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第五章「盲愛の寺」
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が、十兵衛は、織田家のなかで最も使えるのは、
『羽柴殿でしょうね』
とも、太若丸に語っていた。
昨夜、本能寺が思い浮かんだあと、十兵衛と今後の策について話し合った。
もちろん、狸退治などのためではないが………………太若丸は、いっそのこと家康も葬ってはと言った。
十兵衛が天下をとれば、誰がついてこようか?
―― 柴田勝家はどうか?
十兵衛は首を振る。
『柴田殿は織田家の直参、自ら天下取りに動こうとはしまいが、主を失えば、別の主を担いで織田家の再興を図り、お家の安泰を図るでしょう』
―― なるほど、ならば滝川一益、惟住(丹羽)長秀、蜂屋頼隆らは?
『彼らも同じ』
恐らくは、信長亡き後、勝家、一益、長秀、頼隆ら家臣団が、当面の敵になる。
これらに対抗するには、いまの惟任の軍だけでは難しいであろう。
多くの味方が必要だ。
昨日の敵は今日の味方 ―― 毛利、上杉、北条、本願寺らの寺社方らは当然だが、織田家のなかでも味方が欲しい。
『なかでも、徳川殿は使えます。大殿の言う通り、あれは狸 ―― 化け狸です。野心など表にみじんも見せませぬが、あの腹の中は何事かを企み、虎視眈々と狙っておりまする。それが、大殿の首か? はたまた天下取りか?』
天下取りとなれば、十兵衛には脅威なはず。
いっそのこと、信長とともに屠ったほうが良いのでは?
『確かにそうでしょうが、武将として、そのぐらいの野心がなければ、使い物になりませぬよ』
そういう考え方は、信長と同じなのだが………………
『ともかく、大殿の亡き後、織田家と対峙したときに、徳川殿は東の抑えとして使えます。此度の件で徳川殿に恩を売れば、我に靡くはず』
―― なるほど、あとは?
『羽柴殿』
十兵衛は断言する。
『何の伝手もなく、その働きと細やかな心遣いで、織田家の大将格にまで上り詰めたところなど、某と同様。大殿への恩義も同じはず。だからこそ、大殿がいなくなれば、織田家に依存するつもりもござらんであろう。大殿が、つねに裏を返すと恐れておられたが、その気持ちも分かりまする。羽柴殿も、某と同じ匂いがいたしまするからな。ただ、羽柴殿が我につくか………………?』
―― それならば大丈夫!
『何か秘策が?』
―― 羽柴殿は、吾に助けられた恩がある。
『そは誠でござりまするか?』
太若丸は頷く。
『それは心強い』
と、十兵衛は微笑む。
『ならば、徳川殿と羽柴殿は、こちらに引き込むために話をつけねばなりますまい。そのときの見返りを何とするか?』
―― 十兵衛様は征夷大将軍として天下にあり、羽柴殿に鎮西探題として西を、徳川殿には関東管領として東を治めてもらうのは如何か?
『天下三分の計ですか………………』
十兵衛は、あまり乗り気ではないようだ。
多分、秀吉や家康に支配地を与え、その差配を任せれば、きっと裏を返されるであろう。
だがこの状況で、秀吉、家康を敵にまわすのは最も危うい。
このふたりの力がなければ、織田方と戦うことも難しかろう。
『あのふたりを従わせるには、仕方ありますまい。織田方を滅ぼしたあとは、頃合いを見て羽柴、徳川とひとりずつ潰していきましょう。とにかく、このふたりを味方につけねばなりませぬな、さて、如何にするか………………』
五月に入って、男がやってきた ―― 真田八郎である。
大きな躯体を窮屈そうに屈め、鴨居を潜って入ってきた。
突拍子もなく現れるのは、いつものことである。
久しぶりに十兵衛とふたりだけで暮らしているのだから、遠慮してほしいと思ったが………………
「相変わらず唐突なやつだな、急いで来いなど」
