当て馬令息はフラグを回避したい

西楓

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カールの治療

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「わかりました。私の部屋に対魅了の薬が置いてあります」

メテオの言葉通り引き出しを探ると、透明の瓶が2つ出てきた。毒薬を作るときに解毒薬を同時に作る魔術師の基本通りに、メテオも魅了エキスを抽出した際に対魅了の薬を作っていたらしい。

(二重底にして隠すなんて、慎重なメテオ様らしいな。片方がイザベラに魅了されるエキスで、もう片方が対魅了薬か。
こう見るとただのポーションにしか見えないのに、精神に作用する危険な代物なんだな)

王子は瓶をすぐさま王宮魔術師に渡した。取り急ぎ魔術師が対魅了薬に危険物の混入の有無を確認した。
もう一方の魅了されるエキスは、危険も伴うので時間をかけて慎重に分析を行うことになった。

「メテオの証言どおりこの薬を対魅了薬とみて間違いないだろう」
 






豪華な調度品に囲まれた部屋の中の、大きなベッドの上でカールが眠っていた。頬は痩せこけ、短かった銀色の髪は伸びっぱなしで、カールの姿はすっかり様変わりしていた。
しかし、彫刻のような美貌は健在で、血色のない肌と相まって作り物めいていた。

「兄上‼︎」

ユランはカールの元へ駆け寄ると少し細くなった手を掴んだ。反応のないカールの姿にショックを受けつつも、触れる手の温度に少しだけ安堵した。

(この大きな手で僕の事をいつも守ってくれてたんだな。それが、今はこんなに別人みたいに痩せこけて…今度は僕が兄上を守るよ)

ユランはカールの痩せた頬を指で優しく撫でた。カールの乾いた冷たい唇に自分の唇を重ねた。
カールはピクリとも反応しない。カールの変わり果てた姿にユランの瞳から大粒の涙が一筋こぼれ落ちた。


「ユラン…」


長い沈黙の後、王子はユランの肩に手を添えた。ユランは素早く涙を拭うと、顔を上げた。

「ニコラス殿下、僕にやらせてください」

王子へと頷くユランの瞳には、強い光が宿っていた。

王子から瓶を受け取ったユランは、ガラス棒を瓶につけてカールの口元を開きガラス棒をあてた。
ガラス棒の先から数滴液体がポトポトと口の中に広がった。ふわりと甘い香りが広がったが特に変化は見られなかった。

昏睡状態のカールに薬を飲ませることは、気道を詰まらせる危険がある。この世界に点滴など存在しない。しかも、一気に摂取したら急激な変化で精神に負担がかかる恐れがある。
魔術師の指示により、1時間毎に数滴ずつ口を湿らせる程度摂取させることになった。

その日から、王子の許可を得てユランはカールの部屋で過ごした。トイレやお風呂以外は常にカールの隣で、手を握り話しかけ続けた。

(気休め程度かもしれないが、回復魔法を施してみよう)

定期的にカールの額き手を翳し回復魔法を施し、数滴の薬を投与していたが、全く変化は見られなかった。

使用人に代わりカールの身体を清め労る純粋な姿は、見る者の涙を誘った。瞳の色こそ同じブルーであったが、色合いがあまりにも異なるために、内情に詳しくない使用人達の目には恋人同士のようにも見えていた。

ーーあんな可愛い恋人が献身的にお世話しているんだから早く目を覚ますといいわね。
ーーたしか兄弟だと聞いたから恋人とは違うんじゃないの?
ーーニコラス王子と親しそうにされてるから、ニコラス王子の想い人なんじゃないかしら。
ーーとにもかくにも、早く目覚めないと、あの子の方が倒れてしまうな。

1日に数回魔術師がカールに生命維持のために生命魔法を施す際に、今にも折れそうなユランを心配して無理矢理、回復魔法を施していった。

(僕なんかにも気を使わせてしまって本当に申し訳ないな。忙しい王子も仕事の合間を縫って兄上の様子を見舞ってくれているし、本当にありがたいなぁ。こんなにいろんな人の優しさに触れて嬉しい…
なんか、元気出てきたな…頑張ろう)

3週間ほど経過した頃、カールの姿に少しずつ変化が見えてきた。
相変わらず頬は痩せこけてはいるが、少し赤みを帯びてきた。ユランの呼びかけに反応するかのように、握りしめた指をピクピクと反応させるようになった。





ちょうど治療を始めて1ヶ月が経過した。

「ユラン、カールの様子はどうだい?」

「最近では僕が話しかけると、瞼をピクピク動かすようになったんです。そろそろ目を覚そうとしているのかもしれません」

「そうか…カールが倒れて1ヶ月昏睡状態だったから、治療にも同じくらいの期間を要するのかもしれないな…
それなら、そろそろ目覚めの時かもしれないな…」

「ニコラス殿下、そうですね。とても楽しみです」

ユランは目を細めて、嬉しそうに王子に微笑んだ。小さく礼をすると、カールの元へ駆け寄った。

「兄上、ニコラス殿下がお見舞いに来てくださいましたよ。よかったですね。あぁ、兄上も嬉しいんですね。もう、護衛なのに護衛対象の殿下に気を遣わせるなんて、兄上もうっかりさんなんですね。

ふふふ。しっかり者の兄上にこんな所があるなんて…僕との共通点がこんなところにあるなんて思いもしませんでした。
兄上とお揃いなんて嬉しいで………兄上…あにうえ…あにうえっ‼︎あにうえっ‼︎」

「…………ユ、ユラ…ン……」

「兄上っ‼︎僕の事がわかるんですねっ!うれしっ…」

ユランは嬉し涙で咽び、カールの形の良い唇にキスをした。カールは腕をおずおずとユランの背に回してきた。


見守る王子はほっと安堵した表情をした瞬間、入れ違いに不安と焦りの入り混じった複雑な顔が現れた。

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