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ヒースの考えと匂い
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「ねぇ、ヒース落ち着いて何があったのか話してくれるかな」
今朝僕を見送った時のヒースと、実技演習後に保健室から帰ってきた僕を迎えてくれたヒースはあきらかに様子が違っていた。
笑顔もなく感情を感じさせない顔はまるで別人のようだった。
(僕と離れていた6時間の間に何が起きたのだろう。これはもしかしてゲームの強制力だろうか。
僕がイザベラから突き飛ばされけがを負ったことも忘れていた。
たしか「騎士科から転科したのですか」と話していた…騎士科から…ヒースは僕が騎士科に在籍していると思い込んでいたんだ。
ゲームの中では、僕はイザベラによる傷害事件など起きていないし、僕は魔法科ではなくて騎士科に所属している。
もしかしてイザベラの恋愛ゲームに何か不具合があって、無理やりゲームの補正力が働いたってことなのか?
でも一体どうして今日突然起こったんだ…
どうしてヒースに変化があったんだ?)
「そうですね…もともとあの女…イザベラのことは入学式の後保健室で見かけたときから気になっておりました。
カール様への態度と、その後の私達に対する態度があまりにも違いすぎて、裏表の激しい人間なのだと感じました。
このような性根の腐った女をユラン様に近づけさせてはいけないと警戒していたのですが、あの女はユラン様に邪な感情を抱いていないようで安心しておりました」
目を瞑り深い呼吸をすると、記憶と照らし合わせるようにゆっくりと話し始めた。
(そんなに早い段階からヒースはイザベラのことを気にかけていたのか…
そもそもゲームでは今の段階ではヒースはイザベラと接触していないし、存在すら認識していないはず。
ユランが騎士団見学に行った際、イザベラに微笑む兄を見かけて、劣等感に苛まされていたユランがイザベラに興味を抱く。
次第に執着するようになったユランは彼女の生い立ちを探るようヒースに命ずる。
ヒースが接触するのも彼女に関心を持つのも、少なくとも今より半年以上も先のことだ)
「そうだね。あのときの彼女の態度は酷かったから、記憶に残るのは当然だよ」
彼女の髪を振り乱して駆ける姿を思い出しながら苦笑する。
「ユラン様に対し難癖をつけて絡んでいるという話は一部で噂になっておりました。
ユラン様が私に何もおっしゃられないので、内密でクラスの様子やイザベラの周辺を探っていたのですが、特に怪しい動きは見当たりませんでした。
男子生徒をハーレムのようにはべらし、自分がモテると思い込んでいるただの勘違い少女なのだろうと思っておりました」
(勘違い少女…イザベラはゲームの記憶のせいで僕が彼女に執着していると思い込んでいたけど…
それを知らないヒースからしたら、ただの自意識過剰と思われてもしょうがないかな…
女性と愛の営みができない僕が女性に好意を抱くことはないとヒースは知っているから、ヒースの目には彼女はさぞかし自惚れ屋に見えたことだろう)
「内心あの女の態度を腹立たしく思っていたのですが、直接的な危害を加えることはないので旦那様とも相談の上様子見と致しました。
念のため保護者のウェスト男爵には旦那様を通じて抗議をしていただきました。
直接あの女に警告をしてユラン様に逆上され危害が及んでもいけませんし、ユラン様には気遣う友人が側にいらっしゃいましたので」
(父上はイザベラのことをご存じなんだね。父上から男爵に忠告してもらっていたなんて知らなかった。
僕のために父上もヒースも動いてくれていたんだ…)
「そうだったんだ。僕が黙っていたのにヒースが気づいて動いてくれていたなんて知らなかったよ。ありがとう」
ヒースへ微笑んで頭を下げる。
「はい。けれど…以前にカール様がユラン様を抱き上げて戻られたことがあったのを覚えていますか?