なんだ、十兵衛が呼んだのか。
八郎は濁酒が飲めないので、白湯でいいかと出すと、よっぽど喉が渇いていたのか、三杯ほど飲み干した。
「で、何の用だ?」
十兵衛が口を開こうとすると、待てと手をやる。
「おぬしのことだ、どうせ碌なことではないだろう」
「まあ確かに、碌でもないことだな」と、十兵衛は笑った、「織田を討つ!」
八郎は一瞬目を丸くしたが、
「うむ、確かに碌でもない」
と、酷く冷静だった。
「で、いつ討つ? やるのは弾正(信長)だけか? 味方は? どうやって?」
など、八郎は矢継ぎ早に訊いた。
十兵衛は、ひとつひとつに丁寧に答えていった。
「松平のやつを囮にして、弾正を討つか……、それで、藤吉郎(秀吉)らも味方につけたいから、俺につなぎをしろと?」
なるほど、それで呼んだのか。
「某や権太殿が、頻繁に動けば怪しまれましょう。間者らを使って捕まれば、より面倒になる。その分、商人であるおぬしは、怪しまれずに平気でどこでも行けるであろう。権太殿に書状を認めてもらう故、それを二方とやり取りしてほしい」
「相変わらず、面倒なことを押し付けやがって。もし、俺が捕まったらどうするんだ?」
「捕まらんよ、おぬしは」
八郎は、けっと鼻で笑う。
「よく言うよ、俺のように名の知れぬ商人が捕まっても、知らぬ存ぜぬで通せるからな、流石は鬼でも使う天下人様だよ」
「ことが終われば、たっぷりと褒美をやるよ」
「すでに天下人になったような口ぶりだが、お前、大丈夫なのか?」
「大丈夫とは、何が?」
「お前とは古い付き合いだが、いつも肝心なところでつまずく。様々に策を凝らしてことをなそうとするが、詰めが甘いから数十年も浪人をやっていたのだろう。むしろ弾正のもとで、ここまで上り詰めた方が不思議なくらいだ。相手は自ら第六天魔王と名乗るやつだぞ、そんなやつ相手に油断してみろ、一気に首を噛み千切られるぞ」
「油断はしておらんよ」
「いや、俺に言わせりゃ、しておるよ。松平や藤吉郎を味方につけるといっているが、だいたいお前の下の連中は大丈夫なのか? 弥平次(明智左馬助秀満)らは、この一件に承知しているのか?」
「それは、まったく心配はござらん」
十兵衛は断言する。
「与力である長岡(細川)や筒井、一色は?」
「まだ話はしておらんが、恐らくは………………」
「恐らく?」、八郎はため息を吐く、「だからお前は駄目なんだよ。そこをしっかりと取り込んでおかねば、ひっくり返されるぞ」
「まあ、そこはしっかりと抑えておく」
「あと、織田を討つといったが、これは単なる下剋上であろう」
確かに。
「織田を討つとなれば、毛利や上杉、北条らの大名や寺社方は喜ぼう。だが、朝廷が納得するか? いまの朝廷は、織田家にべったりだぞ。公家連中のなかには、織田家は横暴だとか陰口を叩いているやつもいるが、弾正の銭がなければ飯も食えんのだぞ、あの連中は。そいつらが納得いく大儀があるのか?」
ならば簡単ではございませぬか?
信長は、天朝を蔑ろにし、自ら神となって大八洲島を支配しようとしている ―― これは下剋上の比ではございませぬ ―― 天地をひっくり返す大暴挙 ―― 天地の理を保つために、魔王信長を討つ………………その大儀だけで十分なのでは………………と、太若丸は言った。
「あいつが、神に? 神?」
八郎は噴き出し、大笑いした。
「ついに、弾正は頭がいかれたか? 尾張のころから〝うつけ〟などと言われておったが、まこと〝おおうつけ〟よ。人が神になれると思っておるのか?」
信長は思っている。
そのために、十兵衛や太若丸が、どれほど苦労したか。
「だれが、神などと吹き込んだのか?」、八郎は十兵衛を睨みつける、「お前……、やったか?」
やった?
「あの〝うつけ〟に、神になれると信じこませたか、このときのために?」
十兵衛は、にやりと笑う。
そうなのか………………十兵衛の策略?
