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第五章「盲愛の寺」
109
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―― 六月十三日 山崎
雨であった。
前夜には、円明寺川沿いに布陣。
十兵衛は、勝龍寺を背にした御坊塚に本陣を置き、その前に家臣団の斎藤内蔵助利三、藤田伝五行政、溝尾庄兵衛茂朝が陣を構え、
『前面の右翼には、伊勢殿(伊勢貞興:旧幕臣)、諏訪殿(諏訪盛直:旧幕臣)、御牧殿(御牧兼顕:旧幕臣)、中央に阿閉殿(阿閉貞征・貞大親子)が、左翼は、柴田殿(柴田勝定)、津田殿(津田信春)にお願い仕る』
と、山と川、さらに沼によって狭まった道を塞ぐように、陣を展開させた。
縦列で進軍してくる羽柴勢の先鋒を、順次叩いていく策だ。
さらに、
『松田殿(松田政近:丹波衆)、並河殿(並河易家:丹波衆)は、天王山沿いに進み出て、羽柴勢の本陣を叩いてもらいたい』
と、一気に片を付けるつもりだ。
夜半でありながらも、兵たちが慌ただしく、だが粛々と動いていく。
軍法が効いている。
それぞれの使番から、着陣が終わったとの報せとともに、物見からの報せも入ってくる。
『羽柴勢、街道を順次進んでくる模様。先鋒は、恐らく高山、池田かと』
『惟住(丹羽)勢、織田勢(信孝)の陣は沼の後方辺り、後詰は羽柴勢と思われます』
長秀や信孝など、相手ではない。
秀吉の首を取れば、この戦は勝ちだ。
『〝猿〟の陣屋はどこか、急ぎ探れ!』
十兵衛の檄が飛ぶ。
『羽柴の本陣は、天王山の南 ―― 宝積寺!』
ようやくの報せに、
『急ぎ、松田殿に報せを!』
馬廻りのものが駆けだすが、入れ替わるように政近の使番が飛び込んでくる。
『申し上げます、天王山には、すでに敵方が布陣している模様。我らは、これに対峙すべく、その麓に着陣』
その報せに、十兵衛の顔が曇った。
『先に、天王山を抑えられたか………………、致し方ない、松田殿らには、死ぬ気でとりにいってもらおう』
明けても、雨のせいで辺りは薄暗かった。
それでも、薄っすらと浮かび上がる旗指物の数に、太若丸は眉を顰めた。
思ったよりも、兵が多い。
羽柴勢は、沼を挟むようにして天王山側に高山重友、その反対側に池田恒興・元助親子が着陣。
物見の話では、
「高山勢の後ろには、中川勢(中川秀清)、さらにその後方に堀勢(堀秀政)が続いております」
池田勢の後方には、
「加藤勢(加藤光泰)、中村勢(中村一氏)、木村勢(木村重玆)が続いております」
十兵衛の思惑通り、縦に陣をなして進んでいるようだ。
惟住(丹羽)長秀、そして神戸(織田)信孝は沼地の後方にあり、さらにその後ろの宝積寺に秀吉の馬印が見えたらしい。
して、天王山を陣取ったのは、
「あの旗印は……、小一郎と黒田だな」
八郎は、右手を翳して天王山を見やる。
秀吉の実弟秀長と黒田孝高の馬印が靡いていた。
「藤吉郎も、考えてることは同じようだな」
秀吉は、己の手の中でも、もっとも信用できて使える駒を、この戦況を左右するもっとも重要な場所に置いたようだ。
是が非でも、天王山を取りたいのは、十兵衛も、秀吉も同じだ。
「申し上げます」、物見の顔が少々引き攣っている、よくない報せか、「敵方の数、恐らくは四万以上………………」
どうやら秀吉は、備中高松を取り囲んでいた三万近くの兵を、そのままそっくり移動させることに成功したようだ。
信孝たちの一万五千の兵とあわせて、四万五千。
これは………………
「勝負あったか?」
八郎は皮肉る。
「流石は〝猿〟だ、そう簡単に天下を取らせてはくれないか……」、十兵衛は鼻で笑った、「だが、天下取りははじまったばかり、肩慣らしにはちょうど良い。数だけが、戦の常とう手段ではない。八郎よ、よくよく見ておけ、一万五千の兵が、四万五千の兵に勝つところを!」
そうだ、負けない、十兵衛は必ず勝つ、どんなことがあっても勝つのだ!
