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第五章「盲愛の寺」
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家康が大坂へ向かったあと、
「それで、弾正の上洛は?」
真田八郎がやってきた。
上洛は二十九日である。
安土本丸の留守居役として、織田信益を筆頭に賀藤兵庫頭、野々村又右衛門、遠山新九郎、世木弥左衛門、市橋源八、櫛田忠兵衛が、二の丸御番衆に、蒲生賢秀、木村高重、雲林院祐基、鳴海助右衛門、祖父江秀重、佐久間盛明、箕浦次郎右衛門、福田三河守、千福遠江守、松本為足、丸毛長照、前波弥五郎、山岡景佐、鵜飼らを残す。
他の武将らにも、近々中国出陣の陣触れを出すので、仕度をなせと待機。
信忠は、すでに出陣し、摂津に向かっている。
上洛のお供は、太若丸や乱らの小姓と、宣教師から譲り受けた従者弥助ら近習の三十名だけ。
「術中に嵌ったな」
と、八郎は笑う。
それで家康は?
八郎の手下が張り付ているようだ。
「いまは京だが、明日辺り堺へと向かうとのことだ。そういえば、三河から何やら飛脚がきていたらしい」
こちらにも来た ―― 松平家忠からだった。
家康は、すでに上洛したと伝えると、慌てて京へと向かった。
家康も、慌ただしく動いているようだ。
秀吉は?
こちらも、手下が見張っている。
「水面下で、毛利と和睦の交渉をしているようだが、なかなかときがかかるようだ。だが、毛利勢に分からないように、少しずつだが兵を帰らせているようだ」
こちらも慌ただしい。
肝心の十兵衛は、
「暢気に連歌会を催しておったぞ、やる気はあるのかね、あいつは?」
と、八郎はぼやいている。
先の雨の日に、中国出陣前の戦勝祈願のためにと愛宕山の威徳院を参拝し、里村紹巴らと連歌を楽しんだらしい。
織田家討伐の戦勝祈願では?
「時は今……、雨が下なる五月哉………………」
何ですか?
「あいつの発句だ」
時は今、雨の下にいる五月だ………………ごく普通の発句だが………………発句は、主客がその季節の状況を織り込む。
脇句は?
「なんだったかな……、水上まさる……、庭の夏山……だったかな」
西ノ坊行祐が、この連歌会の主人か………………雪解けによって川上から流れてくる水音が高くなる、夏の築山………………発句を受けている。
第三は?
「花落つる池の水をせきとめて」
花が散っている池の水を堰き止めて………………里村紹巴が次の平句へと続けていく。
その連歌会は、百韻であったらしい。
最後の百句目 ―― 挙句は、十兵衛の嫡男十五郎(光慶)。
「国々は猶のどかなるとき」
国々は、ますます安泰となるときだ………………これは………………微妙な言い回しだな………………国々が安泰となるなど、誰に対していっているのか?
信長か?
十兵衛か?
「だろう? 可愛い息子が考えた句だからと、あいつは喜んでいようが、どこぞの誰かに変に誤解されて、ことを悟られかねんぞ。だからあいつは、いつも詰めが甘いのよ」
これを読んだ信長が、十兵衛の行動に気が付かねば良いが………………
信長は、すでにこの連歌会のことを知っていた。
「十兵衛の息子が、面白い句をうたったそうじゃ、ほれ、見てみい」
手には、先の愛宕百韻を綴った書面がある。
受け取ってみると、確かに八郎から聞いたとおりの句が綴られている。
さて、信長は如何に思うか………………?
書面越しに伺うと、にこにこしている。
「狸退治を退治し、中国も平定し、国々が安泰となる……、十兵衛の息子も粋なことを考える。褒美をやらねばならぬな」
よし、良い方に捉えたな。
「さてと、十兵衛も狸退治の仕度が整ったようじゃ。儂らもゆくか、本能寺へと」
「それで、弾正の上洛は?」
真田八郎がやってきた。
上洛は二十九日である。
安土本丸の留守居役として、織田信益を筆頭に賀藤兵庫頭、野々村又右衛門、遠山新九郎、世木弥左衛門、市橋源八、櫛田忠兵衛が、二の丸御番衆に、蒲生賢秀、木村高重、雲林院祐基、鳴海助右衛門、祖父江秀重、佐久間盛明、箕浦次郎右衛門、福田三河守、千福遠江守、松本為足、丸毛長照、前波弥五郎、山岡景佐、鵜飼らを残す。
他の武将らにも、近々中国出陣の陣触れを出すので、仕度をなせと待機。
信忠は、すでに出陣し、摂津に向かっている。
上洛のお供は、太若丸や乱らの小姓と、宣教師から譲り受けた従者弥助ら近習の三十名だけ。
「術中に嵌ったな」
と、八郎は笑う。
それで家康は?
八郎の手下が張り付ているようだ。
「いまは京だが、明日辺り堺へと向かうとのことだ。そういえば、三河から何やら飛脚がきていたらしい」
こちらにも来た ―― 松平家忠からだった。
家康は、すでに上洛したと伝えると、慌てて京へと向かった。
家康も、慌ただしく動いているようだ。
秀吉は?
こちらも、手下が見張っている。
「水面下で、毛利と和睦の交渉をしているようだが、なかなかときがかかるようだ。だが、毛利勢に分からないように、少しずつだが兵を帰らせているようだ」
こちらも慌ただしい。
肝心の十兵衛は、
「暢気に連歌会を催しておったぞ、やる気はあるのかね、あいつは?」
と、八郎はぼやいている。
先の雨の日に、中国出陣前の戦勝祈願のためにと愛宕山の威徳院を参拝し、里村紹巴らと連歌を楽しんだらしい。
織田家討伐の戦勝祈願では?
「時は今……、雨が下なる五月哉………………」
何ですか?
「あいつの発句だ」
時は今、雨の下にいる五月だ………………ごく普通の発句だが………………発句は、主客がその季節の状況を織り込む。
脇句は?
「なんだったかな……、水上まさる……、庭の夏山……だったかな」
西ノ坊行祐が、この連歌会の主人か………………雪解けによって川上から流れてくる水音が高くなる、夏の築山………………発句を受けている。
第三は?
「花落つる池の水をせきとめて」
花が散っている池の水を堰き止めて………………里村紹巴が次の平句へと続けていく。
その連歌会は、百韻であったらしい。
最後の百句目 ―― 挙句は、十兵衛の嫡男十五郎(光慶)。
「国々は猶のどかなるとき」
国々は、ますます安泰となるときだ………………これは………………微妙な言い回しだな………………国々が安泰となるなど、誰に対していっているのか?
信長か?
十兵衛か?
「だろう? 可愛い息子が考えた句だからと、あいつは喜んでいようが、どこぞの誰かに変に誤解されて、ことを悟られかねんぞ。だからあいつは、いつも詰めが甘いのよ」
これを読んだ信長が、十兵衛の行動に気が付かねば良いが………………
信長は、すでにこの連歌会のことを知っていた。
「十兵衛の息子が、面白い句をうたったそうじゃ、ほれ、見てみい」
手には、先の愛宕百韻を綴った書面がある。
受け取ってみると、確かに八郎から聞いたとおりの句が綴られている。
さて、信長は如何に思うか………………?
書面越しに伺うと、にこにこしている。
「狸退治を退治し、中国も平定し、国々が安泰となる……、十兵衛の息子も粋なことを考える。褒美をやらねばならぬな」
よし、良い方に捉えたな。
「さてと、十兵衛も狸退治の仕度が整ったようじゃ。儂らもゆくか、本能寺へと」
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