「立ってるものは、神をも使うか、お前というやつは」、八郎はあきれた顔をしていた、「まあ、表向きはそれで納得しようが、もし織田をやるなら、事前に天長から織田征伐の勅旨をとっていたほうがいいぞ」
「うむ、それは吉田殿(吉田兼見)に、取り成しをお願いしよう」
「だが、一番は銭のほうだ、どうするのだ? 公家連中の心配事といえば、もっぱらそれだけだからな。口では下賤の輩だと罵っているが、立派な金づるがいなくなるんだ、抵抗もあろう。俺はないぞ、一銭も出せないぞ」
「そこは某にも蓄えはあるし、織田家を倒した後の領地もある。いざとなれば、堺の商人らに出させる」
「あいつらも味方に引き込んだか」
十兵衛は頷く。
「気をつけろ、あいつらも心配事は金だ。商人の俺がいうのもなんだが、儲からないとみれば、平気で相手を売るぞ」
「それは百も承知、いづれにしろ、最早この流れは止められん。八郎、地獄の底まで付き合ってもらうぞ」
「地獄? 誰が付き合うか。明智様が天下をとれば、静謐・太平、この世は極楽浄土であろう? 俺は商人として、美味しい汁を吸わせてもらうぞ」
「いくらでも」
十兵衛は、にこりと笑った。
太若丸は、秀吉と家康宛に書状を認めた。
秀吉とは面識があるので、八郎が直に持っていくという。
家康の方は、
「俺の手下が持っていく」
いろんな人脈をもっているそうだ。
数日後、八郎の手下がやってきた ―― 家康とはどういった関係かと聞いてみた。
「いや、なに……、家臣の服部様とちょっと………………」
なるほど、伊賀者か………………書状を携え、三河へと下っていった。
これは一種の賭けである。
秀吉や家康が、その書状を持って信長に上申すれば、十兵衛の首は飛ぶ。
もちろん、その書状を書いた太若丸の首もだ。
だが、秀吉も家康も、そのようなことはしないと確信している。
秀吉は、信長の小姓である太若丸に手を付けてしまった負い目と、それを黙っていたという恩がある。
さらにいえば秀吉自身、信長にあまり気に入られていなことも分かっている ―― だから、気に入られようと、必死に働いているのだ………………それが、裏目に出ることが多いが。
そんな信長がいなくなり、十兵衛のもとで自在に動けると考えれば、どっちにつくか?
そんな信長に、十兵衛が裏切ろうとしているといっても、どちらを信じようか?
家康も同じであろう。
家康の言葉と、十兵衛の言葉、信長はどちらを信じようか?
織田と松平とは、信長と家康の祖父や父の代からの因縁である。
同盟とはいいつつも、実際は信長の配下である。
目の前に、関東管領という餌をぶら下げられれば、どう思うか?
そして、これは十兵衛の勘でもあるが………………、
『あのふたりからは某と同じ匂いがします、主人に忠実な犬ではなく、虎視眈々と獲物を狙う狼のような』
『羽柴殿でしょうね』
とも、太若丸に語っていた。
昨夜、本能寺が思い浮かんだあと、十兵衛と今後の策について話し合った。
もちろん、狸退治などのためではないが………………太若丸は、いっそのこと家康も葬ってはと言った。
十兵衛が天下をとれば、誰がついてこようか?
―― 柴田勝家はどうか?
十兵衛は首を振る。
『柴田殿は織田家の直参、自ら天下取りに動こうとはしまいが、主を失えば、別の主を担いで織田家の再興を図り、お家の安泰を図るでしょう』
―― なるほど、ならば滝川一益、惟住(丹羽)長秀、蜂屋頼隆らは?
『彼らも同じ』
恐らくは、信長亡き後、勝家、一益、長秀、頼隆ら家臣団が、当面の敵になる。
これらに対抗するには、いまの惟任の軍だけでは難しいであろう。
多くの味方が必要だ。
昨日の敵は今日の味方 ―― 毛利、上杉、北条、本願寺らの寺社方らは当然だが、織田家のなかでも味方が欲しい。
『なかでも、徳川殿は使えます。大殿の言う通り、あれは狸 ―― 化け狸です。野心など表にみじんも見せませぬが、あの腹の中は何事かを企み、虎視眈々と狙っておりまする。それが、大殿の首か? はたまた天下取りか?』
天下取りとなれば、十兵衛には脅威なはず。
いっそのこと、信長とともに屠ったほうが良いのでは?
『確かにそうでしょうが、武将として、そのぐらいの野心がなければ、使い物になりませぬよ』
そういう考え方は、信長と同じなのだが………………
『ともかく、大殿の亡き後、織田家と対峙したときに、徳川殿は東の抑えとして使えます。此度の件で徳川殿に恩を売れば、我に靡くはず』
―― なるほど、あとは?