十兵衛は、全軍に下知を飛ばす。
「四万五千の兵であろうとも、この狭い地で前面に出てくる兵は五千ともいかない。こちら側から討っては出るな、動いた相手を個別に叩いていけ!」
ここからは慎重に………………
慎重に………………
睨み合いが続く。
十兵衛は、兵力差と戦上手の秀吉に、うかつに手が出せない ―― 相手が勇んで出てきたところを、個々に叩いていく策だ。
一方の秀吉も、それは百も承知、しかも相手は百戦錬磨の十兵衛だ、下手に動けない。
双方睨み合ったまま、その日は暮れるかと思われたが、申の刻(午後四時頃)、物見が飛び込んでくる。
「敵方、動きあり!」
見れば、中川勢が前方の高山勢の横 ―― 天王山の東麓辺りに陣を移そうと動いている。
相手側が痺れを切らしたか!
「伊勢殿に伝令、中川勢の横っ腹を突き崩せ!」
十兵衛の檄が飛ぶ。
すぐさま馬廻りのひとりが駆けていく。
「一番貝鳴らせ!」
戦場に、陣貝が鳴り響く。
これに答えるように、相手側からも法螺貝が鳴り響く。
決戦だ!!
伊勢貞興の兵が、中川清秀の脇腹を目指して突撃していく。
不意を突かれた中川勢は隊列が崩れ、防戦にまわるも、あたふたしている。
伊勢勢も、一気に突き崩そうと、猛攻をかける。
「伊勢殿、中川勢を追い詰めております」
使番の報せに、十兵衛は力強く頷いた。
緒戦はまずまず ―― いい出だしだ。
「申しあげます! 高山勢が、中川勢に加勢!」
これはまずいと、高山重友が中川清秀の助力に入ったようだ。
形勢は逆転、伊勢勢が守勢にまわる。
懸命に防ごうとしているが、じりじりと押されているようだ。
「諏訪殿、御牧殿を助力に!」
諏訪盛直、御牧兼顕が助力に入るが、兵力が間に合わない。
前線が崩されるのはまずいと、
「阿閉殿にも助力を!」
十兵衛の指示に、すぐさま馬廻りが伝令に走る。
阿閉勢からわっと声があがり、中川・高山勢に襲い掛かる。
押されていた伊勢勢も息を吹き返し、再び攻勢に。
一方の敵方も、前線を崩されてはかなわぬと、後方の堀秀政の兵があがってくる。
「突き崩されるな、内蔵助の兵もまわせ! 柴田殿も助力に!」
伊勢勢、中川勢、高山勢、阿閉勢、堀勢、そして斎藤勢、柴田勢の兵が入り乱れての激戦となった。
そこに、
「天王山の敵方、動きあり!」
と、物見からの報せが。
中川勢らを助けんと、天王山から討って出るつもりか?
「そうはさせん! 松田殿、並河殿に出撃を! なんとしてでも天王山を奪い取れと!」
松田政近、並河易家の兵が、羽柴秀長・黒田孝高の陣めがけて突き進んでいく。
天王山を取れば、敵の横っ腹を突き崩せる、そればかりか秀吉の本陣を襲撃をすることが可能だ。
ここを取るか、取られるかが、この戦の勝敗を分けることになるだろう。
政近、易家は死んでも取りに行くと奮戦している。
だが、羽柴秀長、黒田孝高もなかなか手ごわいようだ ―― 死にもの狂いで防いでいる。
ここまでは互角 ―― いや、むしろ押しているか。
これは……………勝てる!
いや、勝つ!
士気も旺盛、陣容もこちらが有利、軍法によって兵も的確に動いている。
一方、相手方は総勢四万五千といえども、狭い戦場で実際に戦をしているのは一万ほど、雨と沼地のせいで足元をとられ、しかも主力である秀吉の兵たちは長旅で疲弊している。
必ず勝つ!
