当て馬令息はフラグを回避したい

西楓

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(ヒース視点)ウェスト男爵家

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(ヒース視点)
復帰の日が近づくとユラン様は心細そうな表情をすることがかなり増えてきた。
無理もない。女生徒に害意をもって吹き飛ばされたのだから。
復帰して教室にもどりあの女に対面して、再びその悪意に晒されると考えると夜も眠れないのだろう。
私の前では努めて平気そうな顔をしているが、ユラン様の身体はこの自宅療養で一回り小さくなった。

小刻みに身体を震わすユラン様の細い身体を、折れそうなほど何度も抱きしめたが、ユラン様の不安を払拭することはできなかった。

(すこしでもユラン様の気がかりを減らし、お気持ちを楽にして差し上げたい。
ウェスト男爵は、娘イザベラのユラン様への言いがかりを止めるように働きかけてくれているだろうか。
だが、ウエスト男爵へ抗議をしてからかなり期間が経過している。
もしかしてウエスト男爵はイザベラへ何も伝えてない?伝えたがそれが逆効果になったのだろうか?
それとも、伝えた上でのこの行動なのか?
ウエスト男爵は海外とも取引を盛んにしている有能な商人だと聞いているが、人となりはどうなのだろう。
伯爵家を貶めようとする輩と何らかの繋がりがあったりするのだろうか。
ウエスト男爵家を調べてみよう)







不安そうに眼を潤ませるユラン様を見送りしたあと、ウエスト男爵家のある王都の西へ出かけた。
屋敷から若くて純朴そうな女性が出てきたので後をつけ、先回りをした。

どんっ。

「きゃっ」

「あっ、すみません。お怪我はありませんか?」

ヒースは曲がり角でわざと女性と衝突した。衝撃でよろける女性の腕をつかんで支える。
自分の顔が女性から好ましいと思われていることは認識していたのでそれを利用することにした。好意的にみられるように彼女をじっと見つめ朗らかな笑みを浮かべる。

まるでナンパ師のように軽薄だなと思ったが、それでも男爵家のメイドと自然に知り合うきっかけが欲しかった。
ユラン様のためと思い、なんとか演じきった。
女性は俺の顔をみると、目を大きく開き頬を赤く染めていた。

「だ、だ、だ、だ、大丈夫です」

「顔が赤くなっている。どこかぶつけたんじゃないですか?そこのカフェで少し休みましょう」

紅潮した女性の額に手を当てると、女性がぼーっと俺のことをみて小さく何度も頷いた。





「そうなんですね、ウエスト男爵家で働いているんですか?
私は貴族の屋敷に勤めたことがないのですが、男爵家は勤めやすい環境ですか?
貴女のような可愛らしい女性が辛い思いなどされていなければよいのですが…」

眉根を潜め心配そうな表情を作る。
伯爵家で働いていることは敢えて隠して、騎士見習いの平民だと告げている。

(何かの折にこの女性の口から俺の存在が漏れてしまうかもしれない。
伯爵家の名は伏せて置いた方がよいだろう)

「は、は、は、はい。と、と、とてもよい職場です。同い年のお嬢様もいらっしゃいますし。
お嬢様はとてもかわいらしくてお優しい方なんですよ。
サシェ…匂い袋というものを自ら手作りして、私達使用人全員にくださったんですよ」

お嬢様の事がとても好きなのだろう。嬉しそうに話している。

(ウエスト男爵家のお嬢様といえばイザベラしかいない。
優しい女性というのは意外な評価だな。
しかも使用人に手作りをしてプレゼントをするなんて今のあの女の姿からは想像がつかない。
別人と入れ替わった?まさか、そんなことはありえないか…)

「匂い袋ですか?聞いたことがありませんが手作りのプレゼントをくださるなんて素敵な方なんですね」

「えぇ、お嬢様が考案されて……ご覧になりますか」

女性の言葉に「えぇ」と頷いて微笑むと、女性は嬉しそうに小さな布袋を取り出した。

「この匂いを嗅ぐと心がおだやかになるんですよ。試してみてください」

女性が嬉しそうに俺の手の上にそっと乗せた。微かに匂いが漂ってくる。

(まったく興味はないけれど、とりあえず匂うフリでもしてみるか。
んっ?この匂いはっ…
あの時カール様からかすかに香っていた匂いに似ているような…)

すぅっーと息を吸い込んだら鼻の中が甘い香りで満たされる。頭の中に霞がかかったような状態になり意識がぼんやりとしてきた。






「その匂いを嗅いだ時から頭の中にモヤがかかったようになって、自分が自分でなくなったみたいな不思議な感覚に襲われたんです。
誰か別の人間に操られているような…あの女に近づくのは危険です。
もし、あの状態のままでいたら、私はユラン様を傷つけていたのかもしれません」

唇をぎりぎりと噛み締めて、沈痛な面持ちでヒースが嘆く。

(サシェ…たしかハーブとかドライフラワーを入れた匂い袋だっけ。前世で看護師さんからプレゼントされたことがあったなぁ。
ハーブ…ドライフラワー…フラワー…花?イザベラと花…何だっけ…
何か記憶を掠めたような…昔記憶を整理したノートを確認してみよう)

「ヒース…僕のために危険な目にあわせてしまってごめん。匂い袋…少し僕に心当たりがあるから僕に任せて。
ヒースは絶対にイザベラには近づかないで、僕もイザベラには近づかないようにするから」
ヒースの手を取ると強く握りしめる。

「わかりました。ユラン様も決して無理をなさらないでください」
ヒースが瞬きをしない強い目で僕をまっすぐとみつめてきた。

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