『羽柴殿』
十兵衛は断言する。
『何の伝手もなく、その働きと細やかな心遣いで、織田家の大将格にまで上り詰めたところなど、某と同様。大殿への恩義も同じはず。だからこそ、大殿がいなくなれば、織田家に依存するつもりもござらんであろう。大殿が、つねに裏を返すと恐れておられたが、その気持ちも分かりまする。羽柴殿も、某と同じ匂いがいたしまするからな。ただ、羽柴殿が我につくか………………?』
―― それならば大丈夫!
『何か秘策が?』
―― 羽柴殿は、吾に助けられた恩がある。
『そは誠でござりまするか?』
太若丸は頷く。
『それは心強い』
と、十兵衛は微笑む。
『ならば、徳川殿と羽柴殿は、こちらに引き込むために話をつけねばなりますまい。そのときの見返りを何とするか?』
―― 十兵衛様は征夷大将軍として天下にあり、羽柴殿に鎮西探題として西を、徳川殿には関東管領として東を治めてもらうのは如何か?
『天下三分の計ですか………………』
十兵衛は、あまり乗り気ではないようだ。
多分、秀吉や家康に支配地を与え、その差配を任せれば、きっと裏を返されるであろう。
だがこの状況で、秀吉、家康を敵にまわすのは最も危うい。
このふたりの力がなければ、織田方と戦うことも難しかろう。
『あのふたりを従わせるには、仕方ありますまい。織田方を滅ぼしたあとは、頃合いを見て羽柴、徳川とひとりずつ潰していきましょう。とにかく、このふたりを味方につけねばなりませぬな、さて、如何にするか………………』
五月に入って、男がやってきた ―― 真田八郎である。
大きな躯体を窮屈そうに屈め、鴨居を潜って入ってきた。
突拍子もなく現れるのは、いつものことである。
久しぶりに十兵衛とふたりだけで暮らしているのだから、遠慮してほしいと思ったが………………
「相変わらず唐突なやつだな、急いで来いなど」
なんだ、十兵衛が呼んだのか。
八郎は濁酒が飲めないので、白湯でいいかと出すと、よっぽど喉が渇いていたのか、三杯ほど飲み干した。
「で、何の用だ?」
十兵衛が口を開こうとすると、待てと手をやる。
「おぬしのことだ、どうせ碌なことではないだろう」
「まあ確かに、碌でもないことだな」と、十兵衛は笑った、「織田を討つ!」
八郎は一瞬目を丸くしたが、
「うむ、確かに碌でもない」
と、酷く冷静だった。
「で、いつ討つ? やるのは弾正(信長)だけか? 味方は? どうやって?」
など、八郎は矢継ぎ早に訊いた。
十兵衛は、ひとつひとつに丁寧に答えていった。
「松平のやつを囮にして、弾正を討つか……、それで、藤吉郎(秀吉)らも味方につけたいから、俺につなぎをしろと?」
なるほど、それで呼んだのか。
「某や権太殿が、頻繁に動けば怪しまれましょう。間者らを使って捕まれば、より面倒になる。その分、商人であるおぬしは、怪しまれずに平気でどこでも行けるであろう。権太殿に書状を認めてもらう故、それを二方とやり取りしてほしい」
「相変わらず、面倒なことを押し付けやがって。もし、俺が捕まったらどうするんだ?」
「捕まらんよ、おぬしは」
八郎は、けっと鼻で笑う。
「よく言うよ、俺のように名の知れぬ商人が捕まっても、知らぬ存ぜぬで通せるからな、流石は鬼でも使う天下人様だよ」
「ことが終われば、たっぷりと褒美をやるよ」
「すでに天下人になったような口ぶりだが、お前、大丈夫なのか?」
「大丈夫とは、何が?」
「お前とは古い付き合いだが、いつも肝心なところでつまずく。様々に策を凝らしてことをなそうとするが、詰めが甘いから数十年も浪人をやっていたのだろう。むしろ弾正のもとで、ここまで上り詰めた方が不思議なくらいだ。相手は自ら第六天魔王と名乗るやつだぞ、そんなやつ相手に油断してみろ、一気に首を噛み千切られるぞ」
「油断はしておらんよ」
「いや、俺に言わせりゃ、しておるよ。松平や藤吉郎を味方につけるといっているが、だいたいお前の下の連中は大丈夫なのか? 弥平次(明智左馬助秀満)らは、この一件に承知しているのか?」
「それは、まったく心配はござらん」
十兵衛は断言する。
「与力である長岡(細川)や筒井、一色は?」
「まだ話はしておらんが、恐らくは………………」
「恐らく?」、八郎はため息を吐く、「だからお前は駄目なんだよ。そこをしっかりと取り込んでおかねば、ひっくり返されるぞ」
「まあ、そこはしっかりと抑えておく」
「あと、織田を討つといったが、これは単なる下剋上であろう」
確かに。
「織田を討つとなれば、毛利や上杉、北条らの大名や寺社方は喜ぼう。だが、朝廷が納得するか? いまの朝廷は、織田家にべったりだぞ。公家連中のなかには、織田家は横暴だとか陰口を叩いているやつもいるが、弾正の銭がなければ飯も食えんのだぞ、あの連中は。そいつらが納得いく大儀があるのか?」
ならば簡単ではございませぬか?