十兵衛だって、そう思っているはず………………なのに、なぜ、そんな顔をするのです………………
「なぜだ………………? なぜだ? こちらが押しているはずだが………………」
そんな不安そうな………………
十兵衛は立ち上がり、戦場を見渡す。
「なぜ、中川は動いた? 動けば……、不利になると分かり切って………………」
縦列で先頭を叩かれるよりは、前面に出て鶴翼のように横に展開した方が良いと判断したのだろうが………………
「それにしては、無謀にすぎる。こちらにわざと脇腹を見せつけるように………………」、十兵衛は叫んだ、「しまった!」
八郎も気が付いようで、
「こいつはやられたな!」
と、笑っていた。
なにが?
なにが、やられたのだ?
だって、押しているのは十兵衛で………………
勝つのは十兵衛で………………
「申し上げます!」、物見の悲痛な声が響き渡る、「左翼から敵の奇襲! 津田殿、これを防戦! 果敢に守るも、押されております!」
最左翼に布陣していた津田勢の脇腹を、敵兵が攻撃しているらしい。
池田恒興・元助親子、加藤光泰の部隊が大回りして密かに川を渡り、津田勢の横っ腹を奇襲したようだ。
中川勢の二の舞?
意識を天王山側に向けて、左翼を手薄にする策 ―― 中川勢は囮だったのだ!
津田信春の兵は何とか持ちこたえているが、不意を突かれたことへの焦りと、乱れた戦列に押されているようだ。
「津田殿に、助力を! 親父殿、庄兵衛の兵をまわせ!」
伝五と庄兵衛が、兵を引き連れ、助力に向かう。
一方の敵方も、そこに中村勢、木村勢が攻め込んでくる。
左右ともに、大激戦だ。
しばらくすると、
「斎藤殿より、助力を願うとの報せ!」
「溝尾殿から、兵をまわしてくれとの願いが!」
「松田殿、いっそうの兵力をと!」
右も、左も、天王山も押されている。
「内蔵助のもとに五百、庄兵衛のもとに五百、天王山には旗本衆千をやれ!」
本陣から兵を出すが………………
『左翼が崩れた!』
叫び声とともに、敵が本陣へと迫ってくる。
『本陣を守れ!』
旗本や馬廻りたちが討って出て、これを必死で防ぐ。
右翼は………………?
左翼は………………?
天王山は………………?
敵も味方も入り乱れて………………
「阿閉親子、討ち死に!」
「伊勢殿、戦死!」
右翼も崩された!
「松田殿が討ち取られました!」
天王山からも、悲壮な叫びが………………
こんな………………
こんな………………
こんな………………
「勝負あったな、十兵衛、どうするつもりだ?」
八郎の問いに、十兵衛は答えず、雨零れ、乱れる狂う騎馬や兵たちで土煙る戦場を呆然と見つめている。
内蔵助、伝五、庄兵衛が駆け込んでくる。
「十兵衛殿、ここは一旦勝龍寺に退いてくだされ、殿は、この内蔵助が務めまする」
「うつけが! そなたら若い者は、征夷大将軍をお守りせよ! 殿は年寄の務め、若い者らに手柄をとられてたまるか! わしが防ぐ! 裏切り者の〝猿〟め! この藤田伝五が、その首かき切ってやる!」
と、伝五は刃こぼれした槍をふるって、飛び出していった。
「ご老体、死出の旅路をお供いたしまする。十兵衛殿は、お早く!」
伝五のあとを続こうとした庄兵衛を、内蔵助が止めた。
「おぬしは、十兵衛殿を守って勝龍寺へ連れて行ってくれ」
「しかし、それでは………………」
「頼む、それでは………………」
そのまま飛び出そうとすると、
「内蔵助!」
十兵衛が呼び止めた。
「すまぬ」
一瞬、内蔵助の顔が崩れそうになるが、ぐっと堪えて、
「なに、まだまだこれから……、坂本で会いましょう!」
十兵衛は、内蔵助の背中を見送った後、
「そう、まだまだこれからだ、我らの本拠地、坂本へ戻りましょう」