あの時のカール様のご様子が少し引っかかっておりました。
いつもなら私に嫌味の一つでも投げかけてくるはずなのに。
ユラン様はカール様があの女を泳がせているとおっしゃっておられましたが…
カール様ほどの冷酷な方が、ユラン様を害する怪しげな女に対し、そのようなぬるい対応で満足されているとは信じられませんでした。
不思議に思ったときに、以前ユラン様がおっしゃられた夢の話を思い出したのです。
私は正夢というものは信じておりませんが、ユラン様が夢の中で出会い乱暴を働いてしまったという女性があのイザベラという女ではないかと。
少なくともユラン様がイザベラを夢の女だと考えていると、カール様も想像されたのではないでしょうか。
イザベラが何か妖しい力を使ってユラン様に夢を見させたのかもしれない。
イザベラがユラン様を洗脳して失態を侵させようとしているのかもしれない。
一体何の目的でユラン様を貶めようとしているのか。
おそらくイザベラの力と目的が分からない以上ただの排除では意味がないと考えて、退学や廃嫡には動かず、状況を探っておられたのだと思います。ユラン様が内緒で打ち明けてくださったこともあり、旦那様にも話さず単独で動かれていたのではないかと…
カール様がイザベラを刺激しないように探っていたというのに、旦那様から男爵への抗議がどのように影響を及ぼすのかと不安に思いました。
まずは男爵の動向から探ろうとしていたのですが、ユラン様のお怪我もあり直接男爵家に接触できたのが本日となりました」
ヒースは眉を顰め苦々しそうな顔をしている。
(夢…前に僕が打ち明けたことを兄上もヒースも気に留めていてくれたんだ)
「…カール様の全身からかすかに漂う妖しい甘い香り…」
ヒースが鼻を歪め神妙な顔で小さく呟く。
(えっ?何?甘い香り?僕はあれだけ兄上に接近していたのに、全く気付かなかったよ)
この世界に香水という文化はない。前世のときほど潔癖で綺麗好きすぎる国民性でもなく、匂いを気にするような習性もない。
花の香りを好んで部屋に飾られる女性や、紅茶の香りを楽しんだり、お肉の焼ける匂いでパブロフの犬のようにお腹がすくという実態はあるが、匂いのみを単独で楽しむ文化はない。
イケメンだからか兄からは爽やかな風を感じたり、汗の匂いなどは感じることはあるが、特別な匂いというものはなかった。
(石鹸もシャンプーも無香料だし、なんの匂いもしないはずだし…
ゲームでも香水など出てこない…)
「甘い香り?僕は兄上の近くにいたけれどまったく感じなかったよ。どんな匂いだったの?お菓子の焼ける匂いとか?」
自室に戻る前、兄と接近して何をしていたのかを思い出して少し顔が赤くなる。
「いいえ、初めて嗅いだ香りでなんといってよいか…お菓子の甘い匂いではなく、どちらかというと果物のような…すみません。よくわかりません。
その匂いが香ったときに胸がひどくざわついたのを覚えています」
今朝僕を見送った時のヒースと、実技演習後に保健室から帰ってきた僕を迎えてくれたヒースはあきらかに様子が違っていた。
笑顔もなく感情を感じさせない顔はまるで別人のようだった。
(僕と離れていた6時間の間に何が起きたのだろう。これはもしかしてゲームの強制力だろうか。
僕がイザベラから突き飛ばされけがを負ったことも忘れていた。
たしか「騎士科から転科したのですか」と話していた…騎士科から…ヒースは僕が騎士科に在籍していると思い込んでいたんだ。
ゲームの中では、僕はイザベラによる傷害事件など起きていないし、僕は魔法科ではなくて騎士科に所属している。
もしかしてイザベラの恋愛ゲームに何か不具合があって、無理やりゲームの補正力が働いたってことなのか?
でも一体どうして今日突然起こったんだ…
どうしてヒースに変化があったんだ?)