信長は、天朝を蔑ろにし、自ら神となって大八洲島を支配しようとしている ―― これは下剋上の比ではございませぬ ―― 天地をひっくり返す大暴挙 ―― 天地の理を保つために、魔王信長を討つ………………その大儀だけで十分なのでは………………と、太若丸は言った。
「あいつが、神に? 神?」
八郎は噴き出し、大笑いした。
「ついに、弾正は頭がいかれたか? 尾張のころから〝うつけ〟などと言われておったが、まこと〝おおうつけ〟よ。人が神になれると思っておるのか?」
信長は思っている。
そのために、十兵衛や太若丸が、どれほど苦労したか。
「だれが、神などと吹き込んだのか?」、八郎は十兵衛を睨みつける、「お前……、やったか?」
やった?
「あの〝うつけ〟に、神になれると信じこませたか、このときのために?」
十兵衛は、にやりと笑う。
そうなのか………………十兵衛の策略?
「立ってるものは、神をも使うか、お前というやつは」、八郎はあきれた顔をしていた、「まあ、表向きはそれで納得しようが、もし織田をやるなら、事前に天長から織田征伐の勅旨をとっていたほうがいいぞ」
「うむ、それは吉田殿(吉田兼見)に、取り成しをお願いしよう」
「だが、一番は銭のほうだ、どうするのだ? 公家連中の心配事といえば、もっぱらそれだけだからな。口では下賤の輩だと罵っているが、立派な金づるがいなくなるんだ、抵抗もあろう。俺はないぞ、一銭も出せないぞ」
「そこは某にも蓄えはあるし、織田家を倒した後の領地もある。いざとなれば、堺の商人らに出させる」
「あいつらも味方に引き込んだか」
十兵衛は頷く。
「気をつけろ、あいつらも心配事は金だ。商人の俺がいうのもなんだが、儲からないとみれば、平気で相手を売るぞ」
「それは百も承知、いづれにしろ、最早この流れは止められん。八郎、地獄の底まで付き合ってもらうぞ」
「地獄? 誰が付き合うか。明智様が天下をとれば、静謐・太平、この世は極楽浄土であろう? 俺は商人として、美味しい汁を吸わせてもらうぞ」
「いくらでも」
十兵衛は、にこりと笑った。
太若丸は、秀吉と家康宛に書状を認めた。
秀吉とは面識があるので、八郎が直に持っていくという。
家康の方は、
「俺の手下が持っていく」
いろんな人脈をもっているそうだ。
数日後、八郎の手下がやってきた ―― 家康とはどういった関係かと聞いてみた。
「いや、なに……、家臣の服部様とちょっと………………」
なるほど、伊賀者か………………書状を携え、三河へと下っていった。
これは一種の賭けである。
秀吉や家康が、その書状を持って信長に上申すれば、十兵衛の首は飛ぶ。
もちろん、その書状を書いた太若丸の首もだ。
だが、秀吉も家康も、そのようなことはしないと確信している。
秀吉は、信長の小姓である太若丸に手を付けてしまった負い目と、それを黙っていたという恩がある。
さらにいえば秀吉自身、信長にあまり気に入られていなことも分かっている ―― だから、気に入られようと、必死に働いているのだ………………それが、裏目に出ることが多いが。
そんな信長がいなくなり、十兵衛のもとで自在に動けると考えれば、どっちにつくか?
そんな信長に、十兵衛が裏切ろうとしているといっても、どちらを信じようか?
家康も同じであろう。
家康の言葉と、十兵衛の言葉、信長はどちらを信じようか?
織田と松平とは、信長と家康の祖父や父の代からの因縁である。
同盟とはいいつつも、実際は信長の配下である。
目の前に、関東管領という餌をぶら下げられれば、どう思うか?
そして、これは十兵衛の勘でもあるが………………、
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