と、太若丸には笑顔を向けた。
雨であった。
前夜には、円明寺川沿いに布陣。
十兵衛は、勝龍寺を背にした御坊塚に本陣を置き、その前に家臣団の斎藤内蔵助利三、藤田伝五行政、溝尾庄兵衛茂朝が陣を構え、
『前面の右翼には、伊勢殿(伊勢貞興:旧幕臣)、諏訪殿(諏訪盛直:旧幕臣)、御牧殿(御牧兼顕:旧幕臣)、中央に阿閉殿(阿閉貞征・貞大親子)が、左翼は、柴田殿(柴田勝定)、津田殿(津田信春)にお願い仕る』
と、山と川、さらに沼によって狭まった道を塞ぐように、陣を展開させた。
縦列で進軍してくる羽柴勢の先鋒を、順次叩いていく策だ。
さらに、
『松田殿(松田政近:丹波衆)、並河殿(並河易家:丹波衆)は、天王山沿いに進み出て、羽柴勢の本陣を叩いてもらいたい』
と、一気に片を付けるつもりだ。
夜半でありながらも、兵たちが慌ただしく、だが粛々と動いていく。
軍法が効いている。
それぞれの使番から、着陣が終わったとの報せとともに、物見からの報せも入ってくる。
『羽柴勢、街道を順次進んでくる模様。先鋒は、恐らく高山、池田かと』
『惟住(丹羽)勢、織田勢(信孝)の陣は沼の後方辺り、後詰は羽柴勢と思われます』
長秀や信孝など、相手ではない。
秀吉の首を取れば、この戦は勝ちだ。
『〝猿〟の陣屋はどこか、急ぎ探れ!』
十兵衛の檄が飛ぶ。
『羽柴の本陣は、天王山の南 ―― 宝積寺!』
ようやくの報せに、
『急ぎ、松田殿に報せを!』
馬廻りのものが駆けだすが、入れ替わるように政近の使番が飛び込んでくる。
『申し上げます、天王山には、すでに敵方が布陣している模様。我らは、これに対峙すべく、その麓に着陣』
その報せに、十兵衛の顔が曇った。
『先に、天王山を抑えられたか………………、致し方ない、松田殿らには、死ぬ気でとりにいってもらおう』
明けても、雨のせいで辺りは薄暗かった。
それでも、薄っすらと浮かび上がる旗指物の数に、太若丸は眉を顰めた。
思ったよりも、兵が多い。
羽柴勢は、沼を挟むようにして天王山側に高山重友、その反対側に池田恒興・元助親子が着陣。
物見の話では、
「高山勢の後ろには、中川勢(中川秀清)、さらにその後方に堀勢(堀秀政)が続いております」
池田勢の後方には、
「加藤勢(加藤光泰)、中村勢(中村一氏)、木村勢(木村重玆)が続いております」
十兵衛の思惑通り、縦に陣をなして進んでいるようだ。
惟住(丹羽)長秀、そして神戸(織田)信孝は沼地の後方にあり、さらにその後ろの宝積寺に秀吉の馬印が見えたらしい。
して、天王山を陣取ったのは、
「あの旗印は……、小一郎と黒田だな」
八郎は、右手を翳して天王山を見やる。
秀吉の実弟秀長と黒田孝高の馬印が靡いていた。
「藤吉郎も、考えてることは同じようだな」
秀吉は、己の手の中でも、もっとも信用できて使える駒を、この戦況を左右するもっとも重要な場所に置いたようだ。
是が非でも、天王山を取りたいのは、十兵衛も、秀吉も同じだ。
「申し上げます」、物見の顔が少々引き攣っている、よくない報せか、「敵方の数、恐らくは四万以上………………」
どうやら秀吉は、備中高松を取り囲んでいた三万近くの兵を、そのままそっくり移動させることに成功したようだ。
信孝たちの一万五千の兵とあわせて、四万五千。
これは………………
「勝負あったか?」
八郎は皮肉る。
「流石は〝猿〟だ、そう簡単に天下を取らせてはくれないか……」、十兵衛は鼻で笑った、「だが、天下取りははじまったばかり、肩慣らしにはちょうど良い。数だけが、戦の常とう手段ではない。八郎よ、よくよく見ておけ、一万五千の兵が、四万五千の兵に勝つところを!」
そうだ、負けない、十兵衛は必ず勝つ、どんなことがあっても勝つのだ!
