオを背中に庇い、同時に土魔法で防御しようと左手をイザベラへと向ける。
差し向けたユランの左手の甲をナイフが掠め血が滲んだ。切りつけられた痛みで瞼を閉じた瞬間、ユランの腹部にナイフが突き刺さっていた。
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