「そうですね…もともとあの女…イザベラのことは入学式の後保健室で見かけたときから気になっておりました。
カール様への態度と、その後の私達に対する態度があまりにも違いすぎて、裏表の激しい人間なのだと感じました。
このような性根の腐った女をユラン様に近づけさせてはいけないと警戒していたのですが、あの女はユラン様に邪な感情を抱いていないようで安心しておりました」
目を瞑り深い呼吸をすると、記憶と照らし合わせるようにゆっくりと話し始めた。
(そんなに早い段階からヒースはイザベラのことを気にかけていたのか…
そもそもゲームでは今の段階ではヒースはイザベラと接触していないし、存在すら認識していないはず。
ユランが騎士団見学に行った際、イザベラに微笑む兄を見かけて、劣等感に苛まされていたユランがイザベラに興味を抱く。
次第に執着するようになったユランは彼女の生い立ちを探るようヒースに命ずる。
ヒースが接触するのも彼女に関心を持つのも、少なくとも今より半年以上も先のことだ)
「そうだね。あのときの彼女の態度は酷かったから、記憶に残るのは当然だよ」
彼女の髪を振り乱して駆ける姿を思い出しながら苦笑する。
「ユラン様に対し難癖をつけて絡んでいるという話は一部で噂になっておりました。
ユラン様が私に何もおっしゃられないので、内密でクラスの様子やイザベラの周辺を探っていたのですが、特に怪しい動きは見当たりませんでした。
男子生徒をハーレムのようにはべらし、自分がモテると思い込んでいるただの勘違い少女なのだろうと思っておりました」
(勘違い少女…イザベラはゲームの記憶のせいで僕が彼女に執着していると思い込んでいたけど…
それを知らないヒースからしたら、ただの自意識過剰と思われてもしょうがないかな…
女性と愛の営みができない僕が女性に好意を抱くことはないとヒースは知っているから、ヒースの目には彼女はさぞかし自惚れ屋に見えたことだろう)
「内心あの女の態度を腹立たしく思っていたのですが、直接的な危害を加えることはないので旦那様とも相談の上様子見と致しました。
念のため保護者のウェスト男爵には旦那様を通じて抗議をしていただきました。
直接あの女に警告をしてユラン様に逆上され危害が及んでもいけませんし、ユラン様には気遣う友人が側にいらっしゃいましたので」
(父上はイザベラのことをご存じなんだね。父上から男爵に忠告してもらっていたなんて知らなかった。
僕のために父上もヒースも動いてくれていたんだ…)
「そうだったんだ。僕が黙っていたのにヒースが気づいて動いてくれていたなんて知らなかったよ。ありがとう」
ヒースへ微笑んで頭を下げる。
「はい。けれど…以前にカール様がユラン様を抱き上げて戻られたことがあったのを覚えていますか?
あの時のカール様のご様子が少し引っかかっておりました。
いつもなら私に嫌味の一つでも投げかけてくるはずなのに。
ユラン様はカール様があの女を泳がせているとおっしゃっておられましたが…
カール様ほどの冷酷な方が、ユラン様を害する怪しげな女に対し、そのようなぬるい対応で満足されているとは信じられませんでした。
不思議に思ったときに、以前ユラン様がおっしゃられた夢の話を思い出したのです。
私は正夢というものは信じておりませんが、ユラン様が夢の中で出会い乱暴を働いてしまったという女性があのイザベラという女ではないかと。
少なくともユラン様がイザベラを夢の女だと考えていると、カール様も想像されたのではないでしょうか。
イザベラが何か妖しい力を使ってユラン様に夢を見させたのかもしれない。
イザベラがユラン様を洗脳して失態を侵させようとしているのかもしれない。
一体何の目的でユラン様を貶めようとしているのか。
おそらくイザベラの力と目的が分からない以上ただの排除では意味がないと考えて、退学や廃嫡には動かず、状況を探っておられたのだと思います。ユラン様が内緒で打ち明けてくださったこともあり、旦那様にも話さず単独で動かれていたのではないかと…
カール様がイザベラを刺激しないように探っていたというのに、旦那様から男爵への抗議がどのように影響を及ぼすのかと不安に思いました。
まずは男爵の動向から探ろうとしていたのですが、ユラン様のお怪我もあり直接男爵家に接触できたのが本日となりました」
ヒースは眉を顰め苦々しそうな顔をしている。
(夢…前に僕が打ち明けたことを兄上もヒースも気に留めていてくれたんだ)
「…カール様の全身からかすかに漂う妖しい甘い香り…」
ヒースが鼻を歪め神妙な顔で小さく呟く。
(えっ?何?甘い香り?僕はあれだけ兄上に接近していたのに、全く気付かなかったよ)
この世界に香水という文化はない。前世のときほど潔癖で綺麗好きすぎる国民性でもなく、匂いを気にするような習性もない。
花の香りを好んで部屋に飾られる女性や、紅茶の香りを楽しんだり、お肉の焼ける匂いでパブロフの犬のようにお腹がすくという実態はあるが、匂いのみを単独で楽しむ文化はない。
イケメンだからか兄からは爽やかな風を感じたり、汗の匂いなどは感じることはあるが、特別な匂いというものはなかった。
(石鹸もシャンプーも無香料だし、なんの匂いもしないはずだし…
ゲームでも香水など出てこない…)
「甘い香り?僕は兄上の近くにいたけれどまったく感じなかったよ。どんな匂いだったの?お菓子の焼ける匂いとか?」
自室に戻る前、兄と接近して何をしていたのかを思い出して少し顔が赤くなる。
「いいえ、初めて嗅いだ香りでなんといってよいか…お菓子の甘い匂いではなく、どちらかというと果物のような…すみません。よくわかりません。
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