十兵衛は、全軍に下知を飛ばす。
「四万五千の兵であろうとも、この狭い地で前面に出てくる兵は五千ともいかない。こちら側から討っては出るな、動いた相手を個別に叩いていけ!」
ここからは慎重に………………
慎重に………………
睨み合いが続く。
十兵衛は、兵力差と戦上手の秀吉に、うかつに手が出せない ―― 相手が勇んで出てきたところを、個々に叩いていく策だ。
一方の秀吉も、それは百も承知、しかも相手は百戦錬磨の十兵衛だ、下手に動けない。
双方睨み合ったまま、その日は暮れるかと思われたが、申の刻(午後四時頃)、物見が飛び込んでくる。
「敵方、動きあり!」
見れば、中川勢が前方の高山勢の横 ―― 天王山の東麓辺りに陣を移そうと動いている。
相手側が痺れを切らしたか!
「伊勢殿に伝令、中川勢の横っ腹を突き崩せ!」
十兵衛の檄が飛ぶ。
すぐさま馬廻りのひとりが駆けていく。
「一番貝鳴らせ!」
戦場に、陣貝が鳴り響く。
これに答えるように、相手側からも法螺貝が鳴り響く。
決戦だ!!
伊勢貞興の兵が、中川清秀の脇腹を目指して突撃していく。
不意を突かれた中川勢は隊列が崩れ、防戦にまわるも、あたふたしている。
伊勢勢も、一気に突き崩そうと、猛攻をかける。
「伊勢殿、中川勢を追い詰めております」
使番の報せに、十兵衛は力強く頷いた。
緒戦はまずまず ―― いい出だしだ。
「申しあげます! 高山勢が、中川勢に加勢!」
これはまずいと、高山重友が中川清秀の助力に入ったようだ。
形勢は逆転、伊勢勢が守勢にまわる。
懸命に防ごうとしているが、じりじりと押されているようだ。
「諏訪殿、御牧殿を助力に!」
諏訪盛直、御牧兼顕が助力に入るが、兵力が間に合わない。
前線が崩されるのはまずいと、
「阿閉殿にも助力を!」
十兵衛の指示に、すぐさま馬廻りが伝令に走る。
阿閉勢からわっと声があがり、中川・高山勢に襲い掛かる。
押されていた伊勢勢も息を吹き返し、再び攻勢に。
一方の敵方も、前線を崩されてはかなわぬと、後方の堀秀政の兵があがってくる。
「突き崩されるな、内蔵助の兵もまわせ! 柴田殿も助力に!」
伊勢勢、中川勢、高山勢、阿閉勢、堀勢、そして斎藤勢、柴田勢の兵が入り乱れての激戦となった。
そこに、
「天王山の敵方、動きあり!」
と、物見からの報せが。
中川勢らを助けんと、天王山から討って出るつもりか?
「そうはさせん! 松田殿、並河殿に出撃を! なんとしてでも天王山を奪い取れと!」
松田政近、並河易家の兵が、羽柴秀長・黒田孝高の陣めがけて突き進んでいく。
天王山を取れば、敵の横っ腹を突き崩せる、そればかりか秀吉の本陣を襲撃をすることが可能だ。
ここを取るか、取られるかが、この戦の勝敗を分けることになるだろう。
政近、易家は死んでも取りに行くと奮戦している。
だが、羽柴秀長、黒田孝高もなかなか手ごわいようだ ―― 死にもの狂いで防いでいる。
ここまでは互角 ―― いや、むしろ押しているか。
これは……………勝てる!
いや、勝つ!
士気も旺盛、陣容もこちらが有利、軍法によって兵も的確に動いている。
一方、相手方は総勢四万五千といえども、狭い戦場で実際に戦をしているのは一万ほど、雨と沼地のせいで足元をとられ、しかも主力である秀吉の兵たちは長旅で疲弊している。
必ず勝つ!
十兵衛だって、そう思っているはず………………なのに、なぜ、そんな顔をするのです………………
「なぜだ………………? なぜだ? こちらが押しているはずだが………………」
そんな不安そうな………………
十兵衛は立ち上がり、戦場を見渡す。
「なぜ、中川は動いた? 動けば……、不利になると分かり切って………………」
縦列で先頭を叩かれるよりは、前面に出て鶴翼のように横に展開した方が良いと判断したのだろうが………………
「それにしては、無謀にすぎる。こちらにわざと脇腹を見せつけるように………………」、十兵衛は叫んだ、「しまった!」
八郎も気が付いようで、
「こいつはやられたな!」
と、笑っていた。
なにが?
なにが、やられたのだ?
だって、押しているのは十兵衛で………………
勝つのは十兵衛で………………
「申し上げます!」、物見の悲痛な声が響き渡る、「左翼から敵の奇襲! 津田殿、これを防戦! 果敢に守るも、押されております!」
最左翼に布陣していた津田勢の脇腹を、敵兵が攻撃しているらしい。
池田恒興・元助親子、加藤光泰の部隊が大回りして密かに川を渡り、津田勢の横っ腹を奇襲したようだ。
中川勢の二の舞?
意識を天王山側に向けて、左翼を手薄にする策 ―― 中川勢は囮だったのだ!
津田信春の兵は何とか持ちこたえているが、不意を突かれたことへの焦りと、乱れた戦列に押されているようだ。
「津田殿に、助力を! 親父殿、庄兵衛の兵をまわせ!」
伝五と庄兵衛が、兵を引き連れ、助力に向かう。
一方の敵方も、そこに中村勢、木村勢が攻め込んでくる。
左右ともに、大激戦だ。
しばらくすると、
「斎藤殿より、助力を願うとの報せ!」
「溝尾殿から、兵をまわしてくれとの願いが!」
「松田殿、いっそうの兵力をと!」
右も、左も、天王山も押されている。
「内蔵助のもとに五百、庄兵衛のもとに五百、天王山には旗本衆千をやれ!」
本陣から兵を出すが………………
『左翼が崩れた!』
叫び声とともに、敵が本陣へと迫ってくる。
『本陣を守れ!』
旗本や馬廻りたちが討って出て、これを必死で防ぐ。
右翼は………………?
左翼は………………?
天王山は………………?
敵も味方も入り乱れて………………
「阿閉親子、討ち死に!」
「伊勢殿、戦死!」
右翼も崩された!
「松田殿が討ち取られました!」
天王山からも、悲壮な叫びが………………
こんな………………
こんな………………
こんな………………
「勝負あったな、十兵衛、どうするつもりだ?」
八郎の問いに、十兵衛は答えず、雨零れ、乱れる狂う騎馬や兵たちで土煙る戦場を呆然と見つめている。
内蔵助、伝五、庄兵衛が駆け込んでくる。
「十兵衛殿、ここは一旦勝龍寺に退いてくだされ、殿は、この内蔵助が務めまする」
「うつけが! そなたら若い者は、征夷大将軍をお守りせよ! 殿は年寄の務め、若い者らに手柄をとられてたまるか! わしが防ぐ! 裏切り者の〝猿〟め! この藤田伝五が、その首かき切ってやる!」
と、伝五は刃こぼれした槍をふるって、飛び出していった。
「ご老体、死出の旅路をお供いたしまする。十兵衛殿は、お早く!」
伝五のあとを続こうとした庄兵衛を、内蔵助が止めた。
「おぬしは、十兵衛殿を守って勝龍寺へ連れて行ってくれ」
「しかし、それでは………………」
「頼む、それでは………………」
そのまま飛び出そうとすると、
「内蔵助!」
十兵衛が呼び止めた。
「すまぬ」
一瞬、内蔵助の顔が崩れそうになるが、ぐっと堪えて、
「なに、まだまだこれから……、坂本で会いましょう!」
十兵衛は、内蔵助の背中を見送った後、
「そう、まだまだこれからだ、我らの本拠地、坂本へ戻りましょう」
と、太若丸には笑顔を向けた。
